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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode6 会議の席、勇者の底力3

 
前書き
 ヤ●チャ視点も、書いてみると案外楽しいですね。 

 
(……すげえ奴だぜ、ホントによ……キリト)

 心の底から、そう思う。

 俺がエギルに例の写真を渡したのは、まだほんの三日前のことだ。つまりエギルが本人の言葉通りに翌日に写真とパッケージを渡したとしても、それから実に二日しか経っていない。二日……限界までログインし続けたとしても、四十八時間。

 その、たった四十八時間で。

 (……あれだけの速度での『随意飛行』、それを制御できる精神力、その速度で派手に着地できる身のこなしを、身に付けた、ってことかよ)

 俺が一ヶ月以上かかって未だに為し得ないことを、奴は完璧に身につけてきた。

 全く、凄まじいまでのゲーム勘……いや、VRワールドへの適応力、か。成程、これこそが『勇者』の……『勇者に求められる』力だ。堂々と声を張り上げるそのクソ度胸もあの頃と変わりなく健在のようで、嬉しい限りだ。

 その馬鹿な言動か、それとも迫力に押されたか。
 五十人以上のサラマンダーの強襲部隊が道を開けた。

 ゆっくりと開く人垣の中から出てくるのは。

 「おっと、ユージーンの旦那か……」

 俺がこのALOでの旅で闘った中では、紛れもなく最強のプレイヤー。

 その屈強な体を、俺が売った古代武具(エンシェント)級の重金属鎧に包み、背中には豪奢な大剣、《魔剣グラム》。以前に俺と戦った時よりも更に装備を充実させ、周囲の大人数を統率して悠然と進み出る。コイツが指揮官、ということはこの部隊、本気も本気のお遊びなしなのだろう。

 対するキリトは、……相変わらず黒いなコイツは。もともと髪が真っ黒で肌も浅黒い影妖精(スプリガン)である上に服装は黒の上下に黒革のコート、背中に背負った巨大な剣まで真っ黒なその姿は、俺にはかつての世界の『黒の剣士』を想起させる出で立ちだ。

 まあ、それはいい。
 しかしそれでも、見たところ装備の質は流石にユージーンと比べれば見劣りするだろう。

 だがそんなことは全く気にする様子も無く、キリトが堂々と赤い巨漢を見やり。
 それに対して、不敵な笑みをユージーンが浮かべ。

 「オレの攻撃を三十秒耐えきったら、貴様を大使と信じてやろう」

 ユージーンの、低い声が響く。
 おや、ユージーン。三十秒でいいのか? そいつは、俺より強いぜ?

 「随分と気前がいいね」

 応えるキリトは、飄々としたもの。


 音高く抜き放たれた《魔剣グラム》にも恐れる様子なく、こちらも背中に背負っていた巨大な両刃の黒剣を構える。いかにも実用性一本の簡素な剣は、かつての奴の愛剣の一つ、《エリュシデータ》を彷彿させる。

 向かい合ってホバリングを始める二人を、周囲の面々が固唾をのんで見守る。

 「サラマンダー領主、モーティマーの弟……リアルでも兄弟らしいがな。知の兄に対して武の弟、純粋な戦闘力ではユージーンのほうが上だと言われている。サラマンダー最強の戦士……ということは……」
 「全プレイヤー中最強……?」
 「ってことなるかな……。とんでもないのが出てきたもんだ」
 「……キリト君……」

 その横から聞こえる声は、先程まで対談していたシルフ領主サクヤと、キリトが連れてきたシルフの少女……ってなんだ、聞き覚えがあると思ったらコイツ、リーファじゃないか。なるほど確かに、あれだけの熟練した空戦の使い手である彼女なら、先程のキリトとの超高速飛行も頷ける。

 マントを若干高く上げ、口元まで顔を隠すのは、反射的にだ。俺の顔……先日共に旅したプーカと(種族特性によって若干は異なるもののほぼ)同じ顔に気がついてカーソルを向けられれば、俺の正体がばれてしまう。勿論、ここまで一緒に来たケットシーの面々は俺がプーカの雇われ人だということを知っている。……が、出来れば今は、俺のことを勘付かれたくない。

 (……あいつには、まだ)

 他でもない、キリトに。

 気を取り直して、再び対峙する二人を見つめ。

 (さあ、見せてみろ! お前の力を!!!)

 その視線の先で、赤と黒、二つの姿が激しく交錯した。





 (はやい……っ!)

