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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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十八話

 
前書き
 あるところに一人の男の子がいました。
 男の子のいる場所はまっくらで、良く先が見えません。
 そんな暗い中を男の子は歩いて行きます。

 ある時、男の子にともだちが出来ました。
 歩いている途中で出会った、小さな子たちです。
 かれらの願いは男の子と一緒でした。
 外に出たかったのです。
 ですが、子供たちはずっと歩き続けるだけの元気がありませんでした。
 そこで子供たちは男の子に自分たちそっくりな小さな人形を渡しました。
 これを自分たちだと思って欲しい、と。
 いつか出れた時、それを持っていてくれれば自分たちもそこへ行けるから、と。
 男の子は人形を大切にしまい、再び歩き始めました。

 暗闇の中を男の子は一人で歩いて行きます。
 ですが、寂しくはありません。人形がいるからです。
 人形は持ち主の声を届けてくれます。見た光景を共有できます。
だから、皆と話しながら行けるのです。
 男の子は行く先でいくつもの場所を訪れました。
 明るい場所に、見たこともない光景。
 興奮、憧れ、楽しさ。そんな全てを、男の子は子供たちと共有しました。

 人形を渡されてから、男の子は歩く速さに気を付け始めました。
 地面は平らではなく、でっぱりや穴があることがあります。暗いので気を付けないと危ないのです。
 転んで人形たちを傷つけるわけにはいけません。男の子は足元に注意を払うようになりました。
 そのため走ったりはしません。歩いて行きます。
 行く先々で見える光景を楽しみにしながら、男の子はゆっくりと歩いて行きました。
 出口に向かって一歩ずつ、しっかりと歩いて行くのです。
 

 
 世界が、止まっている。
 いや、止まっているように見える。
 まるで映像機器を通している様に、写真で見ている様に。
 モノクロなのに色のついた、視界の世界が動かない。
 宙に浮いて見ているような、遠くから見ているような、俯瞰の視感が収まらない。
 それなのに、とても近くにいるような気がしてくる。髪揺らす風が、暖かな温もりが、感じ取れるような気がする。
 だからきっと—————これは夢、なのだろう。
 
 シーツに包まり寝ている私の傍に、一人の女性が座っている。
 止まった世界の中唯一人、住んでいる世界が違うかの様に、異物の様に、その手を動かしている。
 手を動かして私の頭、顔を撫でている。
 撫でられた所から生が移されたように髪が揺れる。
 とても優しく、命を渡される様に見えぬ瞳に温かさを感じる。
 ずっと昔、誰かにしてもらった懐かしさ。あの時、私の名前を呼んで横に居てくれた二人は誰だっただろうか。
 
 あの頃は世界が怖くて、でも二人の温かさを感じていると不安何て無いように思えた気がする。
 そんな頃をふと思い出す。
 顔にかかる髪を払いながら、優しく私を撫でてくれる。

 そんな青く光る女性の夢を、見た気がした。





 小さな振動が連続的に伝わり、それに続くように小さな振動が生まれる。
 前者は不規則に、床の下に広がる荒い世界を示すように。
 後者はある意味規則的で不規則で、それを生み出す存在の難解さを示すように。
 ああ、なんでこうなったんだろう。
 そう思いながら、レイフォンは後ろを振り向いた。

「えーと、何か用アイシャ?」
「いえ、レイフォン。特に用はない」

 自分のすぐ後ろに付いて来る少女、アイシャは小さく否定した。

 ベリツェンから暫く時間が経った。
 助けられた少女、アイシャの体も段々と元気になって行った。
 髪は艶を取り戻していき、浮いていたアバラはその影を小さく、声も戻り肌の荒れも無くなっていった。
 それはとても嬉しい事だったのだが、同時に一つ困ったことも発生した。
 アイシャがレイフォンの後を付いて回る様になったのだ。
 いつも、というわけではない。レイフォンから離れ他のメンバーと話していたり、ボーと一人でいることもある。
 だが、ふと思い立った様にレイフォンの後をついて回りその行動を見るのだ。
 本を読もうと思えば一緒に近くで読む。料理しようとすれば近くで見たり少し手伝ったり。
 その行動に疑問を呈すれば、どうしてそんな事を聞かれるのか分からない、といった風に逆に疑問を浮かべる顔をされる。
 その行動の理解出来なさに、色々とレイフォンは困ったりもしていた。


