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おいでませ魍魎盒飯店

作者:卯堂 成隆
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Episode 3 デリバリー始めました
  屋敷妖精達とお座敷戦争

 およそ戦術というものは、状況に左右されやすいモノである。
 たとえば、平原においては無類の強さを発揮する騎馬を……狭くて起伏の大きな屋内戦闘に導入しても意味が無い。
 重い鎧を着込んだ兵士を機動力を求められる遊撃戦に配置するのも、まさに愚かというべきだろう。

 つまり、戦いとは風の流れや生き物のようなものであり、常に状況を鑑みながら最適の判断を求められるモノなのだ。

「総員、迎撃体制をとれ! 第壱部隊から第参部隊までの屋内部隊は敵を直接排除する! 第肆部隊と第伍部隊は、全員呪詛によるバックアップを担当しろ! 第陸部隊は負傷者の保護と救出! 詳細は各部隊長に聞け!」

 戦士クリストハルトと勇者カリーナの侵入を受けた砦の中では、この砦の責任者であるボイツェフ中隊長が矢継ぎ早に命令を下していた。
 そしてここにきて急に動きを慌しくしているのは、本来内向きの業務担当であったメイドや執事たち。
 そう、彼等こそは屋内戦闘のスペシャリストであり、この砦における最後の切り札なのだ。

「第肆部隊、対勇者対策として理力による結界を発動します! 火を使う理力や魔道具(アーティファクト)の使用は控えてください! 全員、火気厳禁エネルギーフィールド展開! 行くぜ、乙女共! あの腐れ人形女に火花一つ吐き出させるな!!」
 普段の粛々とした言葉遣いをかなぐり捨てて叫ぶのは、魔界の淑女にして家屋の女王であるシルキーたちを中心としたメイド部隊。
 彼女たちの力は、そのほとんどが野外ではまともに発動できないが、そのぶん屋外では無類の強度を発揮する。
 そしてその能力は、即座に砦に入り込んだ招かれざる客へと襲い掛かった。


「あっ……炎の力が……」
「どうした、カリンカ?」
 カリーナの口からこぼれた僅かな呟きに、クリストハルトが怪訝な目をして振り返る。
 気が付けば、カリーナの目に輝いていた燠火のような光がいつのまにか消え失せており、その体を守っていた熱の鎧が消える前の蝋燭のようにちらついていた。

「ちっ……対熱転移フィールドか! 魔族共がこしゃくな真似を!!」
 彼が口にしたそれは、指定区域で発生した規定値以上の熱を全て別の触媒へと転移させて吸収させる結界である。
 要するに、対炎専用の身代わり人形である。

 ただ、触媒が吸収できる熱量には限界があり、容量を超えた熱を発生させてしまえば容易く解除できるのだが……おそらく触媒になっているのは熱エネルギーを捨てても問題の無い火山であったり、大きな湖といった熱に対する桁外れの耐性を持つ自然造形物。
 まぁ、別にカリーナの能力であれば相手が山であっても破壊できなくもないのだが……山を消し飛ばすような力を使った後の反動が予測できず、向こう見ずなクリストハルトをもってしても恐ろしすぎて試そうなどとは欠片も思わない。
 ――どうしたものか。

「いたぞ! 勇者と戦士だ!」
「ちっ……もう来やがったか!」
 思案する暇も無く、クリストハルトの耳に、敵の訪れを告げる声が響く。

「第壱部隊の屋敷小人(ブラウニー)共、全員その理力を床や絨毯になじませろ! 勇者共に足場の自由を与えるな!! 第弐部隊の夜鳴き乙女(キキーモラ)共は一斉突撃! お前らのハタキで奴らの頭を叩き潰せ!!」
 攻撃の指示が飛ぶなり、床板のフローリングは一瞬にして剣山となり、その上を覆っていた絨毯は蛇のようにうねりながら脚にまとわり付いてくる。
 剣とも無く槍でもない、まさに性質の悪い物の怪のような攻撃だ。
 しかもその合間を縫って、ハタキを構えた少女たちが天井や壁を走って襲い掛かってくる。
 見た目も正体もまごうことなきハタキだが、理力のこめられたソレはオークの頭蓋をも豆腐のように砕く必殺の凶器だ。
 それを剣をふるって追い払えば、敵は嘲り声を上げながら毒の煙玉を撒き散らしつつ、宙を蹴って蝙蝠のように体を翻して遠ざかり、その田遺恨具に合わせて別の固体が別の角度から襲い掛かるのだから始末が悪い。

