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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第四十九話

「ただいま」

「おかえりなさいませ」

 マイホームの隣にあるお得意様となった武器屋、《リズベット武具店》の門戸を開け放つと、もはや毎度お馴染みとなった店員NPCのハンナさんからの言葉が届けられた。

 先程の突然のキリトとのデュエルで、日本刀《銀ノ月》やら足刀《半月》やらクナイやら、使用武器が少々……というか結構磨耗したため、リズに手入れを頼みに来たのだった。
まあデュエルをするにしろしないにしろ、ボス戦の前はここに来るつもりだったのだが。

 ちなみにキリトとアスナ夫妻はと言うと、キリトの《二刀流》で使用した武器も磨耗したため、キリトは一緒に《リズベット武具店》へと付いてくるつもりだった。
……だったのだが、アスナがキリトに「空気を読んで」といった旨の警告を発した後、無理やり他の鍛冶屋へとキリトを引っ張っていったため、今はどこにいるかは解らない。

 ……アスナには少々、余計なお世話だ、とツッコんでやりたかったものの、時間も無いので俺一人で《リズベット武具店》へと来たのだった。

「ショウキ、おかえりー」

 ハンナさんの対応が「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさいませ」だったことから俺だと解ったのだろう、リズがアスナコーディネートのいつもの格好で、店の奥から顔を出した。

「ああ。早速で悪いんだけど、ちょっと武器の手入れ頼めるか?」

「ん~……大丈夫、お安いご用よ」

 日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》をリズに渡し、俺だけ座っているだけというのも何なので一緒に仕事場に行き、リズが研ぎ機を起動させてから俺は椅子に座った。
アイテムストレージの大量のクナイ……こいつらも大事な副兵装だ、ボス戦の前にこれらも点検せねばなるまい。

「ちょっとショウキ、何やってるのよ?」

「何って……クナイの手入れだが」

 俺の答えに眉をしかめたリズがクナイに伸ばした手を、俺は半ば予想していたため、容易くクナイに到達する前に受け止めた。

「本職に任せなさいってっ……!」

「だからそっちを頼むって言っただろっ……!」

 クナイを自分で手入れしようとするリズの手と、それを受け止める俺の手の力が拮抗し、そんな時間はないだろうに何故か押し問答になってしまう。

「別に良いだろ、俺だって鍛冶スキル上げてんだからよ」

「あたしの鍛冶屋としてのプライドが許さないの!」

 普通に会話しているようでも水面下では激動の押し合いが繰り広げられ、同時に女子であるリズと拮抗していることが、男子としての俺が精神的ダメージを与えられている。
俺は茅場のせいで筋力値を思うように上げられず、対するリズは鍛冶仕事の副産物として、筋力値とレベルがどんどん上がって行くのだから、これは仕方のない結果とも言えるが。

「隙ありっ!」

「甘いっ!」

 側面から飛び出したリズの腕を弱めに弾き、クナイを置いてある机と座っている椅子ごとリズから距離をとった。

「ここまでは来れまい、仕事が出来なくなるからな……!」

「ふふん、それはどうかしら?」

 不適な笑みをこぼすリズだったが、彼女には俺の宣言通り研ぎ機からはあまり離れる気配はないどころか、全く動く気配がなかった。

 代わりと言っては何だが、リズは俗に言う指パッチンの態勢を取ったかと思えば、その指から即座にパチンと小気味良い音を鳴らした。

「今よハンナ!」

「……しまった!」

 いつの間にやら背後から気配を消して接近していた、店員NPCのハンナさんにリズの宣言で突如として強襲され、俺がハンナさんの対処に追われている隙に、本隊のリズが机の上にあったクナイをまとめて持って行った。

 結果として俺は、《リズベット武具店》代表選手の女子二人に、限りなく小規模な戦いに敗れ去ることとなった。

「ドアの施錠が完了致しました」

「お疲れ様。あんたは、コレぐらいあたしに任せときなさいよ?」

 前半はハンナさんに、後半は勝者の権利たるドヤ顔と共に俺に発せられたものだった。
敗者たる俺には、リズの言葉を忸怩たる思いで受け止めることしか出来ず、何も無くなった机でお茶を飲むしか出来なくなった。

 ……今から思えば、この思いつきだけで始めた料理スキルによるお茶にも、随分助けられたものだった。
やはり美味いものはどこであろうと……いや、こういう状況だからこそ必要なのだと再認識させられた。

