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IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐ 

作者:やつき
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第一章 『学園』 ‐欠片‐
  第15話 『特訓』


――特訓、それは物語における登場人物が強くなるための事象、イベント。 『彼』は強くならなければならない。知らなければならない。 未来の為に、己の存在を理解するために

――『少年』が特訓という『お約束』"地獄"の中で、一体何を見て そして自身の存在と力を、どう思うのか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――俺、IS学園に来て初めて幸福というか、幸せというか、そんなものを味わった気がする」

「何だよ悠、いきなり……」

「いやな、IS学園はトースト一切れでもここまでうまいもんかと思ってな……」

現在の時刻は朝、昨日は篠ノ之さんの一件や思い出したくもない事もあったが――なんとかふっかふかのベッドで眠ることが出来た。
あ、よくよく考えればベッドも凄い快適だったから二度目だろうか?

一応一時的とはいえ、俺は篠ノ之さんという女の子と暫く共同生活するわけだし、それなりのルールも確認してある。
ちなみに――寝る前から夜遅くまで『相談事』ということで一夏についての相談と愚痴を淡々と聞かされた。

まあ聞く限りじゃ、流石の男の俺も酷いの一言、いつか一夏刺されるんじゃないだろうか。
それとも本当に男にしか興味がないとかそんなんだろうか?もし本当にそうなら友人関係を真面目に考え直そう。そう俺は心に誓う。

一夏の事や相談事を俺に話している篠ノ之さんは、なんというか至って普通だった。
多分彼女の中では俺はきっと『年上のお兄さん』ポジなのか、俺と一夏について話しているときも普通に笑っていたし、年相応の仕草を見せたりもした。最初見た時は実は、ツンツンした態度でそんな態度しか取れないのかなあとも思っていたが、俺の間違いだったらしい。


そして今、俺は一夏とアリア、そして篠ノ之さんと共に朝食を食べている。
ちなみに俺はトーストとコーヒー、アリアはサンドイッチ、一夏と篠ノ之さんは和食セットだ。
しかし―― 一夏と篠ノ之さんの和食セット、かなり美味そうだ。ふむ、今度注文してみるか。
今、俺達の座るテーブルで俺の正面では一夏と篠ノ之さんが隣り合わせに座っており、食事をしながら他愛のない話をしている。確かに篠ノ之さんの返答の仕方には棘というか、刀みたいな鋭さというか、そんなのがあるかもしれないが――昨日の朝よりはかなりマシになったと思う。

一夏についての相談を受けているとき、俺がアドバイスしたのは

『とりあえず話をする事、まずはそこから――多分ツンツンしてたら鈍感な一夏だし、永遠に振り向いてもらえないぞ。まず第一歩として会話だ会話』

とそう言ったのだ。それが効いたのか、見ているこちらは不器用にしか見えないが、頑張っているのがわかるし微笑ましい。うむ、よきかなよきかな。
そして俺はトーストをまた一口。ああうまい、市販のパンの味じゃない… バターやジャムにしても、かなり拘っているもののようで、なんというか――ビバ贅沢。血税万歳、IS学園万歳。


隣に座るアリアも、眠たそうにしながら、効果音が着くなら『もきゅもきゅ』という感じにサンドイッチを食べている。
フランスで生活した時から、実はアリアは朝凄く弱いのだ。そして今日の未だに眠たそうにしている原因は本人曰く、『ベッドが幸せ、まさに地獄の中の楽園』らしい。

朝、アリアが起きてこないので起こしに部屋まで行ったら『あいてるー』と言われたので中に入ると、幸せそうにベッドの上でゴロゴロしている彼女がいたが、もしこのまま放置するとアリアは間違いなく『おりむらせんせい』という地獄を見るため、可哀想だったがそのまま目を覚まさせた。俺がベッドでゴロゴロする彼女に『おりむらせんせい』という言葉を放ったら一撃だった。流石に織斑先生という存在に天国から地獄に突き落とされるのは嫌だったのだろう。


「アリア、大丈夫なのか?」

「ん…大丈夫に見えるー…?」


物凄く眠たそうに返された。まあ昨日は特に疲れたんだろうから、もっと寝ていたい気持ちは分かる。
俺だって本当は寝ていたい。そして昨日の事は一部思い出したくもない。
だがしかし、アリアは向こうに居た時は大抵目が覚めた後にちゃんとシャキッとして部屋から出てくるのが普通だったので、こうして完全に寝惚け状態の彼女を見るのはどこか新鮮だ。

