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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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十五話

 刃物の輝きが自分の思考を落ち着けてくれる
 手の内にあるのは小さなナイフ。良く砥がれた刃は切れ味鋭く、もしこのまま手に沿って添わせでもすればたちまちに肩にある様な傷跡が出来、その痕から血が浮き上がるだろう
 薄暗い部屋の中でさえ光を反射し、鈍く輝くそれを見ていると自分の意識が吸い込まれそうになるのを感じる
 それを意識しながら、自分が何をしようとしているのかを考える
 何度も自問自答し出した答えだ。迷いなどなく、後悔もない
 ずっと考えてきた答えを示し、迷いを断つ明確な証を今行うのだ

 手の内で遊ばせていたナイフを利き手で以て順手で持ち、逆手で髪を掴んで持ちナイフを首筋に近づける
 肌に触れた金属の冷たさが心地良い
 それと同時にその冷たさが最後にもう一度思考を働かせる
 してしまっていいのかと、まだ間に合うのだと。そして、こんなことをしなくとも問題はないんじゃないかと
 だが、もう決めたことだと迷いなくその思考を破棄する
 そもそも、これは証だけでなく逃げるためでもあるのだから
 最後に軽く息を吐き、肩に小さく残る傷を指でなぞる
 そして金属の冷たさを感じながら手に力を入れ


 そのまま、ナイフを強く滑らせ切り裂いた





 いまだ時早く、人気の少ない早朝
 昼ごろに比べ低い気温がどこか空気の透明さを感じさせ、動くものが少なく時が止まったかのように思える景色
 多くの人が日中は動く大きな屋敷もそれに違わず、人の景色を薄れさせている
 そんな中小さな、キィ、という小さな音がその静寂に飲まれながらも静かに響いた
 それは静かながらも断続的に響き、同時に少しずつ開いていく窓が止まっていた時を動かす
 少しずつ、少しずつと開かれていった二階の窓はある程度十分なだけ開かれるとその動きを止めた
 そのまま動きを見せず、暫し時間が経った後ショートヘアーになった一人の少女が顔を外に覗かせる
 少女は周囲を見渡し、問題がない事を確認すると手にカバンを持ちそのまま窓の外に体を乗り出させ、外に出る
 窓の外すぐ下にある縁に足を乗せてその場に立ち、開いたままの窓を外から閉める
 カバンを動かぬように腕で抱え、視線を上に向けたまま軽く屈んで上に跳んで屋根のヘリを掴む
 そのまま掴んだ手に力を入れ、少女は体を上に上げた
 少女は出来るだけ音が立たぬ様に注意したまま屋根の上を駆け、家の裏側に着くと同時に屋根を蹴り、身を空中に躍らせる
 足、腰、背中、肩の順に着地し回転して勢いを殺した少女は、少し汚れてしまった服のまま足早に姿を隠すために木々の中へと入っていく
 最初から最後まで気配を殺していた少女に気づいた者は無く、止める者はいない
 最後に一度、屋敷の方を振り返った少女は、そのまま姿を消していった






 大きな屋敷の二階、閉じられた窓の内側。少女の部屋のベッドの上には刀身が出されたままのナイフ
 そしてその傍らに美しい長い金髪と黒のリボンが残されていた













「ふあ〜あ。んー」

 朝、眠気まなこをこすりながらレイフォンは目を覚ました
 もう慣れてしまった少し硬いベッドから起き、顔を洗いに動く
 冷たい水が眠気を吹き飛ばし寝癖を直した後、隣の部屋に続く扉を開ける
 そこそこの広さを持つその部屋は椅子とテーブルなどが置かれており、毎朝朝食を食べる場所でもある
 扉を開けると同時、既に出来ている料理の匂いがレイフォンの鼻をひくつかせる

 シンラ達旅団の人員は、食事をそれぞれある程度のローテーションを組み交替で作っている
 無論、得意下手の差はあるため頻度に差が出ることはあるが、それでもある程度は交代制で行われている
 そのため、作る人によって味付けや料理の種類が違うし、味で当たり外れがある
 だが、たとえ外れの人員がいたとしても一人で作るわけじゃないので普通は心配することはない