「ねぇショウキ。結構武器磨耗してるんだけど、ダンジョンでも行ってたの?」

「……鍛冶してる時は無心ですべし、じゃなかったのか?」

 鍛冶屋の間でまことしやかに囁かれる噂を引き合いに出すが、この噂のことをリズはあまり信用していないので、対してダメージを受けずに次なる会話に移った。

「む……それはともかく。どうしたのよ、コレ」

「……ちょっと理由があってな。キリトとデュエルしてた」

 これ以上のことをリズには話す気はなく、話す理由も特にはない。
リズもこれ以上のことを聞きたい様子だったが、あまり話す気がなさそうな俺を見て断念したようだ。

「まったく……相変わらず、変なところで秘密主義なんだから」

 リズは愚痴りながらも作業する手を止めることはなく、リズの研ぎ機と家の水車が水を巻き上げる音が絶妙なコラボレーションを果たしていた。
それはどことなく聞いていると落ち着く音で、このまま目を閉じれば心地良く意識を失えるだろうが、ボス戦を寝過ごしたということになれば笑えない。

「はい、カタナと足の剣の手入れ完了! クナイはちょっと待っててね」

 流石はマスタースミスと言ったところか、ただの手入れであろうと仕事が早い。
そして、一応どんなものかと確認していた俺に、リズから声がかけられた……俺が、言わないで欲しいと願っていたことを。

「ねぇ、ショウキ。……あんた、この後ボス戦に行くの?」

 予想外の聞かれたくなかった質問に、ついつい飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまったものの、何とか平常心を整えた。

「……誰から聞いたんだ?」

 ボス戦に行くことは現時点で公表されていることではなく、攻略に成功してから新聞社の方へとネタを流すのが基本となっていたため、何故リズが知っているのかは疑問が残った。
確かに鍛冶屋を営んでいるリズならば、顔は広いし情報を手に入れる機会は多いだろうが……どこぞの鼠ほどじゃ無いはずだ。

「アスナから。メールが来たわ」

 さっきアスナにありがとうなどと言った気がするが、一瞬で気分が180°変わった気がした。
別に絶対に秘密にしなければならない、という訳では無いにしろ……

「大丈夫だよ。これまでも何回もボス戦なら攻略済みだし、今更言うことでもないと思ったんだ」

「あたしがクォーターポイントのことを知らないと思ってるの!?」

 クナイの手入れを中断したのか終了したのかは知らないけれど、リズは研ぎ機から手を離して俺に向かって怒りを見せた。
クォーターポイント……《軍》が壊滅的被害を受けたというのが第二十五層であり、ヒースクリフが持ちこたえていなければ全滅していたのが第五十層であることから、次なる第七十五層も相応の強敵が予想される、ということだ。

「……知ってたか」
 『――だからこそ、内緒にしたかった』という続く言葉を何とか口の中に引き止めると、俺も椅子から立ち上がってリズの方へと向き直った。

「それにあんた……そろそろ、戦えなくなって来てるんじゃないの?」

「……ッ!?」

 リズに……いや、誰にも言っていなかった真実を何故か言い当てられると、流石に平常心を保ってはいられなくなってしまい、額から冷や汗がこぼれ落ちた。

「……それも、知ってたのかよ」

 リズの言う通り、俺は攻略組のプレイヤーと、最前線のダンジョンについていけなくなっていた。
パーティーを組んだ場合ならばどうとでもなる程度の、そんな些細な違和感ではあるのも確かだが。

 何故かと問われれば、俺にはレベルアップが出来ず――正確には、その層のフロアボスと戦えるレベルに固定されているようだ――周囲がレベルアップをし続けていることに尽きる。

 今まではそれでも充分に戦えていたのだが、層が上がってダンジョンの質が上がっていくごとに、プレイヤーたちはレベルを上げていく。
つまり、俺はレベルが80程度に固定されているにもかかわらず、キリトたちは95というところまで到達しているのだから、それはついていける筈がない。

 自前の剣術や《縮地》に《恐怖の予測線》があれば、先のキリトとのデュエルのように勝ちを拾えるものの、元々ネットゲーム初心者の俺には、ダンジョンの攻略は辛いものとなっていた。

「……どうして気づいたのか、参考までに」

「あんたとさっき押し合った時に確証を持ったわ。《鑑定》スキル持ちの鍛冶屋をナメないでよね」

 リズのスキルとよく見てくれている観察力と……それと、優しさに脱帽する。
きっと彼女が武器のメンテをしてくれる時に、こんな俺でも戦えるようにきちんとメンテしてくれたのだから。

