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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
道化師は手の中で踊る
  十年前の亡霊

 
前書き
今回は頑張った! 詰め込みすぎました! 

 
 ミンス・ユートノールはグレンダン王家の武芸者として恐ろしいまで、ぬるま湯に浸かっていた。
 もしも、彼が一度でも戦場に出ていたら天剣を求めなかっただろうと後世の人々は言う。
 確かにミンスには才能がある。しかし、それは武ではなく文の方の才能だ。
 恵まれた環境、武芸者でありながら戦場を知らない。誰よりも安全で、誰よりも良い暮らしをしていたミンスが、今回の暴挙に出たのは単純に教育失敗だったのだろう。
 だからこそ、ミンス・ユートノールは歴代王家の人間の中で一番の愚か者として記憶されたのだろう。


 錬金鋼を振り下ろす。
 すると驚く程あっさり、血を撒き散らしながら腕が切れた。
 実行したミンスは一瞬、不快そうな顔をしながらも飛んだ腕を細切りにして衝剄でコナゴナに砕いた。
 しかし、腕を切られた……シキは起きない。
 それを見たミンスは笑みを浮かべながら、自分の実力を誇る。
「なんだ、話に聞いていたほどじゃない」
 この時点で武芸者の誇りを捨てているミンスは、自分がどれほど愚かな行為をしたかわかっていない。
 それに、意識不明の人間が応戦してくるはずもない。もしも応戦してきたなら、ミンスなど三秒と持たないことは明白である。
 真っ白な病室を赤く染め上げたミンスは、床に寝ているクラリーベルを見てため息を吐く。
「こんな場所で寝るなど……ティグ爺が見たらどう思われるのか」
 ミンスはクラリーベルを侮蔑するが、気絶させられていることに気づくことはなかった。
 ミンスは未だ腕から出血しているシキを見ながら、ゴミを見るような目でその腹部に錬金鋼を刺した。
 肉を引き裂く音と、血が噴き出す音がミンスの耳に入るが対して気にしていない。
 さらにここが病院であることにも頓着していない様子であった。人に見つかったらもれなく警察を呼ばれるような状況だが、警察が呼ばれることがないことをミンスは知っている。
 汚染獣襲撃の際には、医療関係の人は真っ先にシェルターの医療設備に向かう。例外として、動かせない病人がいる場合は武芸者の護衛をしながら看護することになる。
 シキはその例外であった。しかし、その看護婦の姿はおろか医師の姿も見えない。
 なぜならミンスが人払いをしたからだ。
 クラリーベルがいた事は情報で知っていたが、自分なら勝てると疑っていない。むしろ、クラリーベルとの戦闘中、『誤って』シキに攻撃に当たる方がいいと思っていたくらいだ。
 それほど、ミンスはシキの生死に関してはいい加減であった。
 そうでなければ、血で汚れるという理由で錬金鋼を刺しながら運ぼうなんて考えには至らないだろう。
 ミンスは窓に足を乗せて、そのまま飛んだ。
 腐っても武芸者というのだろうか、ミンスは片腕でシキを持っても問題なく跳べた。だが、シキの体に刺さった錬金鋼は跳んだ時と着地した時の衝撃で容赦なくシキの腹部をぐちゃぐちゃにする。
 目指すは王宮の空中庭園。そこに女王と天剣たちはいる。
 ミンスは出来るだけ激しく、血が飛び散らないように移動する。
 何故、ミンスがここまでシキを痛めつけるのか、ミンス自身も理解していなかった。武芸者としての嫉妬か、あるいは孤児でありながら女王と天剣たちに一目置かれる存在だからか、あるいは本気で気に入らないのか、それともその全てか。
 ただ言えることは、このままシキの身体が真っ二つになってもミンスは気にしないという残酷な現実があるということだ。
 王宮にはすぐに着いた。
 そこには地面に転がっている天剣授受者たち、傷一つついていない女王がいた。
 ミンスは目を疑ったが、驚く程精神は落ち着いていた。
 だから、こんな風に女王の前に姿を見せたのかもしれない。
「これはこれは女王陛下、汚らしいものを見せてしまい申し訳ありません」
「ミン……シ、キ?」
 その瞬間、ミンスの心に歓喜が沸き起こった。
 あのアルシェイラが、あのグレンダン最高権力者が、信じられないと言った風な目でこちらを見てくるのだ。まるで大切な物を目の前で壊されたように。
 ミンスの唇が上がる。
「あぁ、この孤児ですか? 陛下のために『持って』まいりました」
 錬金鋼を突き出し、シキの現状をこれでもかと見せつける。
 その状況に、倒れていた天剣授受者たちも唖然としていた。
「ミン、ス様。これ、は……一体」
