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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode6 決戦、空飛ぶ狩人2


 先陣を切って目の前にやっていたその土妖精(ノーム)の男には、見覚えがある。まだALOを始めたばかりの、音楽妖精(プーカ)領を旅していた頃に何度も拳(あっちは剣だったが)を交えた間柄、といえば分かるか。そういえば改めてよく思い出せば、モモカとの出会いの場でもあった初めてのALOでの戦闘にもいたな、コイツ。まあ、また会えて嬉しくは微塵も無いが。

 「よおチビ、久しぶりだな! 俺らの縄張りで《天牛車》なんて、随分思い切ってんじゃねえか!」
 「……っっ……まあ、ちょっと急ぎの用事でな」

 てめえチビ言ってんじゃねえ殴り飛ばすぞコノヤロー! と飛びかかりたいのを「…っっ」で何とか堪え、冷静を装って返答する。いつもの俺の、適当かつ軽薄そうな口調だ。今、戦闘開始になるわけにはいかない。まだモモカのログアウトまで時間がある。ログアウトの完了までは、話を引き延ばさなければならない。

 「そっちこそこんな大人数で何やってんだ? 皆で仲良くピクニックか?」
 「ハッハ、まさか! テメーらみたいな獲物がかかんのを待ってんのさ! 俺達は誇り高きPKerだからな! たった三人ってのは少し肩透かしだが、その一人が仇敵(テメー)さんだってんならやぶさかじゃあねえよ!」

 ったく、相変わらず威勢がいい……端的に言えば、うるせーなコイツは。

 有難いことに、こいつは結構にバカのようだ。こちらが知りたいこと……つまり相手が、俺達を「三人」と認識していることを図らずも教えてくれた。ならばモモカが待機姿勢のまま荷車の中に隠れていれば助かる、ということはない。

 もう少し、時間稼ぎか。

 「……そうかい。ちなみに伝えておくと残念だが、牛車は今は空っぽだぜ? 鍛冶妖精《レプラコーン》領までちょっと買い出しに行ってるところだからな」
 「マジか!? そりゃ残念だ! まあ、そんなこともある!」

 お、以外と好感触?

 「ってわけで、このまま見逃してくれたり、はしねえかな?」
 「ハッハッハ! お前の持ち物があるだろう!? こっちもちゃんと情報は集めているぞ! 先行偵察隊からの知らせで、お前が行商をしていることはバレているぜ!」

 ちっ。うるせーバカだが、そういうところは押さえてやがるか。こいつはバカで間違いないだろうが、三十人もの人間が集まればそういった頭のいる役割をこなせる奴だっているものだろう。そして、それだけの頭を持つのならば。

 「んじゃあ、俺がアイテム全部置いてくから見逃してくれ、っつったら?」
 「ハーッハッハ! そいつは却下だ! 俺達は誇り高い『空飛ぶ狩人』のギルドメンバーだ! 狙いはアイテムでは無く、アツいバトル! アイテムなんぞはそのオマケ、チビだって分かってるだろう!?」

 おっと、こっちで止めてきたか。
 てっきりその参謀役が止めてくると思ったが、ここはバカなりの意志の統一があるわけだ。

 そして、俺のほうも……こう言うとなんだが、悪乗りしつつあった。
 こいつらの馬鹿さに、好感を持ちつつあった、というべきか。

 ―――いいじゃないか。

 彼らの意見は、とても正論だ。この世界の成り立ちとシステムにとても忠実に、そして誇り高い。死が現実世界の死を伴っていたあの世界では許されざる行為だが、この世界では純粋なプレイの楽しみ方の一つだ。コイツは……このギルドは、その誇りに従っているだけだ。

 ならば、こちらもそれに応えよう。
 幸いなことに。

 「時間はもういいかしら? 馬車の中の一人のログアウトは、もう完了したようだけど?」

 高笑いするノーム戦士の脇から一歩歩み出た、鉤爪(クロー)を構えた猫妖精(ケットシー)の女戦士が言う。始めて見かける、特徴的な猫目の顔つきのプレイヤーが、油断なく俺の挙動を警戒しながら言う。そう、彼女の言うように、モモカのログアウトはさっき、完了した。

 「なんだ、気づいてたのかよ」
 「勿論。我々の狙いは戦い、そしてあくまでその結果としての戦利品と名誉点。……ただ逃げるだけの雑魚を追うような軟弱者は、このギルドにはいないわ」
 「へえ。……俺は逃げるだけの雑魚にはならないのかい? 専門は逃げなんだがな」
 「あれだけウチの連中をのしておいて、よく言うわね。……ここらで一矢報いとかないと、戦闘ギルドとしての面目がないのよ。……もう、話はいいかしら? こんな役回りだけど、私も舌戦より近接戦(こっち)が好みなのよ」

 猫目と手の甲から伸びる鈍色の鉤爪が、ギラリと妖艶に輝く。
 唇に浮かぶ愉悦の笑み。見れば、彼女の周りの連中も、続々と獲物を抜き放っている。

 「……おうよ」

 そんな彼らに頷き…構えを取る。もう、時間稼ぎはいらない。
 両手をだらりと下げた、戦闘姿勢。

 「ああ、OKだ。来てみろPK野郎共。行商人として、正々堂々迎え撃ってやらあ!」
 「ふっ、よーっく言ったあっ! 行くぞ野郎共! 狩りの始まりだーーーってうおっ!?」

