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~烈戦記~

作者:~語部館~
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第七話 ~前哨~




『…なかなか来ないね』
『…あぁ。』

北門閉鎖を終わらせた僕らはそのまま、徐城からの派兵団を待つ事になった。

『豪統様、派兵団がこられるまで近くの宿で休憩なさってはいかがですか?一団が現れれば遣いを出しますので…』
『よいよい。ワシはこのまま此処に残る。でなければ商人達に示しがつかんからな』

そう言うとはははと心地良さそうに父さんは笑った。
そういえばこの関に来て以来、父さんが笑う所を見るのは初めてだと思った。
そう思うと早くこの一件が終わって欲しいとつくづく思う。

…誰にも邪魔されずに父さんと過ごしたい。

そんな我儘が頭を過る。
…早く大人になりたい。

『それより帯よ』

急に父さんに声を掛けられる。

『ん?何?』
『お前は別に出迎えに付き合わんでもいいのだぞ?何も州牧様を迎える訳でも無いのだし…』
『いや、僕も残るよ』
『いつ来るかも分からんぞ?』
『どうせやる事なんて無いんだもん。それに僕だってもうこの関の一員でしょ?』

僕はわざと誇らしげに言い放った。
少し前までやっていた交通整備だが、その時は必死でよそ事を考える余裕なんてなかったのだが、今暇が出来て考えてみると僕がこの関で行った初の仕事だったのだ。
そう思うと父さんや凱雲には手伝ってもらっていたものの、仕事に関われたという事実が堪らなく嬉しかった。
そしてそれは紛れもなく父さんをこの関の仕事で支えていく一員としての第一歩なのだ。

『ふふんっ』

僕は大袈裟に鼻を鳴らしてみせる。

『確かにそうかもな』
『…っ』

父さんがまた僕の頭を荒々しく撫でまわす。
でも嫌な気はしない。
何故なら父さんの僕への気持ちがその荒々しさから伝わってくる気がするからだ。

『へへっ』
『ただしな』

だが、照れる僕に父さんは言葉を付け足す。

『この関の一員として、この凱雲以上に働けるようにならねばな一人前とは認めぬからな』
『え!?』

凱雲以上?!
そんなの無理に決まってるだろ!
それこそ手を抜いてくれでもしなきゃ…。

そう思いながらそっとばれない様に父さんの横を覗いてみる。
が、凱雲と目が合う。

『…お手柔らかに』

そう言うと凱雲は大人びた笑顔を作ってみせた。

『望みなんてないじゃんか!!』
『はははははっ!』
『フッ…ん?』

凱雲が何かに気付く。

『豪統様、来られたようです』
『うむ、兵士達も長旅だ。しっかりと迎えてやろう』
『うん!』

確かに遠方には微かに砂塵が見えた。

…だが、その砂塵が静かに、そしてひっそりと舞う光景に不安が過る。

何かが起きる。

そんな気がした。





『お待ちしておりました。私はここの関を任せられております豪統と申します』
『うむ、ワシは黄盛じゃ』

派兵団の先頭で馬に跨っていたのは如何にも猪武者という様な人だった。
顔はゴツゴツしていて赤黒く、眉毛は太く釣り上がり、顎にはビッシリと固そうな髭が生えていた。
おまけに目はギョロリとしていて体格は凱雲に引けを取らない程ずっしりしていた。
…強そうだ。
だが。