「あぁ、コレが秘策だ。邪魔するつもりはなかったが、君たちが倒れていたのでね」
「くそった、れ! ざけ、んな」
 血反吐を吐きながら、バーメリンがミンスを睨みつける。
 さすがに剄を活剄に回さなければ、回復できないのか。ミンスは圧倒的な剄の圧力を感じにすんだ。
 他の天剣たちも、ミンスを睨みつけるが誰ひとり立っていないが、ある意味で幸運であったと言えるだろう。
 天剣たちの身体が動けば、ミンスは無残な死体になっていただろう。
 その点、アルシェイラが事前にダメージを与えていたことは幸運であった。
「……で? 何が目的なの?」
「決まっている。何故、私ではなく十歳の子供が天剣に選ばれた! 貴様の陰謀だろう、女王!!」
 ミンスは指を指しながら、アルシェイラに言い放つ。
 だが、アルシェイラの反応は無言であった。普段の彼女ならば、冗談の一言でミンスを両断するのに、今はそれがない。
 カルヴァーンはそんなアルシェイラの様子を見て、ハッと気づき、ミンスに警告する。
「ミンス様! 今すぐ、その武芸者を解放し、お逃げください!!」
「何を言っている、こいつがいる限り、アルシェイラは……」
 次の瞬間、ミンスの動物的本能が最大級の警告を流し始める。
 体が震え、嫌な汗が全身から噴き出し、その場から一歩も動けなくなってしまったからだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
「な、なん――――ひっ!?」
 いつの間にか、ミンスの目の前にアルシェイラが立っていた。
 その表情は能面のように何も映していないが、身体からにじみ出る殺意がミンスの動きを止めていた。
「こいつがいる限り……なに?」
 危なく、錬金鋼を取り落とすところだったミンスは、慌てて腕に剄を回して、アルシェイラに警告する。
「う、動けば衝剄でコイツを内部から破壊する!! 脅しではな――」
「黙れ」
 ゴッ!! と凄まじい音がして、ミンスの意識が一瞬断絶した。
 肉弾戦に特化したサヴァリスでも、今の攻撃を避けるのは難しいであろう。 案の定、吹っ飛ばされ床を滑っていくミンスにアルシェイラはゆっくりと歩きながら追う。
 ミンスが死ななかったのは、直前でアルシェイラが拳を寸止めしたおかげであろう。それがなければ頭が砕かれ、ミンスは愉快な死体の仲間入りを果たしていただろう。
 吹き飛んだミンスはおよそ三十メートルほど飛ばされていた。
「ガァッ!? な、な」
「今までは慈悲だった。ヘルダーが逃げたのはわたしのせいでもあったから、だからこそあんたを甘やかした」
 一歩。
「ひっ!」
「最低限の権限と財力を持たせ、死なないように前線に出る覚悟がないならそのままでよかった」
 二歩。
「く、来るな」
「変な策略を始めても、馬鹿なことはしないとタカを括ったからこそあんたはこんなことができた」
 三歩。
「わ、私は」
「最低限の武芸者の誇りを持っていると信じていた」
 四歩。
「ただ……ただ認めて欲しかった!」
「今更、遅いのよ」
 五歩。
 アルシェラはたった五歩で、いや五歩も、と言ったほうがいいか。三十メートルの距離を縮めた。
 後は、拳を振り下ろせば終わるのだが、そんなアルシェイラの手を高速で割り込んできたティグリスが止める。
「都市を壊す気かですかな?」
「ティグ爺……どいて、そいつを殺せない」
 そんなアルシェイラの底冷えをするような声を聞きながらも、ティグリスは笑みを絶やさなかった。
 ミンスは何か期待をするような目で、ティグリスを見る。だが、帰ってきた答えはミンスを再び凍りつかせた。
「女王陛下がやることではありませぬ。ちと、お灸を据えるのは老人の役目ですぞ」
 ミンスは尻餅を付きながら、ズリズリと下がっていく。
 そして、手に当たった物に気づき見ると、自分の錬金鋼であった。刀身はまだシキに突き刺さったままだ。
 ――殺せる。
 ミンスはそう思って、錬金鋼を素早く掴んで衝剄を放とうとする……が、そこで違和感を感じた。アルシェイラやティグリスのほかに視線を感じるのだ。
 天剣かと思ったが、天剣たちはまだ立ち上がっていないし、周辺に気配もしない。
 嫌な予感がして、錬金鋼の先を見る。すると、ミンスの頬が引き攣った。
「お返しだ」
 今まで何をしても起きなかったシキが起きて、ミンス目掛けて拳を振るっていたからだ。だが、ミンスは侮っていた、けが人の一撃と。
 だが実際に来たのは、先ほどのアルシェイラよりも重い打撃と訓練でも味わったことがない痛みであった。
 そんな容赦ない打撃が突き刺さり、空中に吹き飛ばされる。
 そして、今度こそミンスの意識は真っ暗になった。


