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或る皇国将校の回想録

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北領戦役
  第四話 暗闇に響く咆哮

 
前書き
今回の登場人物

馬堂豊久 独立捜索剣虎兵第十一大隊情報幕僚の砲兵大尉
     駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵将校として夜戦の支援を行う集成中隊の指揮を執る 
  
冬野曹長 馬堂豊久の率いる集成中隊第二騎兵砲小隊長。ベテランの砲兵下士官

杉谷少尉 馬堂豊久の率いる集成中隊鋭兵小隊長。
     (鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)

伊藤少佐 独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長、叛徒の家臣団出身で軍主流から外れた中年将校。
     夜戦の総指揮を執る。

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊第二中隊中隊長代理の剣虎兵中尉。
     剣牙虎の千早を伴い夜戦に臨む

西田少尉 第二中隊の小隊長、新城の幼年学校時代の後輩

漆原少尉 第二中隊の小隊長 生真面目な若手将校

猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官




※ぶどう弾形式は霰弾・直接小玉を詰め込むのは散弾と書いております。


 

 
皇紀五百六十八年 二月十日
午前二刻半 伏撃予定地点
独立捜索剣虎兵第十一大隊 集成中隊 中隊長 馬堂豊久大尉


「冷えるな…」
伏撃予定地点への布陣は迅速な物であった。
 馬堂豊久大尉の率いる集成中隊も既に本部の前方で配置を終わらせている。
 騎兵砲と鋭兵で第一中隊の突撃を支援を行い、その後は第二中隊の後方へ回り込み、大隊主力の撤退まで退路を確保を行う。
 この戦力不足の作戦ではどの部隊も同じが、この寄せ集め中隊も大隊の生命線を担っている。
――時間との勝負だ、敵が統制を取り戻すまでに制圧しなければ包囲されてしまう。
 馬堂豊久中隊長は既に幾度も行っている現状確認で緊張を紛らわしていた。
 彼は元来、砲兵大尉である。この作戦に置いては砲の運用を一任されているのも異例とはいえでたらめな人事ではない。
 だがすべての方が彼の指揮下に入っているわけではない。大隊が保有している騎兵砲は四門。その全てが彼の指揮下に入っているが、例外的に運良く手に入れたは良いが扱いに困った擲射砲は、退路に近い第二中隊の後方に配置されている。
 だがこれも退路を確保し次第、第二中隊から指揮権を引き継ぐ事になっているが一門だけでは満足に着弾観測もできない夜襲に不向きなので致し方ないだろう。
  そして、後方から戦況を探るために連れてきた導術分隊は艝で休ませている。夜間だけあって凄まじく冷え込み、これで休ませても体温が下がるだけで効果があるのか怪しいものだった。
「この調子だと待っている間に兵が倒れそうだ、導術兵が倒れたら取り返しがつかないぞ」
 忙しなく兵達の様子を見て回っていた馬堂中隊長がうなる。
「中隊長殿。風が吹かないだけマシですよ。砲弾も流されませんからね。」
 騎兵砲第二小隊長の冬野曹長が答える。
 五十路間近であるが経験豊かな下士官であり、天狼からの敗走時に行方不明になった将校の代わりに小隊の面倒を見ている。
「――まあな、だがこのままだとこちらまで弱りかねないぞ」

「なんとまぁ、敵に早く来てほしいと?」 
 にんまりと笑った歴戦の曹長を観て若い大尉も苦笑する
 ――参ったな、これじゃあ俺まで新兵扱いか。
 小規模な反乱程度であるが実戦を経験している事を内心自慢に思っていた豊久であったがこの有様ではなんの意味もなかった。
「むしろ帰ってほしいな。腹下したりして。」
 馬鹿を言って二人で失笑を交わす。
 ようやく豊久は集成中隊長の面を着け直す事ができた。
「フン、臆してはいないようだな。」
 伊藤少佐が歩いてきた、中隊の面々に答礼する仕草は活力に満ちており、どこか上機嫌そうである。
 ――騎兵将校なのだな、この人は。
 馬堂中隊長はこの上司に自分に欠けていると自覚しているものを初めて見出した。
「分かっているだろうが退却の判断は貴様に任せる事になるだろう。
大隊本部は第一中隊に続き前進し、第一・第三中隊の指揮をとる。」
 ――本部要員も駆り出したか。
 示唆はされていたが本当に行動するとはこの大尉は信じきれなかった。
「貴様は退路を確保したら導術で戦況を把握し、一刻以内に退却の機会を見計らって合図の青色燭燐弾を打ち上げろ。 もし、本部が全滅したら最先任大尉の貴様に指揮権が移る、貴様が大隊長だ」
 にやりと笑う姿を観て背筋が冷える――死ぬ覚悟が決まっている人間の顔だった。
「返事はどうした!!」