(今日は……エリスさんとリュートさん、それとジンさんか。良かった……)

 そう、“普通”は
 レイフォンの視線が、料理の方から人の方に移される

(……うん、シンラさんは座ってる)

 シンラが座っていることを確認し、その隣に行く

 今のように都市に滞在し、二つ以上の拠点ともいえる場所が離れている場合、移動などで人員は固定されない
 それ故気づいたら自分のいる方は外ればかり、ということもあるのだ
 十五人、レイフォンを足して十六人の内当たりは四人(レイフォンはここ)で外れも五人、どっちつかずの普通の腕前が六人

「ああ、おはようレイフォン。今日はバイトは大丈夫なのかい?」
「おはようございます。今日は午前中のは休みで、ニーナさんのが昼頃なので大丈夫です」
「そうか、ならゆっくりと休んでいると良い。しかし残念だ。知っていたなら僕の当番を今日の昼から朝に変えたのに」
「……あはは、そうですか。お昼は街の方で食べるので……えーとその、今度お願いします」
(……助かった)

 そして外れでさえない“地雷”“謎”“虫けら”とされている一人がシンラだ
 前に一度食べたことがあるが、その時は酷かったとレイフォンは思い出す
 見た目は良かった。様々な食材が使われているだろうに透き通るようなスープや、蒸したのか茹でたのかよくわからないが新鮮そうな野菜がのせられた肉料理
 周りの人達の反応が可笑しいと思いながらも口に入れ、そしてその意味を知ったのだ
 あれは形容しがたい味だったと思う。どうやったらあの味が出来るのか逆に知りたいくらいだった。食材がもったいないからと食べきった自分を褒めたかった

 その後になって知ったことだが、シンラは下手というわけではないらしい
 ただ味覚の基準が人とは違い、そして“自分基準”の美味しいを作るためあの独特の味になるという話だった
 その上都市を回って知った都市特有の料理、それも珍味に当たる様なものを面白がって作るからだと旅団の人が苦々しく語ってくれた
 ちなみに、その料理の味付けに唯一大丈夫なのがエリスだとも教えられたりした










「おーいレイフォン、君にお客さんだよ」
「ふぁい? ふぉふへふは?」
「ああ、君だ。アントーク家の御嬢さんが来ている」
「ふぁい。ふぁふりふぁしたー。ふふにひひはふ」
「そうした方がいいと思うよ。何だか知らないけど急いでるみたいだったしね」
「……何故わかるのだシンラ」

 食事の歯磨きを止めて口を濯ぎ、レイフォンは外への入口に向かう
 今日は午後からのはず、と思いながらも向かうとニーナに良く似た短い髪の女性がが入口すぐそばの外で立っていた
 姉妹だろうか。この間街で会った時にニーナが来ていたのと同じコートを着て、何故だか足元にはトランクが置かれている

「……ニーナさんの姉妹ですか?」
「私だ私! 本人だ!! 髪くらいで間違えるな!!」
「おはようございます。どうしたんですかニーナさん。今日は午後からじゃ……あれ? もしかして僕、時間間違えてます!?」
「……おはよう、レイフォン。時間は間違えてない。もっとも、もう必要がなくなるがな」
「はい?」
「少し挨拶がしておきたくて来たんだ。こっちの方に居てくれて助かった」
「挨拶、ですか?」