 レイフォンはジッと身体を動かさないようにしていた。
 足場にしているのは先程まで戦っていた二対の老生体だが、今は胃液によって溶かされようとしていた。苦痛の声を上げているが、もう半分以上溶けていて虫の息であった。
 事前の説明では、汚染獣の胃液にも数時間持つと言われたが、この消化スピードから見て数時間持つとは考えにくかった。
 さらに汚染獣の体内だ。こんな場所でスーツが破損でもすれば死しか待っていない。
 ならば脱出すればいい、誰でもそうするがレイフォンは何もできない。
 内部から切り裂こうと思ったが、斬れないのだ。
 正確には斬ってもすぐに再生するため、斬撃主体のレイフォンでは脱出不可能となっていた。
 打撃系統の剄技を持っているがシキ並みに操れるとは言えない。
 それに多少扱える剄技が合っても、今のレイフォンの技量ではできないと判断したためだった。
「……クソ」
 レイフォンは手を握り締める。帰ると約束した。
 怪我せずに帰って、リーリンと話をする。そして、シキに謝りに行くのだ。
 確かにレイフォンは過ちを犯した。だが、まだ挽回できる程度の過ちだ。
 しかし、脱出できないという現実がレイフォンに突き刺さる。
「どうする?」
 ほぼ詰みの状態だ。
 このままだと、レイフォンは胃液に溶かされ、跡形もなくなるに違いない。
 だが、レイフォンは忘れていた。今まで一人で戦い続けていた弊害だろう。
 レイフォンには、最強の武芸者であり自分の師が後見人として控えていることを。
 スパッと、何かがレイフォンの真正面を通り過ぎた。
 直後に、そんな音が何度もレイフォンの耳に聞こえた。なんだろうと思った瞬間、何かがレイフォンの胴体に巻き付く。
 そのままレイフォンはナニカに引っ張られた。だが、まだレイフォンは腸の中でありこのままでは腸壁にぶつかる……はずであった。
 直後、腸壁が正方形に切られて、外の風景が見えた。
 レイフォンは目を見開きながら、剄を天剣に溜め込む。
 相手も、トドメはレイフォンに譲るつもりなのか、それともめんどくさくなったのか。空中でレイフォンを離す。
 だが、レイフォンは小声で助けてくれたであろう人物に感謝する。
「ありがとうございます、先生」
 レイフォンの脳裏に、終始不機嫌そうな顔をした男が思い浮かぶ。
 弟子と認めてくれた師匠、リンテンスの顔だ。
「……お前か」
 レイフォンは目の前の巨大な老生体を見る。
 形は芋虫のようだが、体は巨大すぎて全体像が見えない。
 しかし、レイフォンは臆することもなくその巨体に向かって突っ込んでいく。
 相手はレイフォンに見向きもしない。痛みを堪えるかのように身体を左右に揺らすだけだ。
 油断はしないが臆しもしない。
「僕は負けられないんだ。リーリンのためにも」
 刀を腰だめに構えながら、レイフォンは老生体の身体を蹴ってさらに上空に跳び上がる。
 そして勢いよく抜刀すると刀身が赤く染まる。
 サイハーデン刀争術、焔切り。
 だが、通常の焔切りでは巨大な体を持つ老生体に致命傷を与えることは不可能だ。それはレイフォンもわかっている。
 焔切りは巨体には小さすぎたし、何より叩き切ろうとするには刀身が足りなかった。
「そしてぇ!!」
 さらにレイフォンは天剣に剄を流し込む。
 今までは考えていたが錬金鋼の強度的にできなかった技、そしてシキと考えた対老生体用の焔切り。
 刀身の質量が爆発的に上がり、巨大な炎の刃を創り出す。まるでそれは神話に出てくるレーヴァテインと呼ばれた剣のようだった。
 焔切りと轟剣の混合剄技。
「シキのためにも!!」
 サイハーデン刀争術、轟焔切り。
 圧倒的質量と熱量が老生体に直撃し、焔に焼かれ真っ二つにされた老生体は、胃袋の中にいたもう一体の老生体と共に絶命した。
 着地して、レイフォンは荒くなった息を落ち着かせる。
 もう来ないと思いたいが、不測の事態が起きないとは限らない。むしろ、初陣にしては無茶しすぎだと、レイフォンは思う。
 そんなレイフォンの元にデルボネの端子が降り立つ。
『ご苦労様でした。生体反応は消えていますよ』
「……」
 デルボネへの恨みはないが、先ほどの件から、ハイそうですか、と信用できるほど、レイフォンは甘い考えはしていない。
 薄い防護服の外には、有害な汚染空間があるのだ。警戒はしすぎなほうがちょうどいい。
『あらあら、警戒させてしまいましたか。あぁ、お疲れなところすいません』
「なんですか?」
 デルボネはのほほんと次のセリフを言った。
『現在、複数の人型老生体が都市外でシキさんと交戦中です』
「……………………へっ?」
 やっと言葉をひねり出したとき、レイフォンの体は勝手に動いて、グレンダンを目指して全力疾走を始めた。


