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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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十二話

 
前書き
 千人衝って、単純な肉体労働には凄く便利だよねって話
 レイフォンが色々しゃべるのは特に隠す理由が思いつかない上、聞いてくる相手が雇い主だから
 今のニーナはツェルニを救うという目的がないため、原作時より必死さや硬さが少ないです。よく言えば柔軟
 

 
「三番に水運んでー!」
「八番オーダーです! 十二、二十五、二十七、三十二、三十三で十二が大盛り!」
「六番のお客様が会計だ! 誰か空いてるやつレジに行け!」
「七番の料理遅いぞ、早くしろ!」
「あの、お皿洗い終わったんですけど……」
「洗い終わったやつは拭いて棚に積んどけ。直ぐに次が来るぞ新入り」

 時刻は昼。場所は食堂の厨房
 かきいれどき故の慌ただしい中、レイフォンはただひたすらに送られてくる皿を洗っていた



「いやー、お前さんのおかげで助かったよ。一人なのに四人分こなしてくれるからな。おかげで料理の方にだけ集中できる」
「皿洗いとかは、結構慣れてますから」
「その歳で結構なことだな。最初は子どもなんか使えるかと思ったがいい買い物だったよ。流石に四人分は出せないが、色は付けさせて貰うよ」

 そういいながら店主は帽子を外し、控室の椅子に腰かけて力を抜き、レイフォンも近くの椅子に腰を下ろす
 既に昼時のピークを過ぎ、人影もまばらになっており席も空いてきてたためにこうして休んでいる
 ここはシュナイバルの街中にある食堂にして、レイフォンのバイトの一つだ
 レイフォンは今現在、ニーナの教導も含めて五つのバイトを掛け持ちしている
 既に今現在、キャラバンの護衛の仕事はないも同然であり、グレンダンとは違い弟たちの世話などがなく一人であるため時間が十分あったためのものだ。本当はもう少し入れようと思ったのだが、あまり詰めすぎると良くないと仲介を頼んだシンラに咎められ、週に一日だが休みを取った方がいいとも言われたがためにその数になった

「にしてもすごいもんだな。一人だと思ったら四人に増えるなんてよ。そのおかげで人件費も削れ作業も早いのなんの。俺も武芸者だったら使いてぇぐらいだ」
「はは……」

 豪快に笑う店主に苦笑いしかレイフォンは返せない。そもそも彼がレイフォンを褒めるのにはレイフォンの作業の速さだけでなく、使った技が関係する
 その技の名は千人衝。ルッケンスの秘奥ともいわれる化錬剄の技である
 自分の分身を剄によって作り出す技であり、そのすべては実体を持つ。それゆえ、掃除や皿洗いなどといった単純作業には非常に向く技ゆえレイフォンは使った
 作った分身は三体。都合四人であり、実質ひとりなのだからその分の人件費が浮くのだ。そして真面目で愛嬌もあり仕事もなかなかに早い。それ故、店主はレイフォンをべた褒めする

「それよりよ、坊主この後暇か? お前さんたしかもう上がりだったよな。まだ昼食ってないだろ。よかったら賄でも作ってやるよ」
「いえ。ありがたいんですけど、この後別の用事があるんでもうすぐ行かなきゃならないんです。お菓子なら持っているんで」
「なんでい。旨いもん作ってやろうと思ったのによ。ガキなんだからあんま詰め込みすぎると倒れるぞ。……まあいい、それならちょっと待ってろ」

 そういい、店主は立ち上がって厨房の方へと姿を消す
 何だろうかと思いながらレイフォンが着替えを始め、それが終わると同時に店主が戻ってくる

「ほらよ、適当なもんでサンドイッチ作ってやった。よかったら持ってけ」
「あっ、ありがとうございます」

 渡される包みを受け取り、中を見れば様々な食材が挟まれたパンが見える
 適当にと言っていたが、挟まれている食材はバランスが良く、見栄えも映えるように作られているのが分かる
 この店主、髭の生えた厳つい顔だが腕はいいので味は期待してもいいだろう

