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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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番外編
  青騎士伝説 後編

 「ッッ!!!」
 「そんなものがあたると思っているのですか?」

 もう何度目かと振ったファーの両手槍は、ほんの紙一重のところで空を切った。

 と同時に再び飛んできた二筋の光を、ぎりぎりのところで籠手で防御する。正確無比なナイフの狙いは、常に自分の鎧の隙間。鎧の下の黒シャツと鍛え上げた膨大なHP量、《戦闘時自動回復》スキルでなんとか耐えるが、その量は着実に減らされている。

 「……」
 「まさに「為す術なし」ですね」

 ファーは、かつてないほどに追い詰められていた。
 相手は、それほどに周到に準備し、『青騎士』の全てを封じにかかっていた。

 たとえば両手用の木柄長槍、《ミスティルティン》。その『青騎士』の生命線となる武器の特殊効果は、「敵に与えたダメージの5分の1を自分のHPとして吸収、回復する」という驚異的な効果。だからこそ『青騎士』は一切回復アイテムを用いずに長期間の戦闘が可能だった。

 しかし今は一対一、そしてその一人は徹底的に回避に専念している。これでは『青騎士』は少し頑丈でDPSの低いだけの壁戦士に過ぎない。

 「……」

 それだけではない。

 ここに来るまでに仕掛けられた数々のトラップ。何度も足を挟んだトラバサミが移動ペナルティを与え、鎧の隙間に突き刺さった鉄矢の重量は装備可能重量を圧迫しているせいで武器を振るう腕もいつもより重い。そのせいで、攻撃はますます当たらない。

 そもそもこの『結界の丘』という場所は、「あらゆる結晶が使用不可になる」という、回復を大前提とする壁戦士には厳しい場所だ。クリスタルなしでは回復も、そして緊急時の転移脱出すらも不可能になってしまう。

 まさに、絶体絶命の、窮地。
 しかし。それなのに。

 「……」
 「ふむ……降参、はしないようですね」

 ファーの思考に、焦りはなかった。
 頭の隅で鳴り響く警鐘は、まったく脳に届かなかった。

 「……」
 「やれやれ……」

 雨の中に消えようとする黒い影に向き直り、再び歩き出す。これ以上離れては自分の《索敵》スキルでは相手を捕捉できなくなる。一端離れればこの雨、相手もむやみに《投剣》は使えないだろうが、そうやって仕切り直す気などは、ない。ましてやその間隙を使っての回復など、考えすらしない。

 「―――ッ!!!」
 「おっと!」

 再びの突進系ソードスキルは、またしても紙一重でかわされた。

 それでも、怯みはしない。諦めはしない。
 回復ができない? 逃げられない?

 ―――臨むところだ。

 自分はあの日から今日まで、この日のために生きてきた。
 この日に死ぬのなら、何の悔いもありはしない。

 強い思いが痛みを、苦しみを、恐怖を、焦りを何度でも吹き飛ばす。
 その青い鉄仮面の奥の瞳は、決して炎を失わない。

 その激しい熱意のまま、『青騎士』は何度でも無謀な、愚直な突進を繰り返した。





 何度目かの突進。
 『青騎士』は、他の手段を持たないかのようにそれを繰り返してきた。

 「バカの一つ覚えですね。何度やっても当たりませんよ、私には」

 その愚かな行いを、彼はひらりと躱して挑発する。

 (……事実、他の手段を持たないのかもしれませんね)

 彼の集めた情報では、少なくともあの『冒険合奏団』が壊滅した日のファーのレベルはさほど高いものではなかった。あれから急速にレベルを上げたのだとすれば、まだ日は浅い。そのレベル帯の特技や戦い方には、まだまだ習熟できていなくても納得がいく。

 しかし。

 (問題は、その「たった一つの手段」が……!)

 彼も、口にするほど有利なわけではなかった。

 「たった一つ」を鍛えぬいたその戦い方は、レベルで勝る彼に対してすらも十分な脅威となりうる威力を秘めていた。罠で移動速度を殺いでいなければ、回避も危うかったかもしれない。ことに軽装備である自分は、まともに喰らうのは不味い。

 できれば、十分に安全を確保できる距離を置きたい。
 なのに。

 「―――ッ!!!」
 「まだやるのですか!」

 『青騎士』は、決して距離を置こうとしない。相当量のダメージを受けている以上、一旦距離をとってポーションでの回復を考えてもおかしくないのだが、まるで取りつかれたかのように突進のみを繰り返してくる。

 (くっ、……雨も、ここまで強くなるとは……!)

 さらに、激しさを増す雨は彼の投げナイフの精度を妨げる。

 本来は青騎士に周囲を観察させにくくするために狙った天気だったが、これほどまでに激しくては距離を置いての《鎧通し》を狙うのは難しい。そして、あの『青騎士』の名を成す鎧の防御力は、《鎧通し》なしでは投げナイフ程度では貫けない。

 「ッッ!」


 思考に耽っていた彼の脇を、長槍が鋭く貫く。

 (あ、危なかった! く、くそ……!)