「……ごふっ」
 時はレイフォンが老生体の身体から脱出する直前まで戻る。
 起き抜けに、一発殴ったシキは口から血を吐いた。
 左肩と腹部に激しい痛みを感じ、その場に膝を着く。
「い、いてぇ」
 剄の全てを活剄に回す。
 今も血が流れ続けているのだ。このままでは大量出血で死ぬのがオチである。
 全力で活剄に回しているので、五分程度で傷口は塞がるだろう。
「で? ここはどこだよ、てかさっきはノリで殴ったけど大丈夫かな」
「シィイイイイイイイイイイイイイキィイイイイイイイイ!!」
 と、シキが見慣れない風景に首を傾げていると聞き覚えがある声が聞こえてきた。
 首だけ動かし、後ろを振り向くとそこにはアルシェイラ、シキにとってはシノーラが立っていた。
 目をうるうるさせながら、虚空を手でこねている。
 多方、抱きつきたいけど大怪我だから抱きつくのを我慢していて、誰かの胸をエアタッチしながら我慢しているのだと当たりを付ける。……はっきり言って最悪である。
「なんて無茶するのよ! あんな奴、シキが手を出さなくても良かったのに」
「無茶というか……てか、ここどこ!? なんでシノーラさんいるの!?」
「えっと、それは」
「いい加減言ったらどうですかな? いつまでも隠し通せるものではありませぬ」
「ティ、ティグリスさんまで……って、サヴァリス!?」
 シキは目を丸くして驚いた。
 ティグリスもそうだが、その後方でよく見た人たちが倒れているではないか。
「おいおい、天剣授受者たちが倒れているとかどんな化物が来たんだよ」
 シキは頭を抱えながら、絶望する。
 しかし、そんな状況を見て笑う、アルシェイラとティグリス。
「あぁ、それはわたしがしたのよ」
「ハッハッハ、ご冗談を」
「冗談ではないぞ、シキ。お主もウスウス気づいてるのじゃろ?」
「……えっと、あの、シノーラさんって何者?」
 シキは頬を引き攣りながら、シノーラに質問する。
 そしてシノーラは笑みを浮かべながら、ゆっくりと言った。
「シノーラ・アレイスラとは仮の姿! 正体は……グレンダンの女王! アルシェイラ・アルモニスよ!」
「ちなみにホントじゃぞ? 小僧」
 変なポーズと共に盛大に正体を明かしたアルシェイラの奇行に唖然して止まり、トドメのティグリスの一言でシキは固まった。
 こういう時にティグリスが冗談を言うわけないので、本当のことなのだろう。
 息を吸い、シキは声と共に吐き出した。
「うそだぁああああああっ!!」
「ホントよ、ホント」
 シキは髪をグシャグシャにしながら笑っているアルシェイラを睨む。
 そりゃ、いつも絡んできた年上の女性が都市の最高権力者など誰が思うか。感覚的には、バイトで仲良くなった人物が、実は店長だったと同じくらいの衝撃がシキを打ちのめしていた。
「あぁっ、もう! 後で、事情を……」
 シキの言葉が続くことはなかった。
 ソイツが高速でシキの目の前に立ち、顔面を殴ったからだ。
 気を抜いていたシキは、何の抵抗もできずに吹き飛ばされる。そのまま、シキを殴ったソイツは吹っ飛ばされたシキに追いつき、シキの頭を掴む。
「シキ!!」
 アルシェイラが衝剄を放とうとするが、ソイツはシキを盾にしてアルシェイラの攻撃を中断させる。アルシェイラの衝剄では、ソイツごとシキを殺しかねない。
 そこで次の一手を打ったのが、ティグリスだった。
「すまんな!!」
 そう言って、ティグリスは弓を引いて放った。
 ティグリスはシキごとソイツを打ち抜く気だった。相手は高速移動をしていたが、弓の達人であるティグリスには容易い事だった。
 放たれた矢は……。
「なにっ!?」
 掴まれ、へし折られた。
 決してティグリスは手を抜いていない。威力は加減をしたが、そんじょそこらの武芸者では反応できない一撃を放ったはずであった。それをソイツは、片手でそれも矢を見ずに掴み取った。
 アルシェイラは呆然と、ソイツを見た。
 全身は黒い鎧のような鱗で覆われ、関節部分には筋肉繊維がむき出しになっていた。
「あれは、まさか」
 ティグリスは剄で強化した視力で、シキを掴んでいる汚染獣を見て目を見開く。
 その汚染獣は、十年前、グレンダンに現れとある武芸者に倒されたはずだったからだ。
「ティグリス、知ってるの!?」
「……十年前の亡霊ですな」
 苦虫を潰したような顔でティグリスは呟く。
「メイファー・シュタット事件。あの時の老生体じゃ」
 ティグリスの視線の先で、シキを掴んでいた老生体はエアフィルターを抜けて汚染された大地に飛び出した。
 