 挨拶をするためにコートを着てトランクを持ってくる
 そんな理解できない現状に首をかしげるレイフォンを見て、ニーナが苦笑する

「ああ。今日で最後になるだろうからな。世話になったんだ、別れの挨拶ぐらいしておくべきだと思ってな」
「んん? え……最後?」

 まだよく理解できていないレイフォンに対し、ニーナははっきりと告げた


「今日、私はシュナイバルを出て学園都市に行く。お前と会うことももうなくなる。今まで色々と教えてくれてありがとう、レイフォン」











「さて……どうなるかな」
「何してるんですかシン。あれは……レイフォンとニーナ・アントーク?」
「そうだよ。今良い所なんだから静かにしていてくれないかエリス」
「……どういう、状況だか、教えてくれますか?」
「錬金鋼をグリグリ押し付けるのは止めてくれ。……ほら、二か月くらい前に話を聞きに来たことがあったじゃないか。どうやら、その結果を出しに来たみたいだね」
「二か月前……? ああ、あのトランクはそういう……悪趣味ですねシン」
「そういいながら何もせず、一緒に聞き耳を立てる君が僕は大好きだよ」
「……煩い。もう少し詰めて下さい」
「いやあ、昔を思い出すなぁ。うん」













「今日まで言えなくてすまなかった。前もって告げておくべきだったな」
「あ、はい。ありがとうござ……って、え!? 出て、く……? 学園都市……え、何がどうしたんでそのような、えーとその……」

 急に言われた言葉に混乱し、言われた言葉を頭の中で繰り返しながらレイフォンは唸る

「……えーとつまり、シュナイバルから他のレギオスに行くってことですか?」
「ああ、その通りだ」

 良く出来ました、とばかりにニーナのレイフォンを見る目は温かい
 伊達に半年以上教導を受け、武芸以外でのレイフォンの頭の悪さを知っているニーナではない
 もしこれがテストか何かなら、ニーナは思わず花丸をつけていただろう程の目であろう

「……そういえば、どうして時間が違ってもいいんですか?」
「教える私がいなくては何も出来ないだろう?」
「……ああ、確かにそうですね」

 うんうんと一人納得するレイフォンは気づかないが、レイフォンを見るニーナの目がさらに温かいものになった

「それにしても急ですね」
「ああ、親に黙って受験したからな。余り周りに知られるわけにいかなかった。親にばれて言い争って、今日も軟禁されていたのを抜け出して此処まで来た」
「……両親と喧嘩してそのまま家出ってことですか?」
「……そうだが、嫌な言い方をするな。まるで聞き分けのない子供の癇癪の様じゃないか。私はそんなことはしな……いや、なんでもない」

 微妙に嫌な言い方で言われ不満げに眉を顰めながら否定しようとし、どうしたのかニーナは急に言葉を濁し視線を明後日の方に向けた
 そのことに対して不思議に思いながら、一つ疑問が浮かび上がる

「それにしても、どうして他の都市に行くんですか?」
「ずっと前から外を見てみたくてな。今日、それを行動に移せたのはレイフォン、お前の御蔭だ」
「え、僕ですか?」

 突然自分の御蔭だと言われ、疑問を浮かべるレイフォンにニーナは嬉しそうに語り始める

「ああ。だからお前には是非私の気持ちを、思いを聞いて欲しい。……勝手な話だが、聞いてくれるかレイフォン?」

 その言葉がどうしようもなく嬉しそうで力強く、自分に聞かれているはずなのにどうしてか断ってはいけないような気がした
 だから、気が付いたら何も言えないまま首を縦に振ってしまっていた



「私は、外に出たかった」

 眼にその力強さを浮かべて感情を表しながらニーナが口を開く

「自律型移動都市(レギオス)に生きる私たちは、一生のほとんどを一つの都市の上で終える。人々を守る武芸者など特にそうだ。外には怖い汚染獣がいるからと。都市を守らなければいけないからと。籠の中の鳥のように自分から外に出ようとしない」

 それは普通の生き方に、親から教えられる世界のありかた。疑問を持つことに疑問を持つような、世界の事実。

「だが、一方で都市間を行き来する人たちもいる。彼らは私たちが見れない世界をたくさん見ている。それがどうしようもなく羨ましかった。私も、自分の目で知らない世界を見てみたかった」

