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同士との邂逅

作者:日月
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十六 杞憂


はっと息を呑む。思い切り眼を見開いた直後横島は青褪めた。


「ナルトッッ!!!!」

足を縺れさせながらも崖のほうへ急ぎ駆け寄る。隠れていた事など頭から吹っ飛び、隣に大柄な男がいるのも構わず崖の淵から底を見遣った。ぐんぐんと落ちていく金髪に、大声で何度も名前を呼び掛ける。
そして、そんな横島の動向を見つめている大柄な男へキッと鋭い視線を投げた。

「テメエッ!なんてことしやがる!!??」
自身よりニ十㎝ほど背が高い大柄な男に掴み掛る。背後の茂みから突然現れた横島に動じず、男は逆に「さっきからこそこそついて来たのはお主かのう?」と問い掛けた。

「そうだよ!悪いか!?あんたどう見ても子どもを誘拐してたじゃね―か!!」
「失礼な奴じゃの」
「そんでたった今、こっからナルト突き落とすなんて何考えてんだ!!??」

自身より高い位置にある相手の胸倉を掴み横島は捲し立てる。依然として動じない男が横島の[ナルト]という言葉にぴくりと眉根を寄せた。

「はやく助け………っ」
「これは修行だ。他人は口出しするんじゃない」
「他人じゃねぇ!!!!大体修行って………」

形振り構ってられなくなって、横島は男の前だというのに文珠を生成しようとする。ナルトに[表の俺と関わるな〕と言われた事も[文珠を無闇に使うな]と咎められた事も、彼の頭にはきれいさっぱり消えていた。


しかし文珠を創ろうとしていた横島はピタリと動きを止める、他ならぬ目の前の大柄な男によって。




「………お前、ナルトに近づいて何を企んどる?」
首筋にぴたりとクナイを押し付けられ、喉がヒュッと鳴った。



覗きをしていた時とはまるで違う鋭い目つきで男は探るように睨みつけてくる。横島の首からつうっと一筋、血が流れた。
一瞬たじろいだがすぐさま横島は男の強い眼光を負けじと睨み返す。

「尾行する際の足音の立て方といい、忍びじゃなかろう?木ノ葉の里人か」
「……あいつらと一緒にすんな」
ナルトを助けたいのにわざとのんびり問い詰める男。焦燥に駆られ、おまけにナルトを忌み嫌う里人と同類に見られた横島は苛立ちが隠せない。


とにかく男のクナイをどうにかしようと、彼は男の背後を指差し。


「あ――――――――!!すっげ―ボインの姉ちゃんっ!!」

思い切り絶叫した。











「なにぃっ!!!???」
案の定食い付いて来た男のクナイが横島の首から一瞬離れる。その瞬間を狙って男の間合いから抜け出た彼は、脇目も振らず走りだした。


「………どこにもボインの姉ちゃんいね―じゃねーか……って」
辺りをきょろきょろ見渡した男が、クナイと崖に沿って走る横島の背中を交互に見遣る。一瞬あちゃーという表情を浮かべたが、すぐさま彼は横島を追い掛ける体勢に入ろうとした。
いくら足が速いといっても忍びにとっては大した速さではない。三忍と謳われる男ならばあっという間に埋められる距離だ。



ナルトは人柱力である。九尾の妖狐が封印されている彼を利用しようと考える者は多い。だから善人を装って良くも悪くも純真なナルトを誑かす輩が後を絶たない。
ナルトという名前を気軽に呼んだり他人じゃないと怒鳴ったりした横島を、男――自来也は胡散臭い人物だと判断した。