 ミンスが意識を取り戻したのは、シキが殴られた轟音を聞いてからだった。
 まだフラつく頭を抑えながら、立ち上がろうとするが体中に痛みを感じ、起き上がることができなかった。
 まず、ミンスが感じたのは、憎しみと恐怖だった。
 自分を殴り飛ばし、それを歯牙にかけていない行動とアレが暴走した時の被害と危険性。
 まだ自分よりも幼い子供が、そこまでの力を持っている。これは由々しき自体だ、とミンスは思ったのだが。身内にシキよりも凄い人物がいることに気づいていないのは、圧倒的な経験不足と過保護のせいだろう。
 そして次に感じたのは、挫折である。
 ミンスも一端の武芸者としてのプライドを持っていた。だが、寝ている時に不意打ちして、左腕を切断し、腹部を刺し貫いたにも関わらず拳の速さに追いつけずに吹っ飛ばされたのだ。
 さらに明らかに手加減されている。クリーンヒットしたにも関わらず、ミンスの頭蓋骨は痛みを発するだけで砕けていない。
 一歩間違えれば殺されていた、そう実感したミンスの心は折れた。
 間違いなく死刑、なくてもそれに準じた罰が待っているだろう。
 女王に逆らう、権力に逆らうというのはそういうことだ。失敗したら次があるなんてことはない、失敗すればそこで終わりなのだ。と、ミンスは勝手に思っていた。
 だが、それは被害妄想だった。最初からバレていたし、ただ手のひらで踊らされていたに過ぎなかった。
 それなのに、自分に酔ってとんでもないことをしでかしてしまった。
無抵抗の人間の腕を切り落としてしまった。到底許される行為ではない。
 ミンスの目から涙が溢れてくる。何故、あんなことをしてしまったのか。年端もいかない子供の将来を奪ってしまった事実に、ミンスは絶望する。
 体中が痛んだが、それを無視してミンスは泣き続けた。
 謝ろう、そうミンスは思った。