ぼーっとしながらもっきゅもっきゅという感じにサンドイッチを食べる彼女、なんだこのかわいい生き物、普段とのギャップがありすぎて同じクラスの布仏 本音さんにも匹敵するぞ。なんて破壊力だ、恐ろしい。
そんなふざけた事はさておき、俺は一度席から立ち上がり、ミルクだけ入れたコーヒーを持ってきてアリアの席に置いてやる。
ちらり、とこちらを見て『ありがと』と一言言うとそれを飲む彼女。フランスに居た時は大抵これを飲むと目が覚めると言っていたのだ。

「大分目覚めた…ありがと、ユウ」

「どういたしまして、ほらシャキッとしろ――織斑先生の粛清という名の出席簿アタック、食らいたいのか?」

「それはやだなぁ……大丈夫、もう意識はしっかりしてるから」

それならよかった、と俺は返す。しかしまあ、先程から周りの生徒たちがうるさい。
俺達が朝食を食べ始めたときからずっと騒いでいるのだ――本音を言えば、飯くらい楽しく静かに食わせて欲しい。
大体の理由の予想はつく、単純に俺と一夏が男性操縦者だから。それからアリアは昨日の一件ですっかり有名になってしまったので、多分それで。後は単純に面白そうだからという理由なんだろう。
悪気がないのは理解できる、珍獣のように扱うのも別に俺は構わない。だけどせめて静かにしてくれ、飯くらいゆっくり食わせてくれ……

はぁ… と俺は学園に来てから既に数え切れないほど吐いているため息をつく。本当にどうにかしてくれ。

「悠もローレンスさんも、大分疲れたような顔してるな、昨日の疲れが抜けなかったのか?」

そんな一夏の言葉に、俺は内心で『お前…何も感じないのかよ…』と思うと、周りに聴こえないように、少なくとも自分達のテーブルにしか聴こえないくらいの音量で言った。

「いや、一夏さ――この状況見ても何も感じないのか?朝からこれだぞ…流石に俺も覚悟していたとはいえ、ちょい辛くてなぁ…」

「ん…私も昨日の事とかあるし、ただでさえ朝弱いのに朝からこれだけ騒がれると――ちょっと辛い」

そうすると、一夏と篠ノ之さんがこちらに対して哀れみの目を向けてくる。というか一夏、お前もその対象だろうと思う

「そうだな――確かに、辛いかもしれないな。少なくとも私が悠やアリアの立場なら多分同じ事を思うだろうな…」

「ホウキ……ご飯ついてる」

「あ、ああ――す、すまないなアリア」

俺も今気がついたが、篠ノ之さんの頬にいつのまにかついていたご飯粒をアリアが取って、そのままパクリと。
顔真っ赤にして慌てる篠ノ之さん、頭の上に疑問詞を浮かべるアリア、そして周りからは『お姉さまー!』や『う、うらやましい…あの子が羨ましいわ…!』、『この瞬間(展開)を待っていたのよ!』、『ぐ、ぐぬぬ…オ・ノーレ!』等と声が聞こえたような気がするが、きっと幻聴だろう。そうだ、幻聴に違いないんだ。

ちなみに、アリアと篠ノ之さんは昨日の夕食の時点で打ち解けている。とりあえず、人と打ち解けるのが一番大切だと言う事で俺はひとまず彼女としても顔見知りのアリアに会わせて話をしてみると、なんというか女の子らしい話題で盛り上がって仲良くなっていた。いつの間にか名前で呼ぶようにまで仲良くなってたし。
そういえば、昨日2人の会話をちらっと聞いたとき『ポン太君』や『ブシドー』という言葉が聴こえたが、多分それだろうか?と、そんな回想はさておき―― 一夏も小声になると、こちらに対して言葉を放った。

「まぁそりゃな……確かに辛いものはあるのが事実だけど、その、なんていうかさ――身内と一緒なだけ、まだ耐えれるしいいかなって」

「おう一夏、そんなキザったらしい台詞よく言えるな――なんか、俺自身がアホらしくなってきた よし……流石に織斑先生の出席簿アタックは貰いたくないしさっと食って授業に行きますか」

なんというか、一夏の言葉で気持ちが軽くなった気がする。そうだな、確かに一人でこの状況なら地獄以外の何者でもないかもしれない、だけど――こうして身内や知り合いと過ごせる事が出来ていられるだけ、マシだよなあ。
俺は、トーストの最後の一口を口に放り込むと、そんな事を考えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時は過ぎて現在二時間目、俺やアリアは入学前に必読とされたあの『鈍器に似た参考書』を問題なく読み終えているし、そもそもフランスに居る頃にISについての知識や技術を無理やり叩き込まれたのだ、『あのへんたいたち』に。

