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アッシュビーの再来?

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第2話、猛将現れる

宇宙暦七九五年二月、ティアマト星系

 自由惑星同盟軍第十一艦隊参謀長のラデツキーは、よりによって勤務する第十一艦隊の旗艦の一角で、重大な規律の乱れを目撃した。本来、規律を守らせるべき立場の第十一艦隊司令官ホーランド中将自身が、通信スクリーン越しに会談していた先任指揮官第五艦隊司令官ビュコック中将に、無礼かつ抗命罪ぎりぎりの発言を繰り返していたのである。

 ラデツキーは自分の顔がこわばっていくのを自覚したが、今は冷静になるべきだと無理やり感情を抑えつけた。

 そして、ビュコック提督の旗艦と繋がっていた通信が切られた瞬間、どかしく待っていたラデツキーはホーランド中将に詰め寄った。
「ホーランド提督。ビュコック閣下は間違いなく先任指揮官です」

 ラデツキーは咎めるような口調で、暴言を吐いた若い上官に事実を思いださせる。

 ラデツキーの上官である第十一艦隊司令官のホーランド中将は若干三十二歳。

 そんな若過ぎる提督が先任指揮官であるビュコック中将に、「自分の指揮の邪魔をするな」と面と向かって発言するなど、前代未聞の出来事だった。おそらく、ラデツキーでなくても苦言を呈す状況だ。

「……分かっておる。だが、ビュコック中将は私の主張を拒否しなかった。違うかね?」

 ラデツキーは内心で「あれは拒否です」と何回も叫んでから、ホーランドの言葉を慎重に吟味した。

「……確かに提督のおっしゃる通りですが、少なくとも言外の意味は拒否とお気づきになられたはずです」
「ビュコック閣下は私の上官ではない。命令もないのに従うわけにはいかん。いや、それどころか私にフリーハンドがあることを認めたようなものだ」

 ラデツキー少将の苦言を聞き流した。ビュコック提督の言葉を勝手に拡大解釈したホーランドは、もう帝国軍の艦隊にどう第十一艦隊をぶつけるかの興味しかなかった。

 四十歳になったばかりのラデツキー少将はため息をつく。今年の始めにやって来た年下の司令官は、彼にとって未知の生き物であり、まともな関係を築くのにも苦労した。

 実際、最初の頃は冷戦状態に陥り、ラデツキーも異動を本気で考えていたぐらいだったが、幸か不幸か転機はすぐに訪れた。

 ホーランドは最初の機動演習で経費を使い過ぎ、統合作戦本部に問題視された。しかも統合作戦本部長その人に傍若無人な態度を取り、ホーランドは危うく解任されそうになった。ここで後方部門との間をとりもったのがラデツキーであり、巧みに問題を処理してホーランドに懐かれてしまったのである。

 もともとラデツキーはどんな司令官にも誠心誠意尽くす性格であったし、他方第十一艦隊司令官に就任したばかりのホーランド中将が、自分の戦術を実行する補佐役を必要していた。ホーランドがラデツキーを認めさえすれば、うまくいく仲だったのである。

 以来、参謀畑一筋の真面目な性格のラデツキー少将と、生意気で自信家の少壮士官であるホーランドの仲は、驚くほどの良好を維持した。

「作戦は予定通り実行する」

 作戦の説明を終えたホーランドは反論を受け付けないとばかりに宣言した。ラデツキーは押し黙り、一瞬の沈黙が両者の間に溝を作る。

「御命令に従います。閣下」

 不敬にならないタイミングで、ようやく、ラデツキーは頷いた。

 部下には積極的な忠誠を期待するホーランドは、部下の反応速度にうるさい。本来なら気づいて貰えないような無言の抗議も、敬礼をからめればラデツキーの抗議の本気さをわかってもらえる。

