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或る皇国将校の回想録

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第二部まつりごとの季節
  第四十話 独立混成第十四聯隊と将軍達の憂鬱

 
前書き
馬堂豊久中佐 独立混成第十四聯隊聯隊長

大辺秀高少佐 独立混成第十四聯隊首席幕僚

米山大尉    独立混成第十四聯隊 副官

石井少佐    独立混成第十四聯隊戦務幕僚

山下大尉    独立混成第十四聯隊兵站幕僚

長山大尉    独立混成第十四聯隊人務幕僚

芹沢大尉    独立混成第十四聯隊訓練幕僚

香川大尉    独立混成第十四聯隊情報幕僚

秋山大尉    独立混成第十四聯隊剣虎兵幕僚

鈴木大尉    独立混成第十四聯隊砲兵幕僚

 

 
皇紀五百六十八年 五月三十日 午前第十刻
独立混成第十四聯隊本部官舎 幕僚執務室
聯隊首席幕僚 大辺秀高少佐


「聯隊長殿は明日、粟津に行くのですよね?」
 訓練に関する考課を取り纏めながら兵站幕僚の山下大尉が呟いた。
「そうだ。 まぁ、所用と往復で二日程空けるだけだから特に我々の職務が滞る事はないだろう」
 馬堂中佐が行うべき聯隊長としての職務は膨大なものであった。だがそれを滞らせた事はなく、武勲はあっても経験の浅い若者に聯隊長を任せる事に懐疑的だった者達も(少なくとも平時の)能力を疑う事は無くなった。
 この辺りは兵部省と軍監本部を若くして経験していただけの事はある、といえるだろう。現在も事務を片付けたら即座に各部隊の訓練状況の視察に出ている。聯隊長がこうした事に積極的なのは、幕僚教育で叩き込まれた事の一つであるし、本人が聯隊麾下の将校達から信を得る事に熱心だからでもある。

「幸い訓練計画は順調に進んでいる。砲兵隊は順調そのものだ。導術利用に慣れた衆民将校が多数を占めていて助かるよ、将家の連中となるとどうしても使い渋るからな」
と鈴木砲兵幕僚も頷いた。彼もまた衆民出身であり、砲兵と導術の親和性に着眼し運用研究に携わっていた将校の一人であった。

 人務幕僚の芹沢大尉が頷く。
「連隊全力の訓練にも間も無く漕ぎ着けられる。来週中には他兵科部隊間での共同訓練に取り掛かる事が出来る」

それを聞いた山下大尉が笑みを浮かべ
「ま、聯隊長殿はまだお若い。順調だからこそ我々が補佐しなくてはならん。
肝心な処で転んだら話にならないぞ?」と云った。


「まぁ、そうは云っても実戦となると〈帝国〉とやりあった経験があるのは
連隊長達――第十一大隊の生き残り達だけですけどね」
情報幕僚の香川大尉が呟いた。

「・・・・・・それは言うなよ。」
戦務幕僚の石井少佐が苦笑する。

「まぁ、だからこそ今は訓練ですよ。それに全てが順調とも云えません、第二大隊の一部で訓練が遅滞しています。本部鋭兵中隊から人員を入れ換えた方が良いかもしれません。このままでは、来週から鉄虎大隊と共同で夜襲の訓練を始めるのは難しいです」
訓練計画も担当している人務幕僚の芹沢大尉が提案するが

「本部の護衛を任せるのは論外だ。ならば外に出す方が良いのではないか?
その辺りは聯隊長殿が判断すべきだ、戻るまで待った方が良いだろうと思うがな」と石井少佐は首を横に振った。

「鉄虎大隊は聯隊の切り札になりうる打撃力を有している。
多勢相手だと彼らが如何に奇襲を成功させるかが鍵になる事も多くなる。
夜間共同行動を重視するのならば訓練についていけない連中を受け入れる余裕はない。
共同訓練の前になんとか解決してもらいたいところだな」
 と剣虎兵幕僚の秋山大尉も意見を述べた。彼は衆民出身であるが、剣虎兵学校の教官を務めた経験もある、昨年は捜索剣虎兵中隊を率いて東州の匪賊討伐を経験している最古参剣虎兵将校だ。連隊鉄虎大隊の長である棚沢少佐も以前の教え子らしく本来ならばとっくに中佐にでもなっているべき将校だ。
「首席幕僚殿は如何にお考えですか?」
 困ったものだと言いたげに芹沢大尉が大辺へ話をふった。

