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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epic9その頃、主人公はひとり頑張っていました~TemperancE~

 
前書き
Temperance/節制の正位置/良い選択だ。自分らしくて、無理がない。何せ己の最善が保て、能力を有効活用できるのだから。

 

 
†††Sideルシリオン†††

海鳴市内を流れる明理川の底に沈んでいたジュエルシード。それを回収するために訪れた矢先、私が来たのが影響だと言うかのように発動。川の水が人の手のような形を取り、私に向かって伸びて来た。

――舞い振るは(コード)汝の獄火(サラヒエル)――

炎熱系中級攻性術式、サラヒエルを発動。私の頭上に展開されるのは、本来の私の魔力光サファイアブルーの色となった炎の魔力槍22本。

蹂躙粛清(ジャッジメント)!」

指を鳴らして号令を下し、一斉に降下させて迎撃。襲ってきた水の手に着弾させ、一瞬にして蒸発させる。

「あー、やっぱり楽だなぁ、固有術式を気にせず使えるのは」

いつもならなのは達の乱入を考えて複製や下級術式を使うんだが、これから3日、最低でも今日と明日の2日、乱入は無いと判っている。彼女たちは海鳴市郊外に在る海鳴温泉へ行ったことが判っているからだ。フェイトとアルフも同様。
問題はスクライア姉妹だが。信じられないことにアリサの家に厄介になっていることが判明した。海鳴温泉参加組の出発を確認するためにサーチャーとしての魔術、イシュリエルで昨夜から彼女たちの自宅を監視しているからだが。

(下手したらストーカーと同レベルだな)

まぁ、そのおかげでアリサの家に魔力を感じるハムスターとリス、変身しているスクライア姉妹が居ることが判ったんだ。まさかアリサもなのはみたいな魔導師にならないだろうな、とか心配だったが、リンカーコアが無いようだからそれはないだろう。

「川を丸ごと蒸発させた方が手っ取り早いだろうが、さすがにな」

意識をジュエルシードに戻す。船幽霊のごとく水の手をいくつも伸ばしてきて、私を川に引きずり込もうとしてくる。一定範囲内の川の水を蒸発させればジュエルシードを回収しやすいと思うが、魔力消費も結構あるため断念。

第二波(セカンドバレル)・・・装填(セット)

サラヒエルを再び22本と展開。号令を下して一斉に射出して迎撃。完全に途絶えた一瞬の隙を狙って、第三波を川に撃ち込んで流れに大きな穴を開ける。飛び散った川水はそれでも私を襲いたいのか、一度空に大きく伸びて、急降下しようとしてきた。

――捕らえよ(コード)汝の茨氷(ファキエル)――

焦ることもなく中級氷雪系補助術式、ついでに封印効果を付加したファキエルを発動。ファキエルは、地表に描かれた円陣から氷の蔦を数本と空に向かって伸ばし、蔦の表面から無数の棘を突き出して対象を貫き凍結させる、一種のバインドだ。
他にも蔦の根元や本体からも凍結効果のある冷気が放たれているため、対地対空の範囲を持つ。霜が降る中、川底を覗き込むと、凍結封印されたジュエルシードを発見。

「ジュエルシード。シリアルナンバー24、封印」

気持ち良く中級術式を使え、ジュエルシードも回収できた。うん、今日はまったくもって良い日だ。今日は朝からはやてが検査の為に大学病院に居るため、空いた時間が出来た私はイレギュラーナンバーの回収に努めている。今日は空き時間が続く限りイレギュラーナンバーのジュエルシードを回収するつもりだ。次のジュエルシードを回収するために飛行で移動を開始、ある程度離れたところで結界を解除。

(競争相手が居ないから楽だな。固有術式をどれだけ使おうとも私とバレない)

残りのイレギュラーナンバーは5つ。この2日で全部集めたいが、今の総魔力量では1日で最高2つまでだろう。ジュエルシード封印に苦戦して魔力の消費が激しければさらに減るかもしれない。が、やってやるさ。
この事件の中盤には管理局が介入してくる。クロノを相手にするのは避けたいからな。次の現場は少し離れたサッカーグラウンドの在る川原。確か、なのはの父、士郎さんが監督を務めているチームが練習試合をしていた・・・いや、する場所か。

「草むらの中だな」

――封牢結界――

封時結界に、結界外に脱出できない効果を追加した封牢結界を発動。封鎖結界ゲフェングニス・デア・マギーを使えば早いが、あれは古代ベルカ式の術式だ。この事件にベルカ式が介入したということにならないようにする為、ミッド式として新たに作る必要があった。
私固有の結界が使えればいいが、残念ながら私の持つ魔術の結界は創世結界だけ。新しく魔術の結界を作るよりも魔法の結界を作る方が早いし簡単だ、複製という基が在ることだし。

「さてさて。ジュエルシードはどこだ?っと」

ジュエルシードの気配に意識を集中させながら草の根をかき分けながら探す・・と、「見つけたっ」ポツンと落ちているジュエルシードを発見。そっと手を伸ばし、もうちょっとで取ることが出来たってところで、「イジメか!?」ジュエルシードが発動して、膨大な魔力が放出される。なのは達が居ると、自分の正体に繋がる術式が使えないからまともに受けるしかないが、今は私の独壇場。

