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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode2 ハズキ

 
前書き
◇マークは視点変更です。 

 






「……まだ…来ないなぁ……」

男は待っていた。気付けばもう何日も眠っていない。…だが、眠気は微塵も感じなかった。


(あの子は、まだかなぁ…)

少女を待っている。あの子を待っている時間は凄く幸せだ。それはもう、眠る時間すら惜しいくらいに。

あの子は僕に頼ってくれる。僕に笑顔を向けてくれる。混じりっけのない笑顔で僕の名前を呼んでくれる。

…いや、『呼んでくれていた』か……。

茅場晶彦のチュートリアルが全てを奪っていった。苦労して作り上げた《ハズキ》の名に相応しい美少女アバターも、《アカリ》という少女との関係も。

でも大丈夫だ。あの子は分かってくれる。もう一度話せば、分かってくれるに違いない。そうだ、絶対また仲良くなれる……。


ハズキのそれは妄信そのものだった。アカリとの関係の修復に何の疑問も抱いていない。アカリが逃げ回っている今の状況も、ハズキは鬼ごっこくらいにしか考えていない。それほど精神的に追い詰められていた。

考えてみれば無理もない。現状はデスゲーム。ゲームであるはずなのにログアウト、現実に戻れないという状況に長らく晒されている。この状況下でまともでいられるのは2タイプくらいだろう。

一つはこの現状を受け止め、この世界を《もう一つの現実》と認識したプレイヤーたち。もう片方は、《ゲームはゲーム》と割り切った者たち。

だから、このどちらにも属さないハズキは精神的に非常に不安定だった。唯一の支えはアカリとの《関係の修復》。他に頼るものがいない彼女が自分の元に帰ってくることを信じて疑わなかった。

そのアカリにさえ気が回っていない。自分の行動が相手を追い詰めていることにも気付かない。ただひたすらに、彼女を求めていた。

だからこそ、次の瞬間に視界に飛び込んできた光景にハズキは満面の笑みを浮かべた。凝視し続けていた迷宮区の入口からアカリが現れたのだ。すぐに駆け寄ろうとした。彼女も自分を求めて姿を現した、そうとしかハズキには考えられなかった。


しかし駆け出した足はすぐに止まった。アカリのあとに続いて誰かが迷宮区から出て来た。アカリが自分以外の人間と一緒にいるのを初めて見た。だが、それより何よりハズキを驚愕させたのが

―――アカリが自分以外に笑顔を向けている―――

屈託のない笑顔が素性も分からない男に向いている。

…自分だけの笑顔が!

微かに残っていたかも知れない理性が吹っ飛び、雄叫びを上げながら、背の斧を構えながらハズキは男に向かって駆け出していた。






「それでですねっ!あたしの家の子犬、コロって言うんですけど、すっごく可愛いんですよっ!」
「へー、そうなのか」
「はいっ、そうなんですっ!でね、一回コロが風邪引いちゃったときがあって――」

迷宮区を出るまでの道のり、俺の前を歩くアカリという少女はひたすらに喋り続けた。好きな食べ物から始まり今は彼女の家で飼っているペットの話だ。本当に取り留めのない話を俺に話しまくる。実に楽しそうに。

まるで言葉を覚えたばかりの子どものようだ。話すことが次々あちらこちらに飛び、聞いている方が疲れるようだ。

それでも引き込まれる。会話の内容に、というより話す彼女へと意識が吸い寄せられる。

(こっちが本当のこの子なんだろうな)

そう思わずにはいられなかった。さっきまでの塞ぎ込んでいた彼女より明らかに今の方が自然体だ。

本来なら学校で日々たくさん友だちとお喋りをしていたい年頃だろう。そんな子が長く誰とも話さず過ごしていたのか…。

そう思えば、一刻も早く彼女から不安を取り除いてあげたかった。それにはすぐにでもハズキとやらに会わないと…。

「ねぇねぇ、カイトさんってワンちゃん好きですか?」
「…んっ?あぁ、犬か。割と好きかな」
「わぁっ!じゃあじゃあ、今度コロを見に来てくださいよっ!」

いつ見に行くんだ?という冷静な自己分析を飲み込んで曖昧に頷くと、アカリは心底嬉しそうに笑った。こちらを向きながら歩いていたアカリはいつしか迷宮区の外に出ていた。アカリに続いて俺も外に出る。夕闇が迫っている頃だけに、外に出た途端俺の視界は真っ赤に染まった。

その色がやけに目の前の少女にマッチしていて思わず微笑みそうになった。だが、そうも行かなかった。

「ゥゥウオオォォー!」

奇妙な叫び声を上げながら、入口すぐの茂みから男が飛び出してきた。驚いたことに、男は武器を構えて俺に突進して来る。突然のことに体が一瞬強張った。

だが、それから動作に入っても十分だった。男の疾走スピードが遅すぎる。相手が間合いに入る前に自分の得物を抜いた俺は、襲い来るソイツの斧を受け止めようとした。冷静に考えれば回避がベストであるが、残念ながらそこまでは頭が回らなかった。

「ぼぉくのアカリちゃんだぞぅー!!」
「うっ…!?」

受けた剣が大きく軋んだ。足がズズッと轍を残して後ずさる。明らかにパワーが違う。


近くで荒い鼻息をさせながら斧を強引に押し込んで来る男の顔を見た俺は、強く記憶がくすぐられるのを感じた。

見間違えるはずもない。こいつは一層で俺にアカリのことを聞いて、去り際に突き飛ばしてくれた奴だ。

「そうか…お前が、ハズキなのか」


 
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