「参謀長は何か不満があるのか」

 同僚にさえ傍若無人と言われるホーランドだったが、ラデツキーの苦言には気分次第で立ち止まり、時々耳を傾ける。

「ビュコック中将のことです。閣下に自由な指揮権を与えて下さったにせよ、何らかの指示は来るでしょう」
「対等な同僚の意見など無視すれば良かろう」
「いえ、いけません。それでは閣下の責任問題になってしまいます。せめて帝国軍の動きを理由にして、丁重に指示通りに動けないと伝えるべきです」
「まあ、良かろう。だがビュコック提督がしつこく私の邪魔をしたら、容赦はせんぞ」

 ホーランドは尊大な態度こそ崩さなかったが、責任問題と言われて若干鼻白んだ。

「ありがとうございます閣下」

 ラデツキーはやや大げさに喜びと感謝を示して、ホーランドを満足させる。


 そして、いよいよティアマト星系における会戦が始まろうとしていた。

 同盟軍は、動員した三艦隊をオーソドックスな横陣で配置。数に若干勝る帝国軍をビュコック艦隊・ウランフ艦隊の連携で、後輩のホーランド艦隊の支援をしつつ、帝国軍を消耗させる計画だった。対する帝国軍はやや艦隊を広がらせて、包囲隊形を取りながらじりじりと前進した。

 そして、もう少しで戦闘距離というところで、両軍の上層部が予想だにしない事態が起きてしまう。

 正面から伝統的な艦隊戦を挑もうとしていた大小三万五四〇〇隻の艦艇からなる帝国軍に向かって、一万隻をやっと超える同盟軍第十一艦隊が防御に有利な場所を捨て友軍を置き去りにして、勝手に突撃したのである。

 同盟軍の先任指揮官で老練な第5艦隊司令官ビュコック中将と勇猛な第9艦隊司令官ウランフ中将でさえ、いきなりの出来事に驚いた。第11艦隊の攻撃を受けた帝国軍は、驚くどころでは済まない。奇襲をもろに食らって大混乱に陥ってしまった。

 第11艦隊は巧みな艦隊運用でその隙を見逃さず、帝国軍の鼻面で蝶のように舞いながら攻撃を続けた。混乱から立ち直った帝国軍の一部が小癪な敵をこらしめようとしたが、帝国軍から見て蝶ならぬアメーバのように機動する第11艦隊に翻弄され、戦果をなかなか挙げられない。

 一方、帝国軍が混乱している間にようやく駆けつけてきたビュコックとウランフの艦隊は、正面の無傷の敵と交戦をしながらどうにか孤立しがちな第十一艦隊と連携を図ろうとした。だが、当の第十一艦隊に全く連携意志がないため、その試みは失敗に終わった。

「第五艦隊及び第九艦隊が後方で接敵中」
「ようやくご老体がお出ましか。だが敵を引きつけてくれれば我が艦隊は敵を突破して背後を遮断できよう」

「閣下。ブラウン少将の分艦隊を使って、第五艦隊と交戦中の敵側面を攻撃してはいかがでしょうか」

 ラデツキーにはそこが敵のウィークポイントに見えた。

「今は突破を優先する」

 突出した第十一艦隊はこの後も終始帝国軍を押しまくり痛めつけた。とはいえ、僅か一個艦隊で帝国軍全軍を殲滅できるはずもない。

「ホーランド閣下、そろそろエネルギー不足の艦艇が出ます。友軍と連携して補給をすることも考えねばなりません」

「参謀長。何とか保たせよ。もう一息で完全勝利だぞ」

 陣形を大きく乱し、無秩序に後退を始めた帝国軍を見て、ホーランドは後退を渋った。ラデツキーとしても今が正念場であることを理解していたが、このままエネルギー切れなどになったら、艦隊は全滅してしまう。

「ホーランド提督、ビュコック提督より通信が届きました」

 通信士官が報告する。ビュコック提督からの通信の内容は穏やかな表現の後退勧告だった。ラデツキーはしまったと顔を青くする。突撃と同時にビュコック中将の後退命令が来ると思ったラデツキーは、上官を守るために詭弁の弄し方を教えたのだが、案に反してビュコック中将は第十一艦隊の攻勢限界点まで我慢した上で、やんわりと撤退を促してきた。