 老生体は都市から飛び出ると、地面にシキを叩きつけた。
 地面にめり込んだシキの頭に力を入れて、老生体はシキの死を確実なものにしようとする。
 負傷はしているが、正面では決して勝てない相手だと本能が理解していた。
 だが、人間がオーロラ粒子が満ちているこの大地に長く生きられないことを老生体は知っていた。このまま何もできない人間の、首を持ちジワリジワリと殺してやるのもいいと思った。
 食料が豊富な場所から、強大な力を持った人間もいたがコイツを盾にすればいいし、飛んできた物は破壊できる。
 傍から見れば、老生体の勝ちは決まっている。
 傷だらけの人間が、汚染された大地に生きることはできない。ましては体が出来ていない子供である。
 数分もすれば動けなくなり、物言わぬ骸になる……はずだった。
「それで終わりかよ」
 老生体はそんな言葉を聞いたが、強がりだと思って笑っていた。
 しかし、次の瞬間、頭を掴んでいた手が剄を纏った拳に粉砕される。
「GAYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
 老生体は絶叫しながら、シキから離れる。
 何故、何故、何故何故何故何故!? 驚愕している老生体を尻目に、シキはゆっくりと立ち上がる。
 突然のことで、反応できなかったが外に出た瞬間、シキの身体に異変が起きた。
 傷口が熱くなったと思ったら、塞がっていくのを感じたからだ。ご丁寧に内蔵も治ってきている。
「なんでか知らないが、普通に呼吸できるな」
 以前、誤って都市外に落ちた時は呼吸をする度、喉に痛みを感じたのに今はそんな物は感じない。むしろ、美味しいとも感じられる。
「GYAAAA……」
 シキはこちらに殺意を向ける老生体をゆっくりと見る。
 人型の汚染獣を見るのは初めてだが、以前、デルクが現役時代の話をしている時にそんな老生体がいた、といったことを覚えていた。
 首を鳴らしながら、シキは体をほぐす。
 寝たきりだったせいで、大分体が鈍っているのを確認できた。
 そんなシキの姿を見て、チャンスだと思ったのだろう。老生体は背中から四対のかぎ爪を出して、シキに向かって伸ばす。
 そしてシキを貫いた。
 老生体は、シキの体を無残に引き裂く自分のかぎ爪に満足したが、同時に手応えがなさすぎて違和感を感じ、素早く後ろに振り返った時には既に遅かった。
「遅い」
 内力系活剄の変化、疾影。
 殺剄の応用であるこの剄技は、老生体の知覚を騙すことに成功していた。
 そして、背後に回ったシキは拳を握り締め、剄技を放とうとしたが嫌な予感がして横に飛んだ。
 シキが飛んだのと同時に、もう一対のかぎ爪が飛び出してきた。
 地面を転がりながら、向かってくるかぎ爪を掴む。
「GAYAAAA!?」
「弱い」
 シキは力任せにかぎ爪を握りつぶし、そのまま引っ張る。
 老生体は引っ張られまいと、早々と潰されたかぎ爪を根元から切り落とした。引っ張っていたシキはバランスを崩す。
 そこに老生体は突っ込んだ。
 先程の攻撃で老生体はシキが、自分の速さに追いつけないと予想を立てた。
 だが、老生体は気づかない。突っ込んでくる老生体をしっかりと補足しながら、拳を握り締めるシキに。
「いい運動だったよ、あんがとさん」
 気づいたのは、老生体が一歩踏み出した時だった。すでに体勢を立て直し、目の前にいるシキ。老生体は久しぶりに恐怖というものを感じた。
 そして今度こそ、シキの拳が直撃した。
 外力系衝剄の変化、剛力徹破・咬牙。
 直後、鉄と鉄がぶつかり合ったような音が大地に響き渡った。
 外側からの衝剄と徹し剄による内外同時破壊。いくら老生体でも耐え切れる一撃ではない。ブチブチと嫌な音がした。
錬金鋼(リミッター)を持たないシキの剄技は今までのものとは桁違いである。しかし、手甲が無い状態で殴ったのでシキの拳からは血が吹き出る。
「GYAA……AAA」
「ミスった、武器がないとダメだな。……まぁ」
 シキは右足に剄を溜めて、咬牙が直撃した場所目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。
 外力系衝剄の化錬変化、剛力徹破・風牙。
 要は、剛力徹破・咬牙を足技にしたものだが殺傷性を上げるために風烈剄も取り入れた複合剄技だ。
 衝剄が強固な老生体の鱗を破壊し、化錬変化させた剄弾が真空の刃となってその下をジタズタに引き裂き、最後は内部に流した徹し剄が内部から老生体の体を引き裂いた。
「ぶっつけ本番、簡単ルッケンスの応用剄技」
 なんて、言うがルッケンスの武門の者が見ていれば泡を拭いて倒れるのは目に見えている。
 崩れ落ちる老生体。だが、シキは未だ戦闘態勢を解かない。
「マジで?」
 シキは大地に立っている六体の人型老生体を見る。
