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食べないもの

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第二章

 漁師の綱元にだ。こう言われたのだった。綱元は白髪の小柄な老人だ。生まれてこのかた漁で暮らしてきた生粋の海の男だ。その彼がロベルト達に言ったのだ。
「うちはこれから漁だけじゃなくてな」
「漁だけじゃない?」
「っていうとどうしたんだよ」
「何か他にやるんですかい?」
「養殖もやることになったからな」
 こうだ。ロベルト達に話してきたのだ。
「そっちもな」
「養殖!?」
「養殖っていいますと」
「ヒラメとかそんなのを養殖することにしたんだよ」
 綱元はまた彼等に答えた。
「そっちもやることにしたんだよ」
「ヒラメって何だ?」
「そんな魚あったか?」
「聞いたことないよな」
「そうだよな」
 殆どの漁師達はヒラメと聞いてもだった。誰もが首を捻ってこう言うばかりだった。
 だがヒラメがどういった魚か市場に来ていた日本人に教えてもらっていたロベルトはだ。綱元の言葉に応えてこう言ったのだった。
「あの平べったい魚ですか」
「おっ、アマコスさんは知ってるんだな」
「ええ、それで顔が左にあるんですよね」
「そうだよ、その魚だよ」
 綱元も彼のその言葉に笑顔で応えて言う。
「それでそれをな」
「養殖するんですか」
「それで売ることにしたんだよ」
 こうロベルト達に話す綱元だった。
「これからはな」
「ヒラメっていってもです」
 ロベルトは首を捻りながらだ。綱元に述べた。
「そんなのは俺達食べませんよ」
「そうだな。それはな」
「はい、けれどそれでもですか」
「ああ、売れるあてというかな」
「買ってくれる人はいるんですか」
「いるから養殖するんだよ」
 まさにそうだとだ。綱元は笑顔で話す。
「養殖のノウハウも教えてもらってな」
「それまでなんですか」
「そうだよ。この人がな」
 綱元がその顔を右にやるとだ。そこにだ。
 ロベルトが前に会いヒラメを教えてくれたあの日本人がいた。眼鏡に七三分けの黒い髪に微笑み、フィリピン人の間でもいささかステレオタイプになっている日本人の姿だ。
 その彼はロベルト達に一礼してからだ。その微笑みと共に名乗ってきた。
「はじめまして、日本から来ました」
「あれっ、日本人?」
「日本人ってそういや魚好きだったよな」
「じゃあ養殖ってのは」
「日本に輸出するのか?」
「八条水産の八神順一といいます」
 その日本人は務めている会社と自分の名前も話してきた。
「今回はここで養殖の技術協力で来させてもらいました」
「あんたこの前会ったよな」
「あっ、市場で御会いした方ですね」
「ああ、そうだよ」
 ロベルトは彼に答えた。そのことはお互いに覚えていた。
 そしてだ。彼はこうその日本人八神に尋ねた。
「あんたこの前市場にいたのは」
「はい、綱元さんと養殖のことでお話する為でした」
「そうだったんだな」
「それで、です。そしてヒラメの養殖ですが」
「あんた達が食うのかい?」
 ロベルトはまた八神に尋ねた。
「ヒラメを」
「確かに私達にとってヒラメは御馳走です」
 八神はヒラメのことを笑顔で話す。日本ではヒラメはそうだというのだ。
 しかしだ。彼はここでこう言ったのだった。 
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