「くそっ、なんて面倒な……」
 直接刃を交える戦士としての戦いならば負ける気はしないが、屋敷の妖精達の暗殺者じみた型にとらわれにくい攻撃は、クリストハルトほどの腕をしてもやりにくくてしょうがない。
 さらに妖精達の撒き散らす毒はが徐々に体の自由を奪って行くものの、それを中和する解毒の護符(アミュレット)のエネルギー量には限りがあった。
 ……これは一度撤収したほうが良いか?
 妖魄液(ピグメリウム)は十分に確保している。
 今戦っているのは、純粋に自分の意地だ。
 こんなところで勇者であるカリーナを危険にさらすわけには行かない。

「キーキーうるせぇんだよ!!」
 クリストハルトはカリーナの首につながっている鎖から不意に手を離すと、襲い掛かってきたメイド姿の夜鳴き乙女(キキーモラ)の脚を素早く掴み上げた。
 今までずっと片手しか使っていなかったため、その急な行動の変化に、夜鳴き乙女(キキーモラ)たちが一瞬戸惑いを見せる。

「うぉら!」
「きゃあぁぁぁっ!」
 気合と共に夜鳴き乙女(キキーモラ)を彼女の同僚達に投げつけると、不意をうたれた夜鳴き乙女(キキーモラ)達は攻撃を避けることもできず、そのまま弾き飛ばされて動かなくなった。
 彼女たちのウリはその素早い動きと予測不能な行動パターンであり、肉体的な強度は外向きの兵士たちに比べると格段に低い。

「ふん……このまま暴れても何の得も無ぇ。 そろそろ帰るぞ」
 普段の言動からは予想できないが、クリストハルトは勝利にこだわることはあっても執着することはしない男だった。
 無敗など、自分より弱いヤツと戦っていれば幾らでも達成できる。
 本当に大事なのは、ただ生き残ることのみ。
 それが戦士としての彼の持論だった。
 名の知れたの戦闘狂でありながらも状況を冷静に判断し、自らの引くところを判断できる素質……それこそがこのクリストハルトという男の一番恐ろしいところである。
 だが……

「暴れるだけ暴れておいて、そのまま帰るというのは少々虫が良くないですか?」
 ふと聞こえてきた少女の声に、クリストハルトはなぜか危険を覚えて周囲を見回した。
 ……階段の手摺がしゃべってる?
 先ほどの毒と一緒に、何か幻覚剤でも撒かれたのだろうか?

「あぁ、階段の手摺についている板をスピーカーの振動版に使っているだけ……といってもわかるはずないですね。 まぁ、結論を言うと、私はそこにいないって事です」
 ――なんだ、こいつは!?

「ハルト……何か、嫌な予感がする」
 珍しくカリーナが不安げな声を上げてクリストハルトの空いた手をギュッと握ってくる。
 その握られた手は緊張のためか冷たい汗がじっとりと滲んでいた。
「俺から離れるなよ」
 力強く答えを返したクリストハルトだが、彼自身もまた恐怖していた。
 こいつは今まで自分が相手をしてきた奴らとは何かが違う。
 判らない――この、憎しみでもなく嘲るでもなく、まるで移る水面の向こう側を見ているような無関心さは何だ?
 言っていることの意味が判らない事が恐ろしいのではない。
 何か、根本的にモノの考え方が違う、人間界でも、この魔界たるモルクヴェルデンの住人とも違う異質なる知性が恐ろしい。

 それはこの砦を守る妖精達をしても同じなのか、ただ得体の知れない恐怖に晒され、その顔に不安を貼り付けたままじっと様子を伺っている。

「そうそう、こういう話の場合、魔王がお姫様を掠うのが定番でしたっけ。 せっかくなので再現してみようと思いますが、あいにく王子様っぽい人もいないので、演出は大目に見ていただけるとうれしいです」
 その言葉と同時に、今まで感じたことも無い理力の脈動が足元を()ぎる。
「きゃあぁぁっ!!」
 耳元で放たれたカリーナの悲鳴に振り返ると、その足元が沼地に踏み込んだときのようにズブズブと地面にめり込んでゆくところだった。
「カリーナ! な、なんだ……この床! やめろ! ふざけんな! そいつは俺んだ!!」
 この現象が屋敷妖精達が使う理力であることは間違いは無い。
 だが、いかなイマジネーションがこんなデタラメな理力の行使を可能にしているのか?

