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或る皇国将校の回想録

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第三十八話 日常の終わり、軍人として

 
前書き
今回の登場人物

ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナ
<帝国>帝族の一員である東方辺境領姫にして<帝国>陸軍元帥
東方辺境領鎮定軍司令官 天性の作戦家にして美貌の姫

クラウス・フォン・メレンティン
熟練の東方辺境領鎮定軍参謀長 ユーリアの元御付武官

馬堂豊久 駒城家重臣団の名門 馬堂家の嫡流 陸軍中佐 
新設部隊の独立混成第十四連隊連隊長として着任

馬堂豊守 豊久の父 軍政官として戦地に赴く豊久を見送る

馬堂豊守 豊久の祖父 馬堂家当主 かつては騎兵上がりの憲兵将校

大辺秀高 独立混成第十四聯隊首席幕僚 陸軍少佐

米山大尉 独立混成第十四聯隊 聯隊副官

秋山大尉 独立混成第十四聯隊 剣虎兵幕僚

西田正信 衛兵司令 剣虎兵中尉

冬野特務曹長 聯隊最先任曹長 

 
皇紀五百六十八年 五月二十日 午前第十刻
ノルタバーン辺境領 モールトカ 東方辺境鎮定軍総司令官執務室
鎮定軍参謀長 クラウス・フォン・メレンティン准将


 歴戦の将校であるメレンティンが理論と経験の両方から信ずる限り、動く組織の規模が大きくなればなる程に抱える問題が厄介になる。であるからには彼の愛しい姫君が東方辺境領鎮定軍の増強を行うにつれて彼女と総司令部が処理すべき問題は雪達磨式に増えてゆく事は彼にとって自明の理であった。

「忌々しい」
 そしてそれはユーリアが不機嫌さを隠さなくなる程度には膨大なものとなっていた。
「昨今の戦で玉薬の消費量が増加傾向にある事は分かっていました。ですが――」
 メレンティンの言葉をユーリア姫は手を振って遮った。

「予算の許容範囲を超えている、それこそが忌々しいの。
あの男、私が自前で民を養えない無能者だと言ったのよ。これでは奴の言ったとおりじゃない。
――参謀長、貴官は何か手をうったのだろう?」

「帝都からは色好い返事はありませんでした。
アスローンとの間でまたぞろ小競り合いが始まったらしく、本領の備蓄は其方に回さなければならないそうです。我々には六基数を回すだけに留めると通達がとどいております」
 メレンティンの報告が進むにつれ、ユーリアの表情に憂鬱の色が濃くなっていく。
「東方辺境領の独自経済を弱体に止めたのは東方辺境領副帝家の反乱を恐れた中央連中の政策だ。ならば軍需程度は融通をきかせてとうぜんだろうに。
まったく、彼方此方で暴動が起きた責任は誰にあるのやら」
 最近、財政の話になると苛々とした様子が見せるユーリアをメレンティンは微笑を浮かべて見守っている。
 ――あの青年の所為なのだろうな、少なくとも東方辺境領姫としては好ましい変化なのだろうか?

「ですから東方辺境領残置部隊から保有弾薬の半数を回させています。
これで七月下旬までに千二百発を基数として各砲門辺り、十基数分を確保出来ます。
現在の手持ちと合せ、二十基数となりますな」
「よくやってくれたわね!」
一転してユーリアが賞賛の笑みを送るが、メレンティンは渋面を浮かべている。
「ですが、こうなると東方辺境領からのこれ以上の増援は本土の蛮族共が大人しくしていても弾薬事情で極めて困難になります」
 本領に縋るしかない、そう言外に仄めかせながら参謀長は言葉を続ける。
「更に攻囲戦に陥った場合、このままでは弾薬も砲も不足する可能性があります。
地図の・・・此処です、このコジョウと呼ばれる山地の周囲で粘られたら相当厄介になります。」

