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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第三十三話 疑惑



帝国暦487年  7月 20日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  フレーゲル内務尚書



「卿もここに呼ばれたのか、フレーゲル内務尚書」
「うむ、どうやら卿も同様らしいな」
ブラウンシュバイク公爵邸を訪れ応接室に通されると先客がいた。ルンプ司法尚書、内務尚書である私とは時に協力者であり時に敵対者でもある。

「政府閣僚を二人も呼び付けるとは、ブラウンシュバイク公の勢威も大したものだ」
ルンプの隣に座ると彼が面白くなさそうに小声で囁いてきた。全く同感だ、帝国軍三長官の一人とはいえ、宇宙艦隊司令長官は最も低い立場ではないか。それが我らを呼びつけるとは……。

「元は平民だ」
「一応男爵家の血は引いているぞ、フレーゲル内務尚書」
「……認められるのか?」
ルンプ司法尚書が太い息を吐いた。

「実力は有る。それは認めなければなるまい。今回も反乱軍の意図を未然に防いだのだからな」
「イゼルローン方面軍か……」
「うむ」
小声での会話が続く。我々だけでは無い、今もこのオーディンの何処かで似たような会話がされているだろう。

多くの貴族が不満を持っている。先日の宇宙艦隊の編成についても平民、下級貴族を中心に編成をしている。明らかに我ら貴族をないがしろにしているとしか思えない。しかし功を上げているのも確かだ。その所為で正面から不満を言う事も出来ずにいる。鬱屈する事ばかりだ。

面白くない、……成り上がりの平民、男爵家の血を引いているとはいえ平民風情が帝国元帥、ブラウンシュバイク公となり我らの上に立っている。不愉快極まりない事実だ。それにあの男には何度も煮え湯を飲まされた。サイオキシン麻薬、ビーレフェルト伯爵の一件……。

そしてもう一人、目障りな小僧が居る。ラインハルト・フォン・ミューゼル、皇帝の寵姫の弟……。あの小僧、ローエングラム伯爵家を継承する事が内定していたが白紙に戻った。目障りな小僧もこれで少しは大人しくなるかと思ったがブラウンシュバイク公と組むことで以前より宮中、軍内部に力を伸ばしている。最近は面白くない事ばかりだ。

ブラウンシュバイク公が応接室に入ってきた。大公は居ない、軍人が二人、公に付いている。確かアンスバッハ准将とフェルナー大佐だったな。大公の腹心だ、若い公爵の御守り役だろう。大公も平民の養子が心配だと見える。ブラウンシュバイク公はソファーに座りながらにこやかに話しかけてきた。

「お呼び立てして申し訳ありません。実は新無憂宮では聊か話し辛い事をお願いしなければならないものですから」
「ブラウンシュバイク大公は御同席されぬのですかな」
聊か意地の悪い質問をしたがブラウンシュバイク公は表情を変えなかった。
「ええ、義父は此処には出ません」

ルンプ司法尚書と顔を見合わせた。
「ではこの呼び出しは大公は知らぬ事なのでしょうか」
「いいえ、知っておりますよ、ルンプ司法尚書。義父は私に任せると言いました」
「……」

可愛げがない。少しは不愉快そうな表情でも見せれば良い物をまるで表情を変える事が無い。おそらくはルンプも同じ思いだろう。何処か詰らなさそうな表情をしている。少しぐらいあたふたして見せれば良いのだ。多少は溜飲が下がるだろう……。

「お話しに入っても宜しいですか」
「もちろんです、我らに一体どんな用が有るのでしょう」
私が答えるとブラウンシュバイク公がじっと我らを見た、そして微かに笑みを浮かべた。

「そろそろカストロプ公を処分しようと思います。内務省と司法省には彼の犯罪についての資料が有るでしょう。それの提供をお願いしたいのです」
「……」
思わず目を見張り、そしてルンプと顔を見合わせた。彼も驚いている。

オイゲン・フォン・カストロプ公爵、財務尚書の地位にあるが評判の悪い男だ。いや評判だけでは無い、実際にやっている事も碌なものではない。しかし処分? まさかとは思うがあの事を知っているのだろうか。それで今回報復しようとしている? まさかとは思うが……。

「カストロプ公は財務尚書として帝国政府を支える国家の重臣の一人です。いくらブラウンシュバイク公といえども彼を処分など軽々しく……」
「フレーゲル内務尚書、詰らない事は言わないでください」
「……」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。ルンプが立てた音だ。それを聞いてブラウンシュバイク公が低く笑った。