 あれこれと考えていては、避けられるものも避けられなくなる。
 仕方ない。

 (アレを、使いますか)

 まだまだ彼には、『青騎士』のためのいくつもの罠と奥の手がある。
 幸い、『青騎士』はもうまともな思考をもってはいないようだ。

 ならば罠でも心理戦でも、いくらでもやりようはある。
 それこそが彼のやり方であり、『墓荒しの蝙蝠』の真骨頂でもあるのだから。





 「―――ッ!」

 『青騎士』の突進が、唐突に止まった。

 舞うように突きを躱すその影を捕えようと反転した瞬間、足が激しく引っ張られたのだ。この『結界の丘』に来るまでに散々手こずらされた、トラバサミだ。決闘のためにこの場所にはないのだと考えていたが、どうやら勘違いだったらしい。

 「……」

 ファーは無感情にそれを確認して、長槍を叩き付けるように振って罠を破壊にかかる。《ミスティルテイン》の体力吸収効果は「HP」にしか効果が無いために「耐久値」のトラバサミでは発動しないが、戦闘真っ最中に武器を変える訳にはいかない。

 そんなファーに、雨の向こうから響く声。

 「負けを認めたまえよ。粘っても君一人倒すのに十分な量の投げナイフが私のストレージにはあるよ? 我々は別に君を殺したいわけではないんだ。君の持つレアアイテムはその名前を変える《ペルソナ・オブ・クラウン》だけじゃないんだろう?」

 罠を破壊した瞬間に声がした方に槍を振り回すが、また紙一重届かない。

 振った槍の慣性でほんの僅かに体が揺れた瞬間に放たれた投げナイフが、鉄仮面の縦スリットに突き刺さる。運のいいことに左側だった為に、顔の右半分を覆う三日月形の仮面である《ペルソナ・オブ・クラウン》は破損せずに済んだ。

 「……」

 少なくないHPを削られて、さらには顔面にナイフが突き刺さったままという壮絶な状況になりながらも、しかし『青騎士』は確かな足取りで隠れた相手を探すために数歩踏み出していく。

 そんな彼をどう思ってか、声はさらに続ける。

 「私のこの名も、そうです。全くの同名は不可だったので、スペルは違いますが。「あの『PoH』の居るギルド」なんて、最凶ギルドに相応しいじゃありませんか。……しかしこの仮面は十月三十一日、ハロウィンの夜にだけこっそりと生じる年に一度のクエスト、『トリック・オア・デス』の獲得アイテム。あんな下層の辺境村であるにも関わらず凶悪な難易度の謎解きクエストでした。これを手に入れる『旋風』……アインクラッドで最もクエストに精通した男の残したアイテムは、それだけでは無いのでしょう?」

 聞こえた声に再び槍を大きく振るう。
 左眼が塞がって視界が更に狭まるため、頼るのは勘だけだ。

 跳び退る敵の足音すらも掻き消す激しい雨に、通常は変化しにくい草原地帯の地面をぬかるみへと変えていく。これではソードスキルの扱いは難易度を増していくだろうが、条件は同じだ。大した問題では無い。

 「……!」

 次に繰り出された短剣は、狙いを外して地面へと突き刺さった。

 反射的に好機とみて博打とも言える突進系ソードスキルを発動、飛んできた方向をあらん限りの力で貫く。だがそこには、雨しかなかった。投げられたナイフは、囮。硬直の隙に、背後からまた襟足の部位の僅かな隙間にナイフが突き立てられる。

 衝撃に膝をついた青騎士。
 その彼を見下すように、影が近づく。

 「毒ナイフが効かないのは何故です? HPバーが表示されないのは何故です? 確率発生の異常効果があまりにも発動しないのは何故です? どれもこれも、その《ミスティルテイン》のように君の装備するアイテムの持つ特殊効果なのではないのですか?」

 硬直終了直後に大きく槍を横薙ぎに振り回す。だがそれを、黒い影はストンと沈んで回避し、続けざまにナイフを振う。その腰から抜き放たれた新たな投げナイフが零距離で放たれ、鎧と具足の隙間に突き刺さり、衝撃に耐えきれずついに『青騎士』が地面に手を付く。

 「降参してください。君がここで負けを認めてくれればウィナー表示がされて、あの三人の少女が証人となってくれます。「『青騎士』が、PoHの率いるギルド『墓荒しの蝙蝠』に敗れた」と。そうすれば宣伝効果は十分です。君がギルドのアイテムを差し出し、二度と『青騎士』にならないならば命は見逃してあげてもいいのですよ?」

 ここまでの道中、頭の中に響く弱気な声、耳障りな敵の誘惑、そして体に突き刺さった無数のナイフ。幾重にも張り巡らされた罠と精神攻撃は、並みのプレイヤーなら到底耐えられるものではないだろう。『攻略組』ですら、耐えられる者は数えるほどかもしれない。

