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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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十一話

 稽古。技術を収める行い
 鍛錬。訓練のもとに技芸などを強くすること
 師。先達とし、それらを行う者の手助けをし支える者
 そして教導。つまり教え導くということ
 ニーナの教導というなし崩しで決まった仕事。人に教えるという初めての経験に対し、そういった考えから初体面を終えレイフォンがまず思ったこと、それは

(黒鋼錬金鋼がもう一つほしい)

 二つ目の黒鋼錬金鋼の所持
 この仕事に対しどうすればいいのかと考え、思い浮かべたのはかつて自分が教えられた時のこと
 今でこそ封印し、それ専用の訓練はしていないがかつてレイフォンは養父であるデルクから刀術であるサイハーデンを習った
 そして当然のことだが、その際自分に教えるのに対し、デルクは刀を持って自分に技を教え稽古をつけてくれた
 だからこそ、教えるのならまず同じ武器を使うのがいいのでは? という結論に達し、レイフォンはニーナの武器である双鉄鞭を手に入れようと思った。そうすると問題になってくるのは錬金鋼の問題である

 今現在自分が所持している錬金鋼は二つ。頑丈だからと手に入れた黒鋼錬金鋼一つに、引退するという人から格安で譲り受けた剄の通りがいい青石錬金鋼を一つ
 今までならこれで丁度良かったのだが、今はそうではない
 剄の伝導率を重視するものや、切れ味などを重視する武器とは違い、鉄鞭は叩き潰すことによって対象を倒す。それゆえ、素材には密度が高く頑丈な黒鋼錬金鋼が望ましく、ニーナもそれを使っていた
 そういったことからレイフォンは黒鋼錬金鋼のもう一つの購入を決めた

 金を貯めに来たのにまず使うことになるが、手を抜くわけにはいかない。必要経費はしょうがないだろうと思い決めた
 決めたのはいいのだが、次はどこで買うのかということ
 別段そこまで刀でない武器にこだわるつもりはないのだが、安いにこしたことはない。シュナイバルの錬金鋼の技師のことなどレイフォンは全く知らないのだ

「というわけなので、どこか良い所はありませんか?」
「何がどういう訳なのかちゃんと言え」

 ニーナに一蹴されたので、良い錬金鋼技師を探しているのだと簡単に告げる
 既に二回目の対面。基本週三、たまに週四で一年契約した教導の二回目の日である

「それなら丁度いいのが一人いるから、後で連れて行ってやる」
「分かりました」

 出来るならすぐにでも欲しい所だが、今日はまだ必要になりそうなわけでもないので気にするほどの差ではない
 そう思い、レイフォンはニーナに引き続き錬金鋼を復元する

「で、何をするんだ?」
「ええと、『押し合い』というのをまずはしようと思うんですけど……出来ますか?」
「聞いたことないが、どんなものなんだ?」
「剄力を見るのにいい方法で、凝縮させた剄の塊を剄力だけで受け止めて、跳ね返すんです」

 見た方が早いだろうと思い、レイフォンは剣を持ってその場に座り錬金鋼に剄を流し込んでいく
 流し込まれるにつれ錬金鋼が発光し始め、次に武器の周りをおぼろげに揺らし始める

「この状態で互いに剄力をぶつけ合うんです」
「ほう、そういうものなのか。だが、どういった意味があるんだ?」
「さっき言ったように、剄力を見ることができます。相手が上手く剄を練れているか、無駄にしていないかとか、自分でもそれを自覚することもできます」
「なるほどな」

 そういい、ニーナもレイフォンと同様に地に座り剄を流し込んでいく
 次第に武器が発光し始め、周りを朧げに揺らし始めたのを確認し、レイフォンは剣を前に軽く掲げ、剄をニーナの方にゆっくりと伸ばしていく
 レイフォンの動きを見てとり、ニーナも真似して同じに剄の塊を伸ばし、レイフォンの剄にぶつける
 その状態のまま少しずつレイフォンは剄量を増やし様子を窺う
 少し強くするごとに相手の方も力を上げ、拮抗状態が続き続ける

(剄力は普通に比べて多い……のかな?)