女神の(コード)・・・救済(イドゥン)

翳した右手で放出された魔力を吸収。先のジュエルシードの封印に消費した魔力を一気に回復しながら、空いている左手の指を銃の形にして、

――煌き示せ(コード)汝の閃輝(アダメル)――

封印効果を乗せた砲撃アダメルを放つ。至近距離での一撃だ、確実に停止させた。本日2度目の「ジュエルシード。シリアル26・・・ゲットだ」封印となった。幸運なことに魔力供給も出来たことだし、このまま次のジュエルシードの回収と行こう。

「っと、その前に」

グローブ下の左中指にはめてある指環、“エヴェストルム”の時計機能を呼び起こし、空間モニタータイプの文字盤を表示。はやての検査が終わる10分くらい前までには病院に着いておかないとな。

「あと40分弱か。十分十分♪」

しかし念のために大学病院に一番近い現場を選択し、ジュエルシードが眠っているそこへと飛んで向かう。飛行途中、ジュエルシードの気配が移動し始めたのが判った。その移動速度から言っておそらく徒歩。
そう焦らずに気配を辿って行き、「あれ・・・?」気配が元から在った現場とその移動経路を海鳴市の地図に照らし合わせてみると、はやての居る大学病院から近くに在る公園へと向かっているのが判った。一瞬だけはやての顔が過ぎったが、検査が終わる15分前には石田先生から連絡があるため、その馬鹿な考えは即消滅。

「ま、行ってみれば判るか」

移動を終えたジュエルシードの気配が在る公園へと到着。公園には数組の母子と、ワンピースにカーディガン・大き目なキャスケット帽(全くと言っていいほど似合ってない)、レンズの大きな眼鏡をかけ(もしかして変装か?)、ポシェットを肩から提げた、中学1年くらいの少女の姿を確認できる。

「あの少女・・・正確には手にしているマイクからだな、ジュエルシードの気配がするのは」

ポシェットから取り出したおもちゃのマイクからジュエルシードの気配が。一度その場から離れて人気のない場所で降り立ち、騎士甲冑を解除。すでに人の手に渡っているとなれば、ジュエルシードの存在にある程度気付いているかもしれない。
いきなり結界を張って奪って行けば、持ち主に何か良からぬ障害が出るというような懸念があるため、まずは様子見だ。再び公園へと赴けば、先ほどの少女がマイクを手に歌っていた。数組の母子はその歌声に聞き惚れ、私もまた聞き惚れていた。

(あのマイクのジュエルシードの影響か・・・?)

暴走ではなく正常に覚醒しているジュエルシードを取り込んでいるマイクを使っての10分間の単独ライブ。アカペラだからこそ、その甘美な歌声が強調されていつまでも耳に残る。気が付けば公園内には営業中に偶然立ち寄りました的なサラリーマンやご年配の方々が居て、全員が彼女の歌声に聞き惚れていた。彼女は拍手喝采を照れ笑いで受け、「ありがとうございました♪」と深々と頭を下げて、公園から去って行った。

(さてどうしたものか)

とりあえず彼女を尾行。と、途中で彼女は眼鏡や帽子を外した。やはり変装の類か、と思っていると「ああ、やっぱりか」大学病院へと辿り着いた。すれ違う看護師さんから「おかえりなさい、白井さん」と挨拶されてもただ頷くようなお辞儀するだけ。
声に出して挨拶を返すかどうかは人それぞれだが、彼女、白井さんという娘からは何か妙な苛立ちのようなものを感じた。そのまま院内へと入り白井さんの尾行を続けると、彼女はエレベーターに乗ろうとしたので、

「すいません、乗ります!」

私も続いてエレベーターに乗る。押されているボタンは5階。個室の病室フロアだ。彼女が私を見下ろしてくる。その視線の意味を察し、「4階をお願いします」と笑みを向ける。すると彼女も笑顔になって頷いた。4階に着くまでの間、彼女はポシェットから携帯電話を取り出して操作。それを横目で見ていると、トントンと肩を指で叩かれた。彼女を見ると、携帯電話のディスプレイを向けてきていた。

「誰かのお見舞い?」

メモ帳機能にそう表示されていたため、「はい、そうです」実際は違うがそう答えておく。するとまた携帯電話を操作して、

――そっか。えらいね♪――

メモ帳にそう追加表記していた。ついでに私の頭をよしよしと撫でてきた。ピンポーンと4階に到着したことを知らせる音とともに分厚い扉が開く。出ないとな。小さく手を振ってくるので「またね、お姉ちゃん♪」と振り返すと、だらしない笑顔になった。扉が閉まり、彼女の姿が扉の奥に消えた。

(どういうことだ? あれではまるで言葉を発せないみたいだ)

携帯電話のメモ帳機能を使ってコミュニケーションを取る。考えられるのは3つ。超重度な人見知り。地声が気に入らない。病気で声が出ない。1つ目は即却下。もしそうなら私に話しかけることはないだろうし、あんな堂々と歌わない。2つ目も却下。アノ歌声がジュエルシードの影響ではない地声であるなら、誰もが羨む美声だ。

(マイクを掴んでいる、もしくは使っている時だけ声が出せる・・・かな)