「はい!大隊長殿、確かに拝命いたしました。」
 無理矢理、祖父の教え通りに不敵な微笑を貼り付けながら豊久は祖父の事を思い出していた。
 ――指揮官は苦しい時ほどふてぶてしく笑え、と教えられた。考えを纏める時に、命令を下す時に、指揮官が怯えていようと無理にでも笑えば部下達はそれを信じて組織として動き続けるそうだ。
 ――今の自分はそれに縋りつくしかない。

「俺の指示で赤色燭燐を打ち上げろ。その後は作戦の範囲内で貴様の判断で動け。」
 ――大任だ。俺に出来るか? だが此処は軍隊だ。俺は軍人だ、それも将家の跡継ぎだ、地位だけでも先に与えられたのならばそれに応えるしかない。
「――はい、大隊長殿。」
 ぎこちなく――だがしっかりと口を歪めた。

 
同日 午前第三刻 伏撃予定地点
独立捜索剣虎兵第十一大隊 集成中隊 中隊長馬堂豊久


 ――来た。
第一中隊の猫達が細波のように動く、彼女達を信仰する剣虎兵達が武器を手に取る音がそれを報せた。
「騎兵砲は前進、側道まで二百間の距離で砲列を整えろ」
 中隊長は掠れた声で命ずる
 輓馬と車輪が無神経に凍てついた枝葉をへし折り静寂を蹂躙しながら旋回して砲列を整える。
 音が響くたびに呼吸が乱れるのが分かる、演習で初めて撃った時の砲声よりもこの遥かに静寂を乱しているだけであるのにひどく恐ろしい。
 「砲列を整えました」
 冬野が報告すると中隊長は即座に命ずる。
 「近接用の散弾を装填、赤色燭燐弾が上がったら即座に撃てるようにしろ」
 装填が完了して小半刻もせずに、狙いである前衛部隊が視界に入った。
 息を潜め、やり過ごしているがあまりにも敵の縦列が長い。
 ――多い、先鋒が大隊規模だとすると、敵の本隊は追撃の騎兵を多めに配置しているとすると六千以上、完全編成の〈帝国〉猟兵旅団に準ずる規模か?
 こんな時でも、いやこんな時だからこそか、馬堂豊久の脳髄は軍事理論による分析に逃避する。

 ――落ち着け、今必要なのは分析ではなく行動だ。 命令を下せ!
「曹長、各小隊に所定の計画の通りに、と伝達。
第一中隊が突撃後速やかに第二中隊の後方に移動、退路確保を支援する。
 ――軽臼砲には、赤色燭燐弾の打ち上げ用意を」
「了解であります。中隊長殿。」
 ――後は大隊長の判断次第だ。


