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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第118話 劉協の複雑な想い 前編

 皇帝陛下から冀州牧に任じられた私は慌ただしく、冀州帰還の準備を行なっていました。
 冀州、幽州にいる家臣達には州牧任官の知らせをしたためた文を早馬で出したので程なく知るでしょう。
 上洛して以来、劉協の件で多忙だったこともあり姉上に合うことを失念していました。
 姉上の屋敷のあった場所に出向くと空き家で焦りましたが、姉上の行方を調べると兗州刺史として任地に赴かれているとのことでした。
 冀州帰還の際に姉上だけでなく両親にも顔を見せておくことにしましょう。
 ところで劉協から文が届いているのですがどう対処するべきか悩みます。
 私は洛陽にある私の屋敷にある自分の書斎で問題の文を前に自問自答を繰り返していますが結論が出ず困っています。
 「劉ヨウただ一人で董太后の宮殿に参れ。何者の帯同はまかりならぬ」
 文には短い文章が書いていました。
 私一人で劉協の生活の場である董太后の宮殿に来いとは嫌な想像しかできません。
 周囲の者が私のことをどう思うでしょう。
 何進は私を信頼できたとしても、何進の取り巻きは私に対し疑念を抱くこと請け合いです。
 病気を理由に事態するにしても、時期があまり善くありません。
 これから州牧として冀州へ赴くにも関わらず、病気を理由に会うことを拒否できないと思います。
 私には妙案が浮かびそうにありません。
 「正宗様、協皇子は何と?」
 揚羽は私の表情を見て察したのか声をかけてきました。
 「私一人で董太后の宮殿へ来いと言っている。その上、何者の帯同も許さぬと念の押しようだ。揚羽、どう対処すればいいと思う?」
 私は困った表情で揚羽を見ました。
 「今回は私が帯同するわけにもいかず、辞退するわけにもいきません。結果は出ています。行くしかないでしょう」
 揚羽は笑顔で私に答えました。
 「楽に言ってくれるな」
 私は溜息を着き右腕を椅子の肘掛けに置き右頬を支えながら言いました。
 「協皇子は自分の後ろ盾を欲しておいでなのでしょう。協皇子が皇帝の座を望む望まない関係無く彼女の後ろ盾は皇帝陛下と董太后のみです。お二人は高齢であり彼女も幼い、彼女が権力基盤を築くには時間が無さ過ぎます。お二人がお隠れになれば彼女の立場はかなり不安定なものになり、暗殺の危険すらあり得ます。彼女は最悪な事態から身を守るためにには政治力・武力ともに持ち合わせた後ろ盾が必要になります」
 「それが俺というわけか?」
 「いえ、正宗様は候補の一人というだけです。立場が脆弱な高貴な者が望む後ろ盾足り得る人物像をお考えください」
 「操りやすい人物」
 私は直ぐに思いついたことを言いいました。
 「正解です。協皇子は皇帝の座を目指せる程高貴なる身分ですが、彼女を守る勢力があまりに心許ないのが現状です。将来の後ろ盾に成り得る存在が近親者に居ない以上、彼女が制御できない人物だと不味いわけです」
 揚羽は真剣な表情で俺に顔を近づけて小さい声で呟きました。
 「協皇子に私が制御できない、もしくは信用のできない人物と思われれば良いわけか?」
 「信用できない人物と決めつけられるのは得策ではありません。つかみ所のない人物と思われれば重畳です。現在の協皇子のご心境を察するに不安で一杯だと思います。だからこそ協皇子は行動一つ取るにしても慎重なはずです。正宗様は彼女に同情し胸襟を開き言葉を交わすことをしなけばいいのです。わかりましたか?」
 揚羽は顔を近づけたまま突然厳しい表情をして言いいました。
 「分かった」
 私は揚羽の表情に気圧され返事をしました。
 「心配ですね。決して協皇子に心許さないように」
 私の様子を見て、揚羽は嘆息しました。
 「大丈夫だ。上手くやる」
 「手を出してください」
 揚羽は私の言葉を無視して手を出すように促すと私の手を掴み裾を上げ懐から出した筆で何やら文字を書き出した。
 「うっ。揚羽、何をするんだ」
 「『協皇子に心許さぬように』と書きました。宮殿で協皇子と対面中に彼女に心許すような事態に陥ったときはこの手の文字を思い出してください」
 「此処までしなくてもいいんじゃないか?」