それが一番しっくり来る。で、問題はどうやってジュエルシードを回収するかになってくるわけだ。情けをかけて私が彼女を放置したとしても、管理局やフェイトが回収しに来るだろう。この頃のフェイトは問答無用で、おそらく前線に出て来るクロノも半ば強奪に近い方法で来るだろう。たとえば結界を張り、彼女に気付かれずにマイクだけを取り込んでジュエルシードを回収、とか。

「はぁ・・・」

私とて手段を選ばずにいることが出来たら楽なんだけどな。彼女に撫でてもらった頭に手を置く。思い返すのは、歌っている時の彼女の晴れやかな表情。

「エイル・・・使えるか・・・?」

私の有する最高位の治癒術式、エイル。対象が死んでいなければ、いかなる異常を万全へと回復させる。異常のレベルが高ければ高い程に魔力消費が激しいが、得られる効果は正しく最高。

「あれ、ルシル君? どうしたの、この階に何の用?」

「むぃ? 木花しゃん」

いきなり背後から両頬を手で挟まれてムニムニされたため振り向いて見れば、案の定、看護師の木花さん、木花(ゆい)さんだった。私を初見で男だと見破った唯一の女性で、石田先生と仲が良いため、はやてとはもちろん仲が良く、私とも仲が良くなった。私が男であることを黙ってくれる条件としてスキンシップをし放題ってことになり、さっきみたいにエンカウントしたらペタペタ触られる。

「(答えてもらえないだろうが一応訊くか)木花さん。白井さんって知ってますか? 携帯電話でコミュニケーションをとる女の方なんですけど」

患者の守秘義務を守るのも看護師である木花さんの仕事だ。期待なんてしていなかったが、「あー、うたちゃんね。知ってるよ。あの子がどうしたの?」木花さんに常識を問うことは間違いだったようで。

「うたちゃん、ですか?」

「そ。白井歌織(かおり)ちゃん。歌を織るで歌織ちゃんね。なになに? もしかして一目惚れ? 可愛いもんね~♪ でもいけないよぉ、ルシル君。君にははやてちゃんがいるでしょ? それとも年上好きかな? だったら私が立候補してあげても――」

「違います。あと、はやてともそういう関係にはなりません。そして木花さん、冗談は職務怠慢だけにしてください」

「ちぇっ、つまらな~い。でも急にどうして?」

「私、白井さんの歌声を聴いてファンになったんですよ」

「え、それって何かの間違いじゃないのかな? だってうたちゃん、声帯が悪くて歌うどころか喋ることも出来ないはずよ。先生やご家族の方も手術を薦めているんだけど、手術しても病気になる前の歌声はもう取り戻せないってことでムキになって拒んじゃってるのよ。だからルシル君がうたちゃんの歌声を聴いたのって、何かの間違いだよ」

やはりか。手術を受けさせた方が自然だろうが、それを待っている時間も無し。仕方がない。ここはエイルを使って、ジュエルシードを必要としない状況を創り出すか。とりあえず「ありがとうございました」と木花さんに礼を言い、結界を張るために屋上を目指す。

「(とその前に)木花さん」

「ん~?」

「患者さんのプライバシーをペラペラ喋るのはどうかと思います」

「アウチ! お願い、黙ってて!」

手を顔の前で合わせて拝み倒す木花さん。イジメっ子には嬉しいシチュエーションだが、私にはそんな趣味は無いから「判りました」と笑顔で応じ、屋上へ行くために階段室へと向かう。背後からは「アイラヴュー❤」なんて馬鹿な台詞が。

「そういうのは彼氏さんとかに言ってあげてください」

何か文句を言っているようだが、すでに聞き取れる範囲内には居ないから返事はしない。はやての検査終了まで残り僅か。それまでに終わらせないと、決着は夜中に持ち越しになってしまう。屋上へと辿り着き、人が居ないことを確認して騎士甲冑に変身、封牢結界を展開。取り込む対象は、白井歌織さんとジュエルシードを取り込んでいるマイク、その2つ。屋上から5階へと降り、誰一人としていない廊下を歩く。彼女の病室が判らないため、虱潰しだ。

「っと。彼女の方から現れてくれたか」

なんだろう。今の私、悪役っぽくないか? 一応、白井歌織の病気を治しに行く立場なんだが。廊下の突き当たりを曲がって来たのは白井さん。表情は焦りと困惑に満ちていた。罪悪感が膨れ上がる。そして私の姿を見た途端に急停止、踵を返して来た道を逆走。ど、どうしよう。涙を浮かべていたんだが。

(とにかく追いかけよう)

――知らしめよ(コード)汝の力(ゼルエル)――

身体能力を強化し、白井さんを追いかける。労することなく彼女にすぐに追いつけたんだが・・・。私の靴音に気付いた彼女はこちらへ振り返り、「っ!!」完全に顔を引きつらせて全力逃亡。ある病室に入ったと思えば、すぐに「誰か助けて! いや! わたし、まだ死にたくない!」そんな悲鳴が聞こえてきた。
とにかく今は話を聴いてもらわないといけないから、彼女の名前が記された札が掛けられた病室の前にまで行く。彼女が私へと振り向き、マイクを片手にベッドに身を隠すように逃げる。

「いやぁぁぁあああああ! 死神退散、死神退散、死神退散!!」

(死神? 私が?・・・って、あぁ、そうか。全身真っ黒じゃそう見られてもおかしくないか)