「お二人に話す以上、リヒテンラーデ侯の了承は得ています。その程度の配慮も出来ない愚か者と思われたとは……、心外ですね」
「そういうわけでは……」
語尾が小さくなった。ブラウンシュバイク公が冷たい目でこちらを見据えている。口元には笑みが有った。

「命じても良いのですよ、資料を出せと。ですが成り上がりの若造にそう言われたのでは屈辱でしょう」
囁くような声だ。背中に悪感が走った。口調は穏やかだが凍り付く様な冷やかさが有る。さっきの会話を聞かれていたのだろうか……。

愚かな事を口にした、生まれはどうあろうと相手はブラウンシュバイク公なのだ、そして軍の重鎮でもある、軽く見る事など許されない。そしてブラウンシュバイク、リッテンハイム、リヒテンラーデ、軍が協力体制を取っている以上、公の依頼は命令と同じ強制力を持つ。

「ブラウンシュバイク公、御冗談はお止め下さい、我らは」
不満になど思っていない、そう言おうとしたが公は取り合わなかった。
「それに内務尚書とは色々と有りましたからね。この辺りで関係を改善したい、そう思ったので協力をとお願いしているのですよ」
「……」

顔が引き攣った、汗も流れている、慌ててハンカチで頬を押さえた。断る事は出来ない、断れば当然だが報復が有るだろう。下手に出て関係改善を望んだにも関わらず顔を潰したとして……。一体どんな報復が有るか……。オッペンハイマーは死んだ、コルプトは逼塞しベーネミュンデは自ら死を選んだ。我々には……、ルンプはまだ良い、私は敵対者とみなされ徹底的に潰される事は間違いない。

「早速資料を用意致します」
「私も早急に……」
我らが協力を約束するとブラウンシュバイク公は穏やかな表情で頷いた。先程までの冷たさは欠片も感じられない。

「私の両親の事件についても資料が有るはずです。間違いなくそれも用意してください」
「そ、それは……」
「あの男の命令を受けた人間が殺した、そうでしょう?」
ルンプ司法尚書が困惑している。資料を出して良いのかという事の他に何故知っているのかという疑問があるだろう。付添いの軍人二人も知らなかったようだ、懸命に動揺を抑えている。

「御存じなのですか?」
私が問いかけるとブラウンシュバイク公が軽く頷いた。微かに笑みを浮かべている、何処か楽しそうな表情だ。
「昔、親切な人が教えてくれました。なかなか義理堅い人で……」
「それは……」
「皇帝の闇の左手だった人です」
「!」

ルンプと顔を見合わせた。以前にも公が闇の左手なのではないか、何処かで関係が有るのではないかという噂は有ったが事実だったのか……。
「資料の件、宜しくお願いします」
「必ず」
「それとこの件については内密にお願いします」

ルンプも私も無言で頷いた。それを見てブラウンシュバイク公がまた笑みを浮かべた。さっきの楽しそうな笑みでは無い、凍て付く様な笑みだった。もし洩らせばどうなるか……、その事を思わせる笑みだった。



宇宙暦796年  8月 15日  ハイネセン 統合作戦本部  ヤン・ウェンリー



本部長室に入ると直ぐに本部長が声をかけてきた。
「御苦労だったな、ヤン准将」
「いえ、労われる様な事は何も……」
私の答えにシトレ元帥が苦笑を洩らした。ソファーに座って本部長と顔を見合わせる。顔色が良くない、少し疲れているのかもしれない。

「今回の作戦、失敗の原因は何処に有ると君は思うかね」
「……」
「答え辛いか……、情報漏れが原因だと思うか?」
本部長がヒタっと視線を合わせてきた。
「さあ、それは……」
どう答えれば良いか、溜息が出た。

作戦失敗後、遠征軍の総司令部では失敗の原因について皆が疑心暗鬼にならざるを得なかった。リューネブルク中将はブラウンシュバイク公がこちらの作戦を見破ったと言っていたが本当にそうなのか、実際には情報が漏れていたのではないか……。時に密やかに、時に声高に、総司令部の彼方此方で深刻な討議が起きた。