 今思えば、周囲にいた同年代の武芸者の平均をなど知らないため、良くわからない
 クラリーベルと比べるのもそれはおかしいと分かる。あれが普通だったら色々と困る
 そのため、剄力は大体の量を把握するだけにとどめ、ニーナの剄の練りこみを見る

(完璧に、じゃないけど十分綺麗に剄を練れてる。注ぎ込んだ分を無駄にしてない。必要な分だけを気を付けて放出が出来てる)

 自分の剄にぶつけられるニーナの剄は非常に綺麗で、無駄が少ない。自分よりも少ないはずなのに、そこからはまっすぐな力強ささえ感じられる
 レイフォンは知らないことだが、ニーナは今のレイフォンのように教官を呼ぶまでの間ひたすらに父親に基礎を鍛えられていた
 基礎とはつまり、武器になれることである素振り。そして剄の訓練としての瞑想をただひたすらに繰り返した
 来る日も来る日も素振り瞑想素振り瞑想素振り瞑想素振り瞑想……の毎日。それがいやで家出をしたこともあるが、それほどまでに繰り返した瞑想により、今のように腰を据えてじっくりと剄を練るようなものならロスが少なく、非常に綺麗にできるまでになった

「ぐ、うぅ……」

 互いに押し合う剄の塊は徐々に大きくなり、その維持にもそれだけの力が必要になってくる
 ここまで大量の剄を出したことはないのか、ニーナの顔が少しずつ険しくなっていく。それに対応するかのように剄の操作が乱れ、直ぐに正され、また乱れるというのが繰り返され始める

(そろそろもういいかな)

頃合いだと断じる。レイフォンは剄の幕を大きく広げてニーナの剄を包み、中で生み出した複雑な潮流によってニーナの剄をかき消し押し合いをやめる

「っつあ! ハァ、ハァ、ハァ……」

 剄の供給を断ち切り、今まで入れていた力を抜いてニーナは肩で息をし始める。見れば薄くだが、額に汗も浮いている

「意外にきつい、もの、だなこれは」
「ええ。特に、なれていないと疲れやすいです」
「ふふ、そうか。で、私はどうだったんだ?」
「剄量に関しては、普通がどのくらいなのかよくわかりませんが、大丈夫だと思います。後、剄の練りこみは無駄が少なく、綺麗でした」
「そうか、それはありがたい。私の方も、レイフォンの強さが漠然とだが分かったような気がするぞ」

 そういい、ニーナは少しだけ口元をまげこちらを見る。動きやすい黒のスポーツウェアを身に纏い、薄く汗をかいて小さく笑みを浮かべる姿は一枚の絵のようにさえ思える
 不敵な笑みにしても、故郷の知り合い二人とは違いすぎる清々しさがレイフォンの心に安らぎをもたらしてさえくれる

「それで、次は何だ? 私はまだまだいけるぞ」

 大きく一呼吸し、ニーナが鉄鞭を持ったまま立ち上がる。そこに疲労はあれど、動けないというほどではない
 これだけで終わりにするわけにもいかないので、レイフォンが押し合いを止めるタイミングを少し早めたが故のものだ
 そんなニーナを確認し、レイフォンは持ってきた荷物をバックから取り出して地面にばら撒く

「? これを使うのか?」

 そういい、ニーナは足元にいくつもまかれた硬球を軽く足でつつく
 それだけでコロコロと転がっていく硬球をどのように使うのかニーナには想像できない

「ええ。この上で素振りをします」

 そういい、実際にレイフォンは硬球の上に乗り、剣を何通りか振って見せる
 その際、足元の球は微塵も転がらず、上にいるレイフォンの体もぶれることなく剣を振るう

「活剄の流れで筋肉の動きを操作して、衝剄の応用でボールの回転を抑えます。肉体操作の錬度を上げ、細かなコントロールの練習になります。初めは慣れるまで難しいので、活剄だけを意識して———」
「……なあ、レイフォン?」
「なんですか?」

 なぜだか、少し不満そうな顔をしているニーナにレイフォンは向き合う

「確かにこういったことが大切なのはわかるんだが、技とかはないのか」
「技、ですか?」
「ああ。この間の時の、確か金剛剄だったか? あれは教えてくれないのか?」

 ああ、と思い出す。確かにそんなことを言った気がする
 正直な話、今日の内容をどうすればいいのかと考えていて忘れていた。無論いくつか技を教えるつもりはあったのだが、とりあえず今日は鍛錬の方法など基礎的なことにして次回以降にしようと思っていたのだ

「えーと、その。今日は基礎鍛錬のことで、技とかは後にしようと思ったんです。基礎が上がれば、それだけ技の幅も広がると思ったんで。ある程度基礎が終わってからじゃだめですか?」
「……いや、わがままを言ってすまない。それで頼む」