 これにホーランドがどう答えるか、ラデツキーは聞くまでもなくわかった。

「ご指示に従いたくとも第十一艦隊はご覧の通り敵に囲まれております。敵の隙をつけるかどうかやってはみますが、難しいことはご了承下さい」

 ホーランドはビュコック中将に慇懃無礼な通信を送ってから、どうだ責任問題を回避したぞと言わんばかりにラデツキーを一瞥する。帝国軍がまわりにいることは確かだが、それはすべて落伍艦艇に過ぎない。実際ホーランドは、ラデツキーの進言を聞かなかったら、ビュコック中将に敵の崩壊を喧伝していただろう。

「ホーランド提督、艦隊には補給が必要です。万が一敵前で補給切れとなれば、我々は軍法会議にかけられてしまいます」

 ラデツキーはため息を吐き出したたくなるのをこらえて、第十一艦隊の危機を避けるため、ホーランドの理性に強く訴えかけた。

「状況はわかっている。だが、もう少しだ。あと五分いや十分で敵は崩壊して完全勝利だ」

 ホーランドはラデツキーの言葉に理を認めたが、やなり戦功という欲望には勝てなかった。

 もちろんラデツキーに言われるまでもなく、ホーランドとて第十一艦隊の独創的な戦術機動の弱点は承知しているはずだ。

 それは戦術のエネルギー消耗が速い点……ではなく、各艦艇のエネルギー積載量の少なさと効率の悪さである。

 ホーランドは統合参謀本部に艦艇の航続距離を伸ばすよう掛け合っていることは、軍の一部では有名な話だ。

 それどころかホーランドが統合作戦本部長になったあかつきには、艦の消費エネルギーを減らすために、装甲をベニヤにするという噂まであるのだが、戦場のホーランドは何故かエネルギーの大切さを軽く見てしまう。

「このままでは帝国軍の近くで立ち往生しかねません。我々は十分な戦果を上げました。友軍の二個艦隊と足並みを揃える時です」

「あと十分だ。それまで何とか補給切れの時期を先に伸ばしたまえ」

「しかし、そのような方法は、機動力を抑えるぐらいしかありません」 

 ラデツキーはホーランドの無茶な要求に反論した。数の少ない第十一艦隊が敵前で低機動になれば、それだけ損害は増す。いや、それどころか勢いを失っている帝国軍が息を吹き返す可能性もある。

「エネルギーの節約を命じろ」

 ホーランドはすぐに決断した。

「ホーランド提督、ビュコック提督より再び通信が届いています」

「……分かった」

 忙しいと一喝する誘惑をこらえて、ホーランドは通信士官の報告に頷くと、ラデツキー参謀長と一緒にビュコック提督の通信を確認する。

 ビュコック提督は急いで戦列に復帰するよう命令を出していた。前回の通信内容とほとんど一緒だったが、温厚で有名なビュコック提督が命令違反で処罰するとの一文をつけ加えていた。

 苦労人の老将を尊敬するラデツキーは顔を青ざめさせたが、ホーランドにはさほど感銘を与えなかった。

「敵軍が崩壊しつつあるというのに、心配性の同僚を持つと苦労する」
「ですが、軍法会議まで持ち出してきたとなると、『混戦により命令の実行は困難』では済みません。友軍も近くまで迫っています。我々は十分以上に戦果をあげました。ここはビュコック中将の顔を立てるべきです」