「易々逃がすわけにはいかないのう」
横島がそういった輩かもしれぬため、自来也はクナイをおさめて彼を追い駆けようと足を踏み出し。



「……逃がしてやってくれないか?」
直後に気配もなく背後から聞こえた声に硬直した。












「悪いな、自来也」

突然現れた人物に、自来也は急ぎ振り返ろうとする。
しかし既に遅かった。

瞬間、身体の自由が全く利かなくなった彼の口からは驚愕の色を孕んだ言葉が絞り出される。

「ナ…ル…ト…?」


いつも天真爛漫で明るい雰囲気を絶やさない少年が、つい先ほど崖から突き落とした子どもが、涼しげな顔で立っていた。
馬鹿騒ぎをするとは思えない怜悧そうな少年は正しくうずまきナルトだった。

無表情で見上げるナルトの蒼い双眸が自来也を射抜く。思わずたじろいだ自来也は、額に触れてきた彼の指先を避ける事が出来なかった。

≪崖からうずまきナルトが落ちてから、あんたは誰にも会っていない≫


その言葉を聞いた途端自来也の眼は虚ろになる。ぼんやりと虚空を見つめる彼の隣で、ナルトは横島が駆けて行った方向へ視線を向けた。
本体が横島の腕を掴んだのを見てふっと笑う。そして次の瞬間には彼の姿はなく、代わりにボウンと煙がその場に立ち上った。






走りながらも横島は文珠を生成しようと必死だった。いつ大柄な男が追い駆けてくるか若干後ろを気にしながら霊能力を拳に込める。ようやく出来た文珠に何の字を入れるべきかと混乱しつつ、横島は崖の底を見下ろした。

「くそ、ナルト無事でいろよ…っ。今助けるからな」
「その必要はない」

文珠を握っている右腕をぐっと掴まれる。ギクリと身体を強張らせた横島は、腕を掴んでいるのが助ける対象である事に目を見開いた。

「ナルト!」
「表の俺と関わるな……そう言ったはずだが?」

掴んでいた腕を放した彼は若干の呆れを含んだ声で横島に言葉を投げる。突然姿を見せたナルトにしばし呆然とした横島だが、告げられた言葉にむっとした。

「んだよッ、危ない目にあってるのを普通見過ごすわけにはいかねえだろ」
掴み掛るように横島は怒鳴る。


三代目火影の記憶を持っている彼はナルトが演技している理由を頭では理解している。それでも目の前でナルトが崖に突き落とされ、頭に血がのぼった。身体が勝手に動いてしまったのだ。
助けようとしたのに咎められた、そういった釈然としない思いが横島の胸中を占める。


暫し横島はギリギリとナルトを睨みつけていた。けれど無表情のまま変わらないナルトの顔を見ていると次第に頭が冷えてくる。生成した文珠を体内にストックして、彼はもごもごと口を開いた。

「……っ、悪い。でも…あのおっさん、お前に死んでこいって…」
それに崖から落ちるの見たら居ても立ってもいられなくなって…、と言い訳する横島の言葉をナルトは遮った。

「修行だ。死ぬ気でやれって意味でな。それにあの男は里人ではない。忍びだ」
「…あんな、崖から落とすような…危険なのが修行なんか…」
「そうだ」
きっぱりと言い切るナルトにもはや言葉が出ない。口を噤んだ横島に、ナルトは息をついてから口を開いた。

「もういい……とにかく早く屋敷に帰れ」
「……いやさ、その…帰り道がわかんなくて…」
自来也に激昂した際には冷静さが欠けていた。その事を自覚している横島はたははと頭を掻く。ようやくいつもの調子に戻った彼に、ナルトは内心横島の不安定な精神に対し懸念を抱いた。



横島が自来也の後をつけていた事は、気絶したふりをしていたため知っていた。鳩尾に一発殴られたところで痛くも痒くもないナルトは横島がいつ自身の名を呼ぶかと冷や冷やしていた。
一瞬で作った影分身に横島の動向を密かに見守らせる。意外と自来也に突き落とされるその時まで一切ボロを出さなかったのには感心したが、自分を助けるため文珠を使おうとしたところはいただけなかった。故に一気に崖の上へ跳躍したのである。