「若いからって無茶して体壊すなよ。菓子じゃなく、飯食って肉つけろ」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ」
「おう。次も頼むぞ」

 にこやかで厳つい笑顔に見送られ、レイフォンは次のバイト先へと向かっていった













 左右から時間差で、時には同時に振るわれる鉄鞭を避け、時には払い、時には攻めて互いの武器を打ちつけ合う
 既に長時間行われている立ち合いは、ぶつかり合っていた二人が武器に力を入れて互いに相手を弾き、距離が空いたところで一端中止となる

「じゃあ、少し休憩にしましょう」
「あ、ああ。そうだな」

 残身を取っていた体から力を抜き、鉄鞭を待機状態に戻してニーナは地に座り、体を休める
 立ち合いを続けること数十分。存分に動かした体は一時的ながら休息を訴えかけ、額には幾粒もの汗が流れて顔は赤く上気している。僅かに顔に張り付いた前髪が健康的な色気を発し、放射状に広がる長い髪がまるで一枚の絵の様な目を引き付ける不思議な魅力を醸し出すようにも思える
 温まった体に張り巡らされていた力を抜き、肢体をく伸ばすようにしながら息を整えているその表情はいつもの凛々しさが少なく、やや気の抜けた柔らかい表情を浮かべ、人によってはあどけなさをも感じる様なまま全身をリラックスさせている

 本来のニーナの実力を考えれば、数十分の立ち合いでここまで疲れる様な活剄の錬度ではない。だが、今していることは違う
 わざとレイフォンが力を抑え、ニーナと同等か一回りほど上といった程度の力に調節して立ち合いを行ったのだ
 自分と同程度であるが故に決着がつかず、その上を行こうと力を上げるごとに、立ち合いの中で成長するごとにレイフォンもニーナに合わせて力を上げていった
 その結果、常にあと一歩でといった全力の立ち合いをニーナはひたすらに続けた

 相手が自分とほぼ同程度であるがゆえに、常に全力を出し続ける鍛錬は自分が今何をしているのか、どこが悪いのか、どうすればいいのかといったことが感じやすく、そして少しずつ上がっていく自分の成長を感じやすい
 それ故、いつも以上に力を入れた終わらない全力の鍛錬がニーナの疲労につながった
 それに、前に言われた慣れない剄息の鍛錬を続けていたせいで全力で動きづらかったこともあり、今までのレイフォンとの鍛錬は基礎と簡単な打ち合いだけであり、やっとある程度思ったように動けるようになれたが故のはしゃぎも一役買っていた

(少しはしゃぎすぎてしまったか)

 そんなこと思いながら、バックからボトルを出して水分を補給するニーナを見てレイフォンは小さな包みを持って近づいてくる

「よかったら、食べます?」
「何をだ?」

 広げられた袋の中を覗くと、その中にはクッキーが入っているのが見える

「いいのか?」
「はい。誰かに感想を聞きたかったので」
「そうすると、これはお前が作ったのか?」

 一枚手に取り見る
 丸い形状をしており、歪みもなく綺麗なものだ。こういったものを作ったことがないニーナだが、これがまずいなどとは到底思えない
 それにこの、縁をかたどる独特の形状は————

「デミニフェ?」
「はい。そこのクッキーを意識して作ってみました」
「何故だ?」
「いえ、その……。グレンダンに帰った時、弟たちに新しいお菓子を作ってあげられたらと思って。デミニフェのクッキーが美味しいって聞いたので」
「……家族思いなんだな。貰うぞ」

 ニーナは手に持ったクッキーを口に運び、一口齧る
 さほど固くなく、しっとりさを感じさせず、粉っぽさもない程度に纏められ生地がほころび、口の中に甘さを広げる
 今まで子供たちに作ってきた影響からなのか、少し甘さが強いという印象を受けるが、確かにデミニフェを意識したというのがニーナにはわかる。だが

