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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第三十七話 護衛任務

帝国暦 490年  2月20日   ガンダルヴァ星系  ウルヴァシー    コルネリアス・ルッツ



「驚いたな、ワーレン提督」
「うむ、驚いた。我々だけでなくロイエンタール、ミッターマイヤー提督までが輸送部隊の護衛とは」
「うむ」
総旗艦ブリュンヒルトの廊下を歩きつつ互いに嘆息を漏らした。

輸送部隊の護衛担当者が決まった。選んだのは黒姫の頭領だ。自ら護衛部隊の総指揮官を志願しローエングラム公に許されると残りの指揮官を指名した。ロイエンタール、ミッターマイヤー、ケンプ、ワーレン、そして俺……。

驚く皆に黒姫の頭領が含み笑いを洩らした。
“私の予想では同盟軍は輸送部隊の撃破を狙うはずです。護衛部隊が有ればその指揮官を確認しようとするでしょう。その時、護衛部隊の指揮官がアムリッツアで同盟軍を叩きのめした指揮官だと知ったら同盟軍はどう思うか……”

笑うのを止めた頭領が皆を見渡す。そして低く力感の有る声を出した。
“帝国に隙無し! 同盟軍にとってこれ以上の威圧は無いと思います。戦場で敵を撃破するだけが戦争では有りますまい。敵を威圧しその戦意を削ぎ勝ち易くするのも戦争のはず”

皆が頷く中黒姫の頭領が選ばれた指揮官達に問いかけた、輸送部隊の護衛は不満かと……。俺達は顔を見合わせたが黒姫の頭領に不満を訴える指揮官は居なかった。もし不満を言う人間が居たら、そいつは馬鹿だろう。皆に軽蔑されたに違いない。

「黒姫の頭領はローエングラム公の事を大分気遣っているようだが……」
「うむ、俺もそう思う」
気遣っている。当初、護衛部隊の総指揮官にはキルヒアイス提督が名乗りを上げた。輸送船の護衛など誰だって嬉しくはない。ナンバー・ツーの自分が指揮を執る事で皆の不満を抑えようとしたのだろう。しかし頭領がキルヒアイス提督にローエングラム公の傍に居て欲しい、親しい人が傍に居た方が公も心強いだろうと言って止めた。

「となるとあの噂は何なのかな、頭領がローエングラム公に不満を持っていると聞いたが……。今日の様子では欠片もそんな事は感じられん、ルッツ提督も噂の事はご存じだろう?」
ワーレン提督が首を傾げている。

「詰らん事を大袈裟に騒ぐ連中が居るのさ、もっぱら若い連中だがな。……卿はイゼルローン方面に配属されたから知らんだろうが、オーディンからフェザーンに向かう航海でローエングラム公の艦隊の後ろに頭領の艦隊が有った。公としては頭領への信頼を表したのだろうが頭領は上に立つ者としては不用心だと言ったらしい」

ワーレン提督が不思議そうな表情をしている。
「不用心……、どういう事かな?」
「誰かが頭領の艦隊の人間を唆すかもしれない、そういう事だ。俺の艦隊なら何かの間違いで済む、しかし頭領の艦隊なら誰かが頭領に責めを負わせろと騒ぐだろう。或いは反逆と決めつけて攻撃するか……」

「なるほど、有り得るな。地球教か……」
「地球教だけとは限らないがな」
「……」
「上に立つものは無用な危険を冒すべきではない、そう言ったらしい。まあそれがきっかけで頭領と公は位置を交換したんだが……」
「それを不満と取ったか」
ワーレン提督が左腕を摩っている。彼は地球教討伐で左腕の肘から下を失った。地球教の恐ろしさ、厭らしさを思い出しているのかもしれない。

「それとフェザーンで新年のパーティを開いたのだが黒姫の頭領はパーティが始まると直ぐに帰ってしまった。ローエングラム公に挨拶無しでな」
「……」
「まあ頭領は酒が飲めないしパーティは余り好きではないらしい。引き留められてはかなわんと挨拶はしなかったらしいが……」
ワーレン提督が妙な顔で俺を見ている。

「それで不満を持っていると?」
「まあそうだ。馬鹿馬鹿しいだろう?」
「話にならん……」
呆れた様なワーレン提督の表情に思わず失笑した。

「面白くないのさ、頭領なしでは我々はここまで来られなかった。その事は皆が理解している。イゼルローン要塞もフェザーンも頭領が落とした。この遠征そのものが頭領の御膳立てによるものだ」
「うむ……」

「おまけに頭領は今回の遠征、勝ち戦なら前に出ない、負けそうになったら出ると言っている。これだけ圧倒的な戦力差が有って負けるとはどういう事か、自分達を、ローエングラム公を馬鹿にしているのかと不満に思っている者も多い……」
「……若い連中か……」
「うむ」

この宇宙から戦争が終わりかけている。その事で若い士官達の間で焦りが生まれている。戦争が無くなれば昇進の機会は無くなる。武勲を挙げ地位を上げたいと考えている彼らにとって今回の遠征は最後のチャンスだろう。そんな時に頭領に負けそうになったら出ると言われた……。