「クラウス、ならば貴方は私に伯父上に泣きつけと言うの?」
 そうユーリアは硬い声で反対するが、メレンティンはこれは単なる軍事的な問題ではないと認識しており、珍しく首を横に振った。
「殿下、これは政治的判断です。本領軍は昨今大きな戦がありません。
この戦の軍功を東方辺境領軍のみで独占するわけにもいかないでしょう。
既に元帥・大将達の間で反発が出ているとレヴィンスキィ元帥が伝えて下さったのは覚えていらっしゃるでしょう?」

「厄介な事、あの爺様連中、いい歳してご達者過ぎるんじゃない?」
 ユーリアは辟易とした様に云った。
「放っておくのも問題ですし、此方の懐が苦しいからこその戦でもあります。
陛下におすがりし、増援の本領軍に武勲を分け与える方が双方の益にもなりましょう」
 ――予算が苦しいからと増税を行なっては本末転倒だ。
 メレンティンの危惧は正鵠を得ている、領の広大さに反比例するように、その経済基盤は弱体なもので、東方辺境領の経済は農奴に頼るところが大きい、治安維持を行っている部隊を<皇国>へと投じた上で増税を行うのは近年増加している暴動に油を注ぐようなものである。
「気に入らない、まったくもって気に入らないわ。帝都で頼れるのがレヴィンスキィの爺様だけというのも気に入らない。また、何時の間にか毟り取られそうだもの。あの爺様、性格が悪い上に頭も口も回るから始末に負えないのよ」
ユーリアの言葉にメレンティンは苦笑を浮かべた。
 ――まぁ、一代で田舎郷士から伯爵元帥になった傑物だ、まだまだ姫の上手でしょうな。

「――まぁ、私の領に対する負担が軽くなるのならば良い話と考えましょう。
貴方の事だからもう見積もりは作っているのでしょう?」
 微笑を浮かべた姫をみて初めて安堵の息が漏れた。
「まず弾薬を二十基数、完全編成の銃兵二個師団、攻城砲兵を六個大隊。
これらをオステルマイヤー元帥とユーリネン大将の指揮下部隊から融通して貰いましょう。
これに加えて前回不足した揚陸用の船舶とその護衛。そして――」
「・・・まだあるの?クラウス、今からだと大半は夏には間に合わないわよ?」
 いくらなんでも頼りすぎではないかと言いたげにユーリア姫が眉をひそめる、だが彼女の頼りにする初老の参謀長は自信に満ちた笑みを浮かべてそれに応えた。
 ――だが、相手はただの屑札と考えているらしいが私の勘が正しければこれからの戦争の主導権を握る為の切札に化ける可能性のある手札だ。
「はい、私が考えるには弾薬とこれさえあれば他は必要ないかもしれません。」



五月二十一日 午前第八刻 馬堂家上屋敷第三書斎
馬堂家嫡男 馬堂豊久


 ――さてと、これで陪臣将校の再誕だ。
軍装を着た鏡像を睨みながら溜息をついた。齢を二十七に増やして早数日。
生誕して二十七年目となる記念日を皇都で過ごせただけでも僥倖である、と思いながらも休暇を切り上げて前線送りがいよいよ現実味を帯びてきた事は、憂鬱極まりないものだった。
 ――どうしようもない事だ、永遠の休暇を取るつもりない故に連隊の練成を急ぐのは当然だ。
豊久が長を務める独立混成第十四聯隊は既に編成が開始されている。首席幕僚となる大辺秀高少佐は既に軍監本部から聯隊本部へと籍を移し、連隊を機能させる準備に入っていた。
「――――寝床につかない駄々っ子、か。まったく言い得て妙だよ」
あれこれもと泣き喚く子供の姿はまさしく自身のそれだ、と。婚約者の言葉を思い出して豊久は一人、自嘲の笑みを浮かべた。
半端に関わったせいか、豊久は皇都の政争に――或いはそれを名分に皇都に居る事に――未練を抱いていた。
守原はこちらの思っている以上に追い詰められているのか、それとも余裕があるのか図りかねている状況である。これは西原とは堂賀准将を通して友好的中立関係を維持しているがその本質は守原の裏で暗躍する宮野木和麿という妖怪への警戒であり、守原の暴発をおそれているからこそ、である。
安東も内部の実態把握が完全にできぬままであった。平時でならともかく、戦時において五将家の一角を――すなわり陸軍中枢の一部を担う家が内部対立を起こしている事は大きな不安要因でしかない。ただでさせ、統一された戦争指導が難しい状況でさらなる混乱を産み出しかねない。
執政府に衆民院とて玉虫のごとく彩を変えながら蠢いており、更に執政府内でも高い独自性を持っている魔導院の動きについては断片的にしか分からない。
思いつくだけの今抱えている問題点を脳内で並べ立て、豊久は再び溜息をついた。
 ――〈帝国〉という外患があるのに、銃後にこれだけ内憂を抱えているとさすがに困りものだ、の一言では済まない。御祖父様に父上が居るといっても出来れば俺も皇都に残って対応したいのだが――北領でやらかした以上、当面は前線で生きながらえる努力をしなければなるまい。