「どうですか?」
「うん、美味しい。だが、デミニフェとは違うな」
「そうですか?」
「ああ。デミニフェのクッキーは甘いが、これよりはもう少し弱く、口に残らないようなさっぱりした甘さだ。固さももう少し固い。あと、何が入っているかは知らないが、あそこのクッキーには僅かな隠し味の様なものが入っていて口の中にその味が僅かに残るんだが、それがこれにはない」

 デミニフェのクッキーが大好物であり、何度となく食べてきたニーナからしたらあくまで似ているといったもの。デミニフェには届かない
 それでも美味しいのに違いはないので食べるのを止める様なことはせず、もう何枚か貰って口に運ぶ

「よかったら残りもどうぞ」
「いいのか?」
「僕はもう食べたので、別に要りません」
「それなら貰わせてもらう」

 袋ごと渡されたのでニーナはそれを受け取り、ボトルの中の水分を取りながらちびちびと齧っていく
 疲れた後で甘いものを取っているためか、その顔はいつもの凛々しい感じではなく、やや疲れたような柔らかく、にこやかな雰囲気を持ちながら頬をやや緩め手の中のクッキーを咀嚼していく
 袋を渡したレイフォンは剣をしまい、黒鋼錬金鋼を復元して鉄鞭を振り回し始める
 ニーナの為にと手に入れた鉄鞭だが、いざ使おうと思ったら大きな落とし穴に気づいたのだ

 レイフォンは今まで、自分が鉄鞭を使ったことがない
 槍や弓、太刀や鉈などは使えるが、鉄鞭は使えない。昆ならばある程度は使えるが、それとはまた扱いが違う。そのため、ニーナの相手は剣ですることとなった
 それでもそのままという訳にもいかないので、こうして鉄鞭を持ってはそれに慣れようと練習を重ねている

(やっぱり重いな)

 両手に持った鉄鞭を振り回しレイフォンは思う
 片方だけでも自分が扱う剣よりも重いかもしれなというのに、それを片手ずつ二本持っているのだから重さが際立つ
 剣の時よりも前に移る重心を意識し、そのずれを頭の中で修正しながら体を動かし、振るう鉄鞭で振り回される様に動く体を感じそれに合わせるように体の軌道を変える
 こうして実際に扱ってみて、ニーナの膂力と技量がやはり高い物なのだと再認識しながら振るい続ける。鉄鞭を振るう技量に関しては、ニーナの方が自分よりもずっと上だ
 そして考えるのはニーナのこと

(ニーナさんのスタイルは、防御に主体を置いている傾向がある。金剛剄は教えるとして、何か攻撃に特化した技があれば……)

 実際に手合わせをしてみて分かったことだが、ニーナは防御を主としたスタイルである
 だからこそ、攻撃に特化した技があればうまくバランスが取れるのでは? と思い、何かないかと考え続ける
 教導をしている以上、そういったことを考えるのも大事なのだろうとレイフォンは思う

(ちょっと試してみよう)

 鉄鞭を振るうのをいったん止め、思いついたことをやってみようと剄を巡らし始める
 レイフォンにとって、新しい技を考えるというのはそこまで珍しいことではない
 自分がもっとも得意とする刀術を封印したため、それで失った“深さ”を補うのにもっとも手っ取り早い方法が“広さ”を持つこと。そして技が増えるということはその分手が広くなることに直結する
 それに、何度も同じ技では対処法を直ぐに見抜いて襲ってくる相手が近くにいたため、技を考えるという思考には慣れている面もある

 体の重心を下目に落とし、体を少し曲げ腰をやや後ろに捻りながら片方の鉄鞭を腰だめに引いて構える
 剄を腰に構えた鉄鞭に集中し、一定以上溜まると同時に活剄で腰と足元を強化。軽く逆の足を前に滑らせながら剄を爆発させ、背筋も使い腰を捻るのと同時にその推進力を持って前に突き出し、同時にその先から衝剄を放つ
 一瞬遅れて聞こえる空気を貫く破裂音に、放たれた衝剄が周囲を揺らす