正直、俺自身も恐らくアリアも、『へんたいたち』に一種のトラウマを植えつけられた。
うん、叩き込まれた知識や技術は役に立っているが、あの時のことだけは思い出したくない。
途中、山田先生に女子生徒が何やら質問して、それでその回答に対していろいろ騒いでいたようだが織斑先生の一括によって静まり返った。
そして、ふと一夏の席を見ると、ちゃんと真面目にやっているようだがやはりげっそりと、疲れたような感じをしている。

とうとう心が折れたのか、がくっと項垂れる一夏。これは相当重症っぽいな……。
ただ、座学も技能も一日や二日でどうにかもるもんじゃないと思う。
そうやって一夏に対してどうしてやるべきか考えを続けていると2時間目終了。
ひとまず休憩時間なので、俺は席を立つと一夏の所にやってきた。

「おうおう、相変わらず修羅場前みたいな顔してんなあ一夏――と、冗談はさておき……やっばりダメだったか?」

「あー…うん、ダメだわ。一応ノートはしっかり取ってるんだが、理解が全くできん」

そう言うと自身のノートを見せてくる一夏――うわ、すげえびっしり書いてある。几帳面というかなんというか、要点もちゃんとマーカーなどで印つけているようだし、ここまでやって理解できないとなると、どうしたものか…
本格的にどうしたもんか、そう思っていると――クラスの女子生徒達が群がり始めた。

「織斑くーん、月代くーん」

「お兄さ――月代君、それから織斑君も今日暇?昼暇?夜暇?」

おいこら、そこに直れ――ちょっと最後の一言は頂けないのでお兄さんお説教しますよ。 
そう思ったが思いとどまる、非常に嫌な予感がしたので。もしやってしまうときっと逆効果なんじゃないかと思えてしまったから。

そうやって一気に、まるでなだれみたいに俺達に詰め寄ってくる女子――ちらりと別方向を見ると整理券配ってる女子も居る、おーい俺達は見世物じゃないぞ。マジで怒ろうかあれ。
本当なら休み時間使って一夏にISの知識教えたり、今後どうやって勉強していくか話し合うつもりだったんだが――どうにもこの状況では難しいようだ。
ふと助け舟を求めてアリアと篠ノ之さんの方を見る


「な、何だとっ……ブシドーモデルのポン太君ぬいぐるみだとっ…『ネクスト・インダストリー社』は正気なのか!?そんなものを出してしまったら……大混乱になるぞ!?」

「ん…実はねホウキ、他にも色んなモデル考えてたり、コラボレーション考えてるって開発部の人から聞いたよ――知り合いのね、レオンさんがいってた」

「あーちゃんあーちゃん、その情報もっと詳しく~!」

あ、ダメだこれ。
何かアリアと篠ノ之さん、そして布仏 本音さんの3人はそんな女子力全快の会話をしている。
『ポン太君』は有名であるが故か、何人かの女子もその話に聞き入っている。

クソッ……万事休す、四面楚歌、人生万事塞翁が馬――最後のは何か違うが、とにかく助け舟を期待できない以上俺も一夏もこのままじゃ追い込み漁で引き揚げられそうになっている魚だ。


「ねぇねぇ織斑君、千冬様って普段はどんな感じなの?やっぱり私生活でも凛々しいの?」

「つ、月代君!――お姉さま…ローレンスさんは普段どんな感じなの!?確か同じ企業所属だって言ってたよね!?」

「アリアか?――そうだなぁ、結構というかかなりしっかり者だな。俺も生活スキルには自身あったんだが、アリアのそれを見せ付けられて当初は絶望したさ――うん、そういう面では多分一生かかっても勝てないんだろうなってね」

「そ、そんなにお姉様って凄いんだ……織斑君、千冬様はどうなの!?」

「え?案外だらしないし、どうみてもダメ人間か私生活だけ見るとニー…――ごふっ!」


いきなり話をしていたと思ったら、パアンッ!という音と同時に勢いよく倒れる一夏――何だ、今何が起こった!?
本能では何かわかっているのに、ギギギという効果音がついたように俺は後ろを振り向くと――そこには出席簿という生徒全てを粛清する為に存在する最強の武器を装備した、『世界最狂』"おりむらせんせい"が仁王立ちしていた。

「何だ月代、お前達も――何か言いたい事でもあるのか?」

「イイエ ナニモゴザイマセン」

俺が冷や汗ダラダラでそう答え、それにあわせて周りの女子達も勢いよく うんうん と首を全力で縦に振る。
ああ恐ろしい――この人なら出席簿でIS倒せるんじゃないか?ほら、確か今週刊誌で連載してる漫画に出てくる主人公の師匠の"IS不敗"みたいに。
『ブリュンヒルデ』は伊達じゃないっ…! そう言われてもきっと違和感も全くないどころか納得すらしてしまうだろう。