 「……」

 しかしそんなことはもう、彼には関係無かった。
 そもそもファーには、彼の声なんてまともに聞こえていなかった。

 「……」

 彼が仇である「PoH」ではないことも。
 自分が圧倒的に劣勢であることも。
 諦めれば助かるだろうことも。

 彼にはもう何の意味も持たなかった。

 「……」

 自分だけに見えるHPゲージは、もう赤に染まる寸前だ。目に痛い危険域のイエローと、目の前の男のオレンジのカーソルが、もう消えかかった彼の視界に映る。だが、それでも逃げ出さない。微塵も慌てる様子は無い。弱音を吐きも、逆に強がりを言いもしない。

 彼にとって意味があったのは、もはやただ一つ。

 (決して、怯まない……屈しない……負けない……)

 ゆっくりと立ち上がる。なおも突き立てられるナイフに何の興味も示さず、槍を握りしめて立ち上がる。覗く右のスリットの奥、瞳の中に宿る輝きは、揺るぎない闘志。決して折れない、強い意志を秘めた、戦士の目。

 『青騎士』らしく。
 たとえ死に逝くときでさえ、決して怯まず戦い抜く、不屈の騎士。

 ―――自分は、『青騎士』なのだ。
 ―――『青騎士』に、なるのだ。
 ―――二度と仲間を失わない強さを持った、戦士になるのだ。

 もはや暗示、催眠の域に達した想いは、彼を本物の騎士として何度でも立ち上がらせた。





 豪雨の中の戦闘を見守るのは、囚われた三人の少女だけではなかった。
 彼らを見張るように陣取った犯罪者たちもまた、同様にその戦闘の行く末を見ていたのだ。

 「お、おい、なんだよアレ……」「信じらんねえ、あのリーダーと何十分戦ってんだよ……」」「HP吸収は発動してないんだろ……? な、なんでまだ生きてんだよ……」「ほ、ホントに亡霊なんじゃないのかよ……」「こ、こっち来ないよな……」

 周囲に潜伏した人数は、全部で五人。

 犯罪者ギルド、《墓荒しの蝙蝠》。その実体は、「オレンジ御用達の技術者集団」なのだ。対人戦闘に長けたのは、リーダーである『POH』を名乗る彼と他三人、残りの二人はそれぞれが《鍛冶》や《細工師》、《裁縫》といった生産職をオレンジに供給するのが役目。無数の罠や不自然な街灯といった特殊極まりないアイテムも彼らの作品であり、……その分戦闘に関しては免疫は薄い。

 最低限の嗜みとしてあげられた《索敵》スキルで捕える『青騎士』は、まるで機械仕掛けの人形のように斬られても刺されても全く動じることなく動き、黒い影を追い続けていた。無数のナイフを刺され、砕けんばかりに傷ついた鎧を纏い、ところどころに穴の空いたマントを翻すその姿は、『青の亡霊騎士』などという呼び名では生ぬるいほど。

 そう、それはまるで。

 「し、死神だ……」

 誰からともなくそう呟く。
 本来は自分達に褒め言葉として贈られるべき称号が、今はまさしく恐怖の象徴だった。

 しかし、それでも戦局は揺るがない。

 戦っているリーダーのストレージの投げナイフはまだあの亡霊一人葬るには十分な量のそれを保っているし、たとえ万一リーダーが負けた、或いは『青騎士』が少女たちを助けにこちらへ向かってきたとしても、二人の戦場とこちらの檻の間にはしっかりとトラップが仕掛けられており、あの重装甲ではどうあがいても越えられはしない。

 罠に捕えられている間に残る戦闘員二人がかりで《投剣》で牽制しつつ逃げれば、『結晶無効化空間』である丘を降りるくらいの時間は十分に稼げる。耐久度の修繕の為に檻の横に控えた男のうち一人が、大きく息をつく。

 大丈夫だ。ここは、安全。自分は、安全圏で、人をいたぶるのだ。

 「あ、ああ、あおきしさん、あおきしさん、っっ……」「ううっ……」「ああぁ……」

 横の捕えられた少女達の泣きじゃくる声が、心地よく耳朶に響く。

 このSAOではハラスメントコードや転移結晶、様々な救済処置の為にこうやって相手に絶望を与えるのは非常に難しい。しかしこの《罠設置》スキルの派生技で作りだしたこの檻は、「閉じ込める」という最も原始的な恐怖を他プレイヤーに与えることができる。

 背徳的な快感に醜い微笑を浮かべた、その男の横顔が。

 「―――ッッ!!?」

 音もなく飛来した刃によって、横薙ぎに吹き飛ばされた。





 その光は、まるでハンマーで殴りつけた様に大きく男を跳ね飛ばした。
 十メートル以上も吹き飛んで転がった男は突然の出来事に目を見開いて、泥まみれで腰を抜かす。

 「な、なんだっ!?」「ど、どこからっ」「だ、誰がっ、」

 戦闘員の三人が慌てて周囲に《索敵》を広げ、

 「ぎゃんっっ!!!?」

 た、時にはもう後ろ、檻の脇のもう一方に控えたもう一人の技術者が全く同じに跳ね飛ばされていた。射た相手を見ることも無く吹き飛んだ男は哀れにも後ろに予備として設置されていた罠にかかり、腕を挟みこまれて悲鳴を上げる。