 名づけるならば、活剄衝剄混合変化・鎗打とでも言ったところか
 これならば守りでその場に徹しながらも、剄を溜め接近状態で打つことが出来る。対汚染獣ならば、放った衝剄が突き刺さった先から出て体内を荒らす。そして近距離からの急加速を伴った直線的な動きのため、相手にとって反応はし辛い
 普段鉄鞭を扱うものが、叩き潰すものだという考えを持ちがちなために考えず、持って間もないレイフォンだからこそ考え付いたとも言える鉄鞭による突きの剄技。だが、同時に弱点も思いつく

(これじゃ、基本相手が近くにいなきゃ使えない。旋剄を使ってじゃ威力が落ちるから近接戦闘に限定されるし、先がとがっていた方が強い。それに、使った後少し体が踏ん張るために固まるから、外したら大きな隙になる)

 だが、近接戦ならば使えないという訳ではないので保留にする

(出来れば距離が空いても使えるやつ。旋剄で近づきながら振り下ろす様なものとか………)
「とりあえず、また後で考えればいいか」

 そう結論付け、ニーナのもとへと戻る。そろそろ休憩も終わりの時間だ





「やあレイフォン。頑張ってるみたいだね」
「ハーレイさん、どうしたんですか?」
「親父について来ててね。せっかくだから、見学でもしようかと思って。それとこれ美味しいよ」

 ニーナの場所に戻ってみれば、そのそばにハーレイが座りレイフォンが持ってきたクッキーを齧っていた
 初めて会った時と違い、さっぱりとした服装なため印象が変わって見える

「その鉄鞭使ってみてどう? 何か違和感とかない?」
「いえ、今のところ問題ありません」
「それはよかった。何かあったら家に来てくれれば見るからね」

 和やかに会話を交わす二人に対し、ニーナが立ち上がり鉄鞭を復元してレイフォンを向く

「休憩ももう終わりだろう。さあ、続けよう」
「いえ。久しぶりに激しく動いたので、今日はもう打ち合いはせず、基礎をしようと思うんですけど……」
「なぜだ。十分休んだ。私はまだまだいけるぞ?」

 鉄鞭を持ちながら不満げにニーナは言う。久しぶりに全力で動けたからまだまだ動き足りないのだろうが、レイフォンは苦笑いを浮かべながら口を開く

「日常的な剄息に慣れたばかりで疲労が大きいと思いますので。なので、とりあえず今日は硬球を使った基礎と、金剛剄を教えたいんですが……だめですか?」
「ニーナ、我儘言っちゃだめだよ」
「むう……二人が言うなら仕方ない。それよりもレイフォン、金剛剄を教えてくれるのは本当か?」
「ええと……はい」

 先ほどまでの不満げな様子は消え去り、待ってましたとばかりに勢い込む様に聞くニーナに、レイフォンは若干どもって返す
 最初にレイフォンが見せた技であり、ずっと気になっていたようだからそれだけ楽しみにしていたのだろう

「で、どうするのだ? 確か相手の剄の流れを見る、だったか?」
「いえ、この技は原理自体は非常に簡単なんです。とりあえず、どんな技か見せたいので全力で打って下さい」

 そう言いながら、無手のままレイフォンはニーナに近づく

「何を言っている? 何の構えもなしに……」
「僕でもわかるよレイフォン。何も持ってないじゃないか」
「いえ、これで十分なんです。この技がどういった物か十分に理解するには」
「しかし……」
「問題ありません、全力で打って下さい。多分、それでも足りませんから」
「……そこまで言うならやってやろう」

 無手で何の構えもない相手にそこまで言われて流石にムカついたのか、ニーナが前に出る

「では、行くぞ」
「いつでもどうぞ」

 その言葉と同時に前に出て、ニーナは憤りと供に鉄鞭を振り下ろす
 頭に来ていたとはいえ流石に躊躇したのか、全力ではないが普通ならば骨に罅ぐらい簡単に入るほどの力を持ってレイフォンの肩に振り下ろす
 間近に、それもかなりの速さを持って迫るそれを瞬きひとつせずに自然体でレイフォンは受け入れ