 ――実際には人間時代に聞きかじったアニメの知識を元に物理法則をいじり倒しているのだが、彼等がアニメーション文化というデタラメな思考回路を理解することは永遠に無いであろう。

「手を離すな! 今引き上げる!」
「……ダメ! 逃げて!!」
 カリーナを引き上げようとするクリストハルトだが、カリーナは突如としてその手を振り払い、彼の手を拒んだ。

「な……なぜだ!?」
 理解できない拒絶に目を見開くクリストハルトだが、ふとその耳が調律の狂った弦楽器の音を捉え、あわててその体を翻す。
 状況を理解しての行動ではない。
 本能に従った結果である。

「……この鏃は人間の男に当たる」
 気が付けば、エントランスの手すりから二匹のケットシーがこちらの様子を見下ろしていた。
 一匹は先ほど名乗ったマルと言う名の三毛。
 そしてもう一匹は虎毛の剣呑な目をしたケットシーだった。
 マルというケットシーの周囲には、先ほどと同じく無数のシャボン玉が浮かんでいるが、この攻撃はその威力に反して攻撃速度が非常に遅いためほとんど脅威にならない。
 だが、その隣で虎毛が唱えた呪句が問題だった。

 ――必中の呪い!? なんてレアな!!
 フォモールと呼ばれる神々に伝わるソレは、条件さえ満たせば射るモノや投げるモノに絶対命中の力を与える恐ろしい呪術だった。
 つまり、攻撃があたらない事だけが弱点であったシャボン玉の攻撃の弱点を、完全に埋めてしまっているのだ。
 
「や、やめ……」
 目を見開くクリストハルトに向かい、無数のシャボン玉が魚の群れのような動きで襲い掛かる。
 その動きは風のような素早く、逃れてもすぐに方向を変え、ロクに迎撃をかける余裕すらない。
 ――こんなことをしている場合じゃない。 早くカリーナを……
 気がつけはカリーナの姿はすでに首まで床に沈みこんでいた。
 いまならば、床を砕けば救い出せるだろうか?
 いずれにせよ、時間はもう無い。
 手段は選べないか。
 正面から受け止めて突っ切る。 それしか手はない。

 覚悟を決めたクリストハルトは、懐から出せるだけの護符を取り出し、乏しい魔力をそこに注ぎ込む。
「くっ……こいやぁぁぁぁっ!!」
 全身に守りの力を纏わせたクリストハルトが吼え猛り、続いて爆発音が鳴り響く。
 軋む骨の痛みと血の臭い。 そして巨人に殴られたかのような、圧倒的な爆風の力。
 だが、ここで退く事は許されない。
 刹那の地獄を味わいながら、渾身の力を込めて、彼は荒れ狂う暴力に逆らいその一歩を踏み出した。

「カリーナ!」
 濛々と立ち込める土埃を突き抜け、クリストハルトの声が響く。
 砕けた鎧を身にまとい、満身創痍の肌を晒し、ガクガクと震える足を叱り付けて、クリストハルは必死にカリーナの姿を追い求めた。
 だが、その行為を嘲笑うかのように彼女の姿はどこになかった。
 絶望に打ち震える彼の耳に、ふたたびマルが魔楽器を爪弾く音が響く。
 さすがに次は耐えられないだろう。

 ――ここまでか。 戦場で散るのは覚悟の上だったが、このような終わり方はあまりにも無念だ。

「マル、ポメ、そこまででいい。 戻っておいで」
 しかし、姿なき声は無感動な響きをそのままに、クリストハルトにトドメを刺そうとするケットシーたちに帰還命令を告げた。

「まぁ、とりあえず彼女の身柄は預かった。 彼女はお姫様じゃくなて勇者らしいけど、細かいところは置いておこう」
 どうやらカリーナは生き埋めになって死んだわけではないらしい。
「……さて、交渉をしようか? そこの人間の戦士さん。 実のところを言うと、血なまぐさいことは嫌いだし、無駄な争いをするつもりは無い。 君が何もせずにここを去るなら、彼女の安全は保証しよう。 何だったら君が立ち去った後に人間界に返してあげてもかまわない。 けど、これ以上暴れるというなら……」