 先ほど倒した老生体と似ているが、それぞれ剣、刀、槍、鉄球、細剣、薙刀に似た歪な武器を持っていた。
「……ヤバイな」
 一体ならまだしも六体同時に相手取るのは、今のシキには不可能である。
 六体の老生体は、一斉にシキの元に駆け出す。
「ッ!! やってやらァああああああっ!!」
 シキは叫びながら、衝剄を放とうとするが、それよりも早く六体の老生体が衝剄に当たって吹っ飛んだ。
 突然のことで唖然としていると、シキの背後に聞きなれた者たちの声が聞こえてきた。
「無事か!? 無事だよな、シキ!」
「……まったく、手間がかかる弟子だ」
「おや? リンテンスさんがそこまで言うとは。明日は異常気象ですね」
『お主ら、余裕かましてないで早々と終わらせるぞ』
「あぁ、シキ! 腕が無くなってるじゃないか! ティアに見せたらどうなるか……」
 ルイメイが鉄球を振り回しながら、慌ててシキに駆け寄り、その後ろからは肩を並べながらリンテンス、サヴァリスが歩いてくる。
さらに後ろからは全身ガッチリと鎧で硬めたリヴァースが走ってくる。ティグリスの声が聞こえたが、デルボネの端子から聞こえたので遠距離から狙っているのだろう。
「な、なんで?」
「こっちの台詞だ。何、軽く汚染物質を克服してる。てめえは汚染獣でも成り下がったか」
 夢かと思ったが、リンテンスの言葉で現実だと認識する。
 一体がもう一回突っ込んできたが、リンテンスの鋼糸に捕まり、一瞬で細切れにされる。
「六体の老生体なんて体験できるものじゃない。楽しませてもらいますよ」
 まだ体がふらついているサヴァリスを見て、シキは止めようと思ったが既に天剣を復元しているので止める気がなくなった。
 というか、もう六体の内の一体を空中にカチ上げているので時すでに遅い。
『まったくお主には、クラリーベルを任せようと思っておる。ムチャだけはするな』
「世話係決定ですか? 永久にアルバイトしろと」
『そうじゃないじゃが……おっと、人型とあって中々避けるの』
 そう言いつつも、数本の弓矢が老生体を貫いているのを見て、ティグリスの技量に舌を巻く。
「てめえら!! 覚悟出来てるんだろうなぁ!!」
「わっ!? ルイメイ! そんなに突っ込んだらいけないよ」
 鉄球を操りながら、二体の老生体に突っ込んでいくルイメイをフォローするべくあえてルイメイより前に出るリヴァース。そこに老生体の武器が襲いかかるが、甲高い音と共に弾き飛ばされる。
 リヴァースの金剛剄が発動されたのだろう。ひたすらに防御するだけのリヴァースだが、二体の老生体の攻撃を物ともしない防御力は、凄まじいの一言に尽きる。
 そこにルイメイの鉄球が足されるので、二体の老生体は次第に防戦一方になっていった。
「あぶねっ」
 傍観していたシキだが、刀を持った老生体が向かってきたのでギリギリのところで避ける。
 かなりの使い手なのだろうか。後ろに下がり、体勢を整えてシキに殺気を送ってくる。
 まさか、汚染獣がそんな戦法に出るとは思っていなかったので、シキは目を丸くして驚いた。
 そんなにらみ合いの中、リンテンスがシキに話しかけた。
「おい、馬鹿弟子」
「なんでしょうか、グータラ師匠……おっと!」
 リンテンスは無造作に、シキに向かって剣帯を投げつける。
 一瞬だけシキの気が緩んだところに老生体は、仕掛けてきた。シキは剣帯にぶら下がっている錬金鋼の一つを手に持ち、復元する。
「レストレーション02」
 箱状だった錬金鋼が質量を変化させる。
 シキの手に収まったのは、持ちなれた自分の剣であった。
「ぶった切れ、馬鹿弟子」
 リンテンスは軽い口調でそういう。
 シキは返事もせず、向かってくる刀に向かって剣を振るう。打ち合った剣と刀は音を立てて彈かれる。
 シキは、剣を放り投げて一気に老生体の懐に飛び込んだ。
 まだ体勢を立て直せていない老生体は向かってくるシキに向かって吠えた。
 だが、シキは眉一つ動かさず、槍の錬金鋼を復元するが、復元途中であるそれをそのまま突き出す。
 収束される前に突き出された槍頭は、無秩序な軌跡を描きながら老生体の体を引き裂く。
 サイハーデン刀争術、 虚蠍滑り。
「レストレーション07」
 完全に復元された槍を突き出し、痛みにもがいている老生体の喉元に突き立てるシキ。
 そして容赦なく、剄技を放った。
 外力系衝剄の変化、餓蛇(がじゃ)
 自らを巻き込むように回転し周囲を抉る剄技は、その効果どおりに老生体の喉を中心に抉りとった。
 老生体は一瞬で絶命したが、シキは不安だったのでさらに追撃をする。
「念入りにな」
 槍を老生体の胸部分に突き刺して、指向性のある爆発を起こす。
 外力系衝剄の変化、爆刺孔。
 粉々になった老生体を見向きもせず、シキは槍を放り投げる。
 何故か? 槍頭が赤く変色していたからだ。
「やっちまったぁあああああっ!!」
 全力でその場から逃げつつ、剣を回収したところ、槍が爆発した。
 