「さて、そろそろ休み時間は終わりだ、お前達さっさと自分の席に戻れ、それからさり気なく入ってきている他学年と他のクラスの奴、さっさと戻れ――粛清されたいのか?」

再び出席簿という最強の武器を構えて見せると全力で何人かの女子生徒が逃げ出した、そして教室の外に居た生徒も逃げ出した。本当に恐ろしい。

「ああ――それから織斑、お前のISだが…準備までまだ時間が掛かる」

「へっ?」

「予備機がないものでな――だから少し待て、学園でお前の『専用機』を用意するそうだ」


それまでただ笑っていた俺は、一気に頭をクリアにして思考する。
一夏の『専用機』、ね――わからなくもないんだ。貴重な男性IS操縦者という事もあるし、普通に考えれば専用機を与えてデータを採取したいというのが本音なんだろう。
日本政府からの支援で来ている話だとしたら、まさに意図が見え見えだ。

『殆どノーガードの男性操縦者』である一夏を放置しておくより、『専用機』という力を与えて活動させ、そして自分達の所に完全に首をつないでおきたい、つまりはそういうことだろう。
少なくとも、現段階では俺やアリアに対しての日本政府や他国からのアクションはない。

バックはフランス政府に『仏蘭西国企業連』、『ネクスト・インダストリー社』というあの『変態企業』だ――それに牙を向けたりすれば、どうなるかなんて目に見えている。

話を戻そう、つまり今の世界のターゲットは何度も言うが一夏だ。
そしてそんな一夏に対して最初にアクションを起こしたのは日本政府だろう。
さて、一体どうなってんだか…いよいよ少しきな臭くなってきたぞ――
まさか、亡国機業も裏で何か噛んでるんじゃないか?実はこの件については自分たちが探している何かがあるんじゃないか?と色々思考したが――結局理解は出来なかった。


そんな思考の渦に飲まれかけていた俺はふと一夏を見ると――そこにはちんぷんかんぷんそうにしていた一夏が居た。

頭の上に疑問符浮かべてるというか、まさにそんな感じの。
あれ…もしかしてコイツ、事の重大さというか、どんな状況なのか分かってない?
そうするとしたら今周りでざわついている女子達の意図も分かってない? そう考えていると、一夏が俺の方を向いてきた――不思議そうな顔をして。

「悠、質問いいか?」

「…非常に嫌な予感がするが、何だよ一夏」

「専用機って……何だ?」

次の瞬間、パァンッ!という音とガッ!という音が同時に教室内に響くと共に、再び一夏が机の上に倒れ付す――そう、俺と織斑先生の会心の一撃が一夏の頭に、しかも同時にヒットしたのだ

「一夏……いっとくが今のはツッコミじゃないからな――」

「…織斑、貴様という奴は――教科書6ページだ、音読しろ」

そう織斑先生に言われ、なんとか起き上がると教科書を取り出すと、指定されたページを開く一夏。流石に昨日から続けて頭が痛くなってきた――早退、しようかなあ。
そうしてそのページを音読する一夏。
つまり簡単に訳せば『ISという技術は篠ノ之束博士によって開発されたが、未だに未確定の技術で、しかも存在しているコア数は限られているためアラスカ条約で取引などに厳しい制限が掛かっている』ということだ。

おお、我ながらあの長い文章を簡潔にしかも分かりやすく訳せたと思う、これなら一夏でも分かるはずだ――よし、一夏に対してISの知識を教えるのに自分の中で希望が見えてきたぞ。
うむうむ、と俺が満足げに納得していると――クラスの女子の内の一人が口を開いた。

「あの、先生――気になっていたんですが…もしかして篠ノ之さんって篠ノ之博士の関係者か何かなんでしょうか?」

「あ、それ私も気になってました――どうなんですか?先生ー」

と、それが発端になったように篠ノ之さんを対象とする言葉の波紋は、『ざわめき』という大きな波となってしまう――まあ篠ノ之という名前で予測した人もいるかもしれないが、きっと誰も考えないんだろう。『こんな近くに篠ノ之束博士の身内が居る』なんていうことは。
そうして織斑先生は一瞬だけ複雑そうな表情をすると、言葉を放つ。

「…そうだ、篠ノ之はあいつ――篠ノ之束の妹だ」

多分、織斑先生としても『いつかはバレる』と思っていたのだろう。
そして、今それを聞かれた以上放置する訳にもいかないし、教師という立場である以上嘘をつくわけにもいかない。

だからこそ、包み隠さずに言ったんだろうと俺は思う―― 一夏はどこか納得していないような顔をしているが、俺だってその気持ちはわからんでもないんだ。
そうして、織斑先生のその言葉が発端となり、ざわめきは更に加速する。

