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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第一章 土くれのフーケ
  第三話 異世界から来た男

 保健室でルイズに名前を伝えた後。士郎は保健室に入ってきたコルベールと話をすることで、ある程度学院のことを把握する事が出来た。コルベールも士郎と話をすることで、特に問題がないことが確認できると、『今日はもう部屋に戻っていいですよ』とルイズに伝え、保健室から出て行ってしまった。
 コルベールがいなくなると、士郎はルイズに連れられ寮にある彼女の部屋と思われる一室に入ったのだが……。
 
 ……本当に学生寮か?

 士郎がルイズと共に入った部屋は、石造りの壁、絨毯の敷かれた床、そして、部屋の中には、天蓋付きのベッドや机、大きなタンスもあり、それぞれが高価なアンティークに見える家具が置かれている十二畳ほどの部屋であった。
 まるで、ホテルの一室(かなり古風だが)のような部屋に入ったルイズは、一緒に入ってきた士郎に振り向き。

「それでシロウ。さっき言ってた色々って何よ?」
「まさか、本当にそのことを聞くなんてな」
「当たり前じゃないっ、それで、私の使い魔になるいろいろな理由って?」

 ルイズは腰に手を当て、士郎を睨みつけた。
 睨みつけられた士郎は、一度目を閉じた後、ルイズを見つめ返し。

「答えてもいいが、これから言うことは嘘偽り無いことを理解して欲しい」

 士郎のその真剣な答えにルイズは驚きながらも、士郎から目を逸らさず。

「ええ、分かったわ。じゃあ教えてシロウ」
「分かったよ、ルイズ」

 ルイズの答えを聞いた士郎は、石造りの壁に寄りかかりながら話し始めた。

「まず最初は……そうだな。ルイズ、俺がどこから来たのか聞いてきていたが、まずハッキリさせておこう―――俺はこの世界の人間じゃない」
「はぁ? どういうこと?」
「言葉の通りだ、俺はこの世界の人間じゃない、こことは別の世界の人間なんだ」
「?」

 士郎はルイズの疑問に、先程と同じようなことで答えたが、ルイズは全く意味が分からないといった顔で士郎を見た。
 それを見た士郎は、一度天井を仰いだ後、夕日が差し込んでくる窓を見て、そこから見える空に浮かぶ2つの大きな月を眺めながら答えた。

「俺がいた世界には、月はあんなに大きくなかったし、そもそも二つも月は無かった」
「月が二つ無い……?」
「そうだ、二つも月は無く、魔法使いなんてものはいない」
「魔法使いがいない……?」
「そうだ、まあ、正確には魔法使いなんてものは居ないと思われている、だがな」
「居ないと思われている? じゃあ居るの?」
「ああ、五人しかいないがな」
「五人しかいないの?」
「そうだ、俺のいた世界には魔法使いは五人しかいない。その代わりに魔術師はそれなりにいるがな」

 ルイズは、士郎の話の中に出てきた矛盾に気付き、質問をした。

「魔法使いと魔術師は同じじゃないの?」

 ルイズのその問いに士郎は、首を左右に振り質問に答えた。

「全然同じじゃない。魔法使いと魔術師は全く別物だ」

 ルイズは指を顎下に当て、小首を傾げながらさらに質問した。

「どう違うの」
「そうだな……簡単に言えば、過程を省いて結果を出すことができるものが魔術で、それができる者達を魔術師。どんなに時間と金を使っても、出来ない事柄を起こせるのが魔法。その魔法を扱うことができる者が魔法使いってところか」
「同じように聞こえるんだけど?」

 ルイズがますます分からないと言ったように傾げていた小首をさらに傾げた。

「全然違う。魔術は時間と金を掛ければ似たような事が出来るが、魔法と言われるものはどれだけ時間と金を掛けても再現することは不可能だ」
「う~ん、やっぱりちょっと分かんないわよ……具体的にどんなのがあるの?」
「全部は知らんが、そうだな、例えば魂の物質化……」
「魂の物質化?」 
「あとは……並行世界への移動とかか」
「並行世界への移動?」