『徐城よりの長旅、お疲れ様でございます』
『はははっ!何々、この程度で疲れるワシでは無いわ!』
『それはなんとも頼もしく…』

失礼な気はするが、凱雲と比べると知恵に欠く気がする。
凱雲を偉丈夫とするなら彼は巨躯の怪物と言った所だ。
今の父さんの言葉だって、何もこの人一人に対して言った訳じゃない。
この人の後ろにいる兵士達も含めての言葉だ。
現にこの人は気付いていないのか、兵士達の顔には"やっと着いた"と書いてある。
そりゃ徐城と言えばこの関の所有する都市ではあるものの、距離としては相当な道程になる。
どちらかと言えば徐城自体が烈州では僻地という扱いがされていて、この関に至っては更にその最奥に位置する拠点だ。
所謂領土ではあるが、半ば連携が取れきれない距離にある拠点なのだ。
そこへ徒歩で歩かされたのだ。
疲れない訳がない。
たが馬に跨ってここまで来たこの男には分からないようだ。
凱雲とは比べられないと思う。

『して、洋班様はどこにおられか?』
『はっ、政庁にて黄盛様を待っておられるかと。今遣いを出しておりますのでもうしばらく…』
『そうか。では私達はこのままここで待たせてもらおうか』

さっき父さんに気を使われたのに気を良くしたのか、疲れていないという事を示したいのか馬も降りずに待機すると言う。
勿論、後ろの兵士達は皆立たされたままの状況だ。
一言休めと言ってやればいいのに。

『豪統様、水の手配ができました』

いつの間にかいなくなっていた凱雲が部下を数十人引き連れて来た。
みんな手には水が入っているであろう壺が持たされていた。
その様子を見ていた後ろの兵士達の顔色が変わる。

『うむ。黄盛殿、只今水の用意ができました。もしよろしければ水の一杯でもいかがですか?勿論黄盛殿が許して下されば後ろの兵士達の分までご用意しておりますが』

そう言うと兵士達の中で安堵の空気が一斉に流れ、静かなどよめきが起こる。
やっぱりみんな疲れてるんだ。

『…豪統殿、余計な気は使わんでくだされ』

だが、黄盛という男はこの行為が気に入らなかったようだ。
さっきまでと打って変わり如何にも不機嫌そうな顔をしている。
後ろの兵士達の間でさっきとは違うどよめきがおこる。

『静まれ!!』
『…っ!』

しかし、黄盛の怒号で一気に静まりかえった。

『し、しかし黄盛殿。ここまでの距離を彼らはずっと歩いて来たのです。何かしら私達で労いを…』
『豪統殿』

ドスの効いた声で父さんの名前が呼ばれる。

『私の部下はいついかなる状況でも弱音を吐かない訓練をしております。それが兵の精強さに繋がるのです。なので貴方の所の兵士はどうか知りませんが、私の兵士を甘やかす事はしないで頂きたい』

嘘だ。
多分この黄盛という男は父さんが気を回した事に対して、自分がそれを出来なかった事が兵士達に広まるのが嫌なのだろう。
自分はこいつには劣っていない。
気付いてはいたが、ワザと気を使わなかったんだと。