今回のイゼルローン要塞攻略戦、兵の動員そのものは秘匿しなかった。五万隻近い艦艇を動かすのだ、フェザーンの目を晦ますのは簡単ではないだろう。だから帝国も同盟の軍事行動を知る事は難しくは無かったはずだ。問題は作戦計画だ、何故ブラウンシュバイク公は知っていたのか……。

「もし情報漏洩が有ったとするとブラウンシュバイク公は遅くとも五月の中旬から末頃には情報を得ていた事になります。そうでなければリューネブルク中将が七月の上旬にイゼルローン要塞に居る事は出来ません。オーディンからイゼルローン要塞までは約四十日かかります」

「うむ、と言う事は五月の末の時点で誰が作戦の内容を知っていたかが問題になるわけだな」
「情報漏洩が有ったとすればです」
シトレ本部長が頷いた。

「私があの作戦の基となる作戦案を宇宙艦隊司令部に提示したのが五月の上旬です。そして作戦案が完成したのが五月の下旬に近かったと思います。ブラウンシュバイク公が情報を得たのが五月の中旬から下旬。この時点で作戦内容を知っていたのは宇宙艦隊司令部と統合作戦本部の一部です」

本部長の顔が歪んだ。そう、論理的に追っていけば情報漏洩者は身近にいるとしか思えない。そして本部長自身もその容疑者の一人という事になる。
「……ローゼンリッターが作戦内容を知ったのは何時だった?」
「作戦を説明したのは六月に入ってからです」
「六月か……」
本部長が考え込んでいる。やはり本部長もローゼンリッターを疑うのか……。

「もし彼らが情報漏洩者なら、リューネブルク中将は我々がイゼルローン要塞に到着する二、三日前に要塞に着いたことになります」
「不可能ではないが……」
本部長が呟いた。確かに不可能ではない。しかし余りにも時間に余裕が無さすぎる。現実にはとても可能だとは思えない。

遠征軍の総司令部でもローゼンリッターに疑いが向けられた。時間的に余裕が無い事を私が指摘すると皆口を噤むが納得はしていない。皆自分の周囲に情報漏洩者が居るとは考えたくは無いのだ。どうしても亡命者の子弟から成り立つローゼンリッターに疑いが向く。

「不可能ではありませんが難しいと思うのです。それにブラウンシュバイク公にしてみれば情報を得た時点でイゼルローン要塞に警報を発するだけで良い。リューネブルク中将をイゼルローンに送る必要は有りません」
シトレ本部長が私をじっと見た。
「……君は、ブラウンシュバイク公が見破った、そう思うのだね」
「……」

答えられない……。あの作戦は正攻法とは言えない、奇策だ。或る意味もっとも愚かしい作戦だと言える。だからこそ敵も意表を突かれると思った。だがそれをブラウンシュバイク公は見破っている。いや、見破っているとしか思えないのだがそんな事が有るのだろうか? どうにも信じられない……。

「それも確証はないか……」
「……申し訳ありません」
「厄介だな」
シトレ本部長が溜息を吐いた。そしてそのままじっと私の顔を見た。

「今回の作戦の成否については私だけではない、政治家達も関心を持っていた。それだけに失敗した事については酷く落胆している。そして彼らはブラウンシュバイク公が見破ったという事に疑問を抱いているのだ」
「……つまり真実は必要とされていない、生贄が必要とされていると……」
「……そうは言っていない、そうは言っていないが……」
本部長の歯切れが悪い。

ここ近年、同盟軍は敗北が続いている。それだけに今回の作戦に政治家達も期待していたのだろう。だがそれが失敗した。重なる敗戦に同盟市民の不満は高まっている、政治家も軍上層部も自分達に責任は無い、裏切り行為が有ったため同盟は敗れた、そう責任転嫁したい、同盟市民の不満を逸らしたいという事だろう。そしてその手の責任を押付けられるのは常に弱い立場の人間だ。

「この件が片付かない限り大規模な軍事行動は難しい……。トリューニヒト国防委員長はそう考えている。私も同感だ。君の言った通り、今回の敗因はブラウンシュバイク公が見破った事によるのかもしれない。しかし証拠が無い、今のままではどうにもならない……」
「……しかしだからと言って……」
「分かっている。厄介な事になった」
シトレ本部長が溜息を吐いた。

誰もがこの作戦の失敗を情報漏洩者の所為にしたがっている。たとえ真実はブラウンシュバイク公が見破ったとしてもだ。厄介な事になった、これから同盟軍内部で魔女狩りが始まるかもしれない……。





 
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