 椅子に座ってレイフォンは本を開いた。
 ベリツェンから盗み、もとい回収した教材の本だ。
 内容的に何かあるわけでもなく、学術的価値のある物でもないため旅団ではなくレイフォンの個人所有物になっている本だ。
 
(……連立定方式、だっけ)

 この間教えられ、微妙に間違って覚えた名前を思い出す。
 レイフォンの最終学歴は初等学校卒である。正直書かれている事なんて理解できないし、理解する気もない。
 武芸一本、勉強何それの道を爆進する事を志していると言っても過言ではない。
 今こうして読んでいるのも、せっかく持ってきたのだからといった思いや、勉学に対する興味が一応ではあるが無いわけではないことから来る興味故。流し読みの様なものだ。
 けっして、僕は勉強がしたいんだ! 勉強をさせろ!! などと幼馴染に聞かれれば殴られて病院に連れて行かれるような愚かな思いからではない。

「何で線を交差させてるんだろ……」
「本。何を読んでる?」
「勉強のだよ。数学ってある」

 アイシャの問いに答える。
 軽く頷いたアイシャはレイフォンの手元を覗き込む。

「学校で使ったよ、これ」
「へぇ、そうなんだ」

 まあ、あの都市に有ったのだからそういうこともあるだろう。
 武芸者でもない一般人で、年齢から考えれば何も可笑しい事ではない。
 そもそも、武芸に絞り過ぎているレイフォンが色々と可笑しいのだが。

「そこ、この間習ったとこ。レイフォンはどの辺りまで習ってる?」

 うぐっ、とレイフォンは返答に詰まる。
 正直、本の一番出だしにあるおさらいみたいな所しか分からない。だが、パッと見無表情なくせに何だか期待しているような気がするアイシャの瞳につい目をそらしてしまう。
 何故だか知らないが、アイシャは武芸者という存在に尊敬染みたイメージを抱いている様だとレイフォンは感じている。

「一年以上故郷を離れてるからそれ以来勉強してなくって……ゴメン、書いてある事全然わからない」
「? 何で謝る?」
「なんとなく、そんな気がしたから、かなぁ」

 そう、とアイシャ納得する。
 アイシャはレイフォンが出稼ぎの途中なのだと知っている。食糧危機やそれに関する事など、細かいことは伝えていないが孤児院でお金が必要だからしている、とこの間色々あった際に伝えた。
 勉強がダメだという発言を気にした様子もなく、アイシャが言う。

「なら、勉強してるんだ」
「いや、その、ちょっと興味があっただけ。勉強苦手だから」
「勉強嫌い? 生きていくのに必要で、知ることは楽しいって先生は言ってたけれど」

 うーん、と何だか言うのを少しためらってしまう。

「武芸だけで生きてけると思うし、そのつもりだから。嫌いじゃ無いんだけど、知って楽しい事と楽しくない事があるし……楽しくない事の多いって言うか頭痛くなるって言うかリーリン怖いって言うかえーとその……自分で言うのもアレだけど、バカだから苦手なんだ。分からなければ知ってる人に聞けばいいかなって」

 それは出稼ぎをする前ならば主にリーリンで、している今ならばシンラなのだろう。
 学業を舐めた非常にアレな発言だが、アイシャは特に何も言わずにレイフォンの隣に座った。
 そして、レイフォンのそれとは違った別の教材へと手を伸ばす。