 サラマンダーという種族、そして自身の巨体を生かした重突進。相当の努力の積み重ねの上にあるだろう、完璧かつ俊敏な『随意飛行』。俺の跳躍すらも上回らんばかりの速度での、ユージーンの剣戟。そして、それに対するキリトの素早く剣を構えた受けの動作。

 いずれも、俺の地上戦に匹敵する速度。
 それを、地上よりも体の扱いの遥かに難しい、空中でだ。

 (……『勇者』の力は健在、か……だが、)

 甘い。
 俺の心の中の声が聞こえたかの様なタイミングで、紅い《魔剣グラム》の刀身が薄く揺らめき、

 「―――!?」

 受け止めるべくキリトの構えた剣をすり抜け、その体を鋭く薙いだ。
 凄まじい衝撃音を響かせて胸の中央を鋭く切り裂いた刃が、そのままキリトを地面に叩きつける。

 《魔剣グラム》のエクストラ効果、『エセリアルシフト』。

 物質を透過するその剣戟は、キリトの様に大剣といった重武器、或いは重武装の相手に非常に効果的だ。俺の様に何も持たずにただ回避するならともかく、あれだけの重しを抱えて広範囲への薙ぎ払いを避けるのは例えキリトでも相当に難しい。ましてや、これは空戦。体のこなしは、地上より何倍も困難だろう。

 地面へと衝突したキリトの、轟音を立てての派手に土煙。

 (そんなもんか? キリト)

 捲き上げられた土埃の中にむけて、心の中で呟く。しかし、呟きながら同時にそれがありえないことも、心のどこかで理解していた。案の定、煙が晴れるのすら待たずに黒い影が矢の様に飛びだす。ホバリングするユージーンへ一直線で突進、そして。

 「なんだよさっきの攻撃は!」

 叫び、巨剣を続けざまに叩きつける。SAOの頃に勝るとも劣らないその強烈な衝撃音を響かせる斬撃は、俺ならクリーンヒットを一撃受ければそれだけでHP全部持っていかれるだろう。重装備のユージーンでも、かなりのダメージだろう。

 だが。
 だが、それでも。

 (それだけじゃ、ユージーンは落とせねえぜ?)

 繰り出される剣戟を、ユージーンが確実に迎撃する。俺との戦闘であれだけの身のこなしを見せただけあって、その防御にも隙は無い。抜群のパワーとスピードを誇るキリトの剣も、そうそう簡単にはそのガードを貫けない。

 再び繰り出される、『エセリアルシフト』の斬撃。
 削られるキリトのHP。

 このままでは、ジリ貧だ。伝説級(レジェンダリー)の性能の差とはいえ、紛れもない敗北。

 (……そんなものでは、世界樹の上には行けないぜ)

 接近戦での打ち合いを不利と見てか、キリトが素早く一旦距離を取ってランダム飛行する。軽やかに宙を翔けるその羽根捌きは、各地を転々と旅した俺から見ても五本の指に入る練度の『随意飛行』。だが、対するユージーンもそれを追随するだけの実力者だ。赤い帯を引いてのスライスで一気にその距離を詰め、力強く斬りかかる。

 (……さあ、キリト。このままでは負けるぞ?)

 どうする。お前の力は、そんなものではあるまい。

 (……あるだろう。お前があの世界で培った、その《片手剣》の更に上が、よ)

 俺の声が、聞こえたわけでもないだろうが。

 瞬間、キリトが動いた。
 突き出された右手から迸る、幻惑系範囲魔法の目晦まし呪文の黒煙。

 そこからの一瞬の動作は、まるで写真に切り取ったように俺の記憶に焼き付いた。


 ―――横から聞こえる、短いリーファの悲鳴。

 ―――叫ぶユージーン。唱えられる解呪スペル。

 ―――走る赤い光に、切り裂かれる黒煙。


 そして。

 「まさか、あいつ、逃げ…」
 「そんなわけない!!!」

 力強い、リーファの叫び。
 そうだ、その通りだ。

 (……あいつは、逃げない!)

 『勇者』は、決して逃げないもんだ。
 少なくともお姫様を……皆を、助けるまでは、決して。

 (そうだろ? キリトよぉ!)

 呼びかけは、空へ。
 俺の高すぎる《索敵》スキルは、奴の動きをしっかりと捉えている。

 空に輝く、最強の発光オブジェクト、太陽から突っ込んでくる、勇壮な一つの影。

 俺には見える。
 その手に携えられた、あの世界の『勇者』の証たる、二本の剣が、はっきりと。

 
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