 僅かな沈黙の後、了承したニーナはレイフォンと同じように硬球の上に乗ろうとし

「お、っと……っつ。 ―――あ」

 そのまま、盛大にこけた
 下が土でなく緑の短い草であったため、ドン! ではなくイメージ的にはポスッ。っといった感じで仰向けに倒れる
 見上げる限り青い空が視界一面に広がり、ニーナは一瞬自分がどんな体勢になっているのかを忘れてしまう

「大丈夫ですか?」
「………こ」
「あのー、ニーナさん?」
「………こっちを見るなー!」

 年下に対し我儘をいい、そのままの気まずさから乗って無様に転げた自分を見下ろすレイフォンに、ニーナはつい顔を赤くして叫んだ
 うららかな昼下がり、一人の少女の羞恥の叫びが鳴り響いていった





「そう言えば、レイフォン。お前はどうして、自分の都市を出たんだ?」

 既に十分な時間が経ち、空の青さに少し陰りが出てきた頃、ニーナはふと思ったことを聞いた
 既に素振りをあきらめ、硬球の上に立つことだけに集中したがためか、無手で視線が下を向きがちだがギリギリ立ち続けることは出来るようにニーナはなっていた

「出稼ぎをして、お金を稼ぎたかったからです」
「なっ! 金稼ぎの為にこの力を—————ふぎゃ」

 レイフォンの答えに反応し、顔を勢いよく上げてバランスを崩した結果、ニーナは顔から地面に突っ込んでいった
 そしてすぐさまガバッと顔を上げレイフォンの方を向く

「僕孤児何で、お金がないんです。孤児院のためにもたくさんお金が欲しいんです。武芸ぐらいしか出来るものもありませんので」

 その言葉に、武芸を志した理由にして今なお消えぬトラウマが一瞬浮かびかけ、直ぐに振り払う
 その言葉を聞き、レイフォンの顔を見ていたニーナは何か言おうとしたのか開きかけていた口を閉じ、険しくなっていた表情も解ける

「……そうか。だがしかし…………いや、そういったことを経験したことがない私には理解できないものだな。すまなかった」

 そういい、軽く体をたたきながらニーナは立ち上がりレイフォンの方に向かう

「それよりそろそろ時間じゃないか?」
「え? あ、ほんとだ」

 そう言われ、レイフォンが時間を確認してみればそろそろ終了の時間
 それを確認しニーナは鉄鞭を待機状態に戻す

「では、言った通りに錬金鋼の技師のところに案内しよう」

 そういい、置いておいた荷物から軽く上に羽織るものを取り出し、それを纏って歩き始めたニーナについてレイフォンは歩き始めた


















「ハーレイ、いるか?」

 アントーク家の屋敷からさほど遠くない街中。通りに面した横道に入ってすぐにある工房の入口に入ってすぐ、ニーナは幼馴染の名を呼んだ
 その声をだしてから少し経ち、隣の部屋に通じているだろうドアが開き汚れた作業着を纏ったニーナと同い年くらいの少年が出てくる

「あれ、どうしたのニーナ? 何か用?」
「ああ、こいつがなんでも新しい錬金鋼が欲しいらしくてな。連れてきた」
「ああ、その子? 誰?」
「私の教導役だ」
「……嘘でしょ?」
「いや、本当だ。手合わせをしたが、負けてしまった」
「へえー。すごいもんだねぇ」

 そう呟き、その少年がレイフォンの前に歩いてくる

「僕はハーレイ・サットンだ。よろしく」
「レイフォン・アルセイフです」

 出された手を取り、握手を交わす
 その際、ふとオイルの匂いが漂ってくる

「ハーレイ。その汚れにこの臭い、お前何していたんだ?」
「さっきまで機材の整理とかしていたんだよ。いやー、いい仕事した」

 ニーナの問いに良い顔をしながらハーレイが答える
 腰元で結ばれた上下一体の作業着に、その下に着られている半袖の黒いTシャツ。所々汚れて年季が入った皮手袋に僅かに体に浮かぶ汗が先ほどまでの労働を物語っている