それに、あながち間違っていない。ただ、今だけは、死神ではなく君の天使となろう。白井さんはガタガタと怯えながらも枕やポット、物を色々と投げて抵抗してくる。柔らかい物は受けてもいいが、ポットはさすがに遠慮したいのでパシッと片手で受け止める。

「来ないで! お願いだから、帰って!」

「あのっ! ごめんなさい、話を聴いてくれませんか!」

フードと仮面を取って素顔を晒す。すると白井さんは最初は呆け、「君はさっきの!」と驚愕。部屋に入る前に「すいません、怖がらせてしまったみたいで」頭を下げて謝罪する。さっきまでの怯えは治まったが、それでも警戒はまだ解いてくれない。当り前だろうが。

「・・・君、何か知ってる? 人が誰も居なくなったことについて。いきなり人が消えて、その、わたし、すごく混乱して・・・」

「はい、知っています。私が行ったことですから」

「え?・・・はっ!? どうやってって言うか、あなたは一体なんなの!?」

警戒心が一気にMAXになった白井さん。それ以上に怒りが爆発してしまった。嘘を混ぜず「私はルシリオン。魔法使いなんです」本名とその正体を明かす。すると彼女の顔色が変わって、マイクを両手でギュッと握りしめた。魔法。その単語ですぐに行き着いたんだろう。私の目的が、そのマイクであることが。

「ダメっ! これは渡せない! だってこのマイクが無いと喋れない、歌えない! お願いだから、わたしから声を、歌を奪わないで! お願い、お願いします!!」

マイクを胸に抱いて、マイクを奪わないでと必死に懇願する白井さん。

「歌は、わたしにとって命そのものなの! このマイクは、消えかけてたわたしの(いのち)をもう一度蘇らせてくれた! だから――」

私は首を横に振り、「奪いませんよ。あなたの病気は、私が治します」と告げる。涙の溢れる瞳を私に向け、「そんなの無理だよ」と自分の喉にそっと触れた。

「言いましたよね。私は魔法使いだと。そこでお願いがあるんです、白井さん。もし私の魔法であなたの喉を治せたら、そのマイクに宿っている力を下さい」

「・・・・」

ここでもう黙ることにする。決定権は白井さんが持っている。断られた場合、フェイト達の存在を明かすしかない。私以上に厄介な連中が来ると。彼女は私とマイクを交互に眺め、数分と深く黙考した後に「本当に出来るの?」と確認してきた。

「もちろん。もし失敗するようであれば・・・。エヴェストルム。ランツェフォルムで起動」

グローブを外し、“エヴェストルム”を待機形態の指環からランツェフォルムへと変える。40cmほどの柄の上下に1mほどの穂、という外見を持つ大槍。私が武器を手にしたことで白井さんがまた怯え始めたのが判ったため、

「白井さん。あなたが私の命を奪ってください」

“エヴェストルム”を床に置いて、滑らせるようにして白井さんの元へ。

「あなたの歌、さっきの公園で聴きました。一瞬で聞き惚れ、大ファンになりました。あなたはさっき言いました。歌こそがあなたの命そのものだと。なら、私も命を懸けるのが道理」

恐る恐る“エヴェストルム”の柄を握った彼女は「ん~~~、重い」と持つのを断念した。彼女は小さく首を横に振って、「いいよ。信じる」そう言って“エヴェストルム”を私の元へ滑らせてきた。

「ありがとうございます。ではすぐに始めましょう」

“エヴェストルム”を指環へと戻して左中指にはめ直す。まずは白井さんをベッドに寝かせる。リラックスさせた状態で治療を行いたい。

「マイクを貸していただけますか? あっ、安心してください。持ち逃げはしませんから」

白井さんに手を差し出すと、「判ってる」と名残惜しそうながらも私の手にマイクを置いた。受け取ったマイクからジュエルシードを取り出すと、喋れなくなった彼女は携帯電話のメモ帳で、宝石・・・!?と打って見せてきた。

「これがあなたの声を取り戻させた正体です」

ジュエルシードの魔力を少しばかり利用させてもらおう。右手にジュエルシードを握りしめ、「白井さん。喉に触れます。いいですか」と確認。白井さんはコクリと頷いて、首を反らして喉に触れ易いようにしてくれた。

「ありがとうございます」

そっと左手を伸ばし、人差し指・中指・薬指で白井さんの綺麗な喉に触れる。“魔力炉(システム)”を現状で可能なレベルでフル稼働し、魔力吸収のイドゥンの発動を準備しつつ、エイルの発動へ。

「いきます。必ず治しますから、出来れば信じてください」

――信じるよ。魔法使いのルシリオンちゃん――

操作した携帯電話のモニターを私に向けながら微笑んだ白井さん。何としても応えなければ男じゃないな。多少の無茶をしてでも、必ず治す。

女神の(コード)・・・・祝福(エイル)

――女神の救済(コード・イドゥン)――

サファイアブルーに輝く魔力が白井さんの喉を包み込む。ものすごい勢いで消費されていく魔力。しかしジュエルシードからイドゥンで魔力を吸収。30秒間の治療。エイル発動を停止し、“魔力炉(システム)”の稼働レベルを通常にまで戻す。彼女が横たわるベッドから数歩と離れ、「どうですか?」と尋ねると、彼女は上半身を起こして口を開けたが、でも声は出さない。

(まさか・・・失敗したのか・・・!?)