…こんな図体してなんてちっさいんだ。
やっぱり凱雲とは比べられない。

『…むむ』
『豪統様』
『ん?』

父さんがどうしたものかと手を劇招いていると、凱雲が隣で耳打ちを始めた。

『…』

それを見ている黄盛もまた眉間にシワを寄せ始めた。
やばい。
またこの人怒っちゃう。

『黄盛殿』
『…なんじゃ』

父さん…がんばって。

だが、父さんは言葉を発するかと思いきや、黄盛の元に歩み寄る。

『な、なんじゃ』
『黄盛殿、少しお耳を…』
『…?』

馬に跨りながらも父さんに耳を預ける黄盛。
なんていうか、今の一連の行動で父さんに策があるのは目に見えてわかるのに、それに素直に耳を預けてしまうなんて。

『うむ、確かにそうかもしれん…』

案の定、直ぐに陥落したようだ。

『お前ら!有難く思え!ワシの配慮により、今回だけは許してやる!思う存分飲むがいい!』
『『…ッ!?』』

兵士達がどよめく。

『なに、ワシも鬼じゃないからの!気にせず飲め飲め!』
『は、はい!ありがとうございます!』
『黄盛様!感謝します!』
『がははははっ!』

凱雲はさっそく水の手配に取り掛かる。
そして父さんもそれに加わる。
僕は父さんに近づいた。

『…父さん、何て言ったの?』

僕は小声で聞いてみる。

『何、"黄盛殿の情深い人格を知らしめる良い機会ですぞ"とな』

父さんも小声で返してきた。


なんだそれ。





『よう!黄盛!』

水の手配の最中、洋班の声が聞こえた。
…そういえば今日はまだ一回も彼の声を聞いていなかったっけ。
兵士の隙間から声の方向を見てみる。
だらしない歩き方で黄盛の方へ向かっている洋班が見えた。

…最初の時は怖かった洋班だが、今はそれ程怖くない。
なんと言っても、いざとなれば凱雲が助けてくれる事を知っているからだ。
そう思うと僕は溜め込んでいたモノがふつふつと込み上がって来た。
そう、親を馬鹿にされた云々ではなく、個人的な感情がだ。

『…べーッだ!』
『?』

僕は兵士達に紛れながら洋班を威嚇してやった。





『洋班様!?わざわざ出向いてくださったのですか?!』
『おう』

私は急いで馬を降りた。

『も、申し訳ございません!』
『ははっ、何を畏まってんだよ!俺との仲じゃないか!』
『…はは』

よかった。
怒ってはおられぬようじゃ。

『そういえばお前とはいつぶりだ?』
『…確か洋綱様が徐城太守に任命された時以来でございます』
『あぁ、確かそうだったな。ここに来る前に兄貴には会ってきたんだが、お前の姿が見えないからどうしたもんかと思っとったわ』
『申し訳ございません。何しろ私共も派兵が急に伝えられたもので急いで準備をしていたもので…』
『ははっ、気にするな気にするな!』

気にするに決まっておるじゃろ。
相手が相手なだけに…。

『洋班様!』
『ん?どうした豪統』





『わざわざ出向いて下さるとは…』

この方という人は…。
遣いの者が帰って来たかと思えば政庁から飛び出したとか…。
何を考えておられるのか。

『はははっ!なに、こいつとの仲だからな!な!?』
『え、ええ、古い付き合いですから…』

そして黄盛殿は黄盛殿で頭が上がらんようじゃ。
…まぁ、人の事は言えぬが。

『…そうだったんですか』
『それよりじゃ!』

今度はなんだ?

『兵も来た事だし、早速賊の討伐に向かうぞ!』
『…はい?』

思わず口が開いたままになる。
今なんと?

『ここにおっても退屈だ!早やく準備させろ!』
『ま、待ってください!』
『…なんだ?また痛い目に合いたいのか?』
『い、いえ!逆らう訳では無いのですが…』

洋班様は戦準備がどれほどのモノか知らないのだろうか。
遠征の為の武具や兵装はまだいい…。
だが、兵糧の問題や兵士達の休憩だってまだ満足にとれていないじゃないか。
時刻だって今出れば夜営せねばならないのにこの方ときたら…。

『兵糧や兵士の休憩もままならない上にこの時刻ですと夜営を必要としますので…』

ドカッ

『ウグッ!?黄盛殿?!何を…ッ』
『貴様!洋班様の命が聞けんのか!?』

突然黄盛殿に腹を殴られる。
何故だ。
同じ兵を預かる武官なら分かるはずじゃろ…。
それを何故…。





洋班様が見ておられる…ッ!
なら今が取りいる絶好の機会!

そう思ったら手が出ていた。

『たかが田舎関主の分際で!』
『しかし黄盛殿!』
『くどい!』

ドカッ

『ウッ!』

無茶苦茶なのくらいワシだって知っておるわ!!
しかし、相手は洋班様じゃぞ!?
やれるかやれないかではなくやらねばならんのだ!

許せ、田舎関主よ。

『その辺にしてやれ』
『は、はい!』

洋班様に止められる。
…どうじゃ?
ワシの事をどう思っておられるんじゃ?