「わかった。 その条件を飲もう」
 少女――キシリアの台詞が終わるより早く、クリストハルトは剣を腰に差しなおし、両手を上に上げて降参の意を示した。
 いずれにせよカリーナを取り上げられ、さらに魔楽器とフォモールの神聖魔術の組み合わせを持ち出された段階でクリストハルトに勝算は無い。
 ならば、向こうが譲歩している間に言質をとって無事に帰る方策を探るのが得策と言うものだ。
 むろん交渉は信頼ありきであるし、魔族の言葉など信用などできるはずもない。
 だが、足掻いたところで殺されるのは目に見えているし、そもそも罠を勘ぐったところで、向こうに罠を張るだけのメリットが存在していなかった。

「それは認められない、キシリア殿! 君も魔族の一員であるなら、かの戦士をここで葬るべきだ!」
 エントランスの上では、この砦の責任者らしきダークエルフが少女に向かって気勢を吐いていた。
 だが……おそらく無駄だろう。
 この声の持ち主は、人間にも魔族にもおそらく興味が無い。

「言いませんでしたか? 血なまぐさいことは嫌いなんですよ。 それに自分の仕事は戦争では無くて料理を作ることですから、食べもしない生き物を殺すのは主義にあいません。 それに自分の敵を倒すのに部外者の手を借りるなんて、プロとして恥ずかしくないですか? 続きは自分の知らないところでご自由にどうぞ」
 キシリアの冷たい声がそう告げると同時に、上から一枚の紙を持った灰色のケットシーが降りてきた。

「どうぞ。 今回の請求書ですニャ」
 そう言って差し出された紙を見るなり、この砦の責任者であるダークエルフ――ボイツェフ中隊長は、端整な(かんばせ)が破壊されるのではないかと思うほど大きく目を見開いた。

「こ、このこの金額は……」
 よほどすさまじい金額が記されていたのだろう。
 問いかける声は僅かに震えていた。

「正当な金額だと思いますよ? 材料費、特殊技術費、運送費、その他もろもろを合わせるとそのぐらいになるかと」
「せ、せめてこの1/3が限界だ! いやなんとか半分までは用意しよう……。 だが、いずれにせよこの金額を全額支払うなんて不可能だ!」
「隊員を元気付けるための料理が欲しい。 金に糸目はつけない。 そうおっしゃったのはそちらではありませんか?」
「いくらなんでも限度というものを考えてくれ!!」
「騎士たる者が言葉を違えるのですか? 嘆かわしい。 最低ですね」
 姿無き少女の言葉が、ダークエルフの胸に容赦なく突き刺さる。
 その言葉尻を捉え、ケットシー三匹が『さいてー さいてー』と何度もコーラスのように繰り返した。
 ……なんと言う抜群のコンビネーション。

 周りの魔族達は係わり合いになるまいと、すでに全員この場から逃げ出している。
 かくして、中隊長の孤独な戦いは圧倒的に不利な状態で開始された。
 遠くから微かに聞こえる弔いの経文はいったい何の為ものだろうか?

「では、こうしましょう。 この砦に攻めてきた戦士と勇者を対価として差し出してくれるなら半額でいいですよ?」
「そ、そんな事が認められるわけないだろう!?」
「簡単なことじゃないですか。 ここにいる人たち全員が黙っていれば済む話です」
「き、君はビェンスノゥの民としての良心は無いのか!?」
「あいにく、魔王陛下と絶賛喧嘩中でして、街にも入れてもらえない身の上なんですよ。 まぁ、魔族としての良心がないわけではありませんが、自分のポリシーと比べると優先順位はかなり下ですね」

 その後、少女とダークエルフの舌戦は1時間近く続いたが、結果は予想通りダークエルフが折れた。
「もぅ……好きにしてくれ」
 魔神の眷属、そしいて冷徹非情で知られるダークエルフの目に涙が浮かぶ光景を見たのは、おそらくクリストハルトが人類初であろう。
 すばらしい快挙なのであろうが、全く嬉しくないのは何故だろうか?
 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 クリストハルトはこの姿無き少女に悪意が無いと確信し、一つの交渉を持ちかけた。
 
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