お前達で勝てるのか? 武勲を挙げることが出来るのか? 揶揄されていると思ったとしてもおかしくは無い。それでなくとも武勲では到底頭領に及ばないのだ。その事も彼らの気持ちを複雑にさせている。我らでさえなかなか受け入れることが出来なかったのだ。若く焦りのある彼らにとってはさらに受け入れがたい現実だろう。

「実際どうなのかな、今度の護衛、頭領が指揮を執るという事は帝国軍は負けそうという事かな」
ワーレン提督が困惑を浮かべながら問いかけてきた。
「さて、……少なくとも勝っているとは言えまい。そうではないか、ワーレン提督」
「うむ、……確かに言えんな」
ワーレン提督が右手を顎に当てている。

「補給を守り抜いてようやく五分以上だろう、失えば……」
「短期決戦を強いられるか……。負けるとは思わんが我らにとっては面白くない状況が発生するな。頭領が前に出ると言うわけだ……」
ワーレン提督の言葉には溜息が交じった。

「思ったより反乱軍は手強い。連中は負ければ後が無い、その事を過小評価していたようだ。楽に勝てると思っていた」
俺の言葉にワーレン提督が大きく頷いた。
「確かにその通りだな。最近勝ち戦続きだ。何処かで反乱軍を甘く見た、油断したという事か……」

その通りだ。何処かで反乱軍を甘く見た、簡単に勝てると思っている。若い連中の焦りもそこに有るのかもしれない。簡単に勝利が、武勲を得る事が出来ると思うが故に今回の機会を逃がしたくないと思ってしまう……。勝利を得ることの難しさを理解すれば武勲を上げる事よりも勝つ事に対して真摯に向き合えるのだが……。



帝国暦 490年  3月 15日    マーナガルム  コンラート・フォン・モーデル



艦隊はランテマリオ星系に差し掛かろうとしている。フェザーン回廊の入り口で輸送船団をメックリンガー提督から受け取ったんだけどこれまでの所は何も問題無かった。反乱軍も接触してこない。

もしかすると逃げちゃったのかな。反乱軍が逃げても不思議じゃない、なんて言っても護衛の司令官達の顔ぶれが凄い。ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、ケンプ提督、ルッツ提督、ワーレン提督。帝国でも一線級の司令官達だ、その五人の提督を黒姫の頭領が率いている。カッコいいよな、艦隊司令官を率いる海賊かあ。黒姫の頭領だけだよ、そんな人は……。

あと十日もすればガンダルヴァ星域に着くけど、どうなのかな。頭領が護衛をしてるってことは帝国軍はあまり良い状況じゃないのかな。でも一回も戦っていないし反乱軍を見てもいない。なんか変な戦いだ。リンザー大尉に訊いても首を傾げている。

艦隊が出撃するって聞いた時は皆緊張したけれど今では皆普段通りだ。なんか良く分からない……。
「最後尾のロイエンタール艦隊より入電、後方に正体不明の艦隊の存在を確認。但し、目視は出来ず」
オペレーターの声が上がると艦橋がザワッとした。皆が顔を見合わせている。

「参謀長、全艦隊に第一級臨戦態勢を」
「全艦隊に命令、第一級臨戦態勢を執れ」
頭領が指示を出すとメルカッツ参謀長がオペレーターに命令した。それを聞いてオペレーターが各艦隊に命令を出す。一気に艦橋の空気が緊張した! 凄い、これが戦闘なんだ。

「ロイエンタール提督の艦隊を相手に正対させてください。但し陣は崩さないようにと。それと索敵を命じます」
「ロイエンタール艦隊に命令、正体不明の艦隊に正対しつつ最後尾を守れ。陣を崩す事を許さず。なお索敵活動により正体を確認せよ」
頭領の指示を参謀長が命令にしてゆく。緊張するよ、空気がヒリヒリする。

艦隊は輪形陣を執っている。先頭は頭領、最後尾はロイエンタール提督。進行方向から見て右側にミッターマイヤー、ワーレン提督。左側にケンプ、ルッツ提督。そして中央には輸送部隊が有る。これほどまでに厳重に守られた輸送部隊は無いだろう。

「ロイエンタール艦隊より入電、後方の正体不明の艦隊は反乱軍で有る事を確認! 兵力、一個艦隊、約一万五千! 距離、約二百光秒!」
三十分程で報告が来た。一個艦隊、こっちが圧倒的に有利だ。どうする、反乱軍、向かってくるのか? 返り討ちにしてやる!