 士郎の言った例えにルイズは、両手を頭にあてしゃがみ込み、うんうん唸り始めた。

「う~ん、う~ん……あ~もうっ!! 全っ然意味分かんないわよっ!!」

 ルイズは叫び声を上げながら立ち上がり、士郎に指を指しながら詰め寄ってきた。

「あんたねぇっ! さっきから意味の分かんないこと言ってないでよっ!」

 士郎は指を突きつけながら詰め寄ってくるルイズを、右手で頭を抑え込み、近づけないようにした。

「ふみゃっ」
「落ち着けルイズ。意味が分からなかったら分からなくていい。ただ、まずは俺がいた世界にも魔法使いはいたが、この世界の魔法使いのように、堂々としていなかったということを分かってくれればいいんだ」
「む~……どういうことよ?」

 ルイズは士郎の手をどかしながら、上目遣いで士郎を覗き込んできた。

「この世界の魔法使いたちは、自分たちは魔法使いだと言って世間にいるみたいだが、俺がいた世界では、世間から隠れて存在している者達なんだ」
「それで」

 続きを促すようルイズが相槌を打つと。

「ああ、それでこの魔法学院? の人達が魔法のことを全く隠しもせずに話したりしていたのを見て、変だとは思っていたんだが……空に二つの月があるという決定的な事から、ここが異世界だと確信した理由(わけ)だが……」

 ルイズはいきなり話を止めた男に、少しイライラしながら、続きを話すよう促しながら、士郎にまたも詰め寄った。

「それでっ、確信したからどうしたのよっ。あのねぇシロウ、私はさっきから、あなたがなんで私の使い魔をやることを承諾したのか、その理由を聞いているのに、意味分からないことをさっきからグチグチと、私を煙に巻こうとしても無駄よっ! さっさと言いなさいっ!」

 士郎はルイズのその剣幕に目を見開いて驚いたが、詰め寄ってきたルイズをまたも右手で押さえ込みながら答えた。

「ふみゅっ」
「すまんすまんルイズ、まあそうだな、この世界が俺がいた世界とは違うことに気付いたはいいが、もちろんこの世界のことは全く分からず知り合いもいない、それに金もない。どうしようかと困っているところに―――」

 そこまで言って士郎は、ルイズを指差した。

「君が俺を使い魔にしたと言ってきた。君の声を聞いた時から、俺に話しかけていた子だと分かったし、見知らぬ世界で途方に暮れていたこともあり、君の使い魔になることを了承したってことだ」
「はぁ~つまりあんたは、わけの分からない世界の足がかりのために、私の使い魔になることを了承したってこと?」

 ルイズは、士郎の予想外の返答に呆れるような声を出した。

「まぁ、そうとも言う、が。ルイズが俺の命の恩人だから使い魔になったというのが一番大きいぞ」

 それに士郎は、苦笑しながら頷いて答えた。
 それを見たルイズは、腕を組んで士郎を上目遣いで睨みつけた。

「まあいいわ、どんな理由でもアンタがあたしの使い魔に了承したことは間違いないんだから」

 それを聞いた士郎は、頭を掻きながら。

「まあそうだな、しかし、さっきも言ったとおり、俺は異世界の人間だからこの世界のことはよく知らん。だからコルベール先生が言ったような普通の使い魔が出来るようなことはほとんどできないことは了承してくれよ」