「隣で読んでいい?」
「別にいいよ。一緒に読もう」
「ありがとう」

 そうして二人は昼食で呼ばれるまで本を読んだ。
 ちなみにアイシャの方が読む速さは何倍も速く、理解も速かったというのは言うまでもない。




「もうそろそろヨルテムに付くよ。だから、準備をしておいた方が良い」

 昼食の席でシンラはそうレイフォンに言った。

「先ほど山の向こうに見えたらしい」
「今日ですか。まあ、そろそろでしたよね」
「ああ。もう暫くで見えるはずだ。君との契約も今日が最後だな」
「そうですね。寂しいですけど」

 一年と数ヵ月。色々あったが、楽しい日々だったと思う。
 仲良くなった相手と別れるのは寂しい事だが、仕方がない事だ。

「色々と話すこともあるが、着いてからでもいいだろう。直ぐに別れるという訳でもない」

 そう言い、シンラは視線をレイフォンの隣にいるアイシャの方に向ける。

「まあ、そう言う訳だからよろしく頼むよ」
「分かりました」

 止めていた手を動かし、食事を続ける。
 食べ終わる頃、エリスから都市が見えたという報告が入った。
 言われる方角の先、確かに歩く都市が見える。

「あれなら一時間程度で着くだろう。準備しておいてくれ」





 ヨルテムの中心街から少し離れた場所。一年以上前、シンラと契約した店にレイフォンとシンラ、それとエリスを始めとした旅団数名とアイシャはいた。
 
「契約した場所で契約を終える、というのが好きでね。さっそくだが、話を進めよう」

 そう言い、シンラは一枚の紙を出す。
 レイフォンとシンラ。互いの名前が書かれた契約書だ。
 そこに最後のサインが入れられることによって、護衛の契約は終わる。既にシンラのサインは入っている。レイフォンが書けば終わりだ。
 契約金は既に受け渡された。名前を書く以外、もうすることはない。
 出されたペンを受け取り、紙を手に取って何とはなしに書かれている内容をレイフォンは読み直す。

「結構急ですよね。まだいるんですし、明日でも良くないですか」

 レイフォンは次のバスが来るまでホテルに泊まる。だが、今日一日だけは旅団が取った宿の方に泊まることになっている。だからこそ、明日別れる時でもいいのではないかとレイフォンはシンラに言う。

「それは良くない考えだよ、レイフォン」

 だが、シンラはそれを拒絶する。

「契約と言ったように、金銭が絡むことに関しては早くした方が良い。君の言うそれは、報酬の受け渡しもその時にすればいいと言うのだろう?」
「まあ、そうですね」

 そういうことになるのかな、とレイフォンは思う。
 それに対し、シンラは首を小さく振る。

「そういう考えは改めた方が良い。既に君との契約条件は満たされ、僕達は自前の放浪バスを持っている。もし、僕達がそれに頷き、明日君が目覚めた時僕達が都市を去っていたらどうする」

 軽く想像する。
 つまり、報酬は前金だけで残りを払われないまま逃げられる、ということだろう。

「……えーと、どうしましょう」
「ただ働き、という事にはならないが報酬が著しく少なくなってしまう。それに、この世界では相手を捕まえる事は非常に難しい。個人契約な以上、ほぼ不可能だ。契約の仕方によってはただ働きになることもある。騙されれば泣きを見る」
「……話は分かりました。でも、シンラさん達が騙すなんてことするようには思えません」

 一年以上共にいて、色々と世話になった相手だ。どんな人達かぐらいわかっている。
 だから、そんなことをするだなんて想像出来ない。

「無論、僕達に騙すつもりなんてないよ。捕まらなくても悪評は流れる。色々あって今の旅団の名前を掲げて四年。いつまで続くか分からないが、変えるつもりはないしね。信頼にもつながる」