「やはり来ましたな」
「そうですね、もう少し早いかと思いましたが……」
「さて、どうなるか」
メルカッツ参謀長と頭領が話している。凄いや、二人ともまるで緊張していないし興奮もしていない。僕、まるで馬鹿みたいだ。少し落ち着かないと。

どのくらい時間が経ったのか、十分? 二十分? オペレータがまた報告をした。
「ロイエンタール艦隊より入電! 戦艦ヒューベリオンを確認!」
なんだろう、皆凄く緊張している。頭領に視線が集中している。
「距離を確認してください、縮まっていますか?」

メルカッツ参謀長がオペレーターに確認を命じると少しして縮まっていないとオペレーターが答えた。
「やはりそうですか、……挑発ですね」
「そのようですな」

え、挑発? 頭領と参謀長の言葉に皆の顔を見たけど誰も驚いていない。皆も挑発だって分かってたんだ。
「全艦に命令してください。現状を維持しつつ周囲を警戒するようにと」
「全艦に命令、現状を維持しつつ周囲を警戒せよ」

「総司令部に平文で通信、護衛艦隊は自由惑星同盟軍と接触セリ。同盟軍は第十三艦隊と認ム。なお、未確認ながら敵には増援が有る模様」
平文? 暗号を使わないの? 反乱軍にも知られちゃうけど良いのかな。それに第十三艦隊? 増援? なんで分かったんだろう。

通信が終わって二十分もすると反乱軍は居なくなった。意気地の無い奴。でも頭領が第一級臨戦態勢を解除したのはそれから六時間後だった。何かちょっと変な感じだった。反乱軍は攻めてこないし、頭領も臨戦態勢を執るだけで何もしなかった。良いのかな、反乱軍を逃がしちゃって……。

不思議がっている僕に謎解きをしてくれたのは作戦参謀のクリンスマン少佐だった。戦艦ヒューベリオンは反乱軍の名将、ヤン提督の旗艦でロイエンタール提督は相手はヤン提督が率いる第十三艦隊だと報告してきたんだって。頭領はきちんとそれを理解した。もしかするとロイエンタール提督は頭領を試したのかもしれないよって。

はあって思った。クリンスマン少佐は人の悪い笑みを浮かべている。味方同士でも相手を試すなんて事が有るんだ。でもますます分からない。
「良いんですか、逃がしちゃって?」
「大事なのは輸送部隊をウルヴァシーへ届ける事だ。そうなれば帝国軍は一年間戦える。だからどの司令官も戦いたいと言ってこなかっただろう?」

うーん、確かにそうだけど……。
「そんな事を言ったら馬鹿だと思われるからね」
少佐がニヤニヤして僕を見ている。お前は馬鹿か利口か、どっちだって聞かれている気がした。この人、結構人が悪そうだ。

「それだけに反乱軍としてはどうしても輸送部隊を叩きたかった筈だ。上手く行けば帝国軍は補給切れで戦わずして撤退という事も有り得た……」
「なるほど……。反乱軍は一個艦隊でしたけど増援とか有ったんですか? 頭領は増援が有るって言ってましたけど」
僕の質問にクリンスマン少佐はゆっくりと頷いた。

「多分、有っただろうね。ヤン・ウェンリー提督は名将だ、一個艦隊で六個艦隊に戦いを挑む程愚かじゃない。それなのに我々の後ろを暫く追ってきたのは味方が居たからだろう。こっちが攻めかかれば上手く混戦に持ち込んで輸送部隊を叩こうとしたんだと思うね。あの後ろに増援部隊が居たか、或いは我々の前方、側面に居たか……」

クリンスマン少佐が“怖いよな”ってボソッと言った。同感、本当に油断も隙もない。
「頭領が平文で総司令部に電文を打っただろう?」
「はい」
「あれは反乱軍に聞かせるためだ。お前達が何を考えているかは分かっている。その誘いには乗らない、無駄だから引き揚げろ、頭領はそう言ったのさ。だから暗号を使わず平文なんだ」

「はあ」
凄いや、そんな駆け引きが有ったなんて……。全然分からなかった。
「それが分かったから反乱軍は通信の後、直ぐ撤退した。帝国軍が挑発に乗る事は無い、もしかするとウルヴァシーから増援が出るかもしれない……。どちらにしろ輸送部隊を叩くことが出来ない事は分かったからね」

「凄いんですね、そんな駆け引きが有ったなんて……。僕、全然分かりませんでした」
本当に凄い、僕なんかただ興奮していただけなのに……。
「頭領が軍事においてかなりの才能を持っている事は皆が分かっていた。ただ実戦指揮官としては如何なのかという疑問を多くの人が持っていたはずだ。しかし今回の対応を見ると実戦指揮官としてもかなりの物だろう。メルカッツ参謀長も殆ど口を出さなかった。あとは実際に戦闘になってからの対応だろうね」

「戦闘……。この艦隊、戦闘に出るんでしょうか。それって帝国軍が負けそうな時ですけど」
本当に負けそうなのかな? 補給がウルヴァシーに届けば一年は戦えるんだけど……。

僕の言葉にクリンスマン少佐が“うーん”と唸り声をあげた。
「さあ、如何かな。帝国軍が有利に見えるのは確かだ。補給が届けばさらに優位は高まる。ただ頭領は我々とはちょっと見る所が違うからね。もしかすると我々には見えない何かが見えているのかもしれない。だとすると……」
「だとすると?」
少佐が僕の顔を見てニヤッと笑った。
「出るかもしれないね」



 
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