「えええっ――!すごいっ、このクラスに織斑先生の弟の織斑君に、篠ノ之博士の妹の篠ノ之さん、そして男性操縦者の月代お兄様に私の愛しのローレンスお姉様っ!すごいっ、凄すぎるっ!」

「ねえねえねえ、篠ノ之さん!篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才で、世間に公表されているような人物なの!?」

「ということは、篠ノ之さんも天才!?凄いなあ――今度、ISの操縦教えてよ!それからお姉さんの話も!」


嫌な光景だ、と思う――昨日篠ノ之さんが俺に言ったとおりだ。誰も、篠ノ之さんを『篠ノ之 箒』として見ようとしない。天才の妹としてしか見ようとしていない。

誰かがそう言ったから、自分も彼女を天才の妹として見る――恐らく、それなんだと思う。 自分で何も考えない、思考しない、誰も『篠ノ之 箒』という人間性を見ようとしない。
悪気があってもなくても、正直いいものではない――ふと篠ノ之さん達の所を見ると、アリアもどことなく嫌そうな顔していたし、布仏 本音さんも顔は笑っていたが、苦笑いのような顔をしていた。

そして、そんな状況で口を開いたのは――篠ノ之さん本人だった。


「確かに――私はあの人…篠ノ之束という人間の妹だ、だが聞いて欲しい――私は、私は…『篠ノ之 束』ではないんだ。『篠ノ之 箒』、それが私だ。私はあの人ではない――どう思ってくれても構わない、だが私がそう思っていることだけは――覚えておいてくれると助かる」

その言葉で静まり返る教室、あの織斑先生ですら目を見開いて――その後に篠ノ之さんに対して、純粋で満足げな笑顔で笑っていた。

そうだ、篠ノ之さんは篠ノ之束ではない――あの事件を引き起こして、そして俺自身の心の奥底にあるどす黒い感情を向けたいと心のどこかで思っている、『篠ノ之 束』ではないのだ。
一夏の事が好きで、ちょっとばかり真面目すぎて、それでもって礼儀正しくて、これだと決めたらきっと信念は決して折らない――それが、俺の『篠ノ之 箒』という人物に対しての評価だった。

「うん……ホウキは、ホウキだよ――それ以外のだれでもない」

「アリア……?――すまない、それと…ありがとう」

その言葉がキッカケとなったのか、再びざわめき始める教室。

「そうだよね――うん、篠ノ之さんは篠ノ之さんだよね――何いってんたろうね私達」

「本当だよ、ちょっと変だったね…ごめんね、篠ノ之さん」

「気分悪くしちゃったかもね…ごめんなさい」


どうやら、篠ノ之さん自身が『自分は篠ノ之 束ではない』と面と向かってクラスという1つの『世界』に対して訴えた事で、みんなはそれ理解してくれたようだ。
そして、それを言うのはとても勇気がいったんだと思う。篠ノ之さんは、勇気を出して――そして勇気を出す事で自分は『自分である』と言いたかったのだろう、そう思って欲しかったのだろう。

「さて、授業を始めるぞ――山田先生、お願いする」

そう織斑先生が言って、授業が開始される。そして授業の準備をする俺は、多分笑っていたと思う。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

授業終了後、俺とアリア、そして篠ノ之さんはまたしても自身の机でダウンしている一夏の所に来ていた。
俺達3人がそれを見て同時に『うわぁ…』と呟くと、声を掛けようとするが――そこに、自分達より先に言葉を放つ存在があった。

「安心しましたわ、まあ?まさかこの私――『セシリア・オルコット』と訓練機で対戦しよう思っていなかったでしょうけど」


「一夏、お疲れさん――大丈夫か?」

「おお、悠――いや…なんとかノートだけはって感じかなあ」

「ノート見せてみ、おおすげえ丁寧だな…几帳面つーかなんというか…ああ、ここ抜けてるな 後でノート持ってくるわ」

「織斑君…ここ、マーカー引いておいたほうがいいよ。 テストとかでも出るだろうし、基本知識として重要だから」

「助かる、ありがとうな悠にローレンスさん」

「まったく…一夏、そういえば特訓とか言っていたがどうするのだ?」

「それなんだけどなあ箒…まだ色々と考えてる事もあってさ――」


「訊いてますのっ!? 何ですのこれ、私はそういう『ぽじしょん』なんですの!?」

優雅なポーズしながら俺達にツッコミを入れるオルコットさん、何というか――凄い器用だな、そして居たのか。

「ああ、居たのかオルコットさん――いや、悪気はないんだ。一夏にの方見てたからオルコットさんに気がつかなかっただけで、それで――何か用か?『敵に塩を送りに来た』訳ではあるまい」