 「正宗、ご自信がありますか?」
 「・・・・・・ない。揚羽、分かった」
 揚羽の懸念が想像できたので揚羽の心遣いを受けました。
 「もし、協皇子の信頼を得た場合、私はどうなる」
 揚羽に私は疑問を打つけてみました。
 「正宗様の知識を元に推測するならば董卓の立ち位置になりましょう」
 「私が董卓となり諸候の攻撃を受けることになるのか?」
 「いえ、正宗様が相国となれば反劉ヨウ連合は起こりえず漢は延命するでしょうが、貴方様の死後は乱が置き漢の命脈は尽きるでしょう」
 「何故、私が劉協の後ろ盾になれば反董卓連合のような結果にならない」
 「正宗様のお血筋と貴方様をお支えする強固な閨閥があるからです。貴方様は恐れ多くも光武帝のお血筋からは遠縁といえ、高祖のお血筋であり遡れば斉王の末裔であられます。そして、貴方様は北方にて黄巾の乱、異民族の平定を無し北方をつつがなく治めておられます。また、貴方様の閨閥は三公を排出した袁家、周家、地方豪族の名門である我が司馬家です。仮に貴方様が相国の地位に着いた場合、多少の反乱分子が出ましょうが鎮圧できない事態にならないでしょう」
 揚羽は私の顔を見て自信に満ちた表情で応えました。
 「それを利用して新たな漢を起こすことはできないのか?」
 私は揚羽に尋ねました。
 戦を起こさずとも漢を抑えることができるのなら其れにこしたことはないです。
 「駄目です。正宗様が相国となれば漢に内在する問題を全て取り除くことはできません。それほどまでに漢は腐っているのです。漢の権威を一度地に落とし、大陸に乱を呼び込み民草に恐怖と怨嗟をもたらすのです。さすれば民草は自分達を救ってくれる大陸を統一する英雄を希求するようになります。その時、貴方様が大陸の覇者に一番近い場所に立つことになります。我らは乱世の到来を誰よりも早い段階で知り、冀州で力を蓄え準備は整っているのです。貴方様が望んだ通り、私は貴方様のために誰よりも早く天下を平定させてご覧に見せます」
 揚羽は私の右掌を両手で覆い力強い眼で私の瞳を凝視しました。
 私は彼女の強い想いにそれ以上何も言えませんでした。
 揚羽の言葉は全て聞かずとも得心できています。
 私が皇帝となり新たな枠組で一から組織を再編しなければ旧来の問題のある勢力を排除することはできません。
 一番の問題は宦官です。
 宦官は皇帝、皇帝の家族の身の回りを滞り無く行なうために必要不可欠な存在であることは理解しています。
 問題は宦官に権力を持たせてしまう仕組みが出来てしまっているということです。
 その仕組みは廃止できるのは皇帝のみですが、劉協や劉弁のような既存の王朝の皇帝では宦官の権力を完全に削ぐことは無理です。
 漢の宮廷は士大夫層を中心にした清流派と宦官を中心にした濁流派との争いの歴史といえます。
 宦官の権力を削げば宮廷争いが無くなるわけではありませんが、要らぬ宮廷争いの火種を無くすことができます。
 漢の歴史を還り見れば宦官に権力を与えなければ凄惨な宮廷争いを未然に防ぐことが可能だったかもしれません。
 絶対権力を持った皇帝が存在すれば新たな枠組みで理想の仕組みを実現できます。
 それでも何れ仕組みは腐敗するでしょうが、何れ腐敗する仕組みだろうと私の望みは出来るだけ長く平安の世を実現できる仕組みを作ることなのです。
 そのためには今の漢は滅んで貰わなければいけません。



 私は揚羽に送り出され劉協の待つ董太后の宮殿に出向きました。
 宮殿につくと宦官に劉協の書斎に案内され椅子へ座るように勧められましたが、椅子には座らず劉協が来るのを待つことにしました。
 私が書斎に来て数十分後人の気配を感じ、部屋の入り口に目をやると私を案内した宦官が現れ入り口の横に立ちました。
 「殿下のおなりにございます」
 宦官が甲高い声で言いました。
 私は其の声を効き部屋の端により片膝を着く格好で頭を伏せました。
 衣を引きずるような音が私の近くまで来て止まりました。
 「劉ヨウ、大義」
 声の主は先日聞いた劉協の声でした。
 「殿下、今日はお招きいただき感謝の極みにございます。殿下におかれましてもご健勝で執着至極にございます」
 私は更に頭を下げ言いました。
 「面を上げ、その椅子に腰をかけよ。それではお前とゆっくり会話ができぬ」