 ニーナの言葉の力強さが、レイフォンには理解できない
 どうしてなのか、聞けば聞くほど自分とニーナの間が遠いように感じてしまえてくる

「“都市を守る”。その思いは私の中にあったが、外から与えられた物で自分の物ではないと不安があった。だから、外に出たかったの」

 ニーナが自嘲するように小さく笑う。

「だがやはり思いきれなくてな。試験を受けたというのに、無理矢理に出ていくことに罪悪感が出てしまった。シンラさんの話を聞いて後押しされながらもそれは大きくなった。その時私の心を決めてくれたのがお前なんだ」
「僕……ですか?」

 ニーナ瞳がレイフォンを捉える。
 真っ直ぐに力強くその瞳を見据えてくる。

「お前の過去を、背負っているものを聞いて自分がどうしようもなく何も知らないのだと思い知った。だから、私は外に出ることを、自分の知らない世界を見ることを決めたんだ。あの時のお前の言葉があって、私は今ここにいる」

 どうしてそう前向きになれるのか。どうしてそう力強い瞳が出来るのか分からない
 クラリーベルもそうだった。どうしてそう力強く、迷いなく未来を語れるのだろうか
 自分にはそうは出来ない

(……まぶしいな)

 どうしようもなく遠く感じる
 だから、そういった相手には憧れてしまう
 違いを自覚して遠さを思いしらされ悲しく感じながらも、そんな相手の思いに力を貸せたのだと嬉しくも思えてしまう

「私はこれから外の世界を見てくる。そして胸を張って言える“自分の思い”を見つけたい。それが私の思いだ」
「……僕には難しい事とかは良く分かりません。けど、ニーナさんの願いが叶えばいいと思います。その、えーと……何と言うかその……頑張って?下さい」
「はは……ありがとう。まあ、頑張ってくるよ」

 そう言い、ニーナはトランクを持ち背中を向けて去って行く。これから都市バスの方にでも向かっていくのだろう
 そう思ってみていると、不意に立ち止まりニーナが振り返る

「会えるかどうか分からんがもし次が有ったら、また手合わせしてくれるか?」
「……はい! 喜んで!!」
「そうか。なら、それまでに力をつけておく」

 そう言い、軽く手を振りながら小さく微笑む

「じゃあな。いや……またな、レイフォン」

 そうして、今度こそ止まらずにニーナ・アントークは去って行った












「ニーナ、遅いよ!」
「済まないなハーレイ。少しよる場所が有ったのでな」
「ふーん。まあ、とりあえず乗ろうよ。時間直ぐだし、外に出てて見つかったらまずいだろうからさ」

 バスの停留所に着いたニーナをハーレイが迎える
 ニーナと同じようにコートを羽織り、荷物を詰めたバックを背負って待っていたハーレイはニーナが来るのを確認してバスへと乗り込む
 それに続いてニーナも乗り込み、共に後ろの方の座席へと座る
 ニーナ達が最後だったのだろう。荷物を置いて外を見ると一服していた運転手が乗り込み、エンジンがかかったのが振動で伝わってくる

「そういえばさ、どこ行ってたの?」
「ん? ああ、レイフォンの所だ。最後の挨拶にな」
「あー、それなら僕も行っとけば良かったー!!」
「忘れてたのか?」
「あ〜……まあ、うん。いや、一応手紙に残しといたんだけどね。後で届くようにしてさ」
「まあ、それならそれでいいじゃないか。……っと、どうやら動き出したな」
「あ、ホントだ」

 話している間にバスは動きだし、時間と共に見慣れた風景は段々遠くなっていく
 見慣れた風景が小さくなるごとに本当に出ていくのだと実感し、今更だが小さく恐怖を感じてしまう
 だが、本当に出ていくのだと、しがらみ無く自由に世界を見れるのだという期待がそれを塗りつぶしていく

「ニーナはさ、レイフォンとどんなこと話してきたの?」
「私の思いを告げてきた。世界を見たいと、ふんぎらせてくれてありがとうと。最後だからな、伝えられてよかったよ」
「ふーん。ま、僕はまた後で言えばいっか」
「ああ、そうだな。……ん? 今、なんて言った」