 士郎はコルベールと保健室で話した際、聞いた使い魔の仕事を思い出しながら答えた。

「む~まあ、しょうがないわね、事情は事情だし……でも異世界ねぇ、あんまり信じられないんだけどなぁ……」
「そこは信じてくれとしか言いようがないが」

 ルイズは難しい顔をして、額に人差し指を当てながら士郎に問いただした。

「じゃあ、アンタは何ができるの?」
「ふむ。まあルイズの身を守ることぐらいは出来ると思うが」

 そんな士郎の言葉にルイズは、士郎の頭から足の先まで見回して、先ほどの士郎の話を思い出した。

「そう言えばシロウ、アンタさっきの話の中で魔術師? は、世間から隠れているって言ってたよね。なのになんでアンタはそんなことを知っているの?」

 士郎は、寄りかかっていた壁から身を離し、夜の帳が降りてきた景色が見える窓に近づき、それを背にするように立ってルイズに向き直った。

「簡単なことだルイズ……俺が魔術師だからだ」
「えっ……アンタが魔術師?」

 士郎の言葉に、ルイズは呆気にとられた顔で士郎を見つめた。

「そうだ……まぁ、使える魔術は基本三つしかないがな」

 そんなルイズに、士郎は苦笑しながら答えた。

「じゃあ、アンタって貴族?」
「はぁ、ルイズさっきも言ったが、俺のいた世界では魔術は秘匿されるものだったんだ。だから、この世界にいるような貴族は居ないんだ」

 士郎のそんな答えに、ルイズは微妙な顔をした。ルイズの常識では魔法使いは貴族であるからだ、それでも何とか士郎の言葉を納得しようとしたため微妙な顔をしてしまった。

「む~ん、分かったわよ。いろいろ納得がいかないことがあるけど、アンタが異世界から来たっていうことを信じてあげてもいいわ」

 ルイズのその言葉を聞いて士郎は、フッと笑い、ルイズに何か言おうとしたが、その前に続いたルイズの言葉で遮られた。

「でも、その前に何か証拠を見せて」
「証拠か……」

 士郎はルイズのその言葉に困ってしまった、証拠といっても異世界を証明できるような都合のいいものなど無かったからだ。
 しかし、士郎は、腕を組んでうんうん唸っているうちに、ふと思い出したことがあり、おもむろに胸の甲冑の裏から一枚の写真を取り出した。

「これが証拠になるか分からないが、この写真はどうだ」
「シャシン?」

 ルイズは士郎が差し出してきた写真を手に取り、それを見て驚いた。

「なにこれっ!すっごい細かい絵ねえ」
「正確には絵じゃないがな」

 ルイズの驚いた言葉を否定して、士郎は答えた。

「絵じゃないって、それじゃあ、これは何なのよ?」
「これは写真といってな。まあ、ルイズに分かるように言うならば、カメラというものを使って作られた絵だ」

 士郎の説明は分からなかったが頷いたルイズは、目を閉じて顔を上げると、何か考えるようにした後、士郎を見た。

「まあ、いいわ。こんなの見たことも聞いたこともないし……認めてあげるわあなたが別の世界から来たって言うことを」

 そう言ってルイズは士郎に写真を返した。

「ああ、ありがとうルイズ」

 写真を返してもらった士郎は、写真を手に取ってルイズに礼を言った。
 それを見ながらルイズは、先ほどの写真に写っていた人たちについて問いただした。

「でも、そのシャシン? て言うやつに描かれている女達は誰なのよ」

 ルイズは、まるで浮気した男の現場写真に写っていた、女の名前を問いただすような顔をして士郎に質問した。

「ッ!! そ、それはだな……」

 士郎はドット吹き出した汗を流しながら唸ると、何か悪戯を思いついた顔をしてルイズを顔を向けた。

「なっ、なによ」

 ルイズはそんな士郎の反応に驚き警戒して、身構えた。

「まぁ、大人の関係ってとこかな」

 士郎のそんな言葉を聞いて、ルイズは何を想像したのか顔を『ポッン』となるぐらいの勢いで赤くして士郎に喰ってかかって行った。

「おっ大人の関係って、なっ何のことよ」

 士郎はそんなルイズの反応を見て、笑いを噛み殺しながら、窓の方へ振り返り、窓に近づきながら答えた。

「秘密だ」
「ひっ、秘密って」

 そんな士郎にルイズは憮然とした顔で文句を言ったが、士郎は振り向かず窓辺に片手を付き写真を眺めた。

「言葉にできない関係もあると言うことだ」

 そんなことを言ってどこか幸せな顔をした士郎を見て、ルイズは何も言うことが出来なかった。

「分かったわよ、そのことはもう聞かないけど、最後に一つだけ聞かせて、アンタが使える魔ほ―――魔術って何?」

 ルイズがベッドに座りながら聞いてきた最後の問いに士郎は写真から目を離し、ベッドに座ってこちらを見ているルイズ向き直った。 

「俺が使える魔術か」
「そうよ、三つしか使えなくても魔術が使えるんでしょ、それで、何ができるの?」
「ああ、そうだな、俺が使える魔術は解析、強化、投影の三つだ」
「解析? 強化? 投影?」

