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ドン=ジョヴァンニ

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第一幕その十


第一幕その十

「しかしツェルリーナよ」
「はい」
「その黄金のような顔に甘くとろけるような笑顔」
 早速彼女を口説きはじめた。
「これが一人の泥臭い奴のものになるのはな」
「ですが私はもうマゼットと結婚してますよ」
 ツェルリーナはここでは何も知らない女の子だった。
「ですから」
「結婚には何の価値もない」
 まさにジョヴァンニといった言葉だった。
「そなたはあの様な泥臭い男だけのものではないのだ」
「マゼットだけの」
「そうだ。他の運命を呼び覚まし悪戯っぽい目と愛らしい唇にほっそりとして柔らかいかぐわしい指先に」
 目と唇を見詰めてからその指を持ったりもした。
「まるでクリームのチーズに触れ薔薇の香りの中にいるようだ」
「いけませんわ」
 その指から離れてみせた。
「その様なことは」
「何がだ?」
 とぼけてみせるジョヴァンニだった。
「何がいけないのだ?」
「ですから」
 ここではまだ貞淑なツェルリーナだった。まだ、であるが。
「私は知っています」
「私の何を知っているというのだ」
「貴方の様な高貴な方はです」
 つまり貴族ということである。
「いえ、殿方はです」
「私も含めてか」
「そうです。私達に対して誠実な方は滅多におりません」
 こうジョヴァンニに述べるのだった。
「それは知っているつもりです」
「私は違う」
 真剣さを装っての言葉だった。
「私はまことに高貴な者だからだ」
「そうなのですか?」
「私は嘘は言わない」
 この言葉自体が嘘ではある。
「この目に見えないか?その誠実が」
 密かに自分の目を見るように告げるのだった。
「私の誠実が」
「それは」
「時を無駄にしてはいけない」
 そしてここで畳み掛けた。
「この時に私はそなたを迎えよう」
「貴方がですか」
「そうだ」
 ツェルリーナの目を見ながらの言葉だった。
「この私が。私がそなたを迎えるのだ」
「けれど私は」
 まだ拒みはするツェルリーナだった。ジョヴァンニから顔を背けさせての言葉だった。
「今はもう」
「誓いを交わすのだ」
 だがジョヴァンニは彼女にさらに攻撃を仕掛ける。
「そして頷くだけでいいのだ」
「頷くだけ」
「そうだ。それでいい」
 彼は言うのだった。
「それだけでな」
「けれど」
「私の恋人よ」
 今度は恋人とさえ呼んでみせた。
「行こう、今から」
「今からですか」
「善は急げという」
 かなり図々しい言葉であった。少なくともジョヴァンニが言うにはそうだ。
「だからこそだ」
「それでも私は」
「ツェルリーナ」
 彼女の名を呼んでみせさえする。
 
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