 「なんだ、なにが起きたんだっ!!!」
 「どこからだ、俺の《索敵》なら三十メートル先は見えるんだぞ!?」
 「いたっ! ……な、なんだ、は、速い、うわあああっ!!?」

 光を一瞥すらせずに戦い続けていた『青騎士』と『POH』の横を、褐色の影が横切った。騎馬だ。主街区で借り受けられる茶色い毛の馬が、人を乗せて疾走しているのだ。視界を晦ます豪雨の中の馬上の影は、大きな、

 「伏せなっ、御嬢ちゃん達ぃ!!!」

 巨大な戦斧を携えた騎兵は罠地帯を大きく跳躍して一瞬で通り抜け、慌てて迎撃しようとした戦闘員三人さえも素通りして体を引き絞り、

 「ひっ!!?」「きゃっ!!!」「ひゃあっ!!!」

 少女たちを捕えていた檻を力強く薙ぎ払った。





 「さあ、こいつらを使いな!」

 騎馬の速度と体の捻りを余さず乗せた強烈な緑色に光る横薙ぎの斧スキルの一撃が、決して脆くない檻の鉄柵を纏めて斬りとばして罠を破壊した。と同時に、バランスを崩した男が派手に落馬し、やたらと多くのアイテムをばらまいた。慌てて伏せた少女たちは驚きながらも、駆けつけた男のばらまいた剣や槍を拾って武装する。

 「て、てめえ、何を、ぐあっ!?」

 慌てて斬りかかろうとした戦闘兵が、死角から飛来した飛刃を喰らって仰け反る。その神業に、ウッドロンは内心でこっそり舌を巻いた。確かに彼はレミの書いた依頼書……いや、設計図と寸分違わぬ出来栄えのブーメランをいくつも作った。だがたとえそうだったとしても、それを扱うのはレミ自身だ。ソードスキルに頼らないのであれば、その強さ、あるいは距離や角度の見極めはすべて自前で行う必要がある。

 剣や槍、斧といったただ振り回すだけでも一応は武器として機能するものとは違う、遥かに現実味の薄いブーメランはそれだけで非常に使い手を選ぶ武器だ。それを。

 (この距離で、しかもこれで3発。しかも全部死角を突いて、か……)

 彼女がここ数日、無表情ながらもいつも眠そうにしていたことを、ウッドロンは知っていた。それは自分の思い描く軌道を生み出す武器の設計を考える時間であり、机上の計算に頭を悩ます時間であり、それを実際に訓練場で試す時間であったのだろう。

 彼女は今、その成果をここで十分に発揮している。
 それは、生半可な覚悟では二カ月そこそこで身につく技術ではあるまい。

 と、そこまで考えたところで思考を打ち切り、今の現状に目をやる。

 (う~ん、選んだ武器の重さからして、囚われてた三人もレベルはそこそこ、か。レミの超遠距離狙撃であんなにHP削られるような後ろの雑魚二人は、任せて大丈夫そうだね~、となると……)

 冷静に分析、メッセージを打ってレミにこちらの援護は不要と告げる。
 向こうの相手はあの「PoH」本人ではなかった。ならば、自分は手出しする理由はない。

 「ぅんじゃあ、お嬢さん方。吹き飛んだ二人の相手をお願いするよ~?」

 打ち込んで振りかえると、そこには各々武器を構えた、それなりのレベルに見える男たちが、そこそこに血走った眼でこちらを睨んでいた。先ほど馬で脇をすり抜けた(馬はもう勝手に主街区へと帰っていた)、恐らくは戦闘員らしき三人。どうやら、やる気らしい。

 愚かなことに、この自分を相手に。
 たった三人で。

 思わず、口に笑顔が浮かんでしまう。

 「て、てめえ、なにがおかしい!?」「アァン!?」「なめんなよっ!?」

 囀る三人を眺め、舌なめずりをする。
 久しぶりの、戦場の……いや、地獄の空気が、血を騒がす。

 あの最悪の討伐戦こそ彼は参加していないが、それを超えるほどの、知る人ぞ知る死闘を経た彼にとって、その地獄は実に居心地のいい場所だった。刈り取るべき標的ではないが、それでも挑んでくるというのなら是非もない。また、レミの頼みでもあるのならば、断る理由もない。

 もっとも。

 「たった三人では、何秒持つだろうかね~?」

 それも、かつて《電撃戦》を謳われた男にとっては、ただの数秒の思考に過ぎなかったが。





 「ちぃっ!!?」

 時間を同じくして飛来した複数の飛刃に、「POH」の名を騙る彼は唇を噛んだ。

 可能性としては考えていなかったわけではない。『青騎士』がファーであるということを知っていれば、もちろん彼のかつての仲間が援軍として現れる状況は想定してしかるべきだった。しかし。

 (このタイミング、で、か!)

