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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第三十四話 征途



帝国暦 489年  12月 6日   マーナガルム  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「黒姫の頭領、前方の先遣部隊より連絡が有りました。特に異常なしとのことです」
「分かりました、参謀長」
俺が答えるとメルカッツは自分の席に座った。参謀連中は神妙な表情で席に座っているだろう。

俺は今艦隊を率いて同盟領侵攻作戦に参加している。原作でのラグナロック作戦に該当するのだがこの世界では作戦名は無い。なんかイマイチだな、盛り上がらん。まあイゼルローン要塞はこちらに有るしフェザーンも帝国領になっている。原作ほど作戦に劇的さ、壮大さには欠けるのは確かだ。作戦名を付けるほどじゃない、ラインハルトはそう思ったのかもしれない。

帝国軍は軍を二手に分けている。一つはキルヒアイスを総司令官としてイゼルローン方面から同盟領へ侵攻する部隊。彼に従うのはケンプ、シュタインメッツ、レンネンカンプ、ワーレンの四人。五個艦隊、原作を越える約七万隻の大部隊だが主力部隊じゃない所が凄い! 七万隻の別働隊って何だよって言いたくなる。同盟軍も泣きたくなるだろうな。

主力部隊はフェザーン方面から同盟領へ侵攻する。ラインハルトの他、メックリンガー、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、アイゼナッハ、ルッツ、ミュラー、そして俺。八個艦隊、さらにフェザーンにはロイエンタール、ミッターマイヤーの双璧が居る。彼らを入れれば十個艦隊がフェザーンに集まる事になるがメックリンガーはフェザーンで留守番らしいから九個艦隊、十二万隻を超える艦艇が同盟領を目指す。

俺の艦隊だが艦艇数は約一万五千隻、陣容は以下の通りだ。

司令官:エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
副司令官:アルフレット・グリルパルツァー中将
参謀長:ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将
副参謀長:ゾンバルト准将
作戦主任参謀:エンメルマン大佐
作戦参謀:クリンスマン少佐
情報主任参謀:ヘルフリッヒ中佐
情報参謀:ライゼンシュタイン少佐
後方主任参謀:クレッフェル少佐
後方参謀:シェーンフェルト大尉
分艦隊司令官:グローテヴォール中将
分艦隊司令官:ヴァーゲンザイル中将
分艦隊司令官:タールハイム少将
副官:コンラート・リンザー大尉
従卒:コンラート・フォン・モーデル上等兵
旗艦艦長:ヴァルケ大佐

何とも妙な艦隊編成だよな。副司令官が裏切り者のグリルパルツァーだ。まあ今度の戦いでは裏切るなんてことは無いだろうから問題は無いと思うが過度の信頼は危険だ。ロイエンタールを陥れようとしたように俺を陥れようとする可能性は十分に有る。特に何処かの馬鹿が唆せばな。オーベルシュタインか、地球教か、油断は出来ない。

しかしグリルパルツァーも困惑だろう、副司令官の自分より参謀長のメルカッツの方が階級が上なんだから。まあ俺はお飾りでメルカッツが司令官と考えればそれほどでもないかもしれん。奴にはそう言ってやったんだが問題は割り切れるかどうかだな。

それと副参謀長がゾンバルトだ。艦隊の編制表を見た時には目が点になったわ。奴はあの黒真珠の間の一件で閑職に回された。まあ一応エリートコースを歩いていたゾンバルトには屈辱だっただろう。それで雪辱の機会をとラインハルトに今回の遠征に参加を志願したらしい。ラインハルトはゾンバルトの参加は許したが条件を付けた。俺の下で働けという事だ。

こういうところはラインハルトは厳しいよな、少しは耐える事を覚えろ、そんなところか。気持ちは分かるが押付けられた方の気持ちも考えて欲しかった。トリューニヒトを押付けられたロイエンタールの気持ちがよく分かるよ。まあゾンバルトは出世欲は有るが底は浅い、それにグリルパルツァーとは違って俺の目の届く所に居る。注意すれば大丈夫だろう。

副官のコンラート・リンザーと従卒のコンラート・フォン・モーデルは自ら志願してきた。キフォイザー星域の会戦でどうやらウチの人間がこの二人を救助したらしい。その所為で二人は直接にはキルヒアイスと接触しなかったようだ。本当ならリンザーはワーレン、モーデルはアンネローゼの所に行くはずだったんだが……。