同日 午前第三刻半 伏撃予定地点
第十一大隊 第二中隊 中隊長 新城直衛中尉


 接眼鏡を下ろすと新城直衛は命令を下した。
「中隊膝射姿勢、擲射砲分隊は敵中央に砲撃用意、復唱の必要は無し」
 声が震えないように注意している、自分の銃に装填をする手が震えていた事はもはや当然のものとして受け止めている。
 ――全てがまずい方向にうごいている、敵は最低でも旅団、いかに伏撃野襲でも大隊規模では幾ら何でも役者不足だ。
 そう、前衛をやりすごすという計画は――崩壊した。
 だが撤退は不可能だ。まさか青色燭燐弾を打ち上げるわけにはいかないだろう、撤退しても増援の当てはない以上は正面からの殴り合いしかないからだ。
 ――攻撃しかない。だが、合図がこない、独断で撃つか?
そうすれば大隊主力も呼応せざるをえない、僕が見捨てた若菜の様に――若菜と同じ?
しかし僕は正しい筈だ。
 ――いや、
 ――――だが。
 逡巡という贅沢な時間を打ち切る破裂音が聞こえた。遅れて赤光が敵を照らす。
 ――開戦の合図だ。
「撃てっ!」
 ほんの刹那、闇が閃光に駆逐され、そして再び闇に包まれた瞬間、砲声が轟いた。
豊久の中隊が合わせたのだろう、敵が動揺している。
そして、軽臼砲から燭燐弾が次々と打ち上げられ敵を照らす。
思わず渇いた笑いが出た。
照らし出された自分の中隊の担当は千近く、大隊主力が担当するのは更に多いだろう。
 つまり敵は〈帝国〉陸軍は真室大橋を奪うために旅団規模を割り振ったのだ。
「中隊長殿?」
 猪口が声をかける。
 ――あぁ射撃を途切れさせてはならないな。
新城は笑みを浮かべ、突撃の下ごしらえを命ずる
「総員、撃てぇ!」
 今度は、後方の一里に位置する擲射砲も火を吹く、中央の騎兵集団――将校達の一部を霰弾が挽肉へと変事させた。

「よし剣虎兵、及び尖兵、総員着剣」
 かくして猛獣たちは戦場へと躍り出ていった。


同日 同刻 交戦地域 後方
第十一大隊集成中隊 中隊長 馬堂豊久大尉



 第一・第三中隊が突撃を開始すると集成中隊は事前の計画の通りに退路確保の為に移動を開始した。
包囲だけは何としても避けなくては文字通り全滅してしまう。
「騎兵砲小隊は両隊とも移動開始が可能です。」
 大隊騎兵砲小隊長の報告を聞き、馬堂大尉は鋭剣を引き抜く。
「よし、鋭兵小隊は装填用意、側道を突っ切り第二中隊の代替主力との合流を支援する。
敵の数が予想以上に多い、第二中隊を主力部隊と合流する前に消耗させるわけにはいかない。
こうも数が多いと撃滅は不可能だ、頭を潰して離脱するしかあるまい」
 ――元々時間稼ぎの為の夜襲だが、この状況は控え目に言って泣きたくなる状況から涙もでない状況にまで一気に悪化している。
 
「危険ではありませんか?」
 鋭兵小隊長の杉谷少尉が聞いた。
 貴重な施条銃を与えられている鋭兵の生え抜き将校は、中隊長よりも冷静であった。
「勿論危険はある、だが最短距離は八百間程度、成功の見込みは十分だ。
それに剣虎兵達の強襲で敵は釘付けになっている。
今ならまだ可能だ。当然、騎兵砲は側道の外れを迂回させる。導術分隊も橇に載せて同行させろ。」
 ――どちらも危険に晒す事は出来ない。

「了解であります。中隊長殿は?」

「俺は鋭兵小隊を直卒する。 杉谷少尉も同行してくれ、俺が死んだら後を頼む。」
 自分の口にした言葉で恐怖がこみ上げる。腰に下げた特製の短銃と鋭剣が急に重くなる。
 その全てを無視して命ずる。
「行動――開始だ。」



 ――しかし流石は剣虎兵だな、強力であるし何より派手だ、敵を完全に引き付けている。
 暴れまわる猛獣とそれを巧みに利用して猟兵を刈り取る兵達を観て豊久は素直に感嘆した。
 ――急げば無傷で到着できるかもしれないな。
 成功するか、敗北するか、全ては時間の問題だ。
 だが予想以上に敵を圧倒し、引きつけている剣虎兵は鋭兵達が主戦場をかすめる様に移動する強力な手助けとなった。
「中隊長殿!」
 杉谷少尉が声をあげる。
「何だ?」
「二刻の方向に!」
 言われた方向に目を向けると乱戦から外れ統制を取り戻したらしい小隊が剣虎兵達へ銃口を構えている。距離は・・・五十間位か。
「総員、二刻方向。用意、撃て!」
 施条銃とそれを専門に訓練された鋭兵は射撃のみで敵の半数以上を刈りとった。
 残りは気がついた剣牙虎に薙ぎ倒されていく。
 ――あれは西田少尉と隕鉄か。
視線を交わすと、西田は鋭剣を振りながら、顎でしゃくる。
 その先で暴れる剣牙虎に見覚えがあった――千早だ。
「よし、総員再装填を済ませたら着剣――覚悟はできているな?」
 馬堂大尉も鋭剣を抜き、覚悟を固める。
 ――取り敢えず生きて帰ったら野戦銃兵章は絶対もぎとってやる!
 