『お前…こいつらなんかよりよっぽど見所あるじゃねえか』
『!?』
『黄盛よ、今回の一件が終わり次第俺が父上に推薦しといてやるよ』
『ほ、本当でございますか!?』
『あぁ、ワシとお前の仲じゃ。取り立ててやろう』
『あ、ありがたき幸せ!』

や、やった!!
まさかこうも簡単に上手くいくとは!

『よし!では早速準備に取りかかれ!』
『はいっ!…え?』

今なんと?

『ん?どうした?はよう準備に取り掛かれ』
『…』

しまった。
今の流れ的にワシに責任が来る事くらい予想できたじゃろうに。
…どうすればいいんじゃ。


『ご、豪統様…ッ!?』

後ろから田舎関主の部下の声がする。





父さんが殴られた。
だから僕は急いで凱雲を呼んで来た。
また昨日みたいに助けてもらう為に。

『凱雲…』
『凱雲…ッ!』

洋班は凱雲の姿を見るや苦虫を噛んだような顔をした。

『な、なんだ貴様!』

それを察したように隣の黄盛が怒鳴る。

『…豪統様に何をしておられる』
『何をとは侵害な!我らは洋班様より出発準備を命ぜられたのにも関わらず、此奴は一関将の分際で反発しおったのじゃ!』
『何?出発準備だと?黄盛殿は今の兵達の現状と兵糧準備がどれ程大変かを知った上で言われておるのか?』
『…ッ!そんな事田舎武官に言われんでも知っておるわ!』
『では何故?』
『それが洋班様の命だからだ!』

話しにならない。
凱雲や父さんは現状を見て無理かどうかを判断しているのに対し、黄盛は無茶苦茶であろうがなかろうが、上が望むか望まないかで判断している。
そんな状況で話しができる訳がない。

『そうだとも!貴様ら田舎武官共にはわからんだろうが、上の言う事が絶対なんだよ!貴様らが異常なんだ!』

洋班が黄盛の後ろで吠えている。
今までは後ろ盾がなかった分、黄盛が凱雲に怯まずに対する事ができると知った瞬間にでかい態度を取り出す。
…あんな風にはなりたくないな。

『…』

凱雲は黙り込む。
多分後ろ姿しか見えないが、相当怖い顔をしているんだろう。
体全体でどっしり構えていて、どんな事があろうと不動を貫きそうだ。

…だが、その予想はあっさりと覆される。

凱雲は大きく息を吸い込むと、その溜め込んだ息に声を乗せる事はせず、そのまま大きく肩を落として吐き出した。

『では洋班様、こうしましょう』
『…なんだ』
『まず掃討部隊を先鋒、後続の二つに分け、先鋒部隊は洋班様が率いて先に出発なさいませ。そして今出れば野営は必須でしょう。ですので朝までに後続部隊が兵糧などを用意し合流。その後に賊に当たるのは如何でございましょう?』
『…むむ』

洋班が黙り込む。
僕も含めてまさか凱雲が洋班に対して妥協案を出すとは思いもしていなかった。

『そんな簡易な案で事が成功すると思っておるのか!』
『では黄盛殿には他に案がおありで?』
『グ…ッ!』

この人はなんなんだろうか。
折角凱雲が出した案に文句を言う。
しかも何か考えがあったわけではなさそうだ。
そんなに洋班にいいところを見せたいのか。

『…それで進めろ』
『なっ!?洋班様!?』

そして洋班はこれを受け入れる。

『こいつの案なんて聞かなくてもなんとか…ッ!』
『お前に考えがねぇのはもうわかってんだ!引っ込んでろ!』
『…クッ!』
『…それでは我々は準備に取り掛かりま』
『おい待て』

凱雲が呼び止められる。
今度はなんだ。

『…なんでございましょう』
『お前、準備の前にここでこの黄盛と一騎打ちしろ』

…なんだって?