最悪な想像が脳裏に過ぎる。だが「あ・・あ、あ・・・あ、あ、あ・・・」発声練習のように断続的に声を出した後、白井さんの瞳からどんどん涙が溢れてきた。

「出る・・わたしの、声が・・出るよ・・・ひっく、うっく、ひぅ・・ぅく・・」

とうとう堪え切れなくなって白井さんは大声で泣き始めた。ジュエルシードの回収は終わったからこのまま放置して離脱した方が良いんだろうが。彼女にはどうしても伝えておかなければならないことがあるため、泣き止むのを待つ。泣き顔を見ないために背を向けているところに、電話のコールが室内に流れ始めた。

(石田先生からだ。はやての検査終了15分前か)

廊下に出てから“エヴェストルム”の通信機能をオンにして、「もしもし」コールに応じる。

『あ、ルシルちゃん? 石田です。約束の15分前だから連絡しました』

「ありがとうございます。検査が終わる前にはそちらに伺いますので。はやての事、よろしお願いします」

『はい。それじゃあ待っていますね』

通信を切り、再び白井さんの病室へと入る。と、「ありがとう、ルシリオンちゃん!」いきなりハグをされた。彼女は私を抱え上げ、その場でクルクルと回り始める。彼女の方が背が高いために足をついて逃げることが出来ない。

「わたし喋れてる! また歌える! わたしの自力でまた!」

「良かったです! 良かったですから、そろそろ止まってほしいんですが!」

結局、1分ほど興奮が冷めなかった白井さんに揉みくちゃにされてしまった。最後は一緒にベッドに倒れ込み、彼女は肩で大きく息をし、私はその間に距離を開ける。伝えておきたかったことを伝えるチャンスだと思い、「白井さん。最後にお願いがあります」話を切り出す。彼女はベッドの上で大の字になって、「なんでも聴くよ! 代金なら言い値でも!」と笑う。

「代金はすでに貰っています。お願いと言うのは、今回のことを口外しないこと。それだけです」

「ん、判った。・・・本当にありがとう、ルシリオンちゃん。わたしの(いのち)を取り戻してくれて」

「いいえ。白井さんの歌声を守れたこと、私自身が光栄に思います」

これは本心だ。白井さんの歌声は、本当に素晴らしい力を持っている。それを守れたと思うと、誇らしく思えてしまう。

「それでは白井さん。私はこれで」

「あ、うん・・・。またね、ルシリオンちゃんっ♪」

手を振る白井さんに手を振り返し、私は再び屋上へ向かい、そこで変身と結界を解除。そしてはやての検査が終わるまで待合室でのんびり待ち続け、検査が終わったのを木花さんから伝えられてはやての元へ。検査結果は後日ということで、私とはやては帰路へと着いた。

「ルシル君。今日は何してたん?」

「いつも通りだよ。そうだ、はやて」

「ん?」

「明日、遊びに行こうか」

†††Sideルシリオン⇒はやて†††

時間は朝の6時ちょっと過ぎ。わたしは鼻歌を口遊みながら、台所でサンドイッチ作りに勤しんでる。本当ならもう少し寝てるんやけど、寝る前から気持ちが昂っててこんな早くに起きてしもうた。

「楽しみやなぁ、動物園♪」

どこかへ遊びに行こうってゆう、前にしたルシル君との約束が果たされる日。今日はちょう遠出して、市外の動物園に行くことになった。それが楽しみでしゃあない。楽しく浮かれながら作ったサンドイッチをバスケットに並べてく。わたしもルシル君も料理が出来るから、遊びに行く時は作っていこうって決めてある。そやからこうして作って、動物園で一緒に食べる光景を想像して・・・「うん♪」ニヤけてまう。

「ふわぁ。おはよう、はやて」

「おはようや、ルシル君♪」

リビングダイニングに入って来たルシル君と、いつものように挨拶を交わす。起きたばかりでちょう髪が乱れとるルシル君は冷蔵庫を開けて、水のペットボトルを取り出した。すかさずルシル君用に買うてきた(代金はルシル君持ちやけど)コップを「はい♪」差し出す。

「ありがとう。・・・・ふわぁ」

「眠そうやな、ルシル君。また夜更かしさんか?」

「まぁ、夜更かしさんだったな」

コップに注いだ水を一気飲みしたルシル君が「あはは」って苦笑い。ルシル君はたびたび夜中に出かけて、魔法の道具を探しに行ってる。あんまし無茶はせんでほしいけど、ルシル君の個人的な事情やから止めれへんし。