「て、敵に塩?――塩を送ってどうするんですの?」

…もしかして、『敵に塩を送る』って意味分かってないのか?
そういえばオルコットさんはイギリス出身か――ああ、ならわからないのも仕方ないのかなあ

「…いや、わからないならいい。 それで、何か用か?」

俺はため息をつきながらそう言った――うん、今のはそんな言い方をした俺が間違っていたのかもしれない。

「ふ、腑に落ちませんが…コホン、 まあ?一応勝負は見えていますけど?何故ならばこの私、セシリア・オルコットはスギリスの代表候補生――つまり専用機持ちですのよ?」

「そう言われてもなあ…何が言いたいんだろうな、箒」

そう言った一夏に対して 私に振るな、と訴えるように一夏を睨み付ける篠ノ之さん。確かに一夏、今のは無茶振りだと思うぞ。

「そういえばあなた、先程織斑先生も話していましたけど篠ノ之博士の妹なんですってね」

「確かに私はあの人――篠ノ之束の妹だ。だが…それがどうかしたのか?私は私だ」

強い意志を秘めた鋭い目でオルコットさんを睨む篠ノ之さん、その目からは信念と意思が感じられて、そして――曇りがない目だと俺は思った。
自身の期待していた反応と違ったのか、オルコットさんは少し怯むと コホン と咳払いをする。

「…ま、まあ――どちらにしてももクラス代表に相応しいのはわたくし、セシリア・オルコットですわ――」

「まだ終わってもない勝負を前に、そうやって決め付けるのは私どうかと思うよ?オルコットさん」

「――ローレンスさん」

「その言葉を吐くなら、月曜日の代表決定戦が終わって、オルコットさんが勝ってからにして欲しいな――それと、オルコットさん、私からも1つ」

ニコリ、と相変わらず笑うと天使みたいな笑顔を浮かべて、でもその中には――鋭いナイフみたいなものも混じっているような笑顔でアリアは言った

「――楽しみにしてるね? 代表候補生のオルコットさんと戦えるの」

「…ええ、教えて差し上げますわ。 私こそが、真に力を持っているという事を、私こそが最も『上に立つ者として相応しい』という事を」

そう言い放つと、オルコットさんは去っていった。ふと、アリアを見ると――その目にあったのは殺意や敵意ではなく、俺の勘だけど――『哀れみ』だったのだと思う。

「ユウ、織斑君、ホウキ――ご飯、食べにいこ?」

すぐにアリアは、笑顔を作ると――俺達に対してそう言った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時は過ぎて放課後。あの後色々あったがせ割愛する。いや――昼食の時に上級生に絡まれて、それを篠ノ之さんと食事を邪魔された不機嫌全開のアリアが追い払ったりしたのだが、うん…あの子には同情したなあ。
水色の髪に確か2年生のリボン――なんというか、勝手な考えだけどどこか芝居掛かっていたような気もするけど気のせいだろう。とにかく、あの子には同情した。

そして現在、その昼食時の一件の後、篠ノ之さんが『一夏、久しぶりに手合わせをしよう』という話になったので、放課後の今、俺達は剣道場に来ていた。
正直な話、俺は日本人でも育ちはフランスだったので『剣道』なんてサッパリわからん。むしろ近接戦闘技術ならアリアの専門だろうと思ったが、アリアに聞いても『私も剣道はルールとか知らない』と返すだけだった。
なので俺とアリアは一夏と篠ノ之さん、2人の試合を正座しながら見ている訳だが――随分アリアは辛そうだ。

俺は友人の『アレックス』が日本好きという事もあり、向こうに居た頃奴の家にお邪魔した時はよく『日本の極意の1つはセイザであり、それには日本人の礼儀と心が込められているんだ』とか言われてよくやらされた。
なので慣れてはいるんだが、アリアは今まで正座なんて殆どしたことなかったらしく、かなり辛そうだ。

あ、たった今『もう無理…』と言って足を崩した。まあ仕方ないと思う、俺も最初はかなり辛かったしなあ…。

ひとまず、一夏と篠ノ之さんが試合を終えて今2人は自分達の少し先にあるコートで何やら話をしている。だが険悪な雰囲気というより、篠ノ之さんが一夏の話を聞いて『ああしたらいい』、『こうするべきだと私は思う』などという会話のようだが。

一夏も『なるほど、ありがとうな箒』などと言葉を返している。そしてそんな言葉に対して赤面する篠ノ之さん、うむ、よきかなよきかな、恋せよ乙女。 ふと、自分の中でこれが流行っているんじゃないかと思うが、ひとまず今はどうでもいいことだろう。