 ついそのまま返事を返してしまってからハーレイの言葉の違和感に気づく

「何故、“また後で”なんだ?」
「いや、手紙出せばいいし」
「……確かにレイフォンはまだシュナイバルに残る。出せば届くか。だが、後数ヵ月で来てから一年だろう? 間に合わない可能性もあるな。途中ででもすぐに出さないと」
「あ〜……もしかして、ニーナ知らないの?」
「……何がだ」

 微妙な視線を向けてくるハーレイの目に何故だか焦りを感じながらニーナは問う
 その微妙な焦りを幼馴染故の経験で感じながら、ハーレイは言った





「いやその、レイフォンのグレンダンでの住所。僕知ってるんだけど……」
「……なん……だと!?」

 旅に出てそうそう、ニーナは打ちのめされた





 そんな会話でハーレイはニーナの精神を削りながらも、放浪バスは無毛の大地を掛け、二人のまだ見ぬ世界へと進んで行く
 いずれ見える、物語の始まりの地へと

















「話は終わったかい?」
「あ、シンラさん。はい、終わりました。待ってもらってすみません」
「……ああ。まあ、聞きたいことがあったからね」

 レイフォンの返事を受け、シンラは曖昧に答える
 待ってもらってという言葉に自分たちの存在がばれていたとシンラは知るが、何をしていたのかは気づいていないようでレイフォンの鈍さに有り難く感じてしまう

「トランクを持っていたけど、彼女はどっかに行くのかい?」
「はい。なんでも学園都市とかに行くって言ってました」

 レイフォンの答えにシンラは少し考える振りをして聞く

「そうか。となると教導の方は今日までになるね」
「そう言ってました」
「なら、とりあえずアントーク家に行かないといけないね。僕もついて行くから、午後に成ったら行こう」
「教導はもうありませんよ? 何か用でもあるんですか?」

 教導の予定がないのになぜ行くのかとばかりに疑問を浮かべるレイフォンに、シンラはニーナと同じような優しい目でレイフォンを見る

「一年契約だったのに途中で終わってしまったんだ。契約金とか今後の事とか、いろいろ話さなきゃダメだろ? 前金は受け取ってるけど、残りはまだなんだからさ」
「……ああ! 確かにそうですね」

 その答えに、シンラは思わず優しさ+憐みの視線を一瞬向けてしまう

(社会経験を積むのはいいが、それよりも勉学にいそしんだ方がいいんじゃないだろうか……)

 そう思ってしまうが、レイフォンから聞いたグレンダンなら武芸で別になんとかなるのだろうと思い、まあ何とかなるかと結論づける

(ふむ。まあ、暇な時間に色々と街中を連れまわしてみるのもいいか)
「とりあえず午後まで暇なんだ、手に入れた本や映像データとかあるけど見てるかい?」
「あ、お願いします」
「なら多分、エリスが今データ整理をしているだろうから言ってくるいい」
「わかりました!」

 そう言い、レイフォンが中に入って行く
 それを見て、シンラは軽く伸びをしながら呟いた

「なら、昼飯には力を入れるとするかな」


 レイフォンが自分の馬鹿さを悔やむまで後少し














「どうやら、そちらも既に事情を把握しているようだな」

 アントーク家の応接間
 十分な広さを持ち、大げさにならない程度ながら品の良さを感じさせる装飾が成された家具が置かれる一室
 その中にレイフォンとシンラ、そしてアントーク家の当主であるニーナの父親とその後ろに控える初老の男性がいる
 レイフォンからシンラへと視線を動かし、応接間の椅子に座るニーナの父が言う

「事情とは何のことでしょうか?」
「とぼけるな。いつもなら小僧が一人庭に向かうだけだが、今日は貴様と共に一直線に私のもとに来た。……貴様が唆したのか?」
「いえいえいえ! 誤解です! 実はですね、午前に御嬢さんと偶々会いましてその時話を聞いたんですよ。なのでそのことや、彼が行っていた御嬢さんの教導のことなどで色々とあるだろうと思い今日は一緒に来たという訳です」