同日 午前第四刻前 交戦地域
第二中隊 中隊長 新城直衛中尉


 猪口曹長が駆け寄り、報告を行う。
「ここの敵は片付きましたな。大半が逃げております。」

「損害は?」

「兵が三名程、将校と猫は皆無です。」
 ――上々だ、鋭兵小隊の援護が効いたな。
「撤退しますか?」
 猪口が言うが、それに応える前に声がかかる。
「おいおい、いかんよ。曹長、それを決めるのは俺だ。」
 支援を行っていた馬堂大尉が鋭兵達を引き連れてやってきた。
 彼の片手には鋭剣が握られており、彼自身も返り血を盛大に浴びている。
 
「随分と――気張ったみたいだな」
 そう言って大尉が頬を攣らせた。
 新城の姿は暗がりでなおそうさせるものがあった返り血は兎も角、壊れた銃を棍棒の様に使ったので銃床と顔に色々とこびりついていた。

「新城、俺達は発起線まで後退して退路を確保する。
君達には早急に大隊本部と合流してもらいたい、大隊長殿は前線で指揮をとっておられる。
今は敵の頭を早急に潰す必要がある、退路の維持は我々に任せてくれ」

 ――大隊長も前線に出ているのか、やはりそうした男なのだな。

「なら兵藤少尉麾下の尖兵小隊をお願いします。それに擲射砲も。
僕達は大隊主力の援護を」

「あぁ、頼む。此方も導術で情報を収集し、可能な限り支援を行う」





 本部を狙っていた中隊規模の銃兵を片付け、漸く本部の周辺にたどり着いた。
 ――流石に息が切れる。
 足を止めて後続部隊を待っているとがっしりとした影が新城に声をかけた。
「どうした!もう疲れたか!」
 ――大隊長か?まるで別人の様に溌剌としている。
 供は二人のみ引き連れているからだけではなく、その仕草はまさに騎兵将校の機敏さを感じさせるものだった。

「前衛は潰しました。退路は馬堂大尉の中隊が確保しております。」

そういうと応えるように砲弾がだいたい主力と交戦している敵の後方で炸裂した。
死人こそでないが、予想外の轟音に敵の戦列が乱れる動揺している様だ。
 ――豊久の指揮下にある擲射砲か?

「成程な、奴も気が利くな。 おい、ついでに此方も手伝え。」
 そういって大隊長が示した敵は方陣を組みかけているが、再び敵の後方に擲射砲が着弾し、不運な猟兵が鉄帽ごと頭を押潰された。
一拍おいてから霰弾が炸裂し数人が吹き飛ばされたが統制は崩れない。
 ――流石に導術兵だけでは着弾観測が難しい様である。
 ――導術を疲れさせるのはまずい、ここは僕達でなんとかしなくては。
「願ってもないことです。」

そう言うと頷いて大隊長は駆け去った





 剣虎兵大隊主力による二度の突撃は、敵を突き崩しつつあった。
まばらな擲射砲の支援は攪乱以上の意味をもたなかったが、それでも敵は態勢を整えきることができず、第二中隊も大隊主力も無視できない損害を出しているが、押し勝ちつつある。
 その時帝国軍が大量の白色燭燐弾を打ち上げた。後続部隊が追いついたのだった。
 大隊主力が斉射を浴びて次々となぎ倒され、騎兵中隊が新城達を無視して脇を駆けていく。
 ――砲を排除するつもりか。
 眼前の光景を照らす光に青が混じる――全てが崩壊しつつある中で青色燭燐弾が打ち上がったのだ。
 そして、その光に照らされながら将校が僕の前に飛び出してきた、銃を再び叩きつけ首を叩き折る。
 ――だが、抜けない――抜けない!
口から妙な唸り声がでるが、屍体は新城の施条銃の銃把を銜えこんだままであった。
千早の唸り声が聞こえ、――頭が一気に冷えた。
 ――僕は何をしていたのだ。腰には鋭剣と短銃がぶら下がっているし、千早もいるじゃないか。
  馬鹿げた様を晒し終えると猪口曹長が駆け寄ってきた。
「大隊本部は?」
「全滅です!大隊長殿も戦死なさいました。」