 SAOには数少ない、遠距離攻撃を専門とするアタッカー、レミ。投擲武器にしてはそれなりの攻撃力を持ち、そしてなによりその投擲軌道が曲線を描くという特性を持つ独特の武器、ブーメランの使い手。だが、それだけならば、彼が恐れるほどの相手ではない。ない、はずだった。

 はずだった、のに。

 (っ、ソードスキルの光が無い……ソードスキル無しの投擲なのか!? しかも、軌道が一定じゃないし、ソードスキルでの軌道でもない、……すべて、自分で計算した軌道なのか!? くっ、雨のせいでブーメランが見えない!)

 彼が苦戦しているのは、その「ソードスキル無し」の利点を最大限に生かした、隠密性と意外性、そして連撃を重視した投擲の波状攻撃。大小さまざまなブーメランはそれぞれが違う軌道を描いて絶え間なく飛来し続ける。軌道が異なり、彼の位置からではその頂点たる射手の位置が判然としない。数発はなった《投剣》も、当たった手ごたえはない。

 (雨を無効化しているのか……!? 天候が仇となったか!)

 だが、手も足も出ないわけではない。

 (くっ、《索敵》、で……っ!?)

 発動させる、《索敵》スキル。
 視界の端に相手の位置を示す光点が浮かび上がるその瞬間、まとめて放つ《投剣》の連撃。

 しかし。 

 「っ!?」

 次の瞬間に、凄まじい圧力が目の前から突進したのを辛うじて感知し、あわててそれを回避する。ファーだ。十分にその曲線を描く飛刃のテリトリー内であるにも関わらず、正気とは思えない形相で『青騎士』は彼を狙い続ける。周囲を完全に無視して一直線に彼だけを狙うその様は、もしかしたらもう彼以外見えていないのかもしれない。普段ならそれは冷静さを欠いた好機だが、今だけはそう言い切れない。

 (こちらの攻撃も、喰らってはいけない……!)

 如何に彼がHPを全快に保っているとはいえ、両手槍の重突進技を軽装備防具でまともに受ければ相当量のHPを削られてしまう。さらに『青騎士』は相手を磔にする効果を持つソードスキル、《タンラウンド・クルシファイ》を好んで使う。それだけは、喰らうわけにはいけない。

 懸念は、まだある。

 (っ、後ろの予備三人も、ですか!)

 《索敵》で示すレーダーは、後ろの三人がもう一人の闖入者と戦闘状態にあることを示していた。三人とも自分には劣るものの中層エリア程度の面々相手なら圧倒できるだけの腕前を持つメンバーだ。『攻略組』でもない限りは、任せても平気だろう。幸い、消えた光点は見られない。なんとか拮抗状態を保たれている、といったところか。

 (くっ……!)

 一瞬の、逡巡。

 後ろの見知らぬ一人は予備の戦闘員三人に任せるとしても、それでも自分はこの二人を同時に相手にして、勝利しなくては……速やかに殺さなくてはいけない。それは、《投剣》、あるいは《短剣》スキルでは圧倒的に威力が足りない。

 ならば。

 (しかたありません、使いましょう!)

 判断してからの動きは、速かった。鋭く動いた右手が、それまでの腰の短剣から離れてストレージを一瞬で操作し、背中に……そこに現れた、巨大な半月状の物体の、その端へと伸びる。

 ―――それは、三日月。

 雨の中でも浮き上がるように煌々とした黄色の輝きをまとった独特の曲線を描く刃。それを構えたまま、背後から突きかかってきた『青騎士』の槍を紙一重でかわす。片方だけ残ったスリットの向こうの『青騎士』の眼光と、彼の視線が交錯。

 そして。

 「おおおおっ!!!」

 背中から抜き放った三日月型の刃、《マーダー・クレセント》が振り下ろされ。同時にその禍々しい三日月を照らすように、無数の青いポリゴン片が、雨粒に反射して散らばっていった。





 (騎乗、とか……まったく、ホントに……)

 何者なのか。

 ファーに追いつくのは到底不可能と思われたその雨の行軍を可能にしたのは、ウッドロンの騎乗技術だった。二人乗りが可能な大型騎馬を軽々と乗りこなして駆けつけたウッドロンは「ごめんね~! 痛くないように気を付けるから~!」などという変質者御用達な声を上げて放り出すようにレミを馬から降ろしてそのまま大人数のほうへと突進していった。

 (……落馬……ある意味、貴重な経験……)

 そんなことを一瞬考えたが、すぐに気を取り直して戦況を見つめる。
 雨による視界妨害を無効化する《ウンディーネス・モノクル》によってみた、その場。

 (……まずは、人質の解放……)

 集中してからのレミの行動は、まさに神がかり的だった。人間は人生でほんの数度だけ、まるで世界が減速したかのように錯覚するほどの加速感……たとえば、「ゾーンに入った」感覚……を覚えるという。それが本当ならば、レミにとってそれはまさに今だった。

 (……世界が、見える……)

 世界が、数字で見えている。空気の、雨粒の、その一つ一つの運動が、エネルギーが、流動が、まるで手に取るように分かる。腰に差したブーメランの取っ手を触れるだけで、その描く軌道が何もない空間に浮かび上がるように見える。

 (この、ライン……)