 疑いの視線を向けられ、慌ててシンラは否定する
 シンラとしてはこの都市で一番力を持つ家の長を敵に回すようなことは出来るだけ避けたいが故に言う言葉を選ぶ

「どこでニーナと会った」
「私どもの旅団の拠点で。長らく教えを受けていたのでレイフォンに別れの挨拶を言いに来たと。その時になって初めて知りました」
「では、ニーナの出奔に貴様らは関係ないと言い張るつもりか?」
「私どもの存在が影響を与えていたという可能性は否定できない以上、無関係だと断言はできないでしょう。ですが、唆したなどという事は誓ってありません」
「ふっ、どうだかな。小僧など顔を青くしているではないか。後ろめたいことがあるのではないか? 何か言ったらどうだアルセイフとやら」

 すまし顔で言うシンラの言葉が信じられないのか、隣で青い顔をしているレイフォンにニーナの父の視線が移る
 子供は顔に感情が出やすい。それ故疑いの目が向けられたらしく厳しい視線がレイフォンに向けられ、青い顔をしながらレイフォンが重い口を開く

「すみま……せん。お腹の調子が悪いので、トイレ……借りても、いいですか? ……ぅぷ」
「……何?」
「すみません。どうやら昼食で苦手な物でも出たらしくて。トイレを貸してもらえますか?」
「……突き当りを右に行け。分からなければ女中にでも聞くと良い」

 ありがとうございますと言いレイフォンがそそくさと部屋を出ていく

(これでなんとでもなる)

 それをシンラはありがたく見ていた
 見ればアントーク家当主は今のやり取りで毒気を抜かれたように張りつめていた圧力を緩め、やや呆れたような表情を浮かべている
 その上、今この場においては最もやっかいなレイフォンが今ここにはいない
 先ほどシンラは唆すようなことは言っていないと言ったが、実際にはそれに近いことを二か月前に言っている
 それがなくとも今日、ニーナが出る意思を決めたのはレイフォンの御蔭だと言っているのを聞いている
 もし自分が何も知らず、レイフォン一人を送り出していたならどうなっていたどうかと少し思案する

(考えるまでもないか。レイフォンの話す内容によるけど、ほぼ確実にレイフォンは気が萎縮してしまう。運が良ければ何もなくて済むけど、恐らく当主に詰問され今日有ったことと会話をほぼ知られてしまうだろう。そうしたらしたことがバレ、反感を買っていただろう。自分の悪趣味も捨てたもんじゃないな)

 黙っていれば済むことをわざわざ公にするつもりなどない。レイフォンがいない今のうちに話を進めておくことが吉だろう

「すみません、話の途中でしたのに。……先も言ったように唆すようなことはしていませんが、関係性が一切ないと否定することは出来ません。感情多感な時期にどのような影響があるか、子供の先達として考えが至らず申し訳ない」
「別に良い。元々はこちらの話だ。関係がそれほどないというのならとやかく言うつもりなどない。行った先は分かっているのだ、手紙を送るなりなんなりするだけの話だ」

 遠まわしに考えの甘さを指摘するような言葉が効いたのか、それとも元々大して責めるつもりがなかったのか当主は言葉を収める

「寛大なお心有難うございます。ではもう一つ。一年と言う契約でした彼の教導の件はどうしましょうか。御嬢さんがいなくなった以上、続行は不可能となりましたが」
「……そう言えばあの小僧の身元保証はお前だったな。こちらの都合での打ち切りなのだ、金は規定通りの金額を払う。小僧にもそう伝えておけ」
「分かりました」

 その言葉を受け当主は胸元から一枚の紙を取りだし、台の上に置いて立ち上がる

「他に無ければこれで終いとしよう。仕事が立て込んでいるのでな、書類にサインをしたら後ろの彼に渡してくれ。……アルセイフが戻ってきたら、今までのニーナの相手のこと感謝すると言っておいてくれ」