俺が追撃を止めて救助を優先しようと言った事もその時聞いたようだ。律義にも助けられた恩を返したいという事らしいがこういうのは困るんだ。恩に着なくても良い、多少遅くなってもキルヒアイスがお前達を救助したんだから。それにモーデルはアンネローゼの所に行った方が良かっただろうし……、ちょっと複雑だ。

分艦隊司令官はまあそこそこ信頼しても良いだろう。問題は司令部要員だ。……全然分からん、ラインハルトが選んだのだから或る程度の能力は備えていると思う。今までの所でおかしな行動をする奴はいない。大丈夫だとは思うのだが……、溜息が出そうだ。

ミュラーから聞いたんだが作戦主任参謀のエンメルマン大佐は士官学校で俺達と同期生だったらしい。もっとも彼は戦略科で俺は兵站科だ、あまり接点は無かったから俺が知らなくてもおかしくは無い。おまけに俺はシュターデンに睨まれていた。出世したい奴は俺には近付かなかったはずだ。昇進が遅いようにも見えるが戦闘で負傷して長期療養していたというからその所為だろう。無能が理由だとは思いたくない。

ウチの人間も来たがった。キアとかウルマンとか俺を一人にするのは心配らしい。アンシュッツも誰か連れて行けって言ってたが断った。海賊は出来るだけ戦争を避けるべきなんだ、軍人とは違うんだからな。あくまで金儲けが仕事で人殺しを仕事にするべきじゃない。

俺が海賊になって行った軍事行動は二つだ。一つはウチにチョッカイをかけてきた馬鹿な海賊を始末した事、もう一つはイゼルローン要塞の攻略戦。ああ、あとアムリッツアで補給船の拿捕も有ったな。最初の海賊の始末の時にはこっちにも死傷者が出た。遺族への見舞金、補償金とか大変だった。なにより罪悪感が酷かった。あれで戦争はすべきじゃないと思ったね。後の二つは損害はゼロだ、ホッとしたよ。

俺の乗っている艦、マーナガルムはヨーツンハイム級の三番艦だ。ヨーツンハイム級と言えばケンプの座乗艦ヨーツンハイムとレンネンカンプの座乗艦ガルガ・ファルムルがある。デカイ戦艦で帝国軍最大級の戦艦、個艦性能も最強クラスと言われている。俺のマーナガルムはどちらかと言うとガルガ・ファルムルに似ているらしい。

マーナガルムの特徴は通信機能を充実させた事、もう一つは司令部要員の席を用意させた事だ。どちらも俺が要求したんだがその辺りは同盟の艦に似ているかもしれない。海賊の俺が指揮官席に座っていて参謀連中が立っていると面白くないだろうからな。席を用意させたんだが慣れない所為だろう、皆居心地が悪そうに座っている。

マーナガルムは北欧神話に登場する狼だ。「月の犬」を意味するらしい。人間の国ミズガルズの東にある森イアールンヴィズに一人の女巨人が住んでいてこの女巨人が沢山の巨人を産んだんだが、それは皆狼の姿をしていたと言われている。天空で太陽を追う狼スコル、月を追う狼ハティもこの女巨人が生んだ狼だ。

この女巨人だがアングルボザだと言う説も有る。だとすると父親はロキで妖狼フェンリルは狼達の兄弟ということになるんだがどうもこのあたりははっきりしない。この女巨人、どうやら子供の躾が下手な女だったようだ。子供達は不幸な家庭環境で育った所為で、皆グレてしまったらしい。

女巨人が生んだ狼の中で最強の狼、つまり一番のロクデナシ、不良狼がマーナガルムだ。フェンリルより強いのかどうかは分からんが全ての死者の肉を腹に満たし、月を捕獲して天と空に血を塗ってしまう、そのため太陽が光を失ってしまうと言われている。良く分からんが日蝕の事なんだろうと思う。ロクな事をしない奴だ。

そんな名前の艦を寄こすとは嫌がらせだとしか思えない。ラインハルトからみれば俺もマーナガルムもロクな事をしないという一点で同類なんだろう。考え過ぎとは思わない、艦の横っ腹には疾走する黒い狼の絵が描いてある。ラインハルトの命令だそうだ。