 叫ぶアホ面に向かって跳びかかった俺のグローブと、横から素早く庇ったケットシーの女戦士の鉤爪が激しく火花を散らした。





 白熱した、大規模戦闘。

 それは久々の……いや、もしかしたら、俺が初めて体験する、『楽しい戦い』だった。あのデスゲームでは、何時如何なる時でも『死』が背中に付きまとっていた。ゲーム後半にもなると、その気配は一層強く、本当の意味で、「楽しい」戦いなんて、なかったのかもしれない。

 だが、このゲームは、この戦いは、……「楽しい」。

 勿論、何のリスクもないわけではない。俺のほうに関していうなら、ここで負けて「死に戻り」すればその損害はかなり甚大だし、何よりアルンでのシルフ・ケットシー連合軍の進軍に間に合わなくなるかもしれない。

 しかしそれでも今この戦いは、システムにも……そしてお互いにも許された、そんな戦いだった。

 相手は、俺を倒す権利を持ち、俺もそれを理解している。
 俺もその相手を迎え撃つ権利を持ち、相手もそれを理解している。

 戦闘のあとに握手できる……かどうかは分からないが、それでもそんな、ある意味潔さのある戦いだった。誰にも、何物にも気を使わない、全身全霊を込めた対人戦闘。これこそがALOの売りであり、そして俺が長い間忘れていた、「MMORPG戦闘の楽しみ」だった。

 「はああっ!!!」

 戦闘は、圧倒的不利の状況。

 ……まあ、当たり前だ。いくら俺が乱戦に習熟していて、ここが針葉樹の生い茂る遮蔽物だらけの地で、主戦場が地上という俺に有利な条件が揃っているとはいえ、それでも流石に二対三十の戦局が覆るはずがない。

 もっとも。

 「ぐあああっ!!!」
 「くっ、こいつ、《短縮詠唱》持ちだ、魔法使い(メイジ)だからって油断するな!」
 「ちっ、短杖(ロッド)、か!?」

 戦闘開始から五分が経過してなお、まだ二人が生きている段階でかなり善戦していると思われる。

 ブロッサムは、驚くほどの戦闘力を見せつけていた。流石に俺のように縦横無尽に飛び回って、とまではいかずに木を背にしているが、その手の《|預言者の双玉短杖(プロフェットツインロッド)》を棍の様に操って敵と切り結び、一瞬の隙をついてのショートカット詠唱で吹き飛ばして硬直(スタン)を与える。

 その動きは、とてもメイジとは思えない。
 前衛戦士……それも、長年の経験のあるものの戦いと言えた。

 「回復がいないってのは、ナメてんのかっ、なっ!」
 「フン、血の気の多い奴ばっかなのよ、ウチのギルドはっ!」

 木々の間を飛び回りながら突き出されたクローをすれすれのところで避わすが、こちらの拳もぎりぎりのところで避けられてしまった。そのまま半回転して横の木を足場に視線をやれば、相手も全く同じ動作でこちらを見据えていた。

 ……この猫目女、出来る。

 SAOでも鉤爪を使うMobは存在したが、ここまでの練度のものは初めてだ。木々の間を跳びまわって敵メイジの詠唱を阻害する俺を追随し、隙をついて斬り裂こうと腕を振う。一撃の威力こそ大したことは無いものの、ネコ科もかくやという勢いでの乱戦への持ち込みの上手さは、俺に勝るとも劣らない。

 「ぐあっ!!!」
 「くそっ、ちょこまかとっ!!!」
 「下手に飛ぶな、狙い打たれるぞっ!」

 敵さんもやはり名うてのPK集団……いや『狩人』だけあって、行商中にたびたび遭遇した雑魚PK野郎どもとは動きが違う。森林中で得意の『随意飛行』を制限されてなお俺のスピードにくらいついてくる。『軽業(アクロバット)』の動きを持ってしても、これだけの視線があれば逃げ切れはしない。

 だが、有難いことに敵にはメイジは居てもハイレベルの回復魔法の使い手は居ないらしく、やっとの思いで落とした数人を蘇生しようという動きはない。こちらの二人のHPも徐々には削られていくが、それでもまだ「勝負」のうちだ。

 (負けねえぞっ…!)

 食らいつく。敵も強いが、俺だって。

 『勇者』でなくても、そこまでは辿り着けなかったとしても。
 その裏方で走り回るくらいには、走り回れるくらいには、力をつけたはず。

 揃えた右手に、紅いエフェクトフラッシュを錯覚しながら。

 「うおおおおおっ!!!」

 神経回路を焼き切らんばかりに吠えて、俺の右手が敵の鎧を貫いた。





 だが、世の中はそうそう上手くはできていない。
 吠えたところで、出来ないことは出来ないのだ、残念ながら。

 ブロッサムのHPが、ついに赤の危険域に入る。先程から短杖での受けではなく逃げに徹しているところを見るに、恐らく彼女の短杖の耐久値がもう限界なのだろう。かく言う俺も既に満身創痍、コートはボロボロでグローブも既に御陀仏だ。

 敵も数人は落とした。無傷のままにはさせなかった。
 だが、そこまでだった。

 「っ!!?」

 油断なく動いていた体が、ついに傾く。
 踏み外した。今まででは間違いなく最長記録だったが、最後までは持たなかった。

 ずるりと滑った、擦り減ったブーツは、何も捉えず宙を踏み。
 回転する視界で、数人が俺目掛けて剣を振りかぶり。

 「っ!?」「くぁっ!??」「なっ!!!」

 森を震わす響いた衝撃に、彼らが悲鳴と共にぐらりと揺らいだ。

 
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