 ここまで解っているのだから、リズの言いたいことは一つなのだろう。

 ――ボス戦に行かないでくれと。

 それが彼女の心、の底からの優しさや善意から来ているということぐらいは解っているつもりだ。

「――それでも俺は行かなくちゃいけない。……約束だから」

 短い間だったけれど共に戦った友人、コーバッツや偵察隊のみんなからの思いが託され、キリトやアスナを始めとする古い友人たちも参戦するのだ、ここで俺だけが逃げる訳にはいかない。

「……怖く、ないの?」

 リズにそう聞かれると、いつぞや――確か《圏内事件》の時だったか――キリトからも同じ質問が来たのを思い出した。
そんな異常な状況で戦って、死ぬのが怖くないのかと。

 その時は確か、『死ぬのが怖くない人間がいるのかよ?』などと、少し冗談めかして答えたのだったか。

「怖いさ。怖くて今すぐ逃げ出したい……って、リズに会う前の俺は言ってただろう」

「あたしに……会う前?」

 隠しボス相手に自分が戦力外でやられてしまっていた時に、それでも俺のことを心配しているようなリズに、俺は『強さ』を見た気がした。
だったらこんな俺だって、逃げずに誰かの為に戦えるんじゃ無いかって、PoHとの戦いやギルド《COLORS》のことを乗り越えて思ったんだ。

 しかしてここで逃げてしまえば、俺はリズに会う前のまやかしの強さを全面に押しだした俺に戻ってしまうだろうから。

 そんなのは嫌だった。
たとえカッコ悪かろうが無様だろうが、それでも前に進んで、リズのように強くなりたいから。

「いや……何でもない。つまり何が言いたいかって言えば、俺は止まらない。止まらないでボス戦に行く」

 しかしてそんなことを面と向かって本人の前で言える筈もなく、結局はぼかして中途半端にカッコ悪くなってしまったのは、俺らしいと言えばらしいだろうか。

「――――。ふ、ふん。逃げるなんて言ってたらはっ倒してたわよ」

 リズは一瞬俺の顔を凝視した後に、顔を赤らめてそっぽを向き、ニヤケながら相変わらずの憎まれ口を叩いてくれた。

「さて、どうだか」

「……それはともかく! メンテナンス、終わったわよ」

 先程中断していた時には既に終わっていたらしく、俺に鋭い銀色の光を放つ日本刀《銀ノ月》を始めとした武器たちを返してくれる。

「やれるだけ最高のメンテナンスをしておいたわ。……あたしにはこれしか出来ないし。……死なないでね、約束して」

「いつもありがとう、リズ。それと、それは約束するほどのことじゃなく、当然だ」

 日本刀《銀ノ月》を腰に/足刀《半月》を足に/クナイを専用ポケットに……と言った具合で完璧に戦闘準備を完了させると、まずは一回深呼吸してリズの家から転移門へと向かおうと、《リズベット武具店》のドアを開いた。

 いつかのように、そこには開店待ちの男性プレイヤーなどはおらず、コトコトと回り続ける水車と俺の家が見えた。

「そう言えばリズ。鍛冶に大事なのは無心で叩くこと……っていう通説、リズは信じてなかったが、リズお手製のコツとかはあるのか?」

 本当に何の関係もない思いつきだけの質問に、リズは虚を突かれたようで、少しだけ考える動作を見せた。
あまり口には出来ない感覚的なものなのか、少々考えあぐねた後、ボソッと口に出した。

「……想い、かな」

 リアリストを気取っている節のあるリズにしては、無心で叩くという通説より、予想外のロマンチックな答えだった。

 ……だが不思議と、その言葉は俺の心の中に染み込んで行った。

「そうか……そうだよな……いや、いきなり変なこと聞いて悪かった。行ってくる」

「いってらっしゃい。約束守るのよ!」

 リズの送り出してくれる言葉に無言で応えると、ふと、我が家の方をチラリと見た。
その玄関先――俺のかつての仲間たち、ギルド《COLORS》の写真が飾ってあるところに、四人のプレイヤーがいた気がした。

 夢か現か幻か――それでも、ギルド《COLORS》ともう一度会えたことに感謝すると、もうどこにもいない彼らにも挨拶をして転移門へと向かった。

 第七十五層フロアボス攻略戦まで、残り30分に差し掛かろうとしていたところだった。
 
 

 
後書き
早くボス戦書けよ、とツッコまれそうでドキドキしてます蓮夜です。

しかし、ここを逃すとリズの出番がなく……しかし、ボス戦前にコイツ等は何故にイチャイチャしてるのか。

感想・アドバイス待ってます。 
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