ナルト本来の力を等分した分身体は、記憶操作という高等忍術も当然使える。そのため横島を見守らせていた影分身に、自来也の記憶から横島の存在と素の自分の記憶のみを抹消させたのだ。
今現在横島の存在を知っているのはナルトと三代目火影、それに月光ハヤテである。加えて横島の文珠は決して人の見ている前で使ってはならない。
ただでさえ今は音と砂の里が陰謀を企てている時機。彼らが文珠という万能な神器を生成できる人物に目をつけたらマズイ事になる。そのためなるべく横島の存在を隠蔽すべきだと考えたナルトは自来也から記憶を消したのだ。


それに今の横島は被っていた道化を剥がしている。いい事であるのは違いないが、それは彼の安定していた精神を乱す事に繋がるのだ。道化の横島忠夫像は彼にとって理想であり生きていくのに必要不可欠だった。

道化を被り演技する。辛いのにそれらをする事でどこか安堵を感じていたのも確かなのである。

道化をゆっくりと剥いでいる横島はどこか気持ちが荒んでしまい短気になっている。今まで道化を被り続けてその度に蓄積していた鬱憤が、ようやく発散されている最中なのだ。



(……それに、文珠を無闇に使いすぎる)
暗に横島の身を心配している故、ナルトは彼が表の自分と関わるのを良しとしなかった。里人に襲われた経験もあるのにどうしてもっと警戒しないのかと、もどかしくて仕方が無い。
歯痒い思いを抑え、ナルトは指笛を吹いた。



「………瑠璃について行け。屋敷に戻るよりアパートのほうが近い」
屋敷を囲む森には侵入者防止の結界を張っているのでいくら横島でも屋敷には辿り着けない。そのため、アパートから屋敷に行くほうが確実なのだ。しかしそうとは言わず、ナルトは頭上を指差した。

ナルトの指を目で追った横島は、何時の間にか空を旋回している鳥の姿に眼を瞬かせる。
そしてはたとナルトに問い掛けた。
「……大丈夫、なんだな?ほんとに大丈夫、なんだよな?」
「ああ」
横島の問いに了承の答えを返した途端、ナルトは自ら崖から跳び降りた。

「ナルト!?」
「早く行け」

ぐんぐん崖の底へ吸い込まれていく金髪から催促され、横島はぐっと下唇を噛み締める。ナルト自らが落ちたのならきっと大丈夫なんだろうと、そんな漠然とした考えが彼の頭を過った。
もう一度崖の底を見下ろした横島は、今度こそ本当に瑠璃の後を追い駆けて行った。












横島の姿が見えなくなった時点で、自来也ははっと夢から醒めたように周囲を見渡した。
そして崖の下のほうからボウンッと立ち上った煙に目を細める。

「よりによってガマブン太を呼び出しちまうとはの…」
『なんじゃ、自来也!わしをこんなとこに呼び出しおってっ!!』


崖全体に轟くような声が自身の名を呼んだ事にふっと口許を緩ませた彼は、先ほどの横島の事も素のナルトの事も全く憶えていなかった。




















頭上を飛ぶ鳥――瑠璃の姿を見失わないように追い駆けながら、横島は密かに自嘲する。

(結局、俺は何の役にも立ってねえ………)
むしろナルトの重荷になっていると、欝屈した心情で彼は街並みを歩いていた。

とりとめもなく自分を責め続けていた彼は瑠璃の鳴声ではっと我に返る。何時の間にか見覚えのある道に横島は立っていた。ここから先は自力で帰れるので、瑠璃に「もういい」と手を振る。

その手振りの意味が理解できたのか瑠璃はくるりと大きく空を旋回し、悠然と空高く舞い上がった。あっという間に姿が見えなくなったのをしばし見送った横島はアパートへ向かう。


鍵を開けようと軽くドアに手を掛けた。途端、キイ…と勝手に開いたことに目が点となる。
鍵を掛け忘れたのだろうかと中に足を踏み入れ、横島は呆然と立ち竦んだ。





ナルトの家はまるで台風が通り過ぎたかのようにめちゃくちゃに荒らされていた………――――――。
 
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