「それで、アリア――2人の試合見てどうだった?『アリア自身の眼』からしたら」

「うん――ホウキの太刀筋…でいいのかな?――は凄く綺麗で、私から見てもあまり隙はないように思える。だけど…ISを使用して戦闘を行う、と考えた場合だとちょっと微妙かもしれない。剣道みたいに1対1でしかもお互いシナイっていう1本の武器を持って戦うわけじゃないから――『戦う』っていう面でISを使用すると考えた場合、ホウキは間違いなく近接型。多分私と似てるタイプだと思う」

「…なるほどな、それで一夏の方はどうだ?」

うーん… とアリアは少し考える仕草を見せる。

「織斑君は――うん、ホウキと同じ近接型だと思う。見てて思ったけど、ホウキの太刀筋とそれなりにやりあえるって事はそれなりに才能はあるんだと思う――それか、化け物じみた才能を抱えているのかのどちらかだけど、織斑君はホウキに対して『その場で対応している』ように思えた――先を読むっていう点では、ユウと似ているのかな?」

「確かに――それは思ったかな。一夏はなんというか、予想だけど『経験して強くなる』タイプなんだと思う、単純に学習して強くなるんじゃなくて、その場その場の状況で対応して、それで強くなるんじゃ――とは俺も思ったな」

きっと一夏は、才能の塊――そう、まさに『可能性の塊』なんだと思う。アイツのこの才能は、どんな方向にも向く――俺はそう感じられずにはいられなかった。

よし、そうとわかれば…スパルタだ。
スパルタ教育で来週月曜日までにISの基本知識とまだ機体はないがISの操縦、そして技量面――それをスパルタで教えていこう。

そうだ、確かあの『変態企業』が発刊している本にあったな、確かタイトルは『ただしいへいしのそだてかた』だったか。

初めて教育を行う人にも安心、図と絵つきの非常にわかりやすい本だ。全国の本屋で売っている。
今考えた事をアリアに言ったら全力で阻止された。『それ…やると織斑君多分人じゃなくなるよ?』だそうで。ふむ…残念だが諦めるとしよう。

暫くして、一夏と更衣を終えて制服に着替えた篠ノ之さんがこちらに戻ってくる。とにかく月曜までもう時間がないのだ。
話し合った結果、俺達3人で一夏を放課後、門限ギリギリまでみっちり鍛えるという事で落ち着いた。ちなみにだが…一夏は後に、この時の事をこう語る

『一種の軍隊か、兵士育成に近い洗脳的な何か。自分の為になったのは認めるけど、多分俺の一生のトラウマの1つだと思う』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


時は流れて月曜日。とうとうクラス代表決定戦の日がやってきた。
この日まで、出来る事は殆どやってきたと思う。一夏にISの知識を俺が叩き込み、そしてISでの戦闘方法や技術面についてはアリアと篠ノ之さんで教えれるだけ教えた。

俺が驚いたのは、一夏の『吸収力』だ。授業での内容は確かにノートを几帳面に取っていたが、理解はできていなかった。しかし俺達が直接それを教えると――とにかく吸収力が化け物じみているのだ。 
そう、例えるとしたらスポンジがあっていると思う。

一夏というスポンジが、水という俺達が『直接』教えた情報や技能――それをあっという間に吸収して理解する。

確かに覚えさせるようにスパルタをしたのは事実だが…恐らく、今の一夏は俺達が教えた内容の殆どを理解しているだろう。
俺はこの時一夏に対して、持ってはいけないのだろうが『恐怖心』を覚えてしまった。
もし、もしもだ―― 一夏のこの化け物じみた吸収力という才能が、敵…例えば、自分達を襲ったり、ISを兵器としてだけ使用して、何かを傷つける敵だったとしよう。
そこに一夏のような存在が居たとする、まさに恐怖だ。幾ら対応してもそれを情報として吸収されて、対応される。俺は――『友人』に対して恐怖感を抱いてしまったのだ。


そんな『たられば』の考えはやめよう――そうだ、一夏は俺の、俺達の友人だ。そう自分に言い聞かせて、そんな勝手な想像を振り払う。
いま、俺達は第三アリーナのAピットで待機している。そして待機している理由は―― 一夏の『専用機』を待っているのだ。

ちなみにだが、一夏はまだ俺の『テンペスト』やアリアの『ブラッディア』を知らない。対戦方式も分からない、そんな状況で戦う可能性のある相手に情報を漏らすだろうか? 流石の友人でもそんなことはしないだろう。

俺達とオルコットさんの対戦方式は、今日の朝織斑先生から『総当たり戦』との発表があったのだが、それにオルコットさんが反発 『私こそが相応しいと証明するためにあなた達を全員撃墜してみせますわ』と言い切ったのだ――発端となったオルコットさんの意見でもあったため、織斑先生は間違いなく面白がった顔でその提案を受理。

