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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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亡命者は姫提督

 結局、ヤンが提案したイゼルローン回廊制圧作戦は採択されなかった。
 作戦部の審査が通らなかったからではなく、帝国内乱が短期間終結の方向に舵を切ったからである。
 帝都オーディンの市街戦からオーディン上空の艦隊戦に敗北した反乱軍は、体制建て直しの為に兵を引いたが建て直しの時間を与える事無く帝国軍が各個撃破に動いた。
 この帝国正規軍の予想以上の動きは反乱軍も予想外だったらしい。
 その帝国軍を率いていたのはリヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン中将。
 青年時代のフリードリヒ4世の侍従武官というより放蕩仲間だったため不相応に重用され、「居眠り子爵」や「ひなたぼっこ提督」などと呼ばれた彼がまさかの覚醒をし、彼が率いる艦隊がオーディン上空の艦隊戦において烏合の衆だった反乱軍に的確な攻撃によって撤退に追い込み、アルテナ星域にてフェザーンからの傭兵艦隊を撃破し、レンテンベルク要塞攻防戦において反乱軍から要塞を奪還するという大功をあげたのである。
 これに刺激されたかのようにブラウンシュヴァイク公の私兵軍もクロプシュトック領に進軍し、平定に手間取るが鎮圧に成功。
 カストロプ家ではブラウンシュヴァイク公の私兵軍を撃退したにも関わらず、親族の一部が離反し帝国側につく事を表明し、旗色が反乱軍不利の色合いが強まった時、帝国正規軍が本格的討伐に乗り出してきたのである。
 キフォイザー星域において、リッテンハイム侯40000隻とミュッケンベルガー元帥率いる帝国正規軍60000隻が衝突。
 帝国正規軍の完勝の報告が同盟に届いたのはヤンが回廊制圧作戦を提案した四ヵ月後の事だった。
 
「先行する駆逐艦より報告。
 前方偵察衛星に反応。
 戦隊規模の船団と予想されます」

 緑髪の大尉の報告にヤンは現実に戻り、モニター向こうの宇宙に思いを馳せる。
 反乱軍の敗北が決定的となって、同盟には空前の亡命者ラッシュが発生しているのだった。
 これを取り締まるのがヤン達の任務だった。
 元が貴族でも今は逃亡者である。
 秩序が残っているならばまだしも海賊化して同盟内で暴れまわるなんて事は結構ある事だったのだ。
 そんな訳で、イゼルローン回廊出口に出陣したビュコック大将率いる第五艦隊はその対処に追われていたのである。
 そこに新型巡航艦ラトの艦長としてヤンが出張っているのは、

「あれは後ろにおいていたら、その事を良い事になまけてしまう」

 というヤンをとても良く知っているキャゼルヌ大佐のおせっかいだったりする。
 もちろん、そんな先輩に対する嫌味を心の中で唱えてからこの任務についたのだが、ビュコック大将は兵卒から大将に上り詰めただけあって人使いがうまい。
 ヤン自身気づいて見たら真面目に仕事をしている自分に愕然として、適度に怠けようと決心するぐらい。

「第一種戦闘態勢発動!
 敵勢力は、隊で対処できるレベルではないと判断!

 反転し、集合ポイントに向かう!
 各艦に伝令。
 偵察隊司令部に緊急伝もだ」

 今のヤンは巡航艦艦長だけでなく、分隊として駆逐艦100隻を預かり、3000人程度の人命を背負っている。
 彼の間違いがそのまま人命の喪失に繋がるのだから、因果な商売だと海賊化したした帝国軍相手に喪失艦を出した時に吐いたトラウマはいまだ残っている。

「駆逐艦より続報です。
 敵部隊発見。
 規模は戦隊規模で超大型艦1、大型艦十ないし二十、中型艦百、小型艦多数。
 更に増えています!」

「こりゃ、団体さんのお着きですなぁ」

 副長のラオ少佐が軽口を叩くが、そうでもしないと圧倒的不利に怯えてしまうからに他ならない。
 戦ったら、この分隊などあっという間に宇宙の塵に変わる。

「全艦戦闘態勢を維持しつつ後退。
 副長。
 偵察衛星を用いて、通信を試みてくれ」

「通信ですか?」

 ヤンのおちついている顔にラオ少佐にも少し心の余裕が戻る。
 偵察衛星から送られている画像を眺めながら、ヤンは頭をかきながら答えた。

「この状況で帝国正規軍が攻めてくるとは思えないし、海賊化しているならばもう偵察衛星は破壊されているよ。
 で、これだけの規模を維持してこっちにやってくるという事は、大物貴族に間違いがない。
 おそらくは亡命を申請してくるはすさ」

 ヤンの予想はあたっていた。
 ほどなく、向こうからも通信が届き、亡命を申請する旨が伝えられたのである。
 亡命者の名前は、エリザベート・フォン・カストロプ。
 反乱軍の巨頭カストロプ公爵のご令嬢で、帝国軍ただ二人の女性軍人の一人でもあった。