「むっ!?」

 初めて出会った時、鉄鞭を殴られたと同じような金属を殴ったような感触が返ってきてニーナは眉をひそめる
 あらかじめその感触が予想できていたためさほど驚いていないが、微塵も揺らがずその場にとどまり続けるレイフォンにやはり驚愕の念が浮かぶ

「少し手加減しましたね? もっと本気で、全力で来てください。肩と言わずどこでも、いっそ僕を殺すぐらいのつもりで来てください。その位でないとこの技の意味がないんです」

 ニーナの手加減を見抜いたのか、もっと強く打ちこめというレイフォンにニーナは改めて力を込める。そしてニーナにはもはや先ほどまで有った躊躇はない

(全力で、か。どこでもいいと言うなら……)

 どうせなら、と思い、ニーナはレイフォンに一足一刀の間合いにまで近づき重心を下に沈めて鉄鞭を腰だめに構える
 先ほどまでのレイフォンの練習を見ていて気になった技を使ってみたくなったのだ
 ニーナにはレイフォンほどの器用さなどない。剄の流れから技の再現など出来ないし、剄を別に分けて練る様な技術もまだない。だが、シンプルなものなら別だ
 レイフォンに言われていたように剄の流れを見ていた結果、極端に言えばこれはただ単に鉄鞭に剄を込めてそれを推進力に使うだけのものであった
 内力系活剄も旋剄のように技にするでもなく、ただ足腰を強化するだけ。様は凄く速い突きでしかない。ならば大丈夫だろうと思ってニーナは構え剄を込め始める
 それに、どうせなら一歩ぐらいレイフォンを動かしてみたいという思いもある。それならば上から叩くよりも横から突く方が可能性は高い
 レイフォンはニーナの構えから先ほど自分が使った技であることを理解し、少し目を見開く

「鎗打? ニーナさん、それは……」
「では、いくぞ」

 準備が整ったことを感じ取り、ニーナはレイフォンの声を遮って口を開き、全力でもって全身の旋回運動から鉄鞭を直線に放つ

———活剄衝剄混合変化・鎗打

 旋回運動による突きであること。そして片腕故のリーチの延長を持って鉄鞭の先端がレイフォンの胸の中心に突き刺さり、推進力に変換されきれなかった剄が接触した先端から衝剄として吹き出し、それと同時に重い衝撃が返ってくる

「!? つぅ……」

 そして突きであったが故、叩くのよりもより強い衝撃が跳ね返りニーナの手首に響く。意識していた以上の衝撃に握力を無くした手から跳ね返された鉄鞭が弾け飛ぶ

「大丈夫、ニーナ?」
「大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。少し気になるが、すぐにでも治るだろう」

 軽く振って確かめ、大したけがではないと分かりニーナは二人に応える
 初めて使う技であったため、レイフォンから比べれば非常に出来の拙いものであり衝撃がある程度分散されたのもそれに一役買っていた
 地面に転がる鉄鞭を拾ったハーレイがニーナに手渡す

「あんまり無理はしない方がいいよ。それとはい、これ。必要なら冷やすもの持ってこようか?」
「すまないな、ハーレイ。それとそこまでしてもらう必要はない。それにしてもすごい技だな。一歩も動かせなかった。簡単だとは言っていたが、私にも使えるのか?」
「ええ。金剛剄の基本は、活剄による肉体強化と一緒に衝剄による反射を行うことです。原理自体は単純なんです」
「そんなものなのか?」
「ええ。簡単にならすぐにでも出来ます」

 その言葉を受け、レイフォンが復元した鉄鞭をゆっくりと振るのを手に受けるという動作を行う。何度か繰り返してニーナは感覚を掴み、本当に軽く、ゆっくり迫る鉄鞭相手に狭い範囲だけだが実際に金剛剄に扱う感覚を得る

「これでいいのか?」
「ええ、それです。さっきいいましたが、原理自体は非常に簡単なんです」
「もっとすごい物かと思ったが、そこまででもないんだな」
「いえ、それは違います」

