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1話
  1話 リンネ 3

体を揺すられていることに気付き、ゆっくりと意識を覚醒させていく。薄目を開けると光が入ってくるが、ここには換気用の小窓しか無いので日の光ではない。誰かが電気を付けたらしい。

ぼやけた目で体を揺する人を見つめ、頭らしき所に手を伸ばすと軽く撫でてやった。

「おはよう柚子葉、いつもすまんな。」

既に日課となった挨拶をし、のそりと体を起こす。手はまだ柚子葉の頭を撫でている。

「おはようございます隆明君。ところで何故私は頭を撫でられているのでしょうか?」

「なんとなくだ気にするな。しかし今日も髪はふわふわだな……頭から鳥の卵が取れたりしないか?目玉焼きを飲みこみたい気分なんだ」

「何言ってるのか分かりませんよ?まだ寝ぼけているんですか、相変わらず朝には弱いんですから……ほら、早く起きないと遅刻しますよ。学園に住んでるのに今月は既に二回してるわけですし、先生も流石に怒ってます。」

ゆさゆさと体を前後に揺すられるが、力の弱い柚子葉のそれはむしろ眠りを誘発させるにはちょうどいいものであった。

「あぁ、目の前がゆらゆらするな。これは大変だからおやすみ。」

「きゃっ!た、隆明君?!早く起きてくださーい!」
目の前にいる柚子葉に抱きつき、そのまま布団へと倒れ込む。いい匂いのする柔らかい抱き枕に、俺はこのままもう一度眠りに。

「寝ぼけてねーで起きろ隆明、こんな光景朱里が見たら殺されるぞ?」

顔を誰かに踏まれ、悪臭が鼻をつく。まどろんだ意識は一気に引き戻されてしまった。

「おはよう佑介……お前の足の臭いは強烈だな。今後目覚ましにするから柚子葉に預けといてくれ。」

「寝起きから酷い一言ありがとうよ。とりあえずそこで真っ赤になってる柚子葉には謝っとけよ?俺はもう行くからな」

わざわざ俺の顔を踏みにきただけなのか、そのまま踵を返す祐介。

腕の中にいる柚子葉に視線を移すと、トマトのように顔を真っ赤にして固まっている。軽く背中を叩いてやるが、微動だにしない。途中からからかい混じりだったのだがやりすぎたと反省。

手を離してやると慌てて俺から離れ、胸元を押さえ深呼吸をしていた。

「おい佑介。」

「なんだよ。」

役目は終えたとばかりに出ていこうとする佑介に声をかけると、ゆっくりとした動作で振り返りつまらなそうな顔をこちらへ向けた。

「靴下置いてけ。」

「嫌に決まってんだろうが!自分の靴下でも顔に乗っけて寝てろ。」
力強く物置のドアを閉め、ついで重い音が外から響き渡った。朝から冗談の通じないやつめ。

「今度こそおはよう柚子葉、すまんないきなり抱きついたりして。嫌だったろ?」

「い、いえ、大丈夫ですよ。隆明君が朝に弱いのは知ってますし、既に二年近くやってることなのでこういう事も何度かありましたし。」

そう言いながらも赤くなった頬を両手で押さえ、視線の定まらない柚子葉。うーむ、相変わらず初心すぎる反応に将来が心配になってしまうな。

「とりあえず行くか。そろそろ予鈴もなるだろうし。」

「うん。はい、隆明君。おにぎり作ってきたから食べながら行こう。」

カバンからラップに包まれた二つの大きな球体を渡される。時間に余裕がある時はこうやって朝飯まで用意してもらえるのは俺にとってとてもありがたいものだ。

「すまんな、いただきます。」

頬張りながら一緒に屋上を後にする。着替える必要もないし、荷物は教室へ置きっぱなしなのでおにぎりだけを持って階段を下りていく。

おにぎりは薄めの塩で中に練り梅が入っており、俺好みの味だった。流石は10年近く続く幼馴染、
色々と把握してもらえているのはありがたい。

「おいしい?今日はちょっと味が薄いかと思ったんだけど。」

「いや、美味いよ。寝起きだしこれくらいの薄さでちょうどいい。」

「それは良かった。また作ってくるね。」

「おう、サンクス。いやはや、柚子葉はいい奥さんになるだろうな。」
柚子葉の頭を撫でてやる。べとべとするのでもちろんおにぎりを触っていないほうの手で優しく、ゆっくりと。

「そ、そうかな?」

俺の撫で撫でを振り払うことなく、優しい笑顔を向けてくる柚子葉。容姿端麗、気配り上手で料理も上手いとなると、やはり学園内で人気が出るのは当然である。先程から通りすがりの生徒から殺気のこもった眼で睨まれているのは仕方のないことだろう。

「お前ら相変わらず仲がいいな。だがここでイチャイチャするんじゃない、空気が悪くなる。」

職員室のある校舎から出ると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、白衣を羽織り、タイトスカートを履いた女性がこちらへ向かってきている。

ぼさぼさの茶髪を手櫛で整えつつ、もう片方の手は火のついた煙草を掴んでおり、眠たそうに欠伸をか
いていた。

「別にイチャイチャなんてしてないぞ?望ちゃん。」

「隆明君、先生に望ちゃんは……。」

苦笑いをしながら咎めてくる柚子葉を望ちゃんは一瞥し、こちらを見据る。寝起きもあるだろうが三白眼なので迫力が凄い。

「放課後なら望ちゃんでも構わんが今はちゃんと三間坂先生と呼べ、浅葱。」

煙草をふかし、煙を俺の顔に向かって吐き出してきた。

「げほっ……悪かったよ三間坂先生。てか生徒に向かって煙を吐くんじゃねぇよ。」

「そもそも職員室以外は禁煙ですよ先生。」

「堅いこと言うなよ笠井、先生ってのは意外と大変なんだからこういう息抜きがあってこそ続けられるってもんなんだよ。なぁ浅葱。」

馴れ馴れしく肩に手を回してくると、そのままヘッドロックへと移行され、ギリギリと締め付けられる。

「痛い痛い痛い!なんで俺が技をかけられないといけないんだよ。」

「朝っぱら当てつけるようにイチャイチャしてるほうが悪いんだよ。学校内では授業に励め、放課後なら何してようと構わん。それこそまぐわってようが私は何も言わん。」

「ま、まぐわっ?!せ、先生何言ってるんですか!」

「ん?アルファベット3文字で言ったほうがお前らにとっては良かったか?言葉一つで興奮の度合いも変わるしな。」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる望ちゃんと、ゆでダコのように顔を真っ赤にした柚子葉。ある意味いつもの光景である。

「ごめんなさい隆明君、先に行くね!」

顔を隠しながら猛スピードで坂を駆け上っていく柚子葉。普段のおっとりした態度からは想像出来ない程の運動神経だ。

「三間坂先生、こうなることを予想してからかったでしょ?何か用ですか?」

「よく分かったな。1時間目は欠席にしといたからついてこい。」

ヘッドロックを解くと、銜え煙草で校舎へと引き返す望ちゃんの後を追いかける。

2階にある保健室へと入ると、俺に椅子に座る様に促した。

「用というか話だな。お前最近“能力“を使ってるか?」

「……またその話ですか。」 
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