「今日の昼の弁当か。本当に手伝わなくて良かったのか?」

「うん。昨日も言うたけど、今回はわたし1人に作らせてほしかったでな」

ルシル君との遠出、その初記念となれば、これはわたしが作るべきや。ホンマはもっと手の込んだお弁当にしたかったんやけど、気軽にどんな場所でも食べれるってことでサンドイッチにしてみた。ちなみに具の種類は5タイプにしてみた。どれもルシル君に教わったレシピや。
1つ目は、食パン2枚の片面にブルーベリージャムを薄く塗って、ハムを2枚ほど挟んだもの。
2つ目は、ベーコンをカリカリ手前くらいまで焼いて、黄身が崩れやん程に焼いた目玉焼き、トーストした食パンの片方にケチャップ、もう片方にとんかつソースを塗って、具をサンドしたもの。
3つ目は、新鮮しゃきしゃきなレタスと、マスタード・マヨネーズ・辛子を混ぜ合わせたソース、ハムとチーズを挟んだもの。
4つ目は、トーストしたパン2枚の片面にマヨネーズと粒マスタードを塗って、焼きベーコと薄焼き卵、切ったトマトとレタスを挟んだもの。
そんで最後は、昨日の晩ご飯の時に作り置きしといたエビカツ! テーレッテレー♪

「最後に、タルタルソース♪っと。完成や!」

「うん、どれも美味しいそうだ。今日の昼食は本当に楽しみだよ」

ホンマに楽しみにしてもらえとるってゆうんがルシル君の笑顔から判る。それだけでわたしは幸せや。それからわたしらは朝ご飯を済ませて、8時になったところで家を出るんやけど・・・。わたしの乗る車椅子を押すルシル君を見る。

「どうした? はやて」

「えっ? あー、ううん、なんでもないよ。ただ、大人バージョンのルシル君、ゼフィさんとはまた違う意味で綺麗やなぁって」

今のルシル君は魔法で大人の姿に変身中や。性別は本来の男の人で。女の人やと思えてまうほどに綺麗やけど、それでも男の人なんや。ルシル君の将来がこの姿やと思うと、その頃になったらすっごくモテるんやろうなぁ~。
そんなこととか考えながら電車に乗って、ルシル君と楽しくお喋りしたり、父さんの遺品のデジタルカメラを操作してるルシル君を眺めたりしながら、揺られること数十分。目的の駅に着いて、改札を出たらそこからバスでまた数十分、ようやく着いた動物園。休日やから家族連れや恋人さん達もたくさん居る中、入園料を払ってわたしらは園内に入った。

「やっぱりルシル君、目立っとるなぁ~」

「気になるようなら髪を染めようか?」

「あ、ううん。わたしは平気や。ルシル君は・・・もう慣れとるか」

「ああ。注目を受けるのはもう慣れっこだ」

ルシル君の堂々とした態度にちょこっと笑って、わたしらはまずパンダを観に行くことに。やっぱ人気者さんやから人だかりが出来てて、車椅子に乗ってるわたしはあんま見えへん。ちょう残念やな。とか思うてたら、わたしの両脇に差し込まれる手。襲い掛かるんはフワッと持ち上げられた浮遊感。

「よっと」

「ひゃあ!?」

一気に持ち上げられたわたしは、気付けばルシル君の肩に乗せられてて。これは世に言う「肩車・・・!」やった。ルシル君の今の身長はホンマに高いで、檻の中のパンダがよう見える。

「ちょっ、ルシル君、なんや恥ずかしいんやけど・・・!」

「何を恥ずかしがるんだ、はやて。せっかく来たんだから、見ないと損だぞ」

「そうは言うても・・・。あの、重ない?」

「ぷふっ。なんの心配かと思えば。重くないよ。でもある意味重い」

ルシル君に重いて言われた。それがちょうショックで「ダイエットが必要か・・・?」と自分のお腹を触る。するとルシル君は苦笑いした後、「体重じゃなくて、責任みたいのが重いと言ったんだ」って言い直した。なんのことやろ、と思うて、デジタルカメラでパンダの写真を撮っとるルシル君に「責任?」って訊き返してみる。

「何て言うかな。今、私ははやてをこの身1つで支えている。その責任が重く、でも私の気を引き締めてくれて、守るべきはやてが居ると思わせてくれるから強くなれるというか・・・」

なんやすごく恥ずかしいことを言われとる気がして、頬が熱くなってく。そやから「も、もう、なに言うてんのルシル君!」誤魔化すために、ルシル君の頭をペチペチ叩く。

「あはは。私自身も何を言い出しているのか不思議だよ。今のは無し、忘れてくれ」

「無しにするんは却下。ありがとう、ルシル君。なんや嬉しかった」

わたしはルシル君の頭にもたれ掛るようにして抱きつく。なんて言うか、今のルシル君は父さんみたいや。お星さまになる前にもこうして父さんに肩車をしてもらった。そう思うと恥ずかしさが薄れてって、「このまま園内を周ってええか?」このまま肩車してほしくなったから訊いてみる。

「うん、はやてが嫌じゃなければいいよ」

「ありがとうな。そんじゃ、次に行こかっ♪」

「おう!」

ルシル君に肩車をしてもらいながら、次はペンギンとかホッキョクグマとかが居るエリアへ。ちょうど良いタイミングやったみたいで、飼育員さんがペンギンの散歩をやってた。ルシル君は「可愛いなぁ」ってカメラのシャッターを切り続ける。そんなルシル君も可愛ええよ♪ それからホッキョクグマ、クマを見て、サル山へ。サル山で、1匹のお猿さんがルシル君をジッと見詰めてきてる。