 ホーランドが馬鹿にするビュコック中将は、ラデツキーの期待以上の速度で第11艦隊に接近している。 こちらが前進を止めればすぐに追いつくだろう。

「よかろう。手柄をハイエナ共に分けてやろう」

「ご英断です。閣下」 

 ラデツキーは渋い顔をしているホーランドの許可を取って、ビュコック中将に現状を知らせて命令に従うと伝えた。

 だが直後、事態は一変する。急に艦内が騒がしくなり、次々と損傷した艦の名前が伝えられる。

「何が起こった?」

「て、帝国軍約二千。右翼側面を攻撃をしてます」

 帝国軍二千隻は、動きの鈍くなった第十一艦隊の右翼に猛反撃を喰らわせていた。

「どこから出てきたのだ」
「航跡記録では正面からですが……単艦の航跡と見間違うほど速い部隊です」

 情報士官が警戒不足で奇襲を受けたわけでなく、あくまでも敵の用兵の賜物と主張する。

「閣下、ブラウン少将の分艦隊が敵艦隊に翻弄されています。すぐに本隊から援軍を回すべきです」

 ラデツキーはエネルギー不足の状況で、帝国軍の反撃に直面したことに脅威を感じた。第十一艦隊の攻勢限界を読んだとしたら、少数とはいえ決して侮れない敵だ。

 そして次の瞬間、その懸念が現実のものとなる。反撃をしてきた敵艦隊は巧みにブラウン少将の分艦隊を蹴散らし、瞬く間にホーランド艦隊本隊の側面に踊り出た。

「まさに疾風……」

「何が疾風だ。臆病かぜにふかれるな。敵はたかたが二千だぞ」

 ホーランドは動揺する部下達を叱咤激励しつつ、次々と指示を出して敵の急襲を防ぎきった。

 だが、その代償は大きい。第十一艦隊はなけなしのエネルギーを消耗しただけにとどまらず、帝国軍主力に態勢を立て直す時間まで与えてしまったのである。


「帝国軍の本隊が再編成を始めています」

 その報告に、ラデツキーの心は恐怖で引きさかれそうになる。数に勝る帝国軍本隊が再編成され混乱から立ち直れば、青色吐息の第十一艦隊では勝負にならない。

「て、提督! 帝国軍が後退を開始しました」

 銀河帝国軍の遠征艦隊は第十一艦隊を残して全面退却を開始した。一個艦隊に翻弄されて大損害を出している状況で、ほぼ無傷の同盟軍二個艦隊と決戦する愚を避けたのである。

「参謀長、追撃だ。帝国軍を壊滅させるぞ!」

 帝国軍の敗走を見てホーランドは満面の笑みを浮かべて命じた。

「閣下、追撃戦をするだけのエネルギーがありません。今は、側面の敵の殲滅に力を尽くすべきです」 

 第十一艦隊にはもう余力がない。だが、帝国軍に見捨てられた帝国の小艦隊を殲滅する力は残っている。

「ブラウン少将に任せればよい。追撃を優先する艦隊を再編成したまえ」

 ホーランドの命令にラデツキーは敵に逃げられるという確信を感じながらも頷いた。

 そうこうするうちに敵の小艦隊は第十一艦隊の華麗で変則的な艦隊機動とは違い、隙のない洗練された用兵で整然と後退を始めた。敵はこちらのエネルギー不足というアキレス健をきちんと掌握しているようで、見事な機動力で翻弄してブラウン少将の分艦隊から逃げきった。

「大規模な追撃は補給をしなければ不可能です。エネルギーを残している部隊を糾合して、第五艦隊及び第九艦隊の追撃戦に参加はできます。いかがいたしますか」

「重要な事は私が追撃戦に参加することだ」

「分かりました。すぐに追撃部隊を作ります」

 それからすぐに追撃戦は終了した。 同盟軍の損害約二八00隻、帝国軍の損害約六三00隻。敵を撃退した同盟軍の大勝利である。

 間もなく同盟軍はハイネセンに凱旋した。尚、ティアマトで事後処理をしている間、ウランフとホーランドが大げんかをして戦闘に遅刻したロボス元帥が仲裁したり、ラデツキーが胃潰瘍で入院をした事件など、多数の事件が起きた。だがその詳細が公式記録に載ることはなかった。 
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