 実際にその技の凄さを実感しただけに、その余りの簡単さについ愚痴の様に口からこぼれた言葉をレイフォンが否定する

「この技の肝は、タイミングを見計らうこと。それとそのための、どんな状況でも目をそらさずに技を行えるだけの精神力です。それから比べれば、技の原理自体は気にするものじゃありません」
「そうなのか? だが、相手から目を離さないのは当然じゃないのか?」
「いえ。それが一番大事で、一番難しいことなんです。実際に試してみれば分かります」
「ふむ……。ならば私にやってみてくれ」

 そう言い、軽く鉄鞭を構えた自然体でニーナはレイフォンの前に立つ
 レイフォンの言わんとするところを理解するために。そしてあわよくば、実際に金剛剄をより使ってみたいがために

「……分かりました。じゃあ、さっきより少しだけ早く振るので、金剛剄を使ってみてください」
「分かった」

 了承を受け、レイフォンがゆっくりと振りかぶる姿を見、ニーナは内心で少しだが逸る心を自覚し、そんな自分にひそかに苦笑する

————そして、一瞬で変わった世界に自分の浅はかさを理解することとなる











 レイフォンが手を振り下ろそうとすると同時、ニーナの世界が一変する
 今まで感じたことのない剄力が、一度としてぶつけられたことのない色の圧力がニーナの体を押さえつける
 かつて窃盗犯に追いかけられた時とは次元の違う殺気に、その後怪我を負った時とは違う明確な死の気配に思考が停止する

「あ………」

 知らず薄く開いた口から出た言葉は意味をなさず雑音として漏れ、指一つ動かせぬ世界の中で目は唯一動く相手を見続ける
 モノクロに感じる世界で自分に迫る色≪死≫を前に、避けようとも思えず、動こうとも思えず、ましてや防ごうなどと考えが働かず視線が釘付けになる

(動かなきゃ。でもどこから? 防がなければ……だが何をだ?)
(今目の前にあるのは何だ? 金剛剄とは何のことだ? ああそうだ剄を練らなければ。……剄とはどう練るのだったか………)

 極端に落ちた思考の中、ただ一つ鮮明に映る死が直前に迫り—————
 ————世界に色が戻る











「————っう、あ」

 不意に自由を取り戻した体に一瞬硬直し、腕に持つ二つの重みから前に傾いた体を支えようと後ろに力を入れ、支えが効かずにそのまま後ろに尻餅をつく
 ドサッという音と共に響く衝撃にニーナは思考が戻り、見上げればレイフォンの持つ鉄鞭が、ニーナに当たる寸前だったであろう位置で静止している
 そんなニーナを見て、レイフォンは鉄鞭を戻す

「ええと、分かりましたか?」
「あ、ああ。良く分かった」
「何というか、凄かったね。僕にも空気が変わったのが分かったよ」

 ある程度離れていたであろうハーレイさえも感じたあの圧力
 今更ながらに背筋に感じる冷や汗に、温まっていた体から熱さが消え、冷たさが際立つのを感じ、自分の認識不足を理解する
 さきほどの空間で、自分は何一つできなかった。教えられたばかりの金剛剄を使おうという考えすら起きえなかった。タイミングを合わせて行うということは、それすなわち自身に迫りくる脅威から一切目をそらさず、瞬きひとつせずに真っ向から向かうという事
 それがどういうことなのか、ニーナは身をもって知った
 だが、諦めるという考えなど微塵もない。ならばそれだけの精神を養えばいいだけのこと
 そう思いニーナは力を入れて体を起こし、体に剄を巡らす

「ふふ、さあレイフォン。続けようじゃないか」
「ええ。後はとりあえずいつも通りに基礎をしましょう」
「!? 何故だ、金剛剄の続きをするのではないのか?」
「いえ、もういいと思うんですけど」

