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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第四十一話  雷鳴近づく



帝国暦 490年  4月 12日   ガンダルヴァ星系  ウルヴァシー   ナイトハルト・ミュラー



惑星ウルヴァシーの夜空は満天の星で彩られていた。いずれここが戦場になるとは思えないほど静かで美しい夜だ。
「まさか反乱軍の領内で星空を見ることが出来るとは思わなかったよ」
「そうか、私はエル・ファシルで見たよ」
「行ったのか?」
俺の問いかけに隣で空を見上げていたエーリッヒが頷いた。

「多分組織の人間も身近な人間を除けば殆どが知らないはずだ。まあ海賊だからね、何処かで商売をしていると言っておけばそれほど疑われることも無い」
「大胆だな、危険だとは思わないのか」
「帝国よりは安全さ。同盟には海賊なんていないから」
俺が笑い出すとエーリッヒも笑い出した。こんな風にこいつと笑うのは士官学校以来か……。

「済まないな、ナイトハルト。今回の戦いでは苦労をかける事になる」
「何をいまさら……、断らないでくれと頼んだのは卿だろう」
「……慣れない艦隊を率いる事になる。細かい指揮は出来ないだろうな」
「……どのみち防衛戦だ。細かい指揮は必要ないさ。ただ堪えろ、それだけだ。むしろ大変なのは卿だろう」

慣れない艦隊を指揮するのはエーリッヒも同じだ。反乱軍は総旗艦ブリュンヒルトを目指して押し寄せてくるだろう、そこに乗っているのがローエングラム公では無くエーリッヒだとも知らずに。負担は俺などよりもずっとエーリッヒの方が大きい筈だ。

「なに、指揮を執るのはメルカッツ参謀長だからね。私は指揮官席で座っているだけだ。まあ特等席で観戦しているようなものだよ、おまけに只だ。至れり尽くせりだな」
思わず失笑した。エーリッヒも笑っている。困った奴だ。

もっとも手は抜いていない。ローエングラム公の直率艦隊からトゥルナイゼン中将を外して代わりに自分の艦隊からグローテヴォール中将を編入している。理由は功に逸る人間は要らないという事だった。トゥルナイゼンは屈辱で顔を真っ赤にしていたが自業自得だろう。取り成す人間も同情する人間もいなかった。

「皆が驚いていたぞ、よくまああそこまでローエングラム公とヤン・ウェンリーの事を把握したものだってな」
「……」
「ヤン・ウェンリーを苦手な戦いに引き摺り込むか……」
エーリッヒが困ったような表情を見せた。

「本当に苦手なのかどうか……」
「?」
「まあ柔軟防御をされるよりはまし、そんな程度だろうね。過度の期待は禁物だ」
「……」
おいおい、話が違うぞ。思わずまじまじとエーリッヒを見るとエーリッヒは苦笑を浮かべた。

「そんな顔をしないでくれ、あの場ではああ言うしかなかった」
「……」
「ヤン・ウェンリーは戦場で相手の心理を読むのが非常に上手い、それは事実だ。そして守りに徹した相手に手古摺るのも事実だろう。時間稼ぎなら何とかなる、そして大兵力で押し潰す。……ローエングラム公の御気性ではその時間稼ぎが出来ない……」

苦い口調だ。それを聞いて思わず溜息が出た。
「やれやれだな、俺もとんでもない友人を持ったものだ」
「済まない、ナイトハルト」
「謝ってばかりだな。しょうがない、最後まで付き合うか」
俺が笑うとエーリッヒも笑った。二人の笑い声がウルヴァシーの夜空に響く。一頻り笑った後エーリッヒが口を開いた。深刻な表情をしている。

「私はヤン・ウェンリーの真の恐ろしさは邪道を極めている事だと思う」
「邪道?」
「少数を以て多数を破る、それさ」
「少数を以て多数を破るか……」
“ああ”とエーリッヒが頷いた。

「エル・ファシル、イゼルローン、どちらも本来なら勝てる戦いじゃなかった。しかし勝った。そして今回の戦い、本当なら同盟軍は一蹴されて征服されているはずだ。それなのに逆に帝国軍を追い詰めようとしている。有り得ない事だよ……」
なるほど、確かにその通りだ。少数をもって多数を破る事ばかりしている。

「敵より多数の兵力を集め、補給を整え敵を圧倒するのが戦争の常道だ。口にするのは容易(たやす)いが現実に行うのは容易(ようい)ではない。それを実現したローエングラム公は間違いなく名将だろう。となればヤン・ウェンリーは何と言うべきなのかな? 戦争の常道を否定してしまう彼を……」
「……化け物、かな」
エーリッヒがまた頷いた。

「私もそう思う、化け物さ。……今回の戦い、負ける事は出来ない。負ければヤン・ウェンリーは英雄になるだろう。そして少数が多数に勝つ事が常道になってしまうかもしれない。そんな事は許されない……」
「なるほど、邪道が常道になるか」
「うん」