「――成程、指揮権は馬堂大尉に移ったか。
青色燭燐弾も上がった、負傷者を救出し急ぎ撤退する。」
 指示を出しながらも先程の騎兵達が脳裏にこびりつく。
 ――新たな大隊指揮官は無事だろうか? 騎兵と殴り合う程馬鹿ではないはずだが――


同日 午前第二刻 
集成中隊 中隊長 馬堂豊久


「中隊長殿! 集結していた主力が斉射を受けています!!
大隊本部が!本部が!」
導術分隊長が悲鳴の如く声を上げる。
「落ち着け。 順序正しく話してみな。」
 幸いと言うべきか、俺は他人が焦ると自分はかえって落ち着く質だ。
これで少なくとも将校の見栄は保っていられる。

「後方から、大部隊が、追いつきました、――集結した、大隊主力が、攻撃を受け、潰乱しています。
大隊本部は――攻勢の先頭に立っていた様です。」
確かめるように途切れがちに告げられた報せは俺が半ば予想していた通りの内容だった。

 ――あぁそうかやはり、大隊長は、失敗したのか? いや、覚悟していたのだろうな、少佐は。
 首を振って現実に戻る
――否、感傷に浸る贅沢は後だ。撤退の指揮をとらなくては。

同日 午前第二刻 側道開念寺方面
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久

「青色燭燐弾を打ち上げろ。二度打ち上げたら軽臼砲は放棄、分隊は擲射砲分隊と合流し、後退せよ。
導術分隊は今念寺の支援部隊へ連絡、早急に移動の用意を命じ、その後は、残存部隊の位置を探れ。
大隊騎兵砲小隊と集成騎兵砲小隊 鋭兵・尖兵小隊は、撤退を支援。指揮は俺がとる。」

「中隊長殿!中隊規模の騎兵が此方に向かっております!」
 (おそらく)導術兵が叫び声をあげた。
 ――糞、退路を断つか、余程の自信があるのか。
「騎兵砲は、急いで砲撃をしろ! 再装填は近接用の散弾だ!
導術!捉えた方向を指示しろ!」
砲声が轟く騎兵砲ニ門と擲射砲一門による霰弾が敵に降り注ぐ。
 次々と血を流して倒れるか落馬して踏み潰され魂を光帯の向こうへと旅立たせていくが生き残りの騎兵が青色に照らされながら此方に向かって来た。
 ――騎兵の胸元が青い光を反射した。
「――自信があるはずだよ、畜生。」
 無理矢理笑みを貼り付けていようと、その姿を見るだけで声が震えてしまう。
精鋭の象徴である胸甲を着けた敵騎兵は、俺に向かって突撃してきた。
「畜生!頭狙いか!
尖兵はどうにかして側面に!鋭兵は砲を守ってくれ!」
 短銃を抜き、先頭の騎兵を撃つ。
 ――倒れない?畜生ッ遠いか!?
一瞬焦ったが騎兵は一拍おいて胸を押さえ、悶絶しながら落馬した。
震える手で玉薬を火皿に注ぎながら叫ぶ。
「散弾の再装填はまだか?」

「間に合いません! 」 
冬野曹長が吠えるように応えた。射角の調整もこう暗くては手間取ってしまうか。

「我々が!」
 杉谷少尉が素早く鋭兵を展開していた。 そして側面には俊足の尖兵達が施条銃を構えている。

五十発以上の弾丸によって騎兵は全滅した。

 ――銃兵達が上手く動いてくれて助かった。

 俺が気を緩めた、その時だった。 
「大尉!」
 誰が叫んだのかは分らなかったがその意味は直ぐに分かった。
「痛っ・・・」
 俺の左腕に激痛が走ったからだ。
 俺が撃った騎兵だろうか、騎銃を構えている。