 そう言い、アントーク家当主は部屋から出て行った




「すみません、戻りました」
「お帰り。話は終わったよ」
「すみません。その……少し迷っちゃいました」

 ばつが悪そうに言うレイフォンにシンラは苦笑する

「この屋敷は広いからね……そう言えば何回も来てるはずだけど、中に入ったりはしてなかったのかい?」
「待ち合わせも実際にするのも外だったので、何回かは入ったことあるんですけどその……良く知らなくて。さっきもニーナさんのお父さんに会って道教えて貰いました。それとニーナさんの事ありがとうって」
「どこに行ってたんだいそれ……まあそれはいいとして、契約の事も話しといたよ。途中だけど規定通りに払うってさ。この書類に君がサインすれば終わりだよ」
「分かりました。その……有難うございます」

 感謝の言葉を述べつつレイフォンが書類にサインする
 それを受け取ってもう一度確認し、シンラは最初から最後まで立ち続けている男性、恐らく当主の秘書に当たるだろう彼に渡す

「確かに受け取りました」

 受け取って一礼する彼に背を向け、シンラはレイフォンの方を向く

「では、私どもはこれで。じゃあ行こうかレイフォン」
「はい!」







「で、どうしてまだ難しい顔をしているんだい?」
「あ、いえ。何してればいいんだろうと思って」

 アントーク家を出て暫く。旅団の方へと歩きながらシンラからの問いかけにレイフォンは答える

「何をしたらって……好きに過ごせばいいんじゃないか。時間はあるんだろう?」
「はい。夜に予定が入ってますけど、それまでが……。好きにしたらって言われてもその……何してればいいのか良く分からないです」
「趣味とかないのかい? 本を読んだり何かを作ったりとか」
「趣味ですか? うーん……特にないです。グレンダンにいたときは毎日忙しかった……本当に忙しかったですし、ここでもバイトで時間結構とられてて探す時間もあんまり。……訓練でもしていようかなー」
「それはまた武骨な。……うん、決めた」
「え? 何をで……おわっ! シンラさん、そっちは逆じゃ……」

 突如手を掴まれ、反転したシンラにレイフォンは旅団とは逆の方に引きずられ疑問の声を挙げる
 それに対し、シンラは実に楽しそうに答える

「いやいや、趣味がないというなら見つければ良いと思ってね。暇なんだろう? なら訓練なんてしてないで街中でも回ろうじゃないか。ちょっと付き合ってくれないか」
「え? ……あーはい、分かりました」
「うん、いい返事だ。ちょっと前から行ってみたかった場所がいくつかあってね。裏通りで少し治安が不安な所にある店とかあるんだが、君がいれば安心だ。さあ行こうじゃないか」
「え、ちょそれって……僕嫌ですよそんなとこ!? 違うところでいいじゃないですか!!」
「勿論他の所も行くさ。なんたってそこが空くのは夜になってかららしいからね。それまで他の所で時間を潰そうじゃないか」
「余計怪しいじゃないですか!?」

 慌ててレイフォンが手を振り払おうとしてもがっちりと掴まれていて上手く振りほどけない
 無理矢理にほどこうと思えば出来るだろうが、それではシンラが怪我をしてしまうだろうからレイフォンは強く力が出せない

「ふふふ。無理矢理振りほどこうとしたら一般人の僕はきっと怪我をしてしまうだろうな。けど、優しい君はそんなことしないで僕のお願いを聞いてくれるよね?」
「確信犯だったー!?」
「さあ行こう。なーに、危なくないから大丈夫だって。せいぜい帰るのが明日になったり、アルコールの匂いがするところに行ったりせいぜいその位だよ。もしかしたら綺麗なお姉さんがたくさん見れるかもしれないぞ?」
「いーやーだー! エリスさーん!!」
「はっはっは! エリスには内緒だぞ?」

 ドナドナが頭の中を流れながら、レイフォンは笑うシンラに引きずられ街中へと消えて行った

























 そうして次の日、旅団には眠気を我慢しながら正座をする二人の姿見られたという
 だが、それはまた蛇足である












 
 

 
後書き
「そういえば、ハーレイも出ていくということをレイフォンに言い忘れていたな」
「ちょ!?」
 
                          in放浪バス
 
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