「ルシル君。めっちゃ見られてる」

「ああ。とりあえず何かアクションを起こしてみるか」

ルシル君がそう言うて、わたしの右脚を掴んどった右手を振ると、ルシル君を見詰めとったお猿さんも手を振った。周りのお客さん達から「おお!」って歓声が上がった。そんなお猿さんと、わたしとルシル君は記念撮影。次にライオンとかトラのエリア、いろんな鳥の居るエリアを観て回ってから、次はふれあい広場。

「ルシル君! ウサギ、めっちゃ可愛ええ❤」

人工芝が敷かれた柵の中で両足を伸ばして座り込むわたしは、ウサギを膝に乗せてそっと撫でる。するとウサギはカチカチって歯を鳴らし始めた。飼育員さんが言うには、それは喜んでる仕草やということ。嬉しさと可愛らしさを伝えたくてルシル君の方を向いてみれば、「おわっ?」ルシル君が大の字になって6羽のウサギに襲われてた。飼育員さんが「お兄さん、モテますねぇ~」って、ルシル君の体の上に乗っとるウサギを退かしてく。

「ホンマや。ルシル君。なんかコツとかあるん?」

「コツなんて無いよ。ただ、ちょっと魔力を通して意思疎通を図るんだ。可愛いな、良い子だな、みたいに。すると・・・」

ルシル君が小声でそう教えてくれて、ルシル君がさっきのウサギを見詰めると、今度はわたしにウサギが群がって来た。わたしの膝に乗って来たり、腕や体に鼻先をツンツンして来たり、わたしの周りを飛び跳ねたり。

「すごい。どの仕草もウサギにとってご機嫌を表すものなんですよ!」

飼育員さんがホンマに驚いてる。ルシル君に「何したん?」って小声で訊いてみる。

「はやてはとても良い子だから、たくさん優しさを貰えるぞ、みたいな意思を飛ばしてみた。本来、それだけじゃここまでの行動を起こさないが、ウサギたち自身が本能で解ったんだろうな、はやてが甘えることの出来る相手だって」

そう教えてくれたルシル君は、ひたすらわたしとウサギをフレームに入れてカメラのシャッターを切り続ける。ルシル君ってホンマに何でも出来るんやなぁ。わたしも魔法使いになってみたいかも。
ウサギともふもふ出来て、すっごく満足したわたしとルシル君が次に向かったんは乗馬公園。2つの大きな円の柵の中には、ポニーと馬が3頭ずつ居って、ポニーにはわたしのような子供が乗って、馬の方には大人が乗ってて、飼育員さんが綱を引いて進ませてる。車椅子を預けて、早速、飼育員さんに乗馬体験コースを申し込む。

「――お子さんだけならポニーに乗ることが出来ます。お兄さんは馬の方になりますね。保護者同伴でしたらお子さんも一緒に馬に乗ることが出来ますが。いかがしましょう?」

「ルシル君。一緒に乗ってもらってもええか・・・?」

「もちろん♪ 私たち2人で、馬をお願いします」

馬の柵に案内されて、別の飼育員さんが1頭の白馬を連れて来てくれた。馬はわたしの方に首を伸ばしてきて、ルシル君がその首を撫でながら「よろしく頼むよ」って語りかけると、馬は鼻を伸ばした。

「お兄さんに撫でられて気持ち良いんですね。こんなに早くお客さんに懐くなんて、初めてかもしれません」

「ルシル君。もしかしてまた魔法を・・・?」

「秘密だぞ♪」

そんなこんなで馬に乗ったわたしとルシル君。わたしが前で、ルシル君が後ろ。後ろからルシル君に抱きつかれとる感じで、ちょう恥ずかしいような嬉しいような。馬の上でパシャパシャとルシル君はシャッターを切って、ツーショット写真乱舞。柵の中を馬に乗って一周するプチお金持ちなお嬢さま気分(偏見やろか?)を味わった。

「お腹が空いたと思えば、もう昼時を過ぎているな」

「ホンマや! じゃあ、わたしらもお昼ご飯にしよか」

乗馬体験が出来て満足して、次にどこへ行こうかって話になったとき、ちょうど言い頃合いやとゆうわけでお昼ご飯。わたしが作ったサンドイッチや。立ち入り出来る草むらにレジャーシートを広げて座って、車椅子の持ち手に提げてたランチバッグからバスケットと水筒を取り出す。

「いただきます!」

「はい、どうぞ~♪」

ルシル君がわたしの作ったサンドイッチをパクッと1口。すぐに笑顔になって「美味しい!」って、こっちも嬉しさで笑顔になることを言うてくれた。わたしも「いただきます!」続いて食べ始める。うん。我ながら美味しい。

「そう言えばルシル君。フェンリルさんは?」

ルシル君の使い魔、フェンリルさん。一緒に来れれば良かったかも。そう思って訊いてみれば、ルシル君は空を見上げて小さく溜め息を吐いた。

「アイツの正体は狼だからな~。動物園なんて餌の巣窟に放り込むわけにはいかないだろ」

「あー、そうゆうことか~。狼さんやったら、しゃあないか」

フェンリルさんが動物を襲ってる光景を想像・・・出来ひんなぁ。和気あいあいと動物と戯れとる光景しか出て来おへん。そんで話題はフェンリルさんからこれからの事になって、わたしの誕生日が6月4日で、遠回りに誕生日パーティを開きたいみたいなことを伝えたりしてみた。
出来ればルシル君をこのまま家に留めたい、これからも一緒に過ごしたい。ルシル君は魔法使いで、探し物のために旅をし続けてきた。わたしと同い年やのに。もしここで探し物が終わるんなら・・・このまま。