エーリッヒは深刻な表情をしている。士官学校時代からエーリッヒの持論は戦争の基本は戦略と補給だった。それが原因で教官のシュターデンからも嫌われたが持論を曲げることは無かった。そんなエーリッヒにとってヤンは許し難い存在という事か。ウルヴァシーに残るのもそれが理由かもしれない……。

「少し冷えてきたな。風邪をひいてはいかん、基地の中に入ろうか」
「うん、そうしようか」
基地に戻りながら気になった事を訊いてみた。
「会議の後、ローエングラム公と話をしていたようだが……」
「ああ、ちょっと戦後の事をね、相談していた」

戦後? 勝った後の事か……。皆が解散する中、二人だけで話していた。
「突拍子も無い事ばかり言うと笑われたよ。でも感触は悪くなかった。最終的には総参謀長の意見を聞いてから決めると言っていた。まあ時間は沢山ある、焦って決める必要は無いさ……」
エーリッヒは笑みを浮かべていた。



宇宙暦 799年  4月19日   ヒューベリオン  ヤン・ウェンリー



『どうやら帝国軍が動き出したらしい、五日前から艦隊が動き出している。彼らの移動方向には補給基地が有る事も分かっている』
「こちらでもそれは押さえています」
『帝国軍の陣容から出撃した艦隊を除くと惑星ウルヴァシーに残っているのは四個艦隊のようだ。ローエングラム公、キルヒアイス上級大将、ルッツ大将、ワーレン大将。……どう思うかね?』

スクリーンのビュコック司令長官が問い掛けてきた。もっとも長官も答えは分かっているだろう。
「帝国軍が仕掛けてきたのだと思います。我々のゲリラ作戦を阻止するため誘引しようとしているのでしょう。我々を引き付ける餌はローエングラム公とウルヴァシーの補給物資です。両方失えば帝国軍は間違いなく撤退するでしょう」
私の言葉に司令長官が頷いた。

帝国軍は惑星ウルヴァシーに集結している。そして我々はガンダルヴァ星域からそれほど遠くない地点に分散している。我々にとって帝国軍の動向を探るのはそれほど難しくは無い。本来なら帝国軍は厳しい哨戒活動を行って偵察部隊を追い払い艦隊の動向を秘匿しようと努めるはずだ。にもかかわらずその形跡はない。こちらに敢えて情報を教えようとしているとしか判断できない。間違いなく帝国軍は同盟軍を誘っている。

『出撃した艦隊は補給基地を攻略するのだろうな。彼らが戻って来るまでの間が我々に残された時間という事か……』
「はい」
『時間の面ではなかなか厳しい条件だがそれを除けば決して不利とは言えない。兵力はほぼ同等、艦隊数は我々の方が多い』
司令長官の言う通りだ。決して不利とは言えない。

「鋭気と覇気に富むローエングラム公らしい遣り方です。自らの手で我々を討伐しようとしています。自信も有るのでしょう」
『一緒に残る指揮官もなかなか厄介な相手ばかりだ。キルヒアイス提督はローエングラム公の腹心。ルッツ、ワーレン提督は帝国領侵攻作戦でボロディン、ルフェーブルを戦死させた男達だ』
「彼らはリップシュタット戦役ではキルヒアイス提督の副将を務めています」

おそらくルッツ、ワーレンの二人はキルヒアイス提督が選んだのだろう。彼は今回の戦いが難戦になると見て自らローエングラム公と共に戦うと決めたのだ。そして既に一緒に戦い十二分に気心の知れている二人を残りの指揮官に選んだのだろう。もちろん能力的にも十分信頼できると見ての事だ。

改めて帝国軍の陣容の厚さに圧倒されそうな思いが有る。良くもここまで人材を集めたものだ。
『ふむ、ここまでは貴官の想定していた通りになったわけだ。ゲリラ戦を展開しローエングラム公を我々の前に引き摺り出す事が出来た……』
「はい」
その通りだ。この時を待っていた。唯一の勝機……。

『せっかくローエングラム公が我々を招待してくれるのだ、受けねば非礼と言うものだろうな』
「はい、向こうは我々が来るのを今か今かと待っているでしょう」
ビュコック司令長官が頷いた。
『ヤン提督、艦隊を惑星ウルヴァシーへ移動させてくれ。全軍を集結させ帝国軍に決戦を挑む』
「はっ」
敬礼をすると司令長官が答礼をしてきた。

艦隊を惑星ウルヴァシーへ移動させるように指示を出しながら思った。問題はこれからだ。如何にしてローエングラム公を戦場で殺すか……。簡単な事ではないだろう、相手は防御に徹するはずだ。しかし何処かでローエングラム公が防御に我慢出来なくなるはずだ。彼のプライドとロマンチシズムが防御より攻勢を採らせる。その時、帝国軍の陣に綻びが生じるかもしれない……。