 だけど、とシンラは続ける。

「騙す人間も世の中にはいくらでもいる。昨日までニコニコしていた相手が、今日になって手のひらを返すこともある。騙すということへの第一歩は、相手に自分を信頼させることなのだから。金は人を変えるし、信頼や情を金に換える人間なんていくらでもいる。かけた時間と向けられる信頼の大きさが、奪える金額の大きさになる。だから、こういったことは先にやった方が良いし情とは別に考えた方が良い事が多い。迷いや躊躇いは無くして確実な事をする方が良い」
「そうですか」

 正直細かいことは良く分からなかったが、お金の事に関してはある程度シビアになった方が良いという事だろう。
 相手の事は信頼し過ぎず、確実な事をしろ、ということだろう。
 昔何かあったのだろうか。
 そう思いながらレイフォンは紙にサインした。

「サインしました」
「確かに。すまないね、変な事言って。最後の方関係なくなってたし」
「いえ、勉強になります」
「ふふ、そうかい。それは良かった。何か頼むかい? デザートでも奢るよ」
「あ、いいんですか?」

 メニューを開き、品に目を通す。
 長い契約の終わりだ。食べながらするのもなんだろうと頼むのを控えていたのだ。
 そういえば他の人達を待たしてしまったなと、ふと隣のテーブルに視線を移す。

「半熟卵のカルボナーラ、石釜焼きピッツァ、羊の香草包み、特攻野郎の爆弾チキン、店長の半生ぶつ切り青春ラーメン、フライドポテト大盛り、イチゴパフェ。以上でよろしかったでしょうか」
「はい」

 いいえ、よろしくないです。

「半熟卵久しぶりですね」
「燻製肉は飽きたからうめー」
「辛い! 次の一口が怖い! けど止まらん!!」
「塩辛いな。それに少し苦い。まずいというのに、なんだこの涙は……」
「んっ……冷たくて、甘い」
「……エリス」

 シンラの声に、カルボナーラを食べているエリスがこちらを向く。

「ずっと保存のきく物ばかり食べていましたので、色々と食べたくなりました」
「うん、それは分かる。でもさ、隣で真面目な話をしているんだからさ、こう……いや、いいや。好きに食べてくれ」
「言われずとも」
「はぁ。こっちも何か頼もう。決まったかい?」
「え? ああ、はい。じゃあこれで」

 シンラのと合わせ、いくつか注文する。
 
「料理が来るまで有る程度時間がある。次の話でもしよう。レイフォンはこれからどうするつもりなんだい?」
「グレンダンへ帰ります。なので、バスが来るまでヨルテムで時間をつぶします。シンラさん達は?」
「一週間ほどここに滞在するよ。色々と揃える物もあるしね。その後都市を出るつもりだ。次の行き先がグレンダンなら乗せて上げることも出来たけど、違うからね。グレンダン行のバスは確か十日後ぐらいだったはずだから、大体一週間後に本当にお別れだね」

 シンラが一枚の紙を渡して来る。
 見れば、どこかの住所が書かれている。

「僕の故郷での住所だ。僕当てに出せば、その時滞在している都市の住所に向けて親が送ってくれるようになってる。実家との定期連絡はその為の物だしね。何か面白い事や不思議な事件でもあれば、是非教えてほしい」
「なら、僕の住所も」
「ああ、レイフォンのは知ってるからいいよ。前聞いたし」

 言ったっけ? と思いながら住所の紙を仕舞う。
 
「さて、ではとても大事な話に移ろうか。といっても、そう時間は掛からないがね」

 シンラが言う言葉に、まだ何かあっただろうかとレイフォンは疑問に思う。

「何の話ですか?」
「ああ、彼女だよ」

 シンラの視線の先に目を向ける。
 その先にはレイフォンのすぐ隣、一つ横の椅子に座るアイシャの姿があった。
 ポテトをフォークで刺していた彼女は視線を向けられ小さく首を傾げる。