 先ほどのことから、少しでも早く習得してやると息巻いたが故に、レイフォンの言葉にその勢いを止められ驚いてしまう

「私はまだ金剛剄が出来ていない」
「さっき少しですけど出来てましたよ。コツはもうつかめていると思います。精神力なんて上げようと思ってあげられるものじゃありません。金剛剄を本来の用途で使いたいなら、基礎の向上が大事です」
「だが……」
「相手がどれだけの力を持っているか分からない場で、どれだけの強度なら防げるのか、そもそもどんな相手なのかも分からないかもしれません。一歩間違えれば死ぬ環境下で、この程度なら、なんて言うよりも少しでも力を上げるべきです」
「……そこまで言うのなら分かった」

 不満げながらも、レイフォンの言葉にニーナは納得しいつも通りの基礎を行うために硬球の上に乗って鉄鞭を振り始めた







「レイフォンは汚染獣と戦ったことがあるのかい?」

 レイフォンとニーナの二人が基礎鍛錬を始めて少し、ハーレイが抱いていた疑問をレイフォンにぶつける

「どうしてですか?」
「いや、さっきの口ぶりを聞いてたら、なんかそう思っちゃってさ」
「ああ、そういえばそんな口ぶりだったな。どうなんだレイフォン?」
「ありますよ。シンラさん……キャラバンの人に聞いて知ったんですけど、グレンダンは他から比べれば汚染獣に会い易いらしくて」
「そりゃ凄い。グレンダンって言えば武芸で有名だけど、やっぱりそういった環境があるからなのかな」
「そういえばレイフォンはグレンダン出身だったな。どんな都市なんだ?」

 単調な作業故に暇が出てきたのか、ニーナも興味を持って口を開いてくる
 それを受け、レイフォンは前にシンラ達に話した時のことを思い返しながら答える

「武芸が盛んで、都市中にたくさん武芸の道場があります。後は……女王陛下と、天剣授受者の方たちがいます」
「女王はまだしも、天剣授受者というのはなんだ?」
「天剣という特殊な錬金鋼を渡された人達のことでグレンダンの武芸者の頂点の人達です」
「ちょっと待って。天剣、だったよね? 特殊ってどんなふうに特殊なの? それに何の錬金鋼なの? まさかどれにも分類されないとか?」

 錬金鋼の技師ゆえか、ハーレイは天剣の話題に意気込んで聞いてくる

「白金錬金鋼だったはずです。それと、本来なら妥協しなければいけない欠点がなく、全ての錬金鋼の長所があって、形状とかも自由だって聞きました」

 その言葉に、ハーレイの目が輝く

「うわ、何それ凄い。そんな錬金鋼ほんとにあるの? え、何。全部ってことは白金並みの収束率に黒鋼並みの頑丈さに紅玉並みの触媒作用に軽金並みの軽さに出来るってこと? え、まさか重晶までとかもあり?」
「え、ええ。確か好きに設定できるとか」
「うわー凄いなー。どんな構成になってるんだろう? 黒鋼の含有量でも違うのかな。でもそれじゃ重晶や軽金が説明できないし……複合? でもどんな割合で? あ、そういえばレイフォンは設定を複数つけようとしたよね。だったらそれに対応してそれぞれに反応するように………でも、そもそも混ぜ合わせるなんてこと……」
「ハーレイ。戻ってこい」

 一人で思考に没頭し始めたハーレイにニーナが声をかけ、引き戻す

「ん? ああゴメン。考え込んじゃった。でも、出来れば見てみたいなぁそれ。そんな特性があるなんて凄いよ」
「あ、いえ。……それ以外の方が重要ですので」
「え、まだ何かあるの?」
「ええ。錬金鋼の許容量がないんです。こっちの方が重要です」
「え? どゆこと?」

