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形而下の神々

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10日間の小さな行軍記
  行軍3日目

 翌朝、清々しい顔をした俺と眠い目をこするグランシェは手早く朝食を済ませ、それぞれのパートナーと合流した。

「今日は随分と眠そうじゃないかグランシェ」

 行軍が始まるまでは自由な時間だ。
 久しぶりに見るグランシェの疲れた顔に、思わず話題をふってしまう。


「タイチの方は随分とグッスリだったようで」

 当たり前だ。昨日はグランシェとはかなりの距離を置いて寝たんだもの。

「……もしかして、グランシェはちゃんと寝てないの?」

 するとグランシェは隣に立っていた小さい女の子の頭をポンポンと叩きながら言う。

「コイツが昨日の俺の寝相について刻々と語ってきたからな。しかもかなり真剣な顔してさ。流石にタイチに悪いと思って」
「グランシェ…………」


 やっと気付いたのかコノヤロー。


「グランシェさん、あまり奴隷に触らないで下さい。私は大事な商品です」
「え、あぁごめんなさい……」

 すると、グランシェの隣に居た子が不快そうにグランシェの手を払いのけた。
 自分で自分の事を奴隷だとか商品だとか、変なヤツだ。


「たしかユイとか言ったっけ? 君、中々面白いね」

 にこにこスマイルは忘れずに、俺はその子に話し掛けた。

「な、何なんですか貴方達は。グランシェさんと言い貴方と言い、護衛中の奴隷に話し掛けるなんて非常識です」

 と、ユイがさも不快そうに言ったその時、行軍開始の声がかかった。


「だって暇なんだもん」

 ユイとやらに一言呟いて、俺とシュナウドは今日も歩みを進める。グランシェの方もそれなりに上手くやってるみたいだ。



「シュナウドさぁ、このアロン街道って同じ景色ばっかで飽きるよね」
「俺はこの景色が永遠に続いて欲しいけどな」

 ただ歩いているのも暇なのでシュナウドに話題を振ったが、振った話題が悪かった。
 ついつい忘れがちになってしまうが、こいつ等は今から売られに行くんだった。

「あ、ごめん……」
「気にすんな、タイチが良いヤツなのはこの2日間で分かってるから」


 シュナウドはこれから奴隷として、商品としてオリオリに売られに行くんだ。
 自分の足で自分を売りに行くんだ。

 そりゃあこのままこのアロン街道がずっと続いて欲しいとも思うよな。



 昨日と比べ先遣隊は3人、馬車の護衛は5人に減った。

 減った先遣隊の3人は例のダチョウの爪の垢になり、護衛のヤツは昨日逃げるとか言ってた傭兵だ。

 あのやろう、ホントに逃げんのかよって感じだ。責任感のカケラもありゃせんな。



「……なぁタイチ」
「ん、なに?」

 珍しく……もなくなってきたが、久しぶりにシュナウドから話し掛けてきた。

「お前は良いヤツだから教えるが、夕食を食ったらグランシェとかいう相棒と逃げろ」
「……何言ってんのさ」

 いきなり何の話だよ。

「まだ歩き始めて3日だ。休まず帰ればまだ何とか生きて帰れる」
「いや、そういう事じゃなくて……」

 今しがた、仕事を放っておくなんてあり得ない的な事を考えてたばかりだし。

「タイチ、昨日夜空を見たか?」
「……あぁ、見たよ?」

 いきなりの問いかけに少し驚いたが、取り合えず眺めた記憶はあったので正直に答えた。

 綺麗な夜空だった。東京でもニューヨークでもパリでも見られないくらいに美しい夜空を堪能できたんだ。

 なんて回想に浸っていると、全くトンチンカンな答えが返って来た。

「昨日の月は細かったんだ。もうすぐ、今日か明日には新月がやって来る」
「……それが何なんだよ」

 そんな事は判るが、シュナウドの意図が全くよく分からない。


「狼人は夜目が効く。俺達を襲うなら新月であるはずの今夜か明日あたりの夜だ」

 そのまま、シュナウドはあくまでも無表情で続ける。

「俺達奴隷はどうせ逃げれば殺される。だがタイチ達は違う。命を無駄にするなよ」

 コイツ……。

「ってバカか貴様は!!」

 シュナウドに愛の拳を!! と思って頭に振り下ろしたが普通に避けられた。

「ちびっ子のクセに何シリアスぶっこいてんだよ!! 『命を無駄にするなよ』とかジジクセェこと言ってんじゃないよ!!」

 ここで仕事放棄とか、世界一働き者で真面目な日本男子の名が廃る!!