「エリス」
「はい」
「それと、皆も食べながらで良いから聞いといてくれ」

 手は止めないものの、皆の意識が向けられるのが分かる。

「話って言うのは簡単な事だよ。彼女の身の振り方だ」
「……ああ」

 少し考え納得する。
 アイシャの立場ははっきりとしていない。
 汚染獣に滅ぼされた都市の生き残りで、身寄りはいない。
 旅団のメンバーでもなくレイフォンの関係者でもない。文字通りの孤児だ。
 
「今の所上がっている案は二つ」

 向ける視線を変えぬまま、ピッ、と人差し指を立てながらシンラが言う。

「①ここ、ヨルテムの孤児院に預ける。まあ、これが一番妥当と言うか、普通だね。特に言う事はない」

 家族のいないものは孤児院へ。
 レイフォンもそれと同じ境遇だ。妥当、という言葉には納得できる。
 続き、中指が立てられる。

「②僕達が連れて行く。そのままメンバーに成ってもいいし、途中で気に入った都市が有れば降りてもいい。人生経験だけは無駄に積めると思うし、波乱万丈な人生を約束しよう」

 親類縁者がいないのならば、少しでも付き合いのある者達と共に。
 さほど長くはないがあの都市から連れ出し、共に生活してきた相手だ。誰一人知り合いのいない都市に残されるよりはいいかもしれないね、とシンラが言いその手を小さく揺らす。

「アイシャ・ミューネス。君はどっちを選ぶ?」




 疑問でも無くどちらかへの肯定でもなく、アイシャの返答は無言だった。
 無表情は変えぬまま、見つめるシンラへ向ける視線が細まりフォークを握る手に力が入る。
 
「不安なのも分かる。だが、君の意見を無視して決めるわけにもいかない。人生を決める判断にもなる。出来れば自分の意志で決めてもらいたい」
「あの、何で今なんでしょうか。それにどうして僕にも言うんですか?」

 レイフォンが疑問を言う。

「ああ、いや。単純に忘れていてね。もうそろそろヨルテムだな、と思ってたらこの事を思い出しでね。それが昨日だった」
「うわぁ……」
「レイフォンとももうちょっとでお別れか、次どこ行こうかなとか考えてたらもう一人いることを思い出してさ。いやいや、疑問を持たず普通に連れてきそうだったよ。レイフォンに言ったのは単純に教えない方が変だからだ。自分だけ知らないとか嫌だろう」

 確かに、仲間はずれみたいで確かに何か嫌かもしれない。

「でだ、アイシャ。どっちにするかい? 悩むなら何日か考えて」
「……レイフォンは、どう思う?」

 言葉を遮り、アイシャがレイフォンに聞く。

「うーん、聞かれても困るけど……孤児院、かなぁ。僕が孤児院出って言うのもあるけど、どこかにいた方が良いと思う。帰る家が有るって大事だと思う」

 思い出すのはリーリンやクラリーベルや兄妹の事。
 クラリーベルは違うが、出稼ぎに出たのは彼らの為だ。
 誰かの為に頑張って、帰る場所がある。それは大事なことだと思うし、支えにもなるのだと今回知った。
 なら、どこか一か所に居た方がいいんじゃないかと、なんとなくそう思う。

「ここの都市なら、何かに不自由することも少ないと思う」

 グレンダンよりもずっと豊かで、人の流れが有る場所だ。少なくともグレンダンで昔あった食糧危機の様なことはないだろう。
 あんなことがまた起こるとは思わないが、豊かだという事は大事だ。
 
「そう……」

 アイシャはそう言い、レイフォンの方を見て続ける。

「レイフォンについて行くのは、駄目ですか?」
「……うぇ?」

 思ってもいなかった返答に変な声が出てしまう。
 シンラが口を開く。

「それも考えたが、直ぐに却下した」
「ええ。子供に子供を預けるなんて認めるのは、大人として責任が問われます。見知らぬ誰か、なら放っておきますが、知った相手ならそういう訳にもいきませんので」