 最も適切なラインの、一本。

 それはまるでこの世界には無い、一種の魔法のようにその軌道をなぞって飛ぶ。

 飛ぶ。
 飛ぶ。

 (……きた)

 三発の投擲ののち、ウッドロンからメッセージが、一通。
 それを開きはしない。

 (……一通なら、「もう大丈夫」。二通なら、「援護求む」)

 あらかじめ決めていたからだ。
 二通目が来ないことを確認して、視線を戦場へと移す。

 「……ファー……」

 相手の首領なのだろう、黒いフーデッドコートと対峙する彼をみて、レミが呟く。
 そう、思わず口に出して呟いてしまうほどに、その姿は壮絶で、鮮烈で、凄惨だった。

 自分の施した敏捷補正上昇の為の宝石細工は無残に砕かれ、籠手と具足は今にも砕けそうに罅割れている。鎧本体も何か所もが凹んで傷んでおり、その耐久度の残り少ないことは明らかだ。そして何より、鎧の隙間に無数に刺さったナイフは明らかに彼のHPを、精神力を削ってる。あんな顔面にナイフが突き刺されば、普通のプレイヤーなら卒倒するだろう。

 「……助ける……」

 小さく、しかし力強く呟いて、ブーメランを手に取る。

 その、重量や形状によって無数に分けられるレミの武器、その一つ一つの描く軌道が、はっきりと空間に浮かび上がって見える。そのいくつかを、続けざまに放つ。それぞれが異なる軌道を描く、初見ではまず対処不可能な連撃。

 「―――ッ!?」

 それはいくらか意表を突いたようで、相手の体を過たず切り裂く。
 しかし。

 「っ!!?」

 相手はその連撃に手を、足を止めることなく、あまつさえ《投剣》で反撃してきた。

 (この男、手ごわい…っ!)

 《投剣》は、外れた。それはレミの投げたブーメランが「射手の手元に戻ってくる軌道を描いていなかった」からだ。連撃において、レミはわざとブーメランが外れるような投擲を放っていた。そのほうが相手の死角をつける軌道だったからだ。だが相手はその軌道を読んだうえで、返ってくる場所を予測して攻撃してきた。

 《投剣》使いというだけではない。
 この男、ブーメランという武器を知っているプレイヤーだ。

 (……油断は、できない……!)

 その間も視線を逸らさないレミの先で、相手の男もまた背中から武器を抜き放った。巨大な三日月形の……いや、三日月よりもやや急峻な曲りを描く、独特な形をした曲刀。レミの身長程度軽く上回りそうなその巨大な刃は、相当の重量……そして威力を感じさせる。

 ぞわり、と背筋が震える。
 悪寒のままに、立て続けにブーメランを放つ。

 その、無数の刃が到達する、その直前に。

 「ふぁーっ!!!」

 視線の先で、振り下ろされた三日月がファーを的確に捕えた。
 迸る、莫大な数の青のポリゴンエフェクト。

 同時に、相手の……殺人鬼の視線が、こちらの視線と交錯する。

 (しまった……! 投擲を、ずらすのを、怠った……!)

 気づいた時には、遅い。見れば、既に相手の巨大な三日月が煌々とした黄金色の光を纏っていた。それは、レミにとってはとても、そう、嫌というほどに見覚えのあるエフェクト。何百、何千と繰り返した、そのソードスキルの光。

 (……ブーメラン、の、スキル!?)

 世界が、減速する。
 レミの世界には、その巨大な三日月の軌道がはっきりと目に映る。
 なのに、体は、まるで石になったかのように動かない。

 レミのステータスは、筋力極振りだ。もとより俊敏な移動には向いていないのだ。ましてやこの鉄火場で、とっさの判断で回避をするような局面に遭遇したことなど、一度としてなかった。いつだってソラが、シドが、ファーが守ってくれたから。

 「……っ!」

 為す統べなく、ただ呆然と、その己の命を奪う光を見つめる、レミの目に。

 ―――ッ……
 
 小さな青い光が瞬いた。






 もう既に、自分にはまともな意識は無かっただろう。

 ずっとナイフを使い続けていた敵がなぜ武器を持ちかえたのも、自分にはもう分かっていなかった。突然相手の背中に出現した大きな刃は十分に重量級装備と言えそうな図体で、自分の鎧でもまともに受けると危険だ……と、頭のどこかでは分かっているのに、体にその指令がいかない。

 なんでだろう。
 槍を構えながら、ぼやけた意識で考える。

 (ああ、そうか……)

 思い至った。

 (『青騎士』は、恐れない……どんなときでも、恐怖しない……)

 『冒険合奏団』の残してくれたメモ書きだ。そこに書いてあったからだ。思い至って、少しだけ嬉しくなる。自分はこんなに、意識がとぶほどに追い込まれていても、彼らの描いた『青騎士』としての振る舞いをこなすことができる。

 彼らの思いに、応えることができる。

 (できるんだ……)

 だから、戦える。立てる。
 その感情だけで、構えた槍を突き出す。

 (ああ……)

