コシ=ファン=トゥッテ
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第一幕その八
第一幕その八
「恋によって生きるものですよ。命短し乙女よ恋せよ」
「だからこそ悲しいのに」
「何を言っているの?貴女は」
「恋はそこいらにありますよ」
今度はこんなことを言うのだった。
「もう至るところに」
「嘘よ、それは」
「そうよ」
姉妹はデスピーナの言葉をすぐに否定した。
「私の心はあの人にだけ」
「私も。だから」
「死ぬと仰るのですか?」
「あの人がいなくなったら本当に」
「死んでしまうわ」
「やれやれですね」
二人の嘆きに今度は肩を竦めてみせる。
「恋で死んだ人なんていないのですよ」
「それは私よ」
「私なのよ」
二人はまた言った。
「絶対にそうなるわ」
「この恋が消えたら」
「男の為に死ぬなんてそんなことはありません」
デスピーナはまた姉妹に告げた。
「別の男がその嘆きを埋め合わせてくれますよ」
「他の男を愛せる筈がないわ」
「そうよ。そんなことが」
「男心なんか風の中の羽根のようなもの」
デスピーナは男心に対しても同じ調子だった。
「何処をどうしているやら。ですから女もまた」
「どうしろっていうの?」
「今日はこの男、明日はあの男」
にこにことしながら語る。
「それでいいのですよ。男はそれこそ星の数程いるじゃないですか」
「あの人は一人だけよ」
「一人しかいないわ」
「もうわかりましたから。では私は言いますよ」
少し真面目な顔になって語ってきた。
「この苦しみを解消するには」
「ええ」
「何なの?」
「軽く遊ばれることです」
遊ぶことを勧めてきた。
「他の殿方と。軽く」
「馬鹿なことを言わないで」
「そうよ」
姉妹はそんなデスピーナの言葉に眉を顰めさせてきた。
「私がそんなことはできないわ」
「何があっても」
「おやおや。御二人が何をされていても?」
「あのグリエルモはそんなことをするっていうの?」
「フェランドも」
フィオルディリージもドラベッラもそれぞれデスピーナに言い返す。
「絶対に有り得ないわ」
「天地がひっくり返ってもよ」
「男が浮気をしないと思われるのですか?」
デスピーナは二人のその主張を頭から笑い飛ばした。
「人には聞かせられないお話ですよ」
「何処がよ」
「その通りなのに」
「男は皆一つ穴の狢ですよ。そよぐ木の葉も定めない風向きも」
今度は実によく揺れ動くものを言葉に出してきた。
「男心よりはしっかりしてますよ」
「あの人は違うわ」
「それを否定するの?」
「偽りの涙に嘘の眼差し、優しい言葉に暖かい手。それは全部殿方の特技でございます」
そういったものを全部知っている言葉だった。
「自分の楽しみの為だけに女を愛してそれで軽蔑し愛を否定し」
「昔に何かあったの?」
「貴女確か十六じゃなかったかしら」
姉妹よりも年下だったりする。
「何か随分と人生経験豊富そうだけれど」
「何かナポリのおばさんみたいだけれど」
「イタリア娘は十六でこうでないと務まりませんよ」
自分のことを強引に全体に当てはめてもきた。
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