「6月4日か。そうだな、誕生日パーティ、やろうな」

「あ・・・・うんっ♪ あ、そうや! ルシル君の誕生日っていつなん?」

お互いの誕生日をお祝い出来たら、最高に楽しいはずや。ルシル君は少し黙った後、「2月5日だよ」って答えてくれた。

「とゆうことは、わたしがお姉さんやね♪」

ルシル君を弟にするんもええかもしれへんなぁ~♪ とりあえず「お姉ちゃんって呼んでみてくれへん?」なんてお願いしてみる。

「ええっ!?・・・・お、お姉ちゃん・・・」

「うん。元の姿に戻ってからもう一度呼んでもらおかな」

大人バージョンのルシル君にお姉ちゃんって呼ばれてもあんま面白なかった。ルシル君が「一体何を期待しているんだ、はやて」ってサンドイッチを手に取って食事再開。わたしもサンドイッチをパクパクモグモグ。ちょお作り過ぎ感があったんやけど、ルシル君がほとんど食べてくれた。最後の1つになった時、

「ん? 目覚める前に回収しないとな・・・。はやて。ちょっと席を外すよ。すぐに戻って来るから待っていてくれ」

ルシル君がボソボソと何かを呟いたかと思うたら、ルシル君はそう言うてマップを広げた。その視線を追ってみると、お手洗いやってことが判った。食事時に言えへんとか思うたんやろうけど、わたしにそんな気遣いとか無用やのに。
お手洗いに向かうルシル君を見送って、わたしはルシル君が帰ってくるまで横になって待つ。考えるんは、さっきのお姉ちゃんと弟ってゆう関係。悪くないって思うてる。お互いに家族が居らへんから、グレアムおじさんに頼んでみれば何とかなるかも。

「あとは、ルシル君が賛成してくれるかやなぁ・・・」

なんやウトウトしてきた。遅寝早起きの影響やろか。眠くなってきてしもうた。待っとらなアカンのに、もうまぶたを開けておけるほどの力が・・なくなって・・・。

「んぁ・・・っ?」

自分の声にビクッてなって、目を開ける。

「お、マスター。はやてが起きたよ」

「フェン、リル・・さん・・・?」

わたしの顔を覗き込んでくるんはフェンリルさんやった。状況が判らんくてキョロキョロ辺りを見たところで、「おはよう、はやて。よく寝ていたな。君も夜更かししていたのか?」一瞬で状況を理解。わたしはあのまま眠ってしもうたってことが。わたしはルシル君に背負われとって、フェンリルさんが車椅子を押しててくれた。

「ルシル君・・・起こしてほしかったんやけど・・・」

全然遊べへんかった。お昼ご飯を食べた後は残りの動物を観たり、お土産屋さんに行ってみたかったのに。

「さすがにあんなに深い眠りについているはやてを起こす程、私には度胸がないよ。だから起こさないようにするために車椅子に乗せずに背負って、車椅子運搬担当にフェンリルを召喚したんだ」

「まぁ、私はマスターの為だけに存在するんだから文句はないけど、どうせなら遊んでる最中に召喚してほしかったよぉ」

「恐ろしいことだぞ、それ。お前を動物園に連れて行ったら、お前、絶対に食うだろ?・・・それでな、はやて。遊び足りなかったんなら、また遊びに行けばいい。今度はフェンリルも一緒に」

「えっ、いいの!? やった!」

「うおっ?」「おわっ?」

フェンリルさんが飛び跳ねて喜んで、踊りながらわたしをルシル君の背中から奪い取ってハグ。そんでクルクル回り始めるから「目が回る~」やった。ルシル君が止めに入って、やっと解放された。車椅子にまた乗せてくれるんかな、って思うたらフェンリルさんはわたしをお姫さま抱っこして、ルシル君に「マスター、車椅子お願いね~♪」って言うて先に行く。

「従者が主をこき使うとは」

不満そうにそんなこと言うルシル君やけど、表情は晴れやかやった。夕陽に染まる世界の中、わたしら3人の影が伸びる歩道を歩く。ゆっくり流れる時間で、とても心地よくて、そやから守りたいって強く思う。

――守るべきはやてが居ると思わせてくれるから強くなれる――

ここで、ルシル君の言葉を思い出した。

「ルシル君」

「ん?」

「守るよ」

「え・・・?」

「わたしも守るよ。ルシル君の事」

「はやて・・・?」

「ルシル君を傷つける人が居ったら、わたしが守ったげるからな♪」

 
 

 
後書き
ドブリー・イトロ。ドブリー・デン。ドブリー・ヴェチェル。
主人公ルシルとメインヒロインはやての話なのに、何故か番外編臭がする。

「まぁ、ジュエルシードの話は、なのはとフェイトの出逢いの話だし」

「しっしっ。お前の出番はもうちょい後だからまだ出て来るな」

なのは達が海鳴温泉へ行っている間にルシルはひっそり動いて、イレギュラーなジュエルシードを回収しまくった今話。
そして次回は、なのはチーム、フェイト&アルフペア、ルシル(ぼっちorz)の三つ巴の争奪戦となります。
 
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