 だが、感情だけでは、相手との差は埋まらない。

 振るった槍はぎりぎりのところを霞めるにとどまり、代わりにその巨大な三日月は容赦なく自分の体へと振り下ろされた。響き渡る破砕音と迸るポリゴン片。自分の体……いや、体を覆う鎧……いいや、第二の自分の体と呼ぶに相応しい、『青騎士』の代名詞ともいえる青の重装金属鎧、《シアン・メイル》が砕けたのだ。

 しかし。

 (まだ……、まだ、自分は、生きている……)

 なんの因果か。ファーのヒットポイントは、まだ残っている。

 (生きている……なら……)

 恐れずに、立ち向かう。それが、『青騎士』の在り方。
 まるで壊れた機械人形のように体を動かす。 

 「―――ッ……」

 朦朧とした意識の中で、右手に付けられた籠手で相手の武器の刃の部分を無造作に掴む。本当なら黄金色の光を纏ったそれを押さえつけたかったけれども、まともに手に力が入らなかったせいで、せっかく掌にうけた刃を捕えられない。明滅する視界の中に煌く青い光は、右の籠手が砕けたのだろう。同時に、金色の光はどこかへと飛んでいく。

 「くっ、まだ生きていたのですか! さっさと死になさい!」

 声が聞こえる。

 霞む視界のなかでそちらを向くと、そこには初めて見る……とうとう間近にとらえた、ここまで闘い続けた敵の顔。半分……自分と同じ、顔面の左半分を覆う仮面状のアイテムをまとった男が、苦々しげにこちらを見つめている。

 ああ、ここだ。
 ここに、自分の倒すべき存在がある。

 自分の強さを見せるべき場所が、ここにある。

 あきらめず、槍を構える。男の表情がさらに憎々しげに歪んで、手元へと戻ってきた黄色い刃を振り下ろそうとする。しかし、その前に飛来した白い光がその刃の峰を薙ぎ、その軌道がそらされる。

 「今度はこちらですか、ええい、忌々しい!」

 ぬかるんだ地面が、強烈な打ち下ろしで大きく抉られる。
 その威力は自分の体を大きく揺らすが、相手もそれなりの硬直を課せられている。

 やるなら、今。

 あの時できなかった、強さを示す機会は、今。
 消えかかった意識に、最後の炎が付く。

 (『青騎士』は……自分は……負けない……)

 ふらついていた体を、残りのありったけの力で踏ん張らせる。構える長槍が宿す、深紅のライトエフェクト。この二カ月、『青騎士』として戦い続けた日々の中で使い続けたソードスキル、《タンラウンド・クルシファイ》。回転磔刑。その光を見た男が、仮面の奥の顔をゆがめる。同時に、下段の三日月が黄色の光を纏って斜めに振り上げる。

 槍を握る手に、あらんかぎりの力を込めて。
 意識を繋ぐ心に、狂おしいほどの想いを込めて。

 (『冒険合奏団』の描いたように……『青騎士は』、負けない……!!!)

 赤と黄色、そして青が混ざり合う。

 三日月は青い鎧を真っ二つに切り裂き、その下の黒服、そして体を大きく切り裂いた。突き出された槍も相手の腹部を深々と貫いているが、相手の顔は微笑が戻っている。例え初撃を喰らっても、回転が入る前にHPを吹き飛ばせたと思ったのだろう。

 だが。

 「うぉおおおおっ!!!!!!」

 消え行く意識を絶叫でつなぎとめ、槍を持つ手に力を込める。

 長槍、《ミスティルテイン》。『青騎士』の主兵装にして、不死のカラクリの切り札であるその『宿木の長槍』の効果は、「与えたダメージ量の五分の一を吸収する」。ぎりぎりのタイミングでの一撃は、「POH」のHPを少なくない量喰らい、それを持ち主の体力としてその命をほんの数ドットだけ繋ぎとめた。

 「おおぉおおおっ!!!!」

 なおも続く絶叫に、男の顔が死神を見たかの様に恐怖に歪むが、それはもう俺には見えていなかった。ただただ力の限り、その槍を振う。染みついた動作が、自分は出来るという確信が、そして自分のものではない誰かの何らかの力が体を動かして、スキルはフルブーストされ、

 「ひ、ぐぁあっ!!!」

 男は、高く一回転して地面に深々と張り付けられた。

 「く、くそっ!!!」

 しかし男はなおもがく。
 逃れようと、握り締めたままだった三日月を振おうとその腕を伸ばし、

 「……げーむ、おーばー」

 飛来した発光を纏う刃に、その武器を弾き飛ばされた。





 戦闘が終わったとき、何の偶然があれほど激しかった豪雨がみるみる内に止んでいった。

 『結界の丘』は結晶無効化空間の為、オレンジの輸送には手間がかかるが、その点はウッドロンが問題無くこなした。その「斧で逃げられないよう両足を斬り落として馬車で運ぶ」という発想と、それを躊躇なく実行する精神力に私はリズベットと再び顔を見合わせたが、今回ばかりはそれを咎める気も、そんな精神的余裕も無かった。