 士郎の答えにルイズは疑問符を浮かべた。

「ああ、簡単に言えば解析はものの状態を調べるもので、強化は魔力を通すことで、その魔力を通したものの耐久力や切れ味を上げるものだ」

 士郎の答えに、ルイズは「固定」の魔法などを思い浮かべ理解した。

「ふーん、それで投影っていうのは?」
「投影というのはな、簡単に言えば魔力で“モノ”を作る魔術だ」

 それを聞いたルイズは土系統の『錬金』のようなものだと考えた。

「それだけなの?」
「まぁな、基本はこれだけだ」

 ルイズのつまらなさそうな反応に肩をすくめながら士郎は答えた。

「これで私の身を守るねぇ?」

 ルイズの呆れたような声を聞いて士郎は笑いながら答えた。

「まぁ、がっかりするのは分かるが、これでも少しは強いつもりだ。それくらいは信じてくれ」

 士郎の苦笑を含んだその言葉を聞き、慌ててルイズは反応した。

「べっ、別にがっかりしたわけじゃないわよ……」

 そんなルイズの反応を見た士郎は、ルイズに気づかれぬよう笑い、頼み事を一つ言った。

「まぁ、それはそれとしてルイズ。できれば俺が魔術師だっていうことは秘密にしておいてくれ」
「べ、別にいいけど、何で?」

 そんないきなりの士郎の頼みに、ルイズは驚きながらも了承し、理由を聞いた。

「あまり広めるようなことでもないからな」

 士郎の理由にならない理由を聞きながらも、ルイズは一応は納得した。

「分かったわよ、それじゃあ今日は私、もう寝るから」
「ああ、分かった。 で? 俺はどこで寝ればいいんだ」

 そんな士郎の言葉にルイズは、服を脱ぎながら。

「ごめんけど、ベッドの用意が出来ないから今日は、床で寝てくれる?」

 そう言ってルイズは、士郎に向かって毛布を一枚投げてよこした。

「まぁいいが、それよりルイズ」

 毛布を受け取った士郎が服を脱いでいるルイズに対し、少し強めの口調で話しかけた。

「な、なによ」

 士郎に話しかけられ、服を脱ぐ手を止め士郎に向かいあったルイズは、少し怒ったような顔をしている士郎に驚いた。

「着替えは見えないとこでやれ」
「そっそんなこと言ったってここが私の部屋だし……」
「それだったら、着替える前に一言声をかけろ」
「ごっ、ごめんなさい」

 怒っているが、心配しているような感じで言ってくる士郎にルイズはバツの悪そうな顔をして謝った。

「分かってくれたらいい。それじゃあ俺も寝るからな」

 そう言って士郎は入口の近くで毛布にくるまって横になった。

「うん、おやすみシロウ。えっと、それで悪いんだけど、明日カゴに入れている洗濯物洗ってもらってもいい?」

 士郎は目をつむりながらルイズに答えた。

「ああ、それぐらい構わない」
「そう、ありがと。あと、朝おこしてね」

 そう言ってルイズは指を鳴らしてランプの明かりを消した。

「了解だマスター、いい夢を」
「ふふっ、ありがと。おやすみシロウ」

 何となく、くすぐったい気持ちになったルイズは、ポカポカと暖かい気持ちが溢れてくる胸を抱きしめながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。





 ベッドから聞こえる、ルイズの寝息を耳にし士郎は天井を見上げた。
 頭に浮かぶのは、先ほど見た写真の人達の顔。

「遠坂……桜……ルヴィア……っは……大人の関係か……」

 士郎は苦笑を漏らしながら、初めて過ごす異世界の夜に意識を委ねた。

「……洒落にならんな」 

    
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