 ポテトをつまみながら、エリスが言う。

「ここ一年近く見てきましたが、レイフォンは十分子供です。任せるわけにもいきません」

 それは、どうしようもないほどに正論だ。
 だからレイフォンとしては特に言う事はない。
 それらを聞き、そう……と呟き、それでもアイシャは首を縦には振らない。

「私はレイフォンと一緒が良い」

 表情を揺らさないまま、アイシャが再度意思を言う。不安からかその手のフォークを軽く回して持ち替える。
 困ったなと思いながら、レイフォンはアイシャを見る。

(……あれ? 何か……)

 ふと、心に何かを感じた。
 アイシャの表情から感情は読めない。だが、何だか不安定さを感じる。
 小さく揺れる瞳に、表に出さないままに抑えられているような、不安の様な物が感じられる気がする。
 これに似たものを、どこかで見たような気がする。
 何故だか、放っておくわけにはいかない危なさ、そんなひっかかりがある。

「そういった気持ちが有るのは分かるが、流石にまだレイフォンは子供だからねぇ……負担も大きいだろう。やっぱり一番妥当なのはここに預けていくことじゃないかエリス」
「そうですね。まだ決まってませんが、引き取ってもらうなら話は早い方が……」
(……思い出した……)

 二人の話に思い出す。
 昔の、妹の姿だ。
 食糧危機の時、他の孤児院に引き取って貰った一人。その後どうなったのか知らない自分の兄妹の一人だ。
 状況は違うが、なんとなくその姿がダブってしまう。
 どこにいくのか分からない。違う所になんて行きたくない。そんな思いを抱いていたであろう彼女を思い出す。
 
「連れて行くの、ダメでしょうか」

だからなのか、つい、レイフォンは口を開いていた。

「……何を言っているレイフォン」
「ええと、だから一緒に行っちゃ駄目かなって。僕の家孤児院ですし、大丈夫と言うかなんというか……昔から家族が増えるのとか良くありましたし違う孤児院もいくつもありますし。僕は子供だけど他の人とか、えーとその……うーん?」

 自分でも良く分からなくなって首を捻る。
 ああ、とシンラが頷く。

「そういえば君の実家は孤児院だったね。つまりあれかい? 自分が引き取る、じゃなく、自分の孤児院が引き取る。ヨルテムの孤児院でなく、グレンダンの孤児院に。管理者の大人もいるから大丈夫だと」
「そうです」

 アイシャがやや驚いたようにレイフォンに聞く。

「いいの?」
「最近はなかったけど、昔はよく有ったことだよ。もしかしたら帰ったら一人くらい増えてるかもしれないし。僕の所がダメでも、他のところ探せば大丈夫だと思う」

 いくつか知っている孤児院もある。問題はないだろう。
 エリスが納得いかなげに口を開く。

「しかし、いいのですかそれで。結局の所、グレンダンまでの間レイフォンにまかせるということに……」
「レイフォンは一人でグレンダンからヨルテムにまで来てる。なら、戻るのだって大丈夫だろう。なら、こうしようじゃないかレイフォン。君と新しく契約を結ぼう」

 楽しげに笑いながらシンラが言う。

「ヨルテムからグレンダンまで、アイシャ・ミューネスの護衛を依頼しようじゃないか。依頼金も全額前払いだ。ベリツェンで手に入れた利益の内からね。引き受けてくれるかい?」
「———分かりました。引き受けます」

 それは良かった、と面白げにシンラが笑う。
 見れば、アイシャから感じていた不安定さもなくなっていた。
 ありがとう、とアイシャから言われ、どうもとレイフォンは返す。
 フォークを持つ手からも力が抜け、再びその先をポテトに向けられる。