「――そうだな、私としては第二大隊には当面のまま、訓練計画を消化してもらうつもりだ。
追加の訓練でどうにか仕上げるべきだと思う。だが早期に解決するのならば手っ取り早く問題になってる部分を挿げ替える事を進言すべきだろう。
まぁ、決めるのは聯隊長殿だ。場合によっては外と入れ替える事もあるかもしれない。
我々は聯隊長殿の構想を実現させる手段を構築するだけだ。その為にも聯隊長殿の判子待ちの書類を増やそう――聯隊長殿の御帰還を歓迎せねばならないからな。」
 大辺が薄い唇を歪めると執務室に忍び笑いが響いた。



同日 午後第四刻 独立混成第十四聯隊 聯隊本部官舎 聯隊長室
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久中佐



 訓練概況の視察から戻った豊久が執務室に戻るとまず目に入ったのが未決の棚に詰まれた書類の塔であった。

  ――あれれ、おっかしーなー.午前中の内に片付けた筈なのにまた戻ってきたら随分と量が増えている気がするヨ?

 などと豊久は頬を引き攣らせているが、これは彼が選抜した将校団の課題処理能力の産物である。
もっとも、彼らを統括する以上は、豊久も彼らの能力を活かすためには相応以上の苦労が伴うのは必然であった。
 ――粟津から帰ってきたらまた山脈が出来ているんだろうな。
 脳裏をよぎった光景に新編部隊の聯隊長は少しばかり心が折れそうになった。

「この書類を片付けなくては死ぬんだ。
この書類を片付けなくては龍州あたりで死ぬんだ。
この書類を――よし。」

挫けそうになる心を厭な現実以上に厭な未来を突きつけて建て直す。
 ――なんか内地に帰ってきてからこんなのばかりだな、と言うか帰ってきた途端に手紙の山だったし。
まぁ、戦時の佐官なんてそんなものか。まったく、碌なモンじゃない、軍人とは予算不足を愚痴りながら演習計画を練ったり辺境警備したりするものだろうが。

 脳内で愚痴りながら書類山脈を崩さないように書類に目を通して判子を押す。

「やっぱり問題は第二大隊か・・・。」
 鋭兵――施条銃を全員が装備している事は嬉しいのだが――どうにも将校を含め、経験不足の者が多い。
 付随している幕僚達の提案書に目を通す。第二大隊の一部を入れ替える提案が記されている。
「彼らがここまで言うって事は相当なんだろうな」
 彼らの能力を聯隊長である馬堂中佐は当然のように把握している。
 ――無能な者は一人も居ない、居るとしたら此処に座っている馬鹿者だけだ。
 そう自嘲するからこそ、彼は幕僚人事には神経を尖らせたのだ。
「確かに、適性の問題なら聯隊内で回せば分かるが――その時間もないとなると下士官の入れ替えが適当かな?
だが若殿様に初期の段階で随分と我儘を言ったからな――」
まずは長山大尉の意見を聞こうと首席幕僚と併せて呼び出す。

「間に合うように手配は出来るとして、この入れ替え案。君達は適当だと考えるか?」
「はい、聯隊長殿。自分は適当な処置かと。」
大辺首席幕僚が頷く。人務の長山大尉も間に合うのならばと頷いた。
「自分としては問題のある一部 将校の入れ替えも提案します。
勿論マシな者達ではないと困りますが」
 訓練幕僚として手を焼いているのか武山大尉が随分と大胆な提案をする。
だが、そうだな、それも一つの考えだ。

「下士官だけではなく、将校も入れ替えるのか?」

「――どうにもならないのは居ますからね」
 副官の米山も苦笑いを浮かべて呟いた。
「あぁ確かに――この部隊は新たな運用法の確立も目的の一つだから余計に前例主義者は性質が悪いからな。相分かった、それでいく。」