 リズベットが、あの後プレイヤーを運ぶためにと手配をお願いしていた馬車を引いて現れた時、ファーはこれ以上ないほどにボロボロで、完全に気を失ってしまっていた。死んでいるのではと瞳を潤ませたが、私とウッドロンのVサインによってその心配は綺麗に拭い去れたようだった。ちなみに彼女の中でも五本の指に入る作品である《シアン・メイル》は砕かれて影も形も無くなっていたが、リズベットは「今回だけは許してあげる」と上機嫌だった。ファー、得したね。

 そうそう、囚われていた三人の少女は、泣きじゃくった。
 たいそう大仰に泣き叫んだ。

 正直これが一番大変だった。リズベットが来てくれてからはなんとか落ち着いて貰えたものの、それまでの説得は口下手な自分では非常に困難で、かといって筋金入りの変態であるウッドロンに任せる訳にもいかず。はあ。ため息もつきたくなる。

 ただ。

 「本当に、本当に、ありがとうございました。『青騎士』さんは、命の恩人です。私も、……友達も。誰一人死なないですんだのは、本当に、『青騎士』さんのおかげです」

 このセリフは、まるで自分が言われたみたいに誇らしかった。

 そうして、主街区。
 何故か担架を持っていたウッドロンに手伝ってもらって、あの後意識を失ってしまったファーを転移門で『冒険合奏団』のギルドホームへと連れて帰った。どのみちあの武装の損傷では、しばらく『青騎士』に復帰は出来ないだろう。ゆっくりと休んで貰えばいい。

 私はファーの眠るベットの傍ら、ゆっくりとその目覚めを待ち続けた。





 「オイラ、……出来たッス。勝ったッス。……でも、ギルマスは、これでオイラのこと許してくれるんスかね。……あの日逃げた、オイラのことを。オイラ馬鹿だから、全然分かんないんスよ……」

 こんな弱音を言ったのは、あの日泣き崩れて依頼だった。

 自分の中にずっとずっと押し込んでいた感情を、レミに打ち明けた。
 けれどその、意を決しての独白に対するレミの答えは、何処までもシンプルだった。

 「……ソラじゃないから、わかんない」
 「……はぁ~……そッスよね……」
 「……でも、あの子達は、「ありがとう」って言ってた。命を懸けて私達を助けてくれて、ありがとうって。私も、そう思う。そんなこと言われるなんて、ちょっとヒーローみたいで……まるで、ソラみたいだった」

 ベットに腰掛けた自分の方を見すらせずにコーヒーを啜りながら言うレミのそのセリフは、一体どこまでが本当でどこまでが本気でどこからが自分を励ますための誇張なのか全く判断が付かない。結構な付き合いだが、相変わらず彼女の内面は読めない。恐らく自分には一生分からないだろう。

 しかし。

 「……ファーは? どうだったの? そう言われて」

 その質問には、滑らかに答えられた。

 「嬉しかった、ッス。……オイラ、出来たッス。自分の力で、皆を守れたッス。……オイラは、守れるんス。……だから、今度あの日みたいなことがあったら、今度はオイラ、迷わず残れるッス。……あの日みたいなことは、絶対にくりかえさないんス」

 自分は、負けない。
 相手にも、自分自身にも。
 そういって、昔の様にはにかんだ笑みを、自分は自然に浮かべられた。

 もういつ以来か分からない、心の底からの頬笑み。
 それを見たレミの無表情が、少し笑ったように見えたのは、気のせいだったのか。


 ギルドホームには、二人。もう一人は、今はどうしているだろう。
 いいや。心配はいらない。

 (シドさんは、オイラなんかより何倍もすごいッス。絶対、絶対帰ってくるッスよ)

 心の中で大きくうなずく。きっとそれは、レミも同じ思いのはずだ。

 久々のギルドホームから見上げた空は高く、よく澄み渡っていた。
 それはもう十一月、アインクラッドがクリアされる僅か数日前のことだった。

 
 

 
後書き
 以上をもちまして、番外編の終了といたします。な、長かった……。正直これを書きながら、何度も心が折れかけました。今までは単なる改稿作業だったために苦労はそこまでではなかったのですが、今回は主役の一人であるレミの武器が改稿前と異なるということで非常に多くの手直しや調整が必要となり。そもそもウッドロンさんいらないんじゃね? なんてことも考えたり。

 果ては書いていくうちにあまりにもぶっ飛びすぎな展開や説明不足な描写。何度も「やっぱもう消しちまおうかな……」と思いました。しかし彼らの存在はやはりこの「無刀」に必要だと思い、なんとかなんとかこうして書ききることができました。何日も音信不通な作品に感想をくださった方、本当にありがとうございました。

 次回より、GGO編へと移ります。こちらはレミが出てこないから改稿は楽、な予定。できればまた日刊くらいでなんとか行きたいところですね。こちらはまだアニメ化されていない場所なので、原作を読んだことのない人には多少どころではない分かりにくさと思います。この「無刀」、GGO編とMR編は特に原作を読んでないとわけわからん物語だと思うので、読んでない方は是非、原作を!

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
 もしよろしければ、これからもよろしくお願いいたします。 
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