帝国暦 490年  4月 25日   ガンダルヴァ星系  ウルヴァシー   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「随分と寂しくなりましたな」
メルカッツの言葉にルッツ、ワーレン、ミュラーが頷いた。もちろん俺も頷いている。元々は十四個艦隊がこの星に集結していたのだ。それが今では三分の一にも足りない四個艦隊に減っている。

基地の中も随分と人が少ない、寂しいと感じるはずだ。おまけに声のデカい奴と馬鹿みたいにキャンキャン騒ぐ奴もいない。惑星ウルヴァシーは至って平和だ。聞こえるのは基地の建設をしている工事の音だけだ。今俺達は大広間に居るのだがなんとも寒々しい限りだ。

「今の所、どの艦隊からも反乱軍と遭遇したという連絡は有りません」
ワーレンの言葉に皆が頷いた。どの艦隊も同盟軍と遭遇していない。つまり連中はゲリラ戦を停止しているという事だ。理由は一つ、集結して此処を目指すという事だろう。つまり決戦というわけだ。

俺が唯一心配していたのが同盟軍がこちらの誘いに乗らない事だった。このままゲリラ戦を続けられたらどうしようと思っていたのだがどうやら杞憂で済んだらしい。まあ領内で敵に居座られるのは面白くないからな。早めに決戦して帝国軍を追い出そうというわけだ。という事で今度はどうやって同盟軍の攻撃を防ぐかを考えなければならん。面倒な事だ……。

「この静けさもあと三日と持たんということですか……」
今度はルッツだ。また皆が頷いた。帝国軍の艦隊が動き始めたのが十四日。おそらく今月末には目的の補給基地に辿り着く。その前後に同盟軍は此処に押し寄せてくるはずだ。

各艦隊が出撃以降、ガンダルヴァ星域外縁部には哨戒部隊を出しているが今の所報告は無い。だがそれもルッツの言った通りあと三日とは持つまい、早ければ今日にも同盟軍発見の報告が来るはずだ。その後はどんなに短くても最低十日間、おそらくは二週間は此処に有る四個艦隊で同盟軍を抑えなければならない。同盟軍にとっても帝国軍にとっても灼熱の二週間になるだろう。そして日が経てば経つほど同盟にとっては耐え難い熱さになるはずだ。

「ナイトハルト、艦隊の掌握は上手く行っているのかな」
「まあ何とか……。自分の艦隊に比べれば多少の違和感は有る。しかし防御戦だけなら何とかなるだろう。卿の方はどうだ?」
ミュラーの問いかけに俺はメルカッツを見た。

「こちらも同様ですな。防御戦だけなら心配は要らないと思います」
「という事だ。良いんじゃないかな、変な色気を出さずに済む。ひたすら防ぐだけだ」
俺の言葉に皆が苦笑した。

俺もミュラーも一昨日まで一週間、ウルヴァシーの周辺で艦隊の訓練を行っていた。相手は必死だ、そしてヤンが居る。少しでも生き残る可能性は高くしておきたい。ルッツ、ワーレンにも手伝ってもらって艦隊訓練を行った。元々艦隊の練度は高いのだ、訓練の目的は分艦隊司令官との連動を高める事だった。

まあ人それぞれ癖は有るからな。こっちも覚える必要が有るが向こうにもこっちの癖を覚えてもらう必要が有る。ルッツやワーレンとの連携の訓練にもなったしヤンの一点集中砲火についても説明はした。無用な混乱はせずに済むだろう。結構充実した一週間だったと思う。昨日一日は休養日、後は哨戒部隊からの連絡を待つだけだ。

「問題は向こうの艦隊数が五個という事ですな」
「兵力は同等だが艦隊数は反乱軍の方が一つ多い。少々手古摺りそうです」
ルッツ、ワーレンが深刻そうな表情をしている。まあ確かにそうなんだが兵力自体は一万隻の艦隊が三個だ。

攻撃力も弱ければ耐久力も弱いだろうし新造艦や老朽艦も多いから艦隊としての練度も低いはずだ。それを考えれば一概に不利とは言えない。他の艦隊との連携を分断できれば兵力そのものはこちらの一個艦隊の六割程度だ。短時間に戦闘不能に追い込めるだろう。

「艦隊の並びはあれで問題ないですか?」
俺が問い掛けると皆が頷いた。問題なしか、これで陣形は左からミュラー、俺、ルッツ、ワーレンの順に決まった。多分俺の正面にはヤンが来るはずだ。両脇からミュラーとルッツが俺を支える形になる。少なくとも向こうはそう思うだろうな。

大広間に人が入って来た。閑散としているからすぐ分かる、リンザー大尉だ。顔が強張っているな、どうやら哨戒部隊が同盟軍を見つけたか……。緊張で身が引き締まるのが分かった。俺はこの日を待っていたのかな、それとも恐れていたのか……。メルカッツ、ルッツ、ワーレン、ミュラー、皆緊張している。ヤン・ウェンリーと戦う時が来たようだ。


 
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