『…急に何を言われるか』
『いやいや!ただ純粋にお前とこの黄盛のどちらが強いのかを知っておきたくてな!』
『…』

この関で1番腕が立っていたのは凱雲で、その事が洋班の行動を抑止していた。
だからこそ洋班はそれが面白くなくて、この黄盛と凱雲をぶつけたいんだろう。
黄盛が勝ちさえすれば今度こそ自分が優位に立てると思って…。

だが、凱雲が負けるはずがない。
この関に来る時の賊の一件で既に凱雲の強さは目の当たりにしてる。
確かにこの黄盛という男も凄みはあるが、あの夜の光景を思い出すと凱雲が負けている姿なんて想像できない。

多分思惑に気付いている凱雲はどうするのだろう。

『凱雲…わかってはいると思うが、このような無用な事を受ける必要は』
『よろしい。お相手いたそう』
『凱雲!』
『そうだ!そうじゃなくちゃな!おい!北門前を空けろ!』

父さんが止めるのを聞かずに了承する。
凱雲良く言った!
父さんには悪いが、僕としては洋班達が鼻を明かされるところを見てみたい。

『豪統様、ご心配なさらずに』
『…むむ』

それから僕らは急遽北門前から兵士達をどけて場所を作った。





『勝負は一本だ。二人ともわかったな?』
『異存はござらん』
『ワシもじゃ!』

二人はその中央で対峙した。

『黄盛!』

洋班が叫ぶ。

『…恥をかかせてくれるなよ?』
『お任せください洋班様!徐城一のこの黄盛の怪力!特とご覧あれ!』

何が徐城一だ。
こっちは父さんと一緒に戦時代を生き抜いた凱雲だぞ。
お前みたいな目立ちたがりなんかに負けるか!

『凱雲の強さ見せてやれ!』

思わず叫んでしまう。

『…』

だが返事は返ってこない。
きっと手合せに集中したいのだろう。
そう思い僕は、はやる気持ちを自分の中に押し込めた。

『始め!』

そして洋班の掛け声と共に二人の手合せが始まった。





結果は呆気ないものだった。
洋班の掛け声の元、黄盛が凱雲に飛び掛かった。

二人の棍がぶつかり合う。

そして両者は数合打ち合った後、対峙側の棍を弾く形で勝負がついた。



だが、宙を舞った棍は凱雲の得物だった。





『…え』

僕は言葉を失った。
今目の前で起きたでき事が信じられなかった。
あの夜に賊を得物事真っ二つに斬り裂き、返り血を浴びても尚凛として月明かりに照らされながらその場を支配していた不動の偉丈夫は今、荒々しいく髪を乱した余所者の猪武者を前に尻餅を付き首元に棍を突きつけられていた。

