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食べないもの

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第四章

「これを」
「こうして見れば只の缶詰だよな」
「猫の為の」
「しかも日本人も食う魚か」
「その通りです。アマコスさん達はヒラメは」
「絶対に食わないからな」
「そうですよね。ですが美味しいですよ」
 ヒラメの味についてもだ。笑顔で話す八神だった。
「焼いても煮ても」
「俺達の料理に合わないだけか?」
「そうですね。フィリピン料理にはヒラメは少し、ですね」
「自分が食わないものを売るのも妙だな」
 こうも言うロベルトだった。
「実際のところな」
「そうなのですか」
「しかしまあ稼ぎになってるからいいけれどな」
 それで生きているからだ。彼としてもよかった。
 そのうえでその缶詰を見てだ。ロベルトは再び八神に尋ねた。
「で、これ人間も食えるのかい?」
「はい、食べられますよ」
 八神は微笑んでロベルトのその問いに答えた。
「ですが私はあまりお勧めしません」
「猫が食うものだからな」
「ですがヒラメ。舌平目自体は日本では御馳走なのですよ」
「御馳走かい、しかも」
「そうです。ですがフィリピンではですね」
「完全に猫の餌だからな」
 人間は食べない。それは確かだった。
 そしてだ。ロベルトは八神にこんなことも言ったのあった。
「しかもあれだろ。あんたこの前あんなの食ってただろ」
「あんなのとは?」
「ほら、あの漁の網にかかる棘ばっかりのやつな」
「海栗ですか」
「それとぶにゃぶにゃした目も鼻もないパンのできそこないみたいな青黒いの」
「海鼠ですね」
 ロベルトは忌々しげにそういったものを話に出すが八神はそういったものの名前をすぐに言ってみせてそのうえで笑顔を見せる。実に好対照だ。
「どちらも美味しいですよ。日本酒にも合って」
「そうなのかい」
「それにヒラメにしても市場にもありましたが」
 フィリピンのだ。八神はロベルトにそのことを話した。
「それもかなり安く」
「安いだろ?だからこっちじゃな」
「猫の餌にする様な魚ですか」
「そうだよ。少なくとも養殖までして大々的に売るとかはないな」
「あくまで網にかかって売れそうなのをだけですか」
「叩き値で売る。そんな魚なんだよ」
 フィリピンではそうだというのだ。
「それで何でそんなのをって思ってるさ」
「ましてや海栗や海鼠は」
「あんなの食えるのかね、本当に」
「ですから私達にとってはです」
「日本人にとってはなんだな」
「はい、美味しいものなのです」 
 そうだとだ。八神はその海栗や海鼠の味を思い出して笑みさえ浮かべている。それはまさに美味なるものを思い出しての、そうした笑みでの言葉だった。
「そうなのですよ」
「じゃああれかい?海栗とか海鼠も日本に輸出したら売れるのかい」
「あっ、いいですね」
 ロベルトのそうなるのか、という何気ない言葉にだ。八神はだ。
 明るい笑顔になりだ。そしてロベルトに言ったのである。
「それもビジネスとして考えてみましょう」
「日本人はわからねえな」
「そうしたものを食べることがですか」
「ああ。俺は難しいことはわからねえけれどな」
 右手で自分の頭を掻きながらだ。ロベルトは述べた。 
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