「お前と違って俺達は仕事でここに来てるんだ!! シュナウドは逃げるチャンスが有れば逃げても良い奴隷。俺達は逃げるチャンスが有っても逃げちゃダメなんだよ!! 自分で受けた仕事には責任を持つのが大人なの!!」

「…………」

 シュナウド、ア然。

「……タイチ、凄いよ」
「……ドヤッ!!」

 俺は鼻の穴を膨らませて言った。この世界には無い価値観かも知れないが、それでも俺はこの考えを捨てる気は無いし、捨ててはならないとさえ思っている。
 少しおかしな話だが、この思考回路が、俺が現代に生きていた証しでありココでのアイデンティティだと感じているのだ。

 感じているのだが、シュナウドは全く理解してくれないみたい。

「ホント、タイチは筋金入りのバカだ。俺を含め、一部の戦闘奴隷は多分死なない。でも今回の傭兵の中でも本物のプロはグランシェとか言うオヤジを抜けばほんの一握りだ。狼人が本気で襲って来たら全滅だぞ?」

「フン、知らんわ!!」


 例え襲って来たとしても死んでたまるかコノヤロー!!
 しかしこの時、もし依頼主が御臨終したら逃げようと心に決めてたのは内緒の話。





 その夜はまだうっすらと月光で照らされていた街道で傭兵と奴隷達は眠りについた。


「なぁグランシェ、狼人の事なんだが……」


 俺はその夜、シュナウドから聞いた話や狼人が明日の夜は来るかも知れない事などを話した。これからどうするのかも話をした。

「俺はここで帰りたくはない。仕事はキチンとした形で終わらせたいんだ」

 俺は心のどこかでグランシェが帰ろうと言うのを期待していたのかも知れない。
 現に、もしグランシェが帰ろうと言っていたら俺には首を横に振っていた自信はない。

 が、俺が思いのたけを伝えた後のグランシェは、決して帰ろうとは言わなかった。

「良いね、その心意気」
 あろうことかヤツはニッコリと笑いながらそう言ったのだ。
 どんだけ修羅場を潜ればそんな顔が出来るんだよ。みたいな顔をしていた。


「だろ?」

 と、俺も負けじと余裕を見せて言うが、ヤバイ。なにげに脂汗出て来た。
 帰らないとしても戦闘は嫌だよなぁ……狼人とか知らんが戦いたくねぇし。

 つか、鉄パイプをダチョウの目玉に突き立てた時の感覚がエラく鮮明に残ってる。正確には自分から刺さって来たんだけどね。

 それにしても襲って来るのって、狼人って言うくらいだし狼なんだよなぁ……。

 巨大な狼とかだったらマジ勘弁だし。まだ食われたくねぇよぉ……お母ちゃ~ん!!



 なんて事を考えて一人で吹き出したりしている間に隣からは寝息。

 3日目の夜も無事に更け、俺はいつまでもうるさい自身の心臓とは裏腹に穏やかな呼吸で眠りについた。




  行軍3日目
    傭兵残り26名(死者3名・逃亡者1名)
    奴隷残り12名 
 

 
後書き
 お疲れ様です!
 もうとっくにご察しかと思いますが、そろそろ狼人との戦闘に成るのか……?

 は、後日のお楽しみです。が、狼人が登場するのは確かです。ここの所登場人物が多いので、分かりにくいかもしれませんが、どうぞこれからもご愛読ください。



 ──2013年06月10日、記。 
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