僕の中で何かが崩れた。



『しょ、勝負あり!勝負あり!黄盛!良くやった!』
『ふ、ふはははは!当然にござる!』
『…』

『…なんで』

そんな言葉が漏れてしまった。

『見たか!?見たか豪統!!俺のの黄盛が勝ったぞ!!』
『…ええ。そのようで』
『所詮凱雲なんぞ見た目ばかりの田舎武官じゃないか!はははははっ!』
『…』

父さんを挟んだ隣では洋班が興奮しながら父さんに好き勝手言っている。

悔しい…。
今まで頼りにしていた人間を目の前で貶される。
しかも…それに反論する事もできないなんて。

不意に洋班と目が合う。

『豪帯!』
『…ッ』
『貴様らの頼みの綱が俺の黄盛に負けたぞ!どうだ!?悔しいか!?え!?』
『クッ…!』

飛び掛かりそうになるのを拳を握りながら必死に堪える。
目のやり場を無くして咄嗟に凱雲の方を向く。

『…お見事にございます。完敗でござる』
『はっはっはっ!気にするな気にするな!お主も十分に強いが相手が悪かっただけじゃ!』

見なきゃよかった。
凱雲は黄盛に頭を落としていた。

『はははっ!おい聞いたか!?"完敗"だとよ!はははははっ!』
『ッ!』
『た、帯!』

僕は耐え切れなくて走り出していた。





『帯…』
『はははっ!あいつ耐え切れなくて逃げ出しおったぞ!』

帯はそのまま街の中へ走っていった。

『…すまん』
『豪統様』

後ろから凱雲に呼ばれる。

『申し訳ございません。負けてしまいました』
『よい。良くやってくれた』
『…お気づきでしたか』
『何十年そなたの主をやっていると思っとるんじゃ?』
『豪統様にはかないません。…豪帯様には?』
『今は伝えるべきじゃない』
『わかりました』

『お前ら何をこそこそしてんだ!出陣準備だ!』
『直ちに!』

これでいい。
今本当の事を伝えれば今後も凱雲を頼みに問題を起こしてしまいかねん。
この一件が終わるまで耐えてくれ。





『黄盛!』
『ここに!』
『兵に伝達しろ!目標は荀山麓の賊だ!』
『了解にござ…ん?荀山の麓でございますか?』
『あぁ!そうだ!何か不満か?』
『い、いえ!滅相もございません!ただ、私はてっきり蕃族を狩るものと…』
『いずれ狩る!その前に荀山だ!』
『…しかし、あの様な場所に賊とは』
『?何かおかしいのか?』
『はい、荀山であればまだわかりますが…確か麓には村しか無く、賊が身を隠す場所などはなかった気が…』

あいつら…。

『豪統!』

準備に向かう豪統を呼び止める。

『?なんでございましょう?案内役でしたらこちらですぐに…』
『本当に荀山麓に賊はおるのか?』
『それは…』

豪統は言葉をつまらす。
まさか俺を騙そうとしたのか?

『貴様…まさかこの俺に嘘をついたのか?』
『い、いえ!そんなことは決して!』
『なら何故貴様は』
『賊は確かにございます』

またあの忌まわしい声が聞こえた。
だが、今になってはもう恐るるに足らん。
何と言っても俺には今黄盛がいる。

『凱雲…確かこの話をしたのも貴様だったな?』
『はい』
『では聞こうか。もし麓に賊がいなかった場合、どうやって責任をとる?』
『私の首を差し出しましょう』
『何?』
『が、凱雲!』

賊がいるのは確かなのか。
…ならなんで豪統は言葉を濁らす?
まさか賊に情があるとは言わんだろ。
ならなんだ…。

『では賊がいなかった場合はこの黄盛が直々に貴様の首を』
『まて』

だがまぁ、この後におよんで理由なんかは知ったことじゃない。
だがな、凱雲。
考えてみれば、この関に来てからは貴様の上手いように言いくるめられてばかりだ。
それが気に食わん。
その仏頂面…引っぺがしてやる。


『お前のような死にたがりの首なんて価値ねぇよ』
『…では何がお望みか』
『そうだな…。なら豪帯でどうだ?』
『!?』
『な、何を言われますか!』

豪統は何時もながらの反応だが、凱雲…貴様の驚き顔はなんて愉快なんだ。
思わず口元が歪む。

『そうだそうだ、案内役ついでに奴を出せ。もし賊がいなければ即刻首を刎ねる』
『洋班様!息子に手をかけるのだけはお許し下さい!まだ息子はこの関に来たばかりで満足に判断できる状況じゃ』
『何慌ててんだ?嘘偽りさえなければ息子の首など刎ねんわ』
『しかし…ッ!?』

黄盛が再び豪統に歩み寄る。
だが、その間に凱雲が二人の間に割って入る。
そして凱雲の表情はいつの間にか驚きから怒りへと変わっていた。
黄盛、やってしまえ。

『…凱雲殿。お主は何をしておる』
『…』
『答えろ!!』

ドガッ

黄盛の拳が綺麗に凱雲の腹を捉える。
だが、人の腹を殴ったとは思えない鈍い音が聞こえた。

『…ッ』

そしてそれを受けた凱雲は一瞬眉をひそめるも、直ぐに涼しい顔をしてみせる。

おかしい。
黄盛は手を抜いたのか?