フェザーンには月末頃に着くだろう。新年のパーティをしてから同盟領に侵攻する事になっている。この辺は原作と同じだな。地球教がテロとか仕掛けなければ良いんだが……。さて、この先どうなるか、ハッピーエンドに向かってはいるがハッピーエンドで終わるかどうかはまだ分からない……。



帝国暦 489年  12月 9日   マーナガルム  コンラート・フォン・モーデル



艦隊はフェザーンに向かっている。今のところは特に問題は無いらしい。もっとも帝国領内を航行しているだけだから当たり前の事だけど。黒姫の頭領は指揮官席に座って宇宙空間を映しているスクリーンを見ている。そして参謀長を始め司令部要員は指揮官席の後ろに用意された席に座っている。

指揮官席の後ろには席だけじゃない、打ち合わせが出来るようにテーブルも用意されている。必要とあれば頭領は指揮官席を回すだけで参謀長達と打ち合わせが出来る。便利だと思うけど普通はテーブルも席も無いらしい。参謀達は指揮官席の周囲で直立して待機する事になっている。慣れないせいだろう、皆困っているようだ。

僕も末席に座る事を許された。楽なんだけどちょっと手持無沙汰だ。もしかすると皆もそうなのかもしれない。でもメルカッツ参謀長だけは時々ホッとした様な表情をする時が有る。やっぱり立っているのが辛いのかな。旧知のリンザー大尉にこっそり話したら大尉はクスッと笑って誰にも言うんじゃないぞ、って言われた。

リンザー大尉とはキフォイザー星域の会戦で一緒だった。あの戦いは酷かった。味方であるはずのリッテンハイム侯に攻撃されリンザー大尉は負傷、僕はどうして良いか分からずおろおろするばかりだった。そんな僕達を助けてくれたのが黒姫一家の人達だった。

海賊だから漠然と怖いのかなと思ってたけど皆優しい人達だった。その時にキルヒアイス提督にリッテンハイム侯の追撃よりも負傷者の救助を優先するようにと進言したのが黒姫の頭領だと聞いた。あれ以来リンザー大尉と僕は時々連絡を取り合っていたけど今回、頭領が艦隊を率いると聞いて二人で志願した。あの時の恩返しをしたいし、それに黒姫の頭領がどんな人か興味も有った。

頭領は不思議な人だ。有名な海賊だけど指揮官席に座っている様子は穏やかでとても海賊には見えない。本当は“提督”とか“閣下”って呼ばなければいけないんだろうけど頭領が嫌がった。そんな風に呼ばれても嬉しくないそうだ。僕なら嬉しいけどな、頭領はちょっと変わっている。

軍服も着ていない。ワイシャツとズボン、それと上着にピーコートを身につけている。多分ズボンは防寒だろう。それとレッグホルスター。キフォイザーで僕を助けてくれた人達と同じ姿だ。黒姫一家の制服なのかもしれない。レッグホルスターに収められたブラスターにはエイの皮が貼ってある。今帝国軍の高級将官の間ではブラスターにエイの皮を貼るのが流行っているらしいけど、これって黒姫の頭領の真似だそうだ。

「ミュラー艦隊から通信が入っています」
オペレータが声を上げると頭領が“スクリーンに映してください”と答えた。スクリーンに穏やかな表情の男性が映った。ミュラー提督だ。僕の席からは頭領の後ろ姿しか見えない、でも多分喜んでいるだろうな。二人は親友らしいから。

『やあ、エーリッヒ。どうかな、艦隊を指揮するのは』
「暇だよ、ナイトハルト。全部参謀長に任せているからね。指揮官というのがこんなにも楽だとは思わなかった。皆出世したがるわけだ、納得したよ」
頭領の言葉に皆が苦笑した。ミュラー提督も苦笑している。もっとも頭領の言葉は嘘じゃない。頭領は殆ど何もせずメルカッツ参謀長に全て任せている。本人は指揮官席でスクリーンに映る宇宙空間を見ているだけだ。