「それはそうと、料理が来るのが遅いな」
「ただ今ご注文の品をお持ちしました——」

 シンラが呟くと同時、ウェイターが料理を運んで来た。





「僕達はあと数日ここにいる予定だから、何かあれば気軽に来てくれ」
「はい。色々と有難うございました」

 そう言ってレイフォンは頭を下げ、続くようにアイシャも頭を下げた。
 あれから一日。今はヨルテムに到着して二日目の昼前。シンラ達の宿((拠点))で一泊したレイフォン達は、新しい契約の金を受け取ったりし、荷物を持ってそこから出て行った。
 二日目以降は別々なのだ。一週間とシンラは言ったが、決まっているわけでもない。予定が早まることもある。だからだ。
 別れを告げた後、レイフォン達は近くに取った宿に荷物を運び終え、時間も時間だったので適当な店で昼食をとることにした。
 
「バスが来るまで、何してよっか」

 ドリアを食べながら、レイフォンはアイシャに言う。

「レイフォンは、何かしたいことは?」
「特にないかな。お金は必要なだけ貯まったし。時間もそんなにあるわけじゃないから。アイシャは?」
「同じ。特にないな。……本を読めれば、読みたいかもしれない」

 もそもそとサンドイッチを食べながらアイシャが答える。

(……食べるのゆっくりだ。一口一口が小さいなぁ……)
「へー、なら適当に街を回ってみる? どこに何が有るか知らないし」

 どうでもいいことを考えながら返答する。
 そもそもレイフォン的には本を読みたいというのが凄い。読んでいるだけで頭が痛くなってくるじゃないかと思う。
 そんな事を思っているとふと気になったので言う。

「なら、目治す? それだと本読みづらいと思うけど」
「かかるでしょう、お金。別にいいよ」
「お金だったら結構あるし、どれくらいかかるか分からないけど大丈夫だと思うよ。傷もあるし」
「……そう。でも、別に気にしないから、傷とか」
「なら、目だけでもいいけど治した方が良いと思うけど……」
「分かった。考えとく」
 
 長い髪で隠された方の眼を見ながら、そんなものなのかな、とレイフォンは思う。
 消そうと思えば消せたが、残っている自分の腕の傷跡の様な物だろうか。
 そんな話をしながら、二人は食事を続けた。


 それからの八日間、レイフォン達はヨルテムを回った。
 古本屋に行って立ち読みをしたり((レイフォンは頭痛を堪えた))。
 シンラ達と会い、露骨に怪しい店に入ったり。
 都市の同年代の子供と知り合ったり、色々とした。
 アイシャの眼を治そうと医者に連れて行き、完治するまでの時間と放浪バスの都合で後回しにした事もあった。
 シンラ達が出発する際、プレゼントとして各都市の特産リストなんていう訳の分からないデータチップを貰ったりもした。