『…ッ!貴様!』
『洋班殿』

凱雲は黄盛を無視するように俺を睨む。
その瞬間背筋が凍る。

『な、なんだ』
『豪帯様は巻き込まないで頂きたい』

しまった。
また怯んでしまった。

俺には奴を潰した黄盛がいるじゃないか!
何を怯む必要がある!

『そ、そりゃ無理な相談だな』
『何故?』
『親の罪は子も同罪だ!それを捌いて何が悪い!』
『…どうしても撤回はして頂けないおつもりか?』
『お、おう』
『…』

やばい。

『こ、黄盛!何をしてる!こいつを斬れ!』
『は、ははっ!!』

黄盛が獲物の吊るしてある自らの馬へと駆け寄る。

『ま、待ってください!』

だが、それを豪統が引き止める。

『賊は必ずいます!嘘偽りはございません!洋班様の命であるならば…息子を案内役にお付け致します…ッ!』
『な、何を言われますか!何も豪帯様を人質に差し出さなくても!』

豪統が俺の言う事を受け入れる。
そしてそれを聞いた凱雲が慌て出す。
少し様子を見ておくか。

『凱雲…すまない。私の決意が足りないばかりにこんな事になってしまった。責任は私にある。だから…』
『何を弱気になられるのですか!?何も豪帯様まで』
『凱雲!!』
『…ッ』
『…頼む。自らの子を人質に出す私の気持ち…察してくれ』
『…』

あの凱雲も自分の主に言われては背けまい。
いい気味だ。

『主に言われては方なしだな?凱雲』
『…ッ!!』
『凱雲!!』
『…』

おうおう怖い怖い。

『なら早速彼奴を連れてこい。長くは待たん』
『…直ちに』
『…私は兵糧の準備をしてまいります』


奴らは各々が別々の方へと向かった。
きっと凱雲はこの後自分を責めるのだろう。
ざまぁねえな。



関の二人が居なくなるのを確認する。
さて…もう一つ確認せねばならない事を確認するか。あ'

『黄盛』
『は、はい。ここに』
『貴様、手を抜いたのか?』
『!?も、勿論にございます!あの様な田舎の一武官なんぞに遅れは』

ドカッ

『ウグッ!な、何をされますか!?』
『貴様!何故手を抜いた!』
『そ、それは…』
『もし次に奴らに手を抜いてみろ!その時は昇進の話はおろか徐城にすら戻れなくしてやる!』
『は、ははっ!!』

胸糞わりぃ。
何故黄盛がいながら俺は奴に怯えねばならんのだ。

『直ぐに兵を整えろ!』
『直ちに!!』

一連の話を目にしていた兵士達はみな諦めたように動き出した。





私はなんて情けないのだろうか。
一度は多くの者の為に少数の罪の無い者達を見捨てる決断をしたのにも関わらずその決断に迷い、その挙句に大切な部下の命を危険にさらし、さらには自分の息子までも人質に出さねばならなくなるとは…。
なんてざまだ。
これでは官士としても親としても失格だ。

そして今私は自分の息子に"人質になってくれ"と伝えに向かっているのだ。
しかも散々自分を貶してきた相手の元へだ。

…こんな父を許してくれ。


帯に用意した部屋の戸の前まで来た。
私の心は未だに揺れていた。
罪の無い数十人の者達の事。
自分の息子の事。
だが、それで私が中途半端なままでいては更なる災いを周りにまで与えてしまう。

意を決して戸を叩いた。





コンコンッ

僕の部屋の戸が叩かれた。
…だが、今は誰にも会いたくない。

コンッコンッ

無視を続けたら今度は控えめに叩かれた。
多分父さんかな…。

(…帯。入っていいか?)