『申し訳ありません、メルカッツ閣下。こいつは昔から冗談が下手で……』
「いやいや、気にしてはおらんよ、ミュラー提督。指揮官とは細かい事は気にせず大本を押さえれば良い。黒姫の頭領の言う通りだと私も思う」
穏やかな口調だった。本気かな? でも頭領とメルカッツ参謀長は良い感じなんだよな。お互いに信頼し合ってるって感じで。

「ローエングラム公も大変だね、私を公の後ろに配置しその後ろに卿を置くとは……。随分と気を遣っているようだ」
あれ? どういう事なんだろう。艦隊の航行順番に何かあるのかな。確かに僕らの前はローエングラム公で後ろはミュラー提督の艦隊だけど。

『卿を御自身の後ろに置くというのは卿を信頼しているという証さ。卿の事を不安視する人間も居るからな』
頭領が笑い声を上げた。
「万一私が馬鹿げたことをしそうになったら卿が引き止めるというわけだ。責任重大だね、ナイトハルト・ミュラー提督」
頭領の言葉にミュラー提督が苦笑している。“気付いていたのか”と呟いた。驚いた、頭領の言葉は本当だったんだ。皆顔を見合わせている。

「私を公の後ろにと言ったのは公自身だろう。卿を私の後ろにと言ったのはフロイライン・マリーンドルフかな、詰まらん小細工をする」
ミュラー提督の苦笑は止まらない。多分これも本当なんだろうな。凄いや、頭領は全て見抜いている。

「公の悪い癖だな。相手を信じているという事を過剰に表現する。私人としては悪くないが公人としてはどうかな。特に統治者としては……」
『不満か、エーリッヒ』
ミュラー提督の言葉に頭領が頷いた。良いのかな、ローエングラム公の批判なんて。参謀達の中には顔を顰めている人も居る。

「付け込まれる危険性が有る。私の配下の人間を唆して公の艦隊を攻撃させようと考える人間がいるかもしれない。宇宙の統一を望まない人間、或いは私を排除したいと考えている人間、そしてその両方を望む人間……」
『……』

ミュラー提督が考え込んでいる。そうか、そういう可能性も有るんだ。この艦隊って危険なんだ、驚いたな。さっきまで顔を顰めていた人達もミュラー提督同様考え込んでいる。凄い、頭領は宇宙空間を見ながらずっとそれを考えていたんだ。

「公明正大であろうとする人間は得てしてこの手の陰謀に足を掬われがちだ。公明正大である事よりも危険を少なくして周囲を安心させる事の方が重要だろう、統治者の務めだよ。周囲を必要以上に緊張させる事に意味は無い……。この後、公に連絡するんだろう?」
『……まあ、総参謀長閣下にね』
ミュラー提督が曖昧な表情で頷いた。

「なら伝えて欲しいね、順番を卿、私、公に変えてくれと。このままでは昼寝も出来ない」
黒姫の頭領が肩を竦める仕草をするとミュラー提督が困ったような表情をした。
『ローエングラム公が後ろだが卿を攻撃すると心配はしないのか? 誰かが公の部下を唆すかもしれないぞ』
ミュラー提督の言葉に頭領が首を横に振った。もしかすると苦笑しているかもしれない。

「公は卑怯という言葉とは無縁の人だ。それを分からずに私を攻撃した人間は生きている事を後悔することになるね、それでも良ければやってみる事だ」
うわっ、頭領は怖い事を言う。司令部の要員は皆顔を強張らせているよ。
『……了解した、総参謀長閣下に伝えよう』
ミュラー提督が敬礼すると頭領はバイバイというように手を振った。それを見てミュラー提督がまた苦笑した。

通信が切れると黒姫の頭領は指揮官席を回して皆の方を向いた。
「参謀長、聞いての通りです。ローエングラム公より隊列の順番を変えると命令が有ると思います。準備をしておいてください」
「承知しました。しかし、本当にそうなりますかな」
参謀長はちょっと懐疑的だ。心持ち首を傾げている。

「さあ、何分見栄っ張りな所が有りますからね、後は総参謀長閣下の尽力に期待しましょうか」
そう言うと黒姫の頭領はクスクス笑い出した。あーあ、また皆渋い表情をしている。頭領だけだよ、ローエングラム公を笑えるのは。ハラハラしてきた……。

 
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