結局、オルコットさんに対して一夏、アリア、俺の順番で当たる事になった。 さてさて、どうにもこの決定戦――嫌な予感がする、だけどきっとこの胸騒ぎは俺の思い込みで、本当は何も起こらなくて、そう俺は自分に言い聞かせて自身の考えを黙らせた。


「しかしまぁ…遅いな」

「…遅いね」

「ああ、遅いな」

「確かに遅すぎるな…」

上から俺、アリア、一夏、篠ノ之さんと全員一致の意見をふと漏らす。
ピットでの待機が下されてそれなりの時間が経過しているが、未だに一夏の『専用機』が到着する素振りはなかった。
遅すぎるだろう――そう思っていると、山田先生が駆け足でこちらにやってきた

「あ、織斑君織斑君!きっきききききまっ――」

「お、落ち着いてください山田先生」

あたふたして己の発する言葉すら噛んでいる山田先生に対して、一夏はそう言うと山田先生を落ち着かせようとする――さて、どうやら来たらしい
一夏が山田先生を落ち着かせていると、今度はピットの入り口から織斑先生が入ってくる。そして織斑先生は未だにあたふたしている山田先生を見ると

「落ち着け、山田先生――さて、織斑…お前の専用ISが到着した。先程話したように、最初はオルコットとお前での対戦を行う――急いで準備しろ、アリーナを使える時間は余裕を持ってとってあるとはいえ、有限なのだからな」

「?千冬姉――それはどういう…あだっ! 」

「織斑先生だ。いい加減に覚えろ、馬鹿者が」


容赦なく一夏の頭の上に既にお約束となった出席簿アタックを振り下ろすとそう言い、織斑先生は言葉を続けた

「私から言えることは1つだ――本番でモノにしてみせろ、そして悔いのないように全力で行って来い。 篠ノ之、お前からも何か言ってやれ」

私ですか? と織斑先生に一言言うと、篠ノ之さんは少しだけ考えてから――言葉を紡いだ。

「一夏、今日までやって来た事を思い出せ――そして、お前は男だ、一夏……だから、勝って来い。」

そう篠ノ之さんが言った瞬間、がごんっ という音を立ててビットの搬入口が開かれる――そしてその先に、『ソレ』は存在した。 まるで、まるで主を待ち続けるかのように、存在した。
存在したのは――白、俺もアリアも言葉を失うほどの純粋な『白』だ。重厚な鎧を思わせる白色の鎧。

「これ、が…――」

「ああ、お前の専用機――『白式』だ。さあ行け織斑、すぐに装着を行え――」

そう言われると一夏は一通りの機器のチェックをした後にそのIS――『白式』を身に纏う、まるでその姿は――俺には自身の心のどこかで憎む存在…『白騎士』に酷似していると感じた。
だが、それは『有り得ない』――そうだ、白騎士である筈がないのだ。 
そして一夏は、俺が心のどこかで憎む『白騎士』ではない。俺の大事な、友達だ。
装着を完了し、織斑先生と幾つか言葉を交わし終えた一夏に俺達は近づくと、言葉を放った。

「一夏、どうだ――やれそうか?」

「悠――ああ、やってやるさ…今日という日までどれだけ多くの事をやってきたのか、悠とローレンスさんと箒に教えられて、学んできた事、それを俺は無駄にしない、絶対にやり遂げてみせる――だから、見ててくれ」

その言葉に俺とアリアは笑顔で応えると

「おう、じゃあ――あの調子に乗ってるイギリス貴族様をぶちのめしてこい、一夏――お前と『ソイツ』の力、見せてくれ」

「うん――今の織斑君は、きっと強くなってるから。その子を信じて、今まで私達とやってきたことを信じて、全力で行けば――きっとできるよ」

その言葉に対して一夏は『ありがとう』と答えると、今度は篠ノ之さんのほうを向く

「箒」

「何だ?一夏」

その時の篠ノ之さんは、どこか嬉しそうで――どこか誇らしげで。
そして信じているんだと思う、一夏という――自分の大切な存在を。

「行って来るよ、俺は――行くよ、やれるだけやってくる、だから箒――見ててくれ」

「――ああ、見ていてやる。だから  勝って来い、一夏」

篠ノ之さんのその言葉に対して笑顔で返すと、一夏はピット・ゲートに移動して発進準備に入る。そしてもう一度、俺達と織斑先生の方を振り返ると

「――皆、それから…『千冬姉』 行って来ます ――織斑一夏、『白式』 行きます!」

そう一夏が叫ぶと共に、『白』が、アリーナの空に飛び立った。


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