 まあいいかと思い、疑問符を浮かべるハーレイの前で錬金鋼に剄をギリギリまで込め、熱を持って赤くなり始めたところで戻す

「え、何今の? 許容量ってまさか、錬金鋼の剄の上限のこと? そんなのあるの?」
「そうです。天剣にはこの限界がありません。だから授受者の方たちは天剣でないと全力が出せないんです。老生体……繁殖を放棄した雄性五期の先の汚染獣相手は、これでないと大変らしいです」
「……初めて知ったよ。錬金鋼の限界とか、老生体とかニーナは知ってた?」
「いや、私も今初めて見た。錬金鋼が限界になることがあるんだな……」
「そうだよね……ちなみにさ、レイフォン。限界を超えたままだとどうなるの?」
「爆発します」
「わお」
「危ないな、それは……天剣授受者のことは分かったが、そういえば女王は何だ? 統治者か?」
「ええ。グレンダンにおける最高権力者で、絶対の君主です。天剣たちの担い手であり、グレンダンの住民にとって、陛下の命は絶対です。天剣をも凌駕する実力があるとか」
「噂にたがわず、か。つくづく凄まじい都市だな」
「僕は行ってみたくなったけどね。天剣かぁ……あれ、限界ってことはレイフォンも同じくらい強かったりするの?」
「いえ、僕はあの人たちほど強くありません。戦ってもほぼ確実に負けます。それだけの差があると思います」

 何気ない会話を三人で行いながら、緩やかに時間は過ぎていった






「こうか……お、今のは上手く行ったな。ならば次はもう少し速く、強めに……」

 鍛錬が終わってその日の夜。ニーナは自室にて錬金鋼を復元し、片手で鉄鞭を持ってもう片方の手に当てるというのを繰り返していた
 鍛錬の際には納得したが、やはり金剛剄のことが気になってしょうがないニーナは自室にてその訓練を行っていた
 場所がいるわけでもなく、周囲に衝撃を生むでもなく一人で簡単にできるため、ニーナはひたすらに片方の手にある鉄鞭でもう片方の手を打つという動作を行い、だんだんとその速さと力を上げていく
 そんなニーナが、翌日凄まじい筋肉痛になるのは別の話
 そして調子に乗って強く打ちつけ過ぎ、技をしそこなって腕の骨に罅が入り悶絶するのまた、後の話
























「それは確かなのだな?」
「ええ。サヤの眠る地から来たあの少年の中には、確かに茨の棘が確認できました」
「よく気づいたものだな」
「我らの力を必要とするだけの力を持つものが、あなたの家でその片鱗を見せたが故です。子らの母として、他の者よりもサヤに近い私ならば残滓程度は見分けられます」
「ならば、始祖の都市の姫は眠りから覚めたのか?」
「いえ、まだ眠りからは覚めていないようです。ですが……」
「ああ。守護者がいるという事は、既に祖の眼を受け継いだものが現れたという事。まだ先であろうが、目覚めが、伝説が始まる予兆やも知れん。可能ならば、そ奴に聞いてみるのもよかろう」
「あなたが動いてくれるのですか?」
「何も知らなくとも力を見ることは出来よう。棘を刺されたという事は、伝説の側に踏み込みかけているという事。ならばその力を見るのもまた一興。運命に選ばれる前ならば、我らの陣営に組み込めるやもしれん」
「そうですか……では」
「ああ、儂が動こう。小僧の相手を務めるのも老体の仕事の一つよ」

 他から廃絶された空間で、その会話は行われる
 周囲を包む闇を照らす光は人ならぬ存在が放つ明りのみ。交わす言葉を終えたその空間に、確かな鼓動が響き始める
 そして、黄金の輝きが動き出す

 
 

 
後書き
 Q,なんでニーナの描写が一部分力が入ってるの?
 A,趣味です。運動して軽く汗かいてるスポーツ少女ってよくない?

 Q,なんでデミニフェなの?
 A,ツェルニに行った際の餌付け(?)フラグのためです。好物で釣るのってなんかよくない? つまり趣味です

 Q,つまり馬鹿なの?
 A,よっしゃ、かかってこい

 鎗打のイメージはるろ剣の牙突零式。近接専用の速さに特化した技とか、シンプルで強いような技が好きなんで。進む内にこんなシンプルなオリジナルの剄技が少し出てきます
 
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