「で、ニーナも調整していく?」
「いや、特に問題はない。私はこれで帰って体を休ませる」
「そう?」
「ああ。じゃあなハーレイ、レイフォン」

 そういい、帰って行こうとするニーナの後ろ姿にレイフォンは言い忘れていたことを思い出す

「あ、ニーナさん。ちょっと待ってください」
「? なんだ?」
「すみません。ちょっと言い忘れていたことが」

 止まっていたニーナのもとに行き、伝え忘れていた言葉を告げる
 “体を休ませる”。その言葉が思い出すきっかけになった

「剄息の乱れは分かりましたか? 最後の方、大変そうでしたけど」
「ん? ああ、それがどうかしたのか?」
「疲れをごまかすために活剄を使えば、乱れが出ます。呼吸が乱れるのと同じです。最初から剄息を使っていれば、剄脈も常にある程度以上の剄を発生させて疲れが取れやすくなります。剄脈の鍛え方は肺活量と違い、最終的には活剄や衝剄を使わないように剄息のまま日常生活を送るのが理想です」
「日常的に? そんなこと出来るのか?」
「いつも剄息を続けて生活するのは大変ですけど、出来るようになれば剄の量も、感度も上がります」
「なるほど。やってみる」
「ええ。普通の人間とは呼吸の仕方が、意味が違います。血よりも剄を意識してください。肉ではなく、思考する剄という名の気体だと思ってください。まず、自分が人間であるという意識を捨ててください」

 聞いているニーナの目がやや驚きに開く
 その言葉を当然のように言うそこに、その言葉にレイフォンという存在を見たのか、違いを知ったのかは分からない
 だが、すぐにまたいつも通りの表情に戻る

「つまり、日常的に剄息で生活すればいいんだな?」
「ええ」
「分かった。出来る限りやってみる。いいことを教えてくれてありがとう、レイフォン」

 そういい、軽く手を振り今度こそニーナは出て行った
 レイフォンが振り返れば、話についていけなかったハーレイが固まっていた。がすぐに動き出す

「君たちは人間だよ。そうでないといっても、ニーナが人間以外とは僕にはそうは思えない」
「あの、そういう意味じゃ……」
「分かってるよ。ただ、言っておきたかっただけ。それじゃ、行こうか。レイフォンは何の錬金鋼が欲しいの?」
「黒鋼錬金鋼が欲しいんですけど………」

 ハーレイの後について行き、入った部屋はそこそこに大きな部屋。本来は結構広いのだろうが、置かれている様々なもののせいで小さく感じてしまう
 その機材のいくつかの電源を入れ、ハーレイは奥の方からいくつかの黒い金属の塊を持ってくる

「黒鋼か。とりあえずデータを取るから、これ握ってくれる」
「あ、はい」

 言われ、渡されたグリップを握る
 そのほかにも言われた作業を繰り返す

「はー、すごいね。数値がどれも高い。で、要望は何かある?」
「ええと、今僕が持っているのと一緒に鉄鞭にしてほしいんです」
「二つ? ニーナと一緒かい?」
「はい。そっちの方がいいと思いまして」
「ふーん。了解。細かい設定で要望はある?」
「いえ、特に……。あ、そういえば頼みたいことが」
「ん? 何?」
「その、設定を増やしてほしいんですけど……」
「んー、起動言語を増やすってこと? それって使えるの?」
「剄の発生量を設定してくれれば一応……」
「まあ、設定するだけなら簡単だからいいよ」
「ありがとうございます」
「他にないね? それじゃ……」

 そういい、奥の部屋に入って戻ってきたハーレイの手にはいくつもの機材、金属の塊を抱え満面の笑みを浮かべながらレイフォンを見たる
 その顔を見て、少し嫌な予感がレイフォンに走る

「さっそく、色々と調べ始めようか」

 今日は長くなりそうだと、そう、レイフォンは理解した














「ありがとうございました」
「いやー、こっちもいい経験だったよ。また何かあったら来てくれれば見るよ」
「はい。さようなら」
「ありがとうございましたー」

 ハーレイが凝り性だったせいで思ったよりも時間がかかり、レイフォンは暗くなった街中を急ぐ
 ニーナの教導が週三であるため、他にもバイトを入れていたのだ。仲介の保証人としてシンラに頼んだバイト内の一つが今日からであり、時間が差し迫っている
 急ぎキャラバンの街中での宿に向かい荷物を置き、集合場所に向かう
 時間十分前でなんとか場所に着き、息を整えまとめ役に話しかけ、服を纏い動き始める
 その仕事の場は建設現場。分類は力仕事
 疲れる代わりに給与がいいことでしられる肉体労働である

「今日から入るバイトだ。オメェラ仲良くしろよ!」
『ウス!』

 レイフォンのバイトはまだまだ始まったばかり
 人生経験を積み重ね、レイフォンは今日も金を稼ぐ

 
 

 
後書き
 レイフォンの事情を少しずつ知り、ニーナのレイフォンの認識はだんだん変わっていく
 

 
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