 

 
後書き
本気を出せばできるもんですね。
色々とハッチャケ過ぎました。本当なら都市外に出たところで終わりだったのに……うん、天剣がかっこいいからいけないんだ。
ちなみに、レイフォンは全力ダッシュ中です。
次回もこのぐらいで! ではちぇりお!

Q、なんでミンスはシキをあそこまで痛めつけたの?
A、狼面衆に取り込まれかけたからです。本当ならミンチになってもらう予定でした。

Q、アルシェイラはなんで傍観してるの?
A、最初ハラハラして手を出そうとしたのですが、ティグリスお爺ちゃんに自重しろと怒られました。今は倒れている天剣たちを介抱しています。

Q、あの人型老生体って、メイファーの時よりも強い?
A、めっちゃ強くなってます。作中では軽々しく倒してますが、普通の武芸者なら太刀打ちできません。ティグリスの矢に反応できたのは、そいつだけ反射神経がよかったからです。

Q、シキって、片腕なくなってるのに強くなってね?
A、防護服を破る心配がなくなった、錬金鋼を爆発させることはない、周囲に手加減する必要がないからです。

Q、なんで大地に立っても生きてられんの?
A、エルミさんが一晩で改造してくれました。やったね、シキちゃん、人間超えたよ! 

シキ「おい、馬鹿やめろ!!」

Q、次回最終回?
A、ええ、グレンダン編最終回! いっちょ次回予告しますかね。


圧倒的戦闘力で、老生体を圧倒するシキや笑顔が絶えない天剣たち(内一人が、戦後処理に頭を悩ませているが)
最後の老生体を倒したとき、シキは黒猫を見る
そして物語はグレンダンの外に映る。

次回、グレンダン編最終回『別れは唐突に』

?「フフフ、ついに私の一人勝ちのとき!!」
作者「あっ、クラリーベルさんはメインヒロインじゃないよ?」
クララ「臓物をブチ撒けろ!!」
作者「それ、キズありの人のセリry」
  
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