「糞ッ・・・」
 ――拳銃の輪胴を回し、敵を狙い、撃つ。
 敵は首を撃ち抜かれ血と骨片を撒き散らした。
 念の為に鋭剣を抜いて屍体を改める、屍体は胸甲騎兵だった。胸甲にヒビがはいっている。
 ――気絶でもしていればいいのに、無駄に仕事熱心な騎士様だ。
 気が抜けた所為か視界が揺らぎ、慌てて止血の用意をする。
「中隊長殿!」
 冬野曹長が駆け寄ってくるのを確認し、負傷の具合を看る。
 二の腕から血が流れている、肉が抉られており、出血も割と激しい
 ――よし、動くな、止血をすれば問題無い。
 まともに当たると骨ごと粉砕される、外れただけまだ運が良い。
「大丈夫だ、生きてるよ、止血を頼む。 
 ――それと導術を呼んでくれ、中隊長と呼ばれるのはもうお仕舞いだ。」
 倒れ込みたいところだったが、倍増した責務がそれを許さなかった。
 ――本当に危なかった、半分趣味とは言え、輪胴(リボルバー)式短銃を、蓬羽に作らせたのは正解だった、連射はまだ無理だが、輪胴を回すだけで撃てるのは一発ごとに装填するよりは遥かに便利だ。
「部隊の撤退状況は?」
 疲労困憊している導術分隊長が答える
「はっ・・・どうやら負傷者を救助していたらしく手間どっていますが、現在此方に向かっています。」
 そう言いながらも少し体を揺らしている――導術兵達も限界だった。
「よくやった、君達も一度開念寺まで後退し、休んでくれ。」
 第一中隊、第三中隊はどうなっている? どの程度統制がとれている?
 疑問を飲み込み、輜重隊の待つ開念寺まで下がらせた。
 ――主力が叩かれた、と言う事は――そういう事なのだろうな、第二中隊の救援が間に合わなかったか。
「杉谷少尉・兵藤少尉は各小隊を使って撤退の支援を。
擲射砲分隊・騎兵砲小隊は撤退しろ。」
 冬野曹長に止血をしてもらいながら指示を飛ばす。
 ――部隊が散りすぎだ、これでは集結に時間がかかりすぎる。
 匪賊討伐では問題にならなかったが、新たな戦訓を脳裏に刻む。
銃兵達が戦列を組み直して前進していくのを唇を歪め、見守るしかない。
 ――退路の確保が可能な内に合流できるか? 新城は――直衛は無事だろうか?


同日 同刻
第二中隊 中隊長 新城直衛

「負傷者達は?」
「五十名程救出に成功しました。孤立していた者達も合流出来ました。」
 猪口が答える。
「但し二十名程戦死者が。」
 やむを得まい。そろそろ限界だな。
「宜しい。直ちに撤退だ。今宵の地獄はここ迄にしよう。」
 将校は殆ど生き残っていない、僕が次席指揮官になるのだろうか?
 ――あぁ、まったくもって迷惑極まりなくとも興味深い状況だ。



「思ったより遅かったな。」
 負傷して顔を少々青ざめながらも新しい大隊長は、銃兵達と共に最後まで残り、将校の見栄を守っていた。
「申し訳ありません。大隊長殿。」
 そう言うと豊久は一瞬寂しげな表情を過らせ、直ぐにふてぶてしい笑みを浮かべた。
「第一・第三中隊も合わせてこの数か――
中尉、撤退するぞ。当分は扱き使わせてもらう。
なにしろ、人手不足だからな。」

 ――後方支援要員は開念寺に残してあるとはいえ、大隊の戦闘可能人数は二百名に届かないだろう。
 前線を支えられる将校も片手で数えきる事が出来るほどしか居ない。
 中々どうして悲惨な状況だ。
「了解であります。大隊長殿。」
 兎にも角にも軍隊故に選択権は無いが、少なくとも最悪から片足を抜いてはいられるようにしなければ。

 
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