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剣風覇伝

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第十話「生還」

 俺は闇の中にいた。闇の中にいろんな感情が渦巻いている。俺はそれに翻弄されてただ、落ちていくしかできなかった。
 しかし、その闇の混沌の意識の底で俺は、一人の女性と出会う。
 女性は、背に六対の羽を広げて、まるで、その額にだけは遥か、天空から一筋の光が落ちていくようだった。その神々しい存在は、俺を優しく抱き上げると傷だらけだった自分の体はその光に癒されて、 もうどんな力も残されていないと思われた、俺の体には、新たな力が沸き起こる。
 女性は、そして今こそといわんばかりに自分を天へ捧げるように持ち上げた。
「さあ、勇者よ、いまこそ死の淵から甦れ!新たなる力によって大魔を打ち払え!」
 俺は、そして目覚めた。
 俺は、見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。
 そして、部屋に入ってきた若い娘がびっくりして悲鳴を上げた。
「きゃああああ!」
「え、な、なんだ?」
「おばあさま!あの方が!あの方が!」
 そういってお盆をひっくりかえしたまま、廊下を走って行ってしまった。
 すると、まもなく長老らしき老婆とあの若い娘が入ってきた。
「ほ、ほら、目を覚まされて、起き上がっているんです」
「お、お主、よく生きておったの、き、傷はもうよいのか?」
 老婆が驚きながら聞く。
「うん、おれは……ここはどこだ」
「おまえさん、胸に大きな穴が開いた状態で朝になるまで十字架に吊るされておったのじゃ」
「胸に穴?」
「そうじゃ、もう死んでおると思っていたがこの娘がまだ生きてるというので脈を診たらたしかに鼓動がはっきりあったので町中の傷薬を塗りたくり包帯でぐるぐる巻きにしておいたのだ。胸に穴の開いた人間の治療などしたことがなかったのだが」
「俺は、背中に六対の羽のあるとても神々しい女神に助けられたんだ。そのお方が俺を抱き起すと傷がみるみるうちによくなった。そして信じられないような力が体中にみなぎったんだ」
「六対の羽の女神?おお!天使があなたをたすけられたというのか?我らが救いたもう全能の神があなたに天の施しをされたのだ。あなたはここへ来るときに天馬に乗っておった。天馬など並みの人間が乗れるものではない。あなたには神が我が尊き主の加護があるのかもしれん」
「わたしは、そんなに信心深くはないのだが」
「選ばれしものは、おのずから天の望むことをする。だから神への信仰ではなくその行為そのものが神への祈りなのじゃよ。おぬしの思うところそれすなわち天の思うところというわけだ」
「神か、ほんとうに私は神に選ばれたのか?俺はあの者に負けたのだ、それもあろうことか、敵を前にして恐怖した」
「わしは、だてに年はとっておらん。恐怖を知らんものは真に強き者にはなれん。あなたは恐怖と敗北と死を一度に体験したはずだ。どうじゃ、あなたの心の中にまだ恐怖やそれらはあるか?」
「いや、妙に清々しい。それになんだかいままでにない力にあふれている」
それを聞くと老婆や若い娘はひれ伏した。
「な、なにをしている、やめておくれ」
「あなたは、救い主だ。我らのためにきっと何度でも蘇ってあの伯爵を打ち滅ぼしてくれる。わしらはこのときのためにいままで生きてきた。あなたは、あの伯爵を倒してくれるかい?あんな恐ろしい目にあってもまだわしらを助けてくれるかい?」
「おれは、あの伯爵というやつを許せん。あいつのそばにいる女たちはみんな、お前たちの孫か子であろう、あそこにいた全ての女たちは哀しみに満ちていた。この町を覆っているこの哀しみはすべて奴一人のせいだ。許せるものか!」
「我らにはなにができますか?」
「刀を作ってほしい。この町で作れる最高の物だ。すぐ町一番の鍛冶屋に会わせてくれ」
 三日たったあと自分の体を包む青い鎧と黒塗りの鞘に入った白く輝く刀、命名「星流れ」を携え、一番強い材料で作った弓と矢束を背負っていた。
「この鎧、つけている感じがせん。それにいやに軽い。どうなっとるんじゃ」
「それはここらで取れる青金と呼ばれる金属で作りましたのでそれにその鎧は、どんな動きをしても自由に決して邪魔をしません。タチカゼ殿の甲冑の技術とわしらの知恵の最高傑作です」
「ありがとう、わたしは刀だけでよかったのだがいろいろ世話になった」
「あの伯爵の一撃は、名だたる剣豪を一撃で屠ってきたのです、盾では防げない。だから鎧なのです。大丈夫、伯爵の剣を作ったのはわしらです。伯爵の剣はこの青金には勝てません。そういうふうにつくったからです。」
「伯爵は気づいてないのか?」
「気づいていません。これには自信があります。青金は、伯爵の嫌う銀を混ぜることによりとんでもなく強くなるのです。そしてそのことを伯爵は見抜けませんでした。なぜなら銀という金属には触ることさえできないからです。吸血鬼には銀は猛毒なのです」
あたりは、だんだん夜が明けてきて白み始めていた。
「もうじき夜明けです、明るい間が勝負ですね」
「ああ、夜明け前というのは一番暗いという。その間、城に忍び込む。屋敷には、多分いまい、あの伯爵はおもったよりずっと手ごわい。今頃は俺がいなくなったことを感じて、城の方に移っているはずだ。あいつも民衆の反乱はこわいはず」
「油断なされぬよう。伯爵は数百年ああして生きながらえてきたものです、いかに日の光が奴を灰にしてしまうとしてもです」
「わかった」
 タチカゼは指笛で天馬を呼んだ。
 空から舞い降りてきたのはあの雄々しい天馬だ。
「ふふ、こいつも賢いな。馬屋につながられたままではいなかったとみえる」
タチカゼが天馬に跨る。
「いいか、三日のうちに伯爵の断末魔が聞こえなければ、すべての未練を断ってここを離れよ。あいつは、昼の光が邪魔して追ってはこない」
「しかしあの屋敷や城にはわしらの娘が」
「娘もいまは吸血鬼なのだ。娘に自分をくれてやるのか?そんなことは娘たちは望んでおらん。いいか、三日だ、三日たってなにもなければここを去れ。いいな、その通りにせよ!」
 そしてタチカゼは夜明けの大空に飛翔した。
 
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