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塹壕の中で

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第三章

「クッキーかよ」
「チョコレートもあるぜ」
「それにバターもあるぜ」
「まともな燻製もな」
 肉まであった。しかもだった。
「すげえ、ワインだぜ」
「ワインもあるぜ」
「何ヶ月ぶりだろうな、ワインを見るなんてな」
「ああ、本当になかったからな」
 彼等はそのワインのボトルを見て目を輝かせていた。戦場では最初からなかった様なそれが届けられたのだ。
 兵士達はそのワインを見て言うのだった。
「いいなあ、やっぱり」
「食う時にはこれがないとな」
「それに肉もな」
「ああ、いつもと違ってな」
 普段のかなり質の悪い豚肉ではなかった、七面鳥の肉だ。
 それを燻製にしたものを見てそれで言い合うのだった。
「クリスマスだからだな」
「ああ、それでだよな」
「これもいいな」
「クリスマスっ雰囲気だな」
「しかしな」
 ここでまた言う彼等だった。そして。
 ライムも新鮮だ、こうしたものを食べながら彼等は笑顔になっていた。
 その笑顔でまた言うのだった。
「戦争が終わればずっとだよな」
「いや、パンが柔らかくて美味いものになるからな」 
 まずはパンがそうなるというのだ。
「肉だって燻製ばかりじゃなくて焼いたり煮たりとかな」
「それにシチューかポトフもついてな」
「今なんて薄いスープばかりでな」
「こんなスープでもないからな」
 スープの中には人参や玉葱が結構入っている、しかし普段は今の半分程度しか入っておらず薄いものだ。
 そのまだ薄いスープも見ながら話すのだった。
「もっとな美味いのが出るからな」
「バターもあってな」
「チーズも美味いぜ」
 今のそのコンクリートの様なチーズでもないというのだ。
「戦争が終われば全部食えるからな」
「しかもこんな塹壕じゃなくてストーブのある家の中で食えるんだよ」
 この塹壕こそが不幸の元凶だった、今の彼等にとって。
「戦争が終わればな」
「そう思うと余計に早く終わって欲しいな」
「全くだぜ」
 酒も入って余計に言う彼等だった。
 そのうえで戦争の早期の終結を願っていた、そして。
 兵士の一人でここで言ったのだった。
「サンタクロースへの願いはこれしかないな」
「戦争の終わりか?」
「それだな」
「これしかないだろ」
 こう言うのだった。戦友達に対して。
「今の俺達にとってはな」
「そうだな。戦争が終われば今よりずっと美味いものが食えてな」
 そしてだった。
「塹壕の中じゃなくて家に帰れてな」
「家族もいるぜ」
 夢は膨らんでいく、些細なものであっても。
「しかも戦死する心配もないからな」
「じゃあサンタさんにお願いするか」
「そうするか」
 こう話して実際に夜空を見上げる。夜空は戦場には不釣合いまでに澄み渡っていてそのうえで多くの星達が瞬いている。
 その星達のうちの一つ、皆無意識のうちに一際白く大きなものを見上げてそして願ったのだった。
 戦場の中のクリスマスのことだった、彼等は普段よりは豪勢な食事を楽しみながらそうしてサンタクロースに願った。
「早く戦争が終わりますように」
「一日でも早くな」
 こう祈りを捧げてクリスマスの夜を過ごした。彼等にとって今は普段よりいい一日だった、そしてその普段が終わって日常に戻ることを心から願うのだった。塹壕の中で。


塹壕の中で   完


                   2012・12・2 
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