 ――可能なら都護の常備が良いな、前線に出ない癖に練度は高い。都護鎮台はこの国の真の近衛なんて冗談まじりで言われる部隊だ。練度は折り紙つきである。

長山大尉に書面の製作を命じて執務に戻らせる。

「第一大隊は常備大隊だけあって問題なし、聯隊捜索騎兵中隊も元々練度が高い部隊だからさしたる問題はなし。
新設した捜索剣虎兵中隊の訓練は秋山大尉が直々の御指導を賜っている、か。
――西田達にも苦労してもらうか。」
 鉄虎大隊の訓練に関しては、幸い問題は起きていなかった。新設した第四鉄虎中隊に第十一大隊の生き残りを基幹として配置したのだが、秋山大尉をして感嘆する程の速度で練度が上がっている。
剣虎兵幕僚として配属されている秋山大尉は新城が剣虎兵学校教官をやっていた時の同僚で馬堂中佐が新城少佐に砲兵将校と幕僚の推薦をした際に礼代わりに推薦した男であった。
「聯隊砲兵大隊も遅滞なし、か。導術観測に頼りきりなのが心配だが・・・その按配も含めて俺次第かな。」
 元々砲兵幕僚の大山大尉は龍火学校を優秀な成績で卒業しており、富成中佐が推薦したほどの人物である。彼の指導の下で練度が上がらない筈がない。
 ――よしよし、こんなモノだな。

「後は若殿次第――いや、参謀部の人達次第か。」
 思わず溜息が出る。
 ――正直、心配になるくらいに駒州鎮台は“古き良き諸将時代”の慣習を残している。
 司令部は特にその度合いが強く、参謀達の大半が駒州公爵家臣団・領民――優秀ならば位階を持たずとも挙用する事も諸将家時代からの慣習である、今もなお最精鋭の立場を保つ所以の一つだろう――である。
 ――なまじっか餓鬼の時分をから世話になっているからこそ分かるのだが、無能な者こそ居ないが万事は無常だ。あの場は旧き良き将家に過ぎる、若殿がこれからの戦争と向き合うには優しすぎるかもしれない――間違いを抱えたまま進んでしまう程に。


六月二日 午後第四刻 皇州 粟津内 駒州鎮台司令部官舎 司令官室
駒城鎮台参謀長 益満淳紀少将


 五十がらみの騎兵将軍は例の混成聯隊に関する書類に目を通すと思わず感嘆の言葉を発した。
「随分と念を入れてますな。」

「あぁ、本当に馬堂家の人間らしいやり方だ。自分が学ぶよりも誰が何を知っているのかを把握して人を使う」
 保胤も面白そうに人務表を見て云った。
「身に覚えはありますな。」
 敦紀も、彼の先達である豊長が猛牛の様に彼方此方に駆けずり回っていた時を思い出して言った。
怪しげな新設の憲兵隊に文武を問わず優秀な者を取りこみ、軍事警察へと鍛え上げる事で、兵部省の権威を形作るのに一役買っていた。

「練兵も順調なようだ、中佐は良くやっている。
実戦でも上手くやっていた事だ、これならばそうそう負けはしないだろう」

「閣下、何事にも欠点はあります。それに、こうした編成は実験段階です、過信は禁物です。
戦では時にただ一度の不覚で全てが菓子細工の様に脆く崩れるものです」
 ――単隊で多勢と渡りあえる部隊とそう言えば聞こえが良いが諸兵科連合部隊は時に酷く脆いものである。
例えば馬堂中佐が帰還後に提出した戦闘詳報にも記しているが、独立捜索剣虎兵第十一大隊が天狼会戦後の潰走時に尤も恐れていた事は騎兵砲の損失であった。
かの部隊が所有していた砲は僅か四門程度だが、その四門の砲が戦術上で多大な役目を負う事が前提となっていたからである。戦場で上手く主導権を握れば多勢を相手にしても渡り合えるだろうが――下手を打てばあまりにもあっさりと潰れてしまうであろう、と駒州鎮台参謀長は危惧しているのである。

「だからこそ、経験のある彼をあてたのさ。彼ならば上手く扱うだろう。」
 保胤も真摯に頷いた。彼が新任少尉だった東州内乱時には益満少将が直属の中隊長だった。篤胤からも武人として厚い信頼を寄せられており、保胤もまた同様の信頼を寄せている。