 エリザベートの乗艦であるイズンは艦隊母艦であったが、動く宮殿という規模を通り越して動く領地と言ってもいいしろものだった。
 艦隊母艦は、その大きさと整備補給能力の高さから必然的に都市機能が付属するが、権勢を誇った帝国貴族が贅を尽くした艦隊母艦ともなると、ダンスホールや談話室など貴族の家と見まごうばかりの施設があるだけでなく、彼女が食する食料生産プラントにワイン園まであるというのだから交渉の為に乗り込んだヤンは苦笑するしかない。
 周囲に同盟艦船がまだ集まっていないのにも関わらず単身でヤンが乗り込んだのは、相手の信頼を得る為とこの状況でヤンを殺したり人質にしても意味がないという打算の産物だった。
 なお、個人的趣味を言うのであるならば、ご令嬢の口から帝国内で何が起こったのか知りたいという知識欲がなかったといえば嘘になる。
 もちろん、彼の上司が彼の歴史好きを見抜いて、「学術的な事を聞けるのではないか?」なんて餌に簡単に食いついたからなのだが。
 ヤンがイズンに乗り込んだ時に銃を構えた帝国軍将兵と共に出迎えたのが、メイド姿の緑髪の女性であった。

「ヤン中佐。
 お待ちしておりました。
 お嬢様の所へご案内いたします」

(……帝国内で、回収されたアンドロイドが使われているという話だったが、どうやら本当らしいな……)

 フェザーン経由で青髪のダウングレード版が輸出されているのだが、目の前にいる彼女は同盟軍が使っている緑髪のアンドロイドである。
 人的資源の消耗を抑える為に大量投入されているだけあって、その消耗も毎年万単位で宇宙に消えている。
 その1%が回収されて記憶を消去した上で再利用に使われたとしても100体。
 大貴族の見栄に相応しい飾りだろう。
 緑髪のメイドに案内されながらヤンは艦内を歩く。
 もちろん、青髪のメイドも数多くいるが、艦隊母艦として見るとヤンが知っている同盟軍の艦隊母艦に比べると人間の比率が少ない気がする。

「この船はカストロプ家の別邸みたいな者ですから、信頼できる者しか乗せませんの」

 ヤンの考えている事を見透かしたらしく、緑髪のメイドが口を開く。
 それは、大貴族といえども亡命において信頼できる身内は少ないと暴露したも同じたったのだが。

「中佐の考えているとおりですわ。
 この船団の主な船は自動航行および私達が運行しておりますの」

 落ち武者と化した帝国貴族に人間が暖かい訳が無い。
 それを見越して人間を排除した上で、戦力としての艦艇を切り札にここまで船団を維持したとしたらこのご令嬢相当の切れ者である。
 そんな事を考えていたヤンの前に、帝国軍服を着た男性軍人が現れて敬礼する。

「ようこそ、いらっしゃいました。
 私はベンドリング中佐。
 エリザベート様に仕える者として、この船団の運営を任されています。
 どうぞ同盟公用語でお話ください」

「自由惑星同盟第五艦隊所属のヤン・ウェンリー中佐です。
 亡命とそれに伴う連絡担当として艦隊司令部より派遣されました。
 よろしくお願いします」

 叩き上げと言うよりも貴族軍人にある品の良さと、メイドに出迎えさせてからの出迎えなどの権威づけを考えると馬鹿ではないらしい。
 後で知ったが、彼は男爵家の三男で帝国内で大貴族の陰謀に巻き込まれた所をカストロプ令嬢に拾われたらしい。
 帝国は領地を持つ貴族の私兵がいる為に正規軍人は重宝される。
 ある種の陪臣扱いで軍籍は残るが軍内昇進は絶望になるが、軍人の方も貴族の庇護が受けられるからこのようなケースは往々にしてあるらしい。

「今だから言えるのだが、貴国が作ったこの人形が無ければ我らはここへはたどり着けなかっただろうな」

 ベンドリング中佐の同盟語を聞きつつどうも彼が馬鹿でないと評価を上方修正しながら、ヤンはカストロプ令嬢との謁見前の打ち合わせを行う。
 既に、これまでの会話で舌戦による砲火は烈しく交わされているのだった。

「確認したいのですが、この船団の最上位者はカストロプ令嬢でよろしいので?」

 ヤンが序盤の焦点となっているカストロプ令嬢の身分について尋ねる。
 彼女が『軍人』としてなのか、『貴族』としてなのか、あるいは両方なのかで扱いが大きく変わるからだ。
 それを分かっているからこそ、ベンドリング中佐は徹底的にその位置づけをごまかす。

「この船団はエリザベート様の物でございます」

 今までの会話の中で、彼が船団の『運営』をしていると言ってカストロプ令嬢の意思を明らかにしていない。
 これでカストロプ令嬢に会えなかったら彼女は既に死んでいて、実際はベンドリング中佐が死んでいる彼女の命に従っているふりなんて事態も考えられるからだ。
 なお、カストロプ令嬢が『貴族』としての立場で来るのならば、その建国の歴史から同盟での立ち振る舞いはかなり厄介になる。
 後腐れを考えなくていいのならば、『軍人』としての亡命をして欲しい所なのだが、長く財務尚書を務めていたカストロプ家の権勢は同盟にも伝えられており、フェザーンにあると噂されている隠し財産などを主張するならば彼女はいやでも『貴族』の立場を崩せない。

(なるほど。船団を手放さない理由がこれか。
 銀河帝国の予算を長年掠め取っていたのが本当ならば、その隠し財産は星系政府数年分に匹敵するだろう。
 それを主張するために彼女は貴族でなければならず、それに伴ういろいろな厄介事から身を守る為なんだろうな)

「では、カストロプ令嬢にお会いしたいのですがよろしいですか?」

「もちろん。
 その為に来ていただいたのですから」

 ヤンの言葉にベンドリング中佐は重厚な部屋の前で立ち止まり、緑髪のメイドがそのドアを開けた。

「ようこそ。
 歓迎しますわ」

 豪華絢爛なドレスに身を包んだまさにお姫様がヤンを出迎えたのだった。 
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