戸の外からは案の定父さんの声が聞こえた。
控えめな声色からきっと慰めに来たのだと思う。
…でも、だったら今はほっといて欲しい。

ガチャ…

父さんが戸を開けた。
…億劫だ。
良いとも言っていないのに部屋に入って来た父さんに若干癇に障った僕は寝床の枕に顔を沈めたまま無視しようと思った。

『…帯、勝手に入ってすまんな』
『…』

なら入ってこないでよ。

『…』
『…』
『…まぁ、あれだ。凱雲の事は気にするな』
『…ッ!』

ボスッ

『うぷっ!?』

急に頭に血が登った僕は気付いたら父さんに枕を投げていた。

『出てってよ!慰めなんていらないから!』
『た、帯っ。すまん…』
『いいから出てってよ!ふんッ!』
『…帯』
『ふッ…クグッ!!うあぁッ!』

投げるものが周りに無くなった僕は自分の被っていた布団を投げようとする。
だが、上手い事布団が飛んでくれなくて結局めくれて寝床から落ちただけに終わる。

『はぁ…はぁ…』
『…』

布団に包まりたい…。
できないけど。

『…出てってよ』
『…』
『でっ…出てってよっ…お願いだから…』

恥ずかしさと悔しさのあまり、気付いたら涙が出ていた。

『帯…』

父さんが寝床の上の僕の所まで歩み寄って来る。

『…すまない』

そして優しく抱きしめられる。
本当なら直ぐに振りほどいて逃げ出してやりたい。

『…うぅ…クッ…ッ!』

だが、僕にはできなかった。
僕は父さんの胸で泣いていた。

『なんで…ッ!なんで凱雲負けちゃうんだよ!彼奴らっ…彼奴らなんかに…ッ!くそっ!』
『…帯』
『なんでッ!なんでなんだよッ!!』
『…ッ!帯…ッ!』
『ッ…!?』

この際名一杯父さんの胸で泣こうと思った。
だが、その父さんに抱かれたまま止められた。
一瞬どういう事か理解できなくて素に戻る。

『…父さん?』
『すまない…ッ。父さんはお前に聞いてもらわなきゃいけない事があるんだ…ッ』
『…


こんな時に言わなきゃいけないことってなんだろ?

『…討伐部隊の案内役を…やってもらいたいんだ』

討伐部隊の…案内役?
…あいつが関係してるのかな。

『…洋班がまた何か言ったの?』
『…ッ』

僕を抱き締める強さが増した。
…多分また辛い立場にいるのかな。

『…父さんが情けないばっかりに…お前をひとじ』
『父さん』
『ッ』
『…父さんも大変なんだよね?』
『…』

父さんの背中を軽く叩く。
すると父さんの抱き締める力が弱まる。
そして顔が見えるくらいの距離に離れる。

見合わせた父さんの顔は…今にも泣きそうな情けない顔をしていた。

…僕以上に父さんも辛いんだね。

僕は頑張って笑顔を作ってみせた。


『僕案内役やるよ』
『…しかし』
『大丈夫。何があっても頑張るよ』
『…』
『だって…父さんの息子だもん』
『…ッ』

急に体を引き寄せられて抱き締められる。
直前に見えた父さんの表情は罪悪感で一杯だった。
…僕、今回は覚悟決めなきゃいけないのかな。

『…すまないッ…すまない…ッ!』

父さんは声を押し殺しながら謝罪の言葉をかけてくる。


…どんな事になってるか知らないけど、もし戻ってこられたら今度こそ親孝行してあげよ。

さっきまであんなにも涙が出てきた目からは自然と涙は引いていた。



父さん…僕頑張るから。



そしてその日の夕方僕は派兵団の中に紛れて関を後にした。 
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