「はい、閣下。ですが何事も限界はあります。彼にも、我々にも」

「そして<帝国>にも、だな。
どうにかして〈帝国〉軍の限界まで此方を保たせなければ。軍監本部もどうにかして取り纏める必要がある。どうにかして堂賀准将の一派を抑えたいところだが是々非々の一点張りだ、執政殿と同じで掴み所がない、今のところは協力的だからまだ良いのだが」
 算段をたてている保胤の顔には疲労の色が濃い、皇都と司令部の往復を繰り返し、軍務と〈皇国〉としての国防方針を取り纏める為に奔走しているからだろう。

「――軍監本部は来冠を八月以降と見ているようだが、馬堂中佐はもっと早いと考えているようですな」
 元々、早期に戦力化を行える様にしていたが聯隊長は更に戦力化を急がせている。
「五〇一大隊も強引に人を集めている。君の息子――昌紀大佐も何か企んでいるらしいじゃないか。若手が活発に動いて居るのは健全で結構なものだ。面倒事に対する工夫は将校に求められている事の一つだよ」
 時代を担う者達が保胤は微笑を浮かべるがその笑みには憂慮の色が濃い。

「・・・この時期に使える部隊を放逐する今の軍制に問題がある。いくら禁士隊が儀仗部隊としての性格が強いとはいえど、貴重な騎兵だというのに――いずれ正さなければなるまい、御国が御国として在る為にも」
 自責と自嘲の相混ざった声にも、その内容にも益満敦紀少将は何も答える事は出来なかった。


六月十五日 午後第六刻 葦原
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久中佐


「取り敢えず今日も特に問題なし、と。嵐の前とはいえ素晴らしき静かさだな」
 残業続きだったが久しぶりに暗くなる前に一日分の仕事が終わった馬堂聯隊長は大辺の勧めもあり、気分転換にこの駐屯地の町をぶらつく事にしたのだが、中々どうして目移りしてしまう。

「下手に兵達の溜まり場に、となったら無粋に過ぎるだろうし――」
 安手の店も嫌いではないが、兵達が気兼ねなく将校連中へ悪態を叩いているのを邪魔する事は粋ではない。それに安手の店を除外しても有望株はまだまだある。元々観光名所である羽倉湖や大戸山地に接した粟津は、穀倉・鉱山地帯である芳州と皇都を結ぶ〈皇国〉有数の街道に作られた宿場町から発展した街だ。

 更にその粟津も手頃な行楽地として発展し、その中継地として葦原など幾つかの街もそこそこの規模をもつ宿場町となった。
またそれに並行して五将家を中心とした体制が確立され、皇都への侵攻路を抑える為にもこうして駐屯地が周辺に作られると将兵達の需要に応え歓楽街の色を強くしながら更なる発展を続けている――とわりとどうでもいい蘊蓄を思い出していると聞き覚えのある声をかけられた

「お久しぶりです、馬堂大尉――失礼、中佐殿。」
おやおや。

「堂賀閣下の使い走りかな?――村雨中尉。」
 大店の店員風の装いをした二十代後半と云った面構えの男に向き直る。

「あまり階級をつけないで下さいよ。本気で職業妨害になりかねませんぜ」
 振る舞いが軍人らしからぬのも、口調が がらっぱち気味なのも職業柄当然である。
「ん、すまん すまん。ところでさ――晩飯食ったかい?」





 村雨中尉から渡された〈帝国〉に置かれていた在外公館からの調査書に目を通す。この書類にはそれなりの店の個室とその両隣まで借り上げただけの価値があったと馬堂中佐は軽くなった財布をさすりながら思った。
「――良く目を付けたものだな。」
 ――偵察部隊として実験部隊――水軍の名を使うのならば龍士隊だったかな?それを1000騎もまとめて運用するのか、大層なこった。

「昨年に届いた報告書だそうです、魔導院からの報告を聞いて情報課の資料室から慌てて探し出したそうで」
 ――不味いな。捜索・伝令でこいつを使われると導術利用の優位である即時性が消滅とは言わないがかなり揺らいでしまう可能性がある。いや、あるいは――
 脳裏で光帯の無い世界の知識を引っ張り出そうとしながら尋ねる。
「――この部隊が鎮定軍に編入された事は確かなのか?」