 劉協は私に椅子に座るように促しながら、私のために用意された椅子の対面に用意された椅子に腰をかけるのがわかりました。
 「家臣である私はこのままで十分でございます」
 「余が許すゆえ、椅子に座れ」
 劉協は声を大きくして私に言いました。
 彼女の声に少し怒りを感じた私は彼女が促すまま椅子に腰をかけました。
 私が椅子に腰をかけるのを確認すると彼女は視線を宦官に向けました。
 彼女の表情は感情のこもらない無表情でした。
 「茶を用意せよ」
 「畏まりました」
 宦官は劉協の命に従い部屋を後にしました。
 「劉ヨウ、州牧に任官されたそうじゃな。いつ都を去るのだ」
 劉協は宦官去るのを確認すると私に声をかけてきました。
 「一ヶ月以内には冀州へ向け出立すると思います」
 「一ヶ月とな。都に来てまだ間もないのに冀州へまた戻るとは大変だな」
 「家臣である私は陛下の御命に従うのが努めでございます」
 「陛下に死ねと言われればお前は死ぬのか?」
 「死にたくはありませんが死ぬしかないでしょう。私が陛下の命に従わず死ななければ私の縁者に類が及びます」
 「家族のために死ぬというわけか」
 「家族の犠牲という言葉は好きではありません。私はただ足掻くことが不可能であれば被害を最小限に治めたいだけです」
 無表情であった劉協の表情は優しい表情に変わりました。
 「私にも兄がいる。自分で言うのは何だが私と兄は母は違えど仲が良い。嫌な思いをすることがあるが兄や董太后がいれば気にならない。私は今の状態が良いと思っている」
 劉協は私から視線を逸らし物悲しい表情をしていました。
 私は何と言えばいいのでしょう。
 ですが、これが劉協の置かれている現状なのでしょう。
 兄を押しのけてまで皇帝になるつもりがないが、彼女の父である劉宏は彼女が皇帝につくことを望んでいる。
 結果、彼女と兄の間で争いがなくとも周囲の者達が火種を持ち込んでしまい、彼女と兄の間に微妙な距離間が生まれてしまう。
 兄である劉宏の母・何皇后は劉協のことを良く思っていないことでしょう。
 直接の面識はありませんが何進の人なりを見るにそれほど酷いとは思えないですが、我が子のことになれば善人でも人が変わるといいますから何とも言えないです。
 「そちには兄弟は居るのか?」
 「姉が一人おります。現在は兗州刺史として任地におります」
 「姉弟揃って官吏として活躍しておるとは流石は二龍と呼ばれる程の秀才だな」
 劉協は私と姉のことを調べているようです。
 暗愚であれば謀殺のことなど考えずに済んだでしょうが英明であれば知恵が働く故に劉弁派に要らぬ警戒をされます。
 「殿下が姉と私のことをお耳にされているとは光栄にございます。しかし、二龍とは些か誇大でございます」
 「謙遜するでない。宮廷でお前達のことは英明な宗室姉弟で通っている」
 劉協は年相応の楽しそうな笑みを浮かべて言いました。
 「私達のことはそのように思われているのですか」
 私は初めて知ったように装いました。
 この辺りは史実通りなのだなと思いました。
 しかし、少し気になるのが劉協が私に馴れ馴れしい点です。
 私は懐かれています?
 嫌嫌、それはない。
 「ところで殿下が私をお召しになった理由をお聞かせ願えませんか?」
 私は劉協との話を本題に持っていくことにしました。
 「ない」
 「は?」
 私は素っ頓狂な声を出しました。
 「特にない。お前と一度話して見たかっただけだ。悪いか」
 劉協は機嫌悪そうに言いました。
 「いいえ、悪くはありません。急なお召しでしたので何かご用かと思っただけでございます」
 「そうか。それは悪かったな」
 劉協は快活に答えました。
 「お前は何進とも仲が良いと聞く、何進とはどのような者だ」
 「何進様は好人物な方だと思います」
 「ほうそうなのか。兄も何進のことを『優しい人』と言っておったが余には少々冷たい感じのする者だと思っておった」
 劉協は私の話を興味深そうに頷いていた。
 「私が嘘を申しているかもしれませんが」
 「そうなのか?」
 「もしもということがあります。人は立場によって言葉を替える生き物です」
 「ふふ、そのようなことを分かっておる。しかし、お前の忠言有り難く受けよう」
 劉協は嬉しそうな表情で私に答えました。 
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