 そんなこんなで八日間、色々と遊んだりして時間は過ぎて行き、レイフォンとアイシャはグレンダン行のバスへ乗り込んだ。











 彼女は走っていた。
 活剄を全開にし、建物の屋根を地の如く足場に使い駆けていた。
 思い出すのはつい少し前言われた言葉。

———そういえば、今日帰ってくるんでしたっけ。もう着く頃でしょうかねぇ……

 彼女の言葉に嘘はないし、信憑性は確かだ。
 何故もっと早く言わないのか。そう言ったら、驚いた顔が見たかった、と言われ成功したとクスクス笑われてしまった。
 彼女に色々言いたいことはある。だが、そんな事よりも心が急いた。
 考えるよりも先に、飛び出していた。
 まず何て言おう。何をしよう。
 走る間にも思考は止まらない。
 彼が帰ってきたらどうするか。それを話し合った相手もいるが、すぐさま無視して一人駆ける。
 文句は言われるだろうが知ったことか。心の中で悪戯っ子のように笑いながら抜け駆けを選ぶ。そもそも、彼に伝えたら絶対に穏やかな事にはならない。逆に抜け駆けされてしまう。
 何をしよう何を言おう。決まらないまま、壁を蹴る。
 全力の彼女にとって、そこまでの距離は大した時間もなく辿り着けてしまう。
 だから、思考の纏まらぬうちにその姿が視界の内に収まった。
 知らぬうちに小さく口元が緩み、手が腰元に伸びていた。
 ああ、簡単な事だったのだ。
 考えるまでもない。することなど最初から決まっていたじゃないか。
 そう気づき、彼女は全力で地を蹴った。
 今の自分を見てもらう。それ以外に答えなど思いつかなかった。
 近づく自分に気づいていた彼に彼女は小さく笑い、自分がしようとしていることに気づき答えてくれる彼に再度笑った。
 迷いはもうない。自分の全てをぶつけよう。
 そう思い、彼女は小さく呟いた。
———レストレーション
と。





「あれがグレンダンで合ってる?」
「うん、そうだよ。久しぶりだなあ」

 もはや目の前に迫った故郷に、レイフォンは懐かしさをこめて言った。

 

「うーん、懐かしいな。やっと帰って来たんだ」

 放浪バスから降り、帰ってきた故郷だ。
座りっぱなしのバスで固まっていた体を伸ばしながらレイフォンは言った。
 
「外縁部が広いけど、どうして?」
「汚染獣との戦いが多いからかな。外縁部で迎え撃つことが多いし」
「そんなに多いんだ」
「他の都市から比べると凄い多いってさ。僕からしたら普通なんだけど。じゃ、行こう」
 
 グレンダンまで来る人はとても少なく、ほとんど人のいない停留所を後にする。
 向かう先はレイフォンの家である孤児院だ。
 
(……ん?)

 歩く途中、レイフォンはとても懐かしい剄の波長を感じた。
 しかも、それがこちらに向かっていることに気づく。

(えー………え、ええー………これって)

 隠す気配などないそれに、ついため息が漏れる。何をするのか丸わかりだ。
 どうしようもない諦めと懐かしさが胸に溢れる。
 前は嫌だったはずなのに、どこかで嬉しさを感じてしまっている自分に呆れてしまう。
 ああ、帰って来たんだと実感がわいてきてしまう。

「ちょっと後ろに下がっててくれるアイシャ。出来れば少しの間ここで荷物を預かって貰っていい?」
「分かったけど……どうかした?」

 疑問を浮かべるアイシャに、レイフォンは余計な荷物を降ろしながら苦笑して答える。

「友人がさ、来てるんだ」
「友達が?」
「どうなんだろうね。良く分かんないや」
 
 訳が分からないと首を傾げるアイシャに曖昧に返し、前に出る。
 自分だって良く分からない。
 他人というには近すぎ、只の友人と言うには関わりが多く、家族と言うには遠い。やはり、友人と言う他に今のレイフォンには言葉が思いつかない。
 まず何て言おう。ただ今、なんて言うのは気軽すぎる。もう少し距離があった方がいい。軽く言える感じでいい。
 そんなことを思いながらレイフォンは思考を切り替え活剄を行う。
 視界に移った彼女に答えるために。
 情けない自分を見せないために、全力で答えるために。
 それでもつい浮かぶ呆れた表情に苦笑し、レイフォンは全力で踏み込みながら錬金鋼を復元した。
 手に現れる剣と、迫る彼女の剣とが触れ合う間際レイフォンは言った。
 どうしようもないほどの笑顔を浮かべる彼女へと。







「お久しぶりです、クラリーベル様」






 ぶつかる剣の音が、その返事を返した。

 
 

 
後書き
(料理出来たけど、あの席持ってきづれぇ……話重すぎだろ)
                 byウェイター  in喫茶店

 クラリーベルは俺の嫁! で書き始めたこの二次創作。最近、ニーナ浮気し始めてる自分がいる 
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