「北領に導術使用の際に使われる――術波でしたかね?兎に角ですね、翼竜のそれが大量に感知されたそうです。
そこらへんは詳しくないのですが魔導院の術士が太鼓判を押しているのだから間違いないかと」
 ・・・・・・泣きたくなってきた。

「あと、おまけですが、良い知らせと悪い知らせがあります。
どちらを先にしますか?」
村雨中尉――特設高等憲兵隊の私服憲兵が不敵な笑みを浮かべて云った。
「――飯を先に済ませたのは正解だったな。」
 胃が痛む話になりそうだ・・・。



六月十八日 午前第十一刻 兵部省大臣官房総務課執務室
大臣官房総務課理事官 馬堂豊守准将

「お忙しい処、失敬する、理事官殿。時期を見計らおうと思もったのだが、どうも何時もお忙しそうだからな」
 軍監本部情報課次長である堂賀准将はそう云いながら椅子に体を預け、細巻をふかしている。
「次長自らとは珍しいですね。大臣用の文書ならもうそちらの参謀も目を通した筈ですが」
 先任であり、年も上である堂賀相手ゆえ、階級は同じでも豊守の口調は至極柔らかいものであった。
「あぁ、官房総務課――陸水両方の高官に通じている貴官に相談したいことがあってね。
まぁそれは後にしよう、それにしても着任早々に随分と大仕事を熟したものだね。〈皇国〉陸軍の主力を集結させるとはそれこそ〈皇国〉初ではないかな?」

「えぇ御蔭様で仕事には困ることだけはないですな」
 陸軍・水軍の各部局との調整だけではなく、それを予算認可権を握っている衆民院・大蔵省天領の行政を担っている内務省を相手に交渉を一手に担っている部署である、その為、五将家の分家・陪臣のなかでも優秀な官僚組がそろって配属される。

「これは御存じだと思いますが後備の動員は中々通らないのですよ、常備の完全動員すら完了してない鎮台がありましてね。
国費を用いて後備の動員をするには鎮台の努力が不十分だとゴネておいででしてね」

「宮野木や安東とっては自腹で兵員の動員なんて御免だ、というのが本音なのだろうな」

「あるいは守原も、駒城とて本音は戦時体制なんて御免ですよ、これから戦後は戦後で軍制改革に手を付ける必要がありますね」
――戦後があればの話だが。
双方ともに脳裏に過った苦味に満ちた言葉を飲み込む。
「――あぁ、そういえばそちらのお仕事は如何でしょうか?」

「御蔭様で裏方街道をまっしぐらだよ」
 そう言い、くつくつと笑う姿はまさに軍監本部の怪人と評されるに相応しいものである。
「とはいっても、海外を相手にするのはどうも不得手でしてね。どうも同業の者に押されておりまして――本音を言いますと先達である貴方の御父君に叱られないかと思うくらいです」
台詞と並行して堂賀の口許に常に浮かんでいる笑みにも苦味が混じる。

「責めはしないよ。それは導術を厭った祖先の責だ」
 将家達が導術を厭う過去に囚われていたからこそ魔導院の隆盛は必然であった。
「だからこそ、私は闊達な導術利用がいかに厄介なモノか父から聞いている。それはおそらく豊久も同様だろうな――連中にもそれを思い知ってもらはねばならんな。」

「成程成程、確かにそうであってくれなければ、世は不公平にすぎないな。」
 堂賀も猛禽類の如き笑みを浮かべる。
「それでこたびの要件だが――〈帝国〉軍が大量の翼竜を北領に置いた話は聞いているかな?」

「いえ、初耳ですね」
 堂賀准将が顔を歪めた。
「あぁそうか、矢張り――情報課長が止めているのか。」
 今の情報課長は――宮野木の者だったか。
「ならば、私が広めるのも良くないですね」

「私のクビを飛ばしても良いのならば広めていただいても構いませんよ。
その代わり五将家の閥をガタガタにするだけして去る事になるがね」


「それは剣呑だな――首席監察官に防諜室長、随分とネタをため込む事ができたようだな?」

「そうで無ければ此処に居られないのはお互い様だろうな。
――そもそも、服務規程違反をする連中が多過ぎるのが問題だよ」
豊久には元上官として見せられないだろうがこの男も苦労しているのだ。

「まぁ、そちらを追及するつもりは更々ありませんよ。それよりもその龍の件を聞かせてくれませんかね」



「1000騎もの龍士か。」
 資料に目を通すと疲労感が肩にのしかかってきた。
 ――年だな、こんな事で弱るとは情けない。

「直訳するなら竜兵かな。まぁ、どうでもいいことだがね。
対応を練ろうにも何をしてくるのかも分からんからどうしようもない。
ただ、偵察・伝令に使われるだけでも厄介極まりない事だけは確かだ」
 二本目の細巻から立ち登る紫煙を眺めながら情報課参謀が云った。
「それは確かにそうですな、なにしろ情報は鮮度が命だ。だがどう使われるかは、出て来ない限り分からない」

「――情けない話だが、陸軍単独では国外の情報網が貧弱に過ぎる。
水軍や魔導院とも協力関係を結ばないとまともな敵情が入ってこない。我々の情報網は国外となると駐在武官を基軸にしたものくらいしかおいていなかったからな」
 短くなった細巻を揉み消しながら陸軍情報関を実質的に取り仕切っている男がぼやく。
「まぁ、元々は私服憲兵から発展したのだ、致し方あるまい。
その点も戦後の課題の一つだな」

「そう言ってくれるのは有難いよ」
皮肉げに肩をすくめる。
「あぁ、――そう言えば御子息は随分とがんばっているようですね。その竜兵の資料を持たせて送った者に宜しく伝えてくれと云っていたそうだ――あれも随分と損を被ったものだ」

「引きが悪いのは確かですな。侵攻が後一年遅かったら随分と様変わりしていたでしょうに。
本当なら私は彼をこちらに呼び戻すつもりでしたがね」
 ――1年、 かそれだけで随分様変わりするものだ。いや、1年をそれだけと考えるのは年寄りだけか?
「あと一年――遅れていたら私もまだ楽だったでしょうな」
 豊守の酷く実感のこもった言葉に堂賀も同情的な視線を向けた。
「まぁ、どちらにせよ我あれは正面からの戦争に関しては口出し出来ん。
だからこそ彼方此方で耳を澄ませているのだからな――外からも内からも碌でもない連中が湧いでてくるものだからな」
そういう堂賀は常の不敵な笑みに戻っている。

「まるで、腐りかけの肉ですな――笑えない話だ。それで、貴官には何か聞こえて来るのですか?」

「無論、色々と聞こえてくるさ。大半はどうでもいいことですが、選り分けて考えるのが我々の役目――と、まぁそんなことは理事官殿も同じことだな」
「そうですね、そしてそれらの工程を経た結論としては、それは豊久と話している時についた癖ですな」
と豊守がにやりと笑い、堂賀も然り、と笑って答えた。
「御察しの通りだ、とそれはともかくだ。不可解な事があってね・・・」

「ふむ、不可解とはどのような事でしょうか?」
「あぁ――恥を晒すようで中佐には言わなかったのだが――」
 そう言いながら言葉を濁す。
「連中、侵攻を考えていると思えない程にこの国で聞き耳をたてる者が少なかったのですよ。
我々が把握できぬ程、向こうが上手なのか、と悩んでいたことも有ったくらいに」

「――ほぅ」
「我々も何度か〈帝国〉諜報総局の狗を捕らえた事があったのだがね。彼らが探っていた事も基本的にはアスローンとの通商情報が中心で、とても此方の軍情を探っているとは思えなかった」
 そう云ってがっしりとした顎を掻く。
「我々が舐められていたのかもしれませんな」
二人で深い溜息をついた。
 なにしろこの現状ではそれを反論出来る材料は殆どないのだから・・・・・・。




 
 

 
後書き
土日に時間を見て登場人物一覧に五〇一大隊と第十四聯隊の項を追加します。

独立混成第十四聯隊編制

聯隊本部中隊

聯隊鋭兵中隊 聯隊短銃工兵中隊 聯隊騎兵中隊

聯隊輜重大隊(輜重四個中隊・糧食中隊・療兵中隊)

聯隊砲兵大隊(平射砲二個中隊・擲射砲中隊)

聯隊鉄虎大隊(4個鉄虎中隊)

第一大隊(銃兵・尖兵・軽臼砲装備)

第二大隊(鋭兵・軽臼砲装備) 
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