「いい加減に引っ込みたいんだけどな」
 ――大佐になるまでに生き残る事ができたら笹嶋さんから貰った名誉中佐の肩書きを利用して軍監本部か兵部省で水軍との折衝にでも回してもらえるよう、頼み込むか。
 ふ、とこれから担う部隊の事を考え自嘲の笑みを浮かべた。
 ――生きて戻れたらの話だけれどさ。何だかんだ理由をつけても自分の身が可愛いのが理由か、結局は守原英康と同じだ。
「浅ましいものじゃないか、輪廻転生の神秘を知ってなお生が惜しいか?」
鏡の向こうの己へ問いかけるも答えは分かりきっていた。
――あぁ惜しいさ、惜しいに決まっているだろう!これからどうするべきか、“確たる前例”を知り、恵まれた地位を生まれながらに与えられて人生を歩む――これほどの幸福が存在するだろうか?この<皇国>も、慈しんでくれた家族も、傍迷惑な旧友も、武張った真っ直ぐな友人たちも、砂金と汚泥が混ざり合った政界も、背負うべき馬堂の家も、我儘に付き合ってくれた許嫁も、何もかもが惜しいのだ――あぁ畜生め。
 
「馬堂豊久聯隊長、か。中々様になっているじゃないか」
 豊久の鬱々とした思考を遮る様に父の声が耳に入った。

「――父上」
 振り返った父の顔に浮かぶ笑みは強ばっていた。
「余計な事を考え過ぎだ馬鹿者。皇都は私達でどうにかするから安心して征け」

――まったく、散々人をからかっといて今更そんな顔で言わないでください。
豊久は瞑目すると一拍おいて豊守に笑いかけた。
「我が馬堂家の人間がそこまで武張った台詞を言うなんてらしくないですよ。
――信じていますよ、ですから今度もひょっこり帰ってきますから俺を信じて下さい」

「そう言われると弱いな」
 互いにいつも通り、ふてぶてしく、胡散臭く笑いあった
「だからお前も今度は誰も泣かせずに帰って来なさい。もう挨拶は済ませたのだろう?」

「えぇ、帰還の挨拶までにはもう少し気の利いた事を言えるようにしておきますよ。」

「そうか、多少は気持ちの整理がついたようだな。数少ない良い事、とでも思っておこうか
――さて、行って来い。武勲はともかく、客の持て成しは我々の仕事だからな、たとえそれが招かれざるごろつき共であっても、な。さぁゆけ聯隊長!山の様な面倒事とそれを片付けた途端に台無しにされる前線勤務が待っているぞ!」と豊守が背を叩く。
「はい、理事官閣下殿」
 軍帽で笑みを隠し、豊久がしばらく戻る事のない書斎から出ると柚木と宮川が無表情で立っていた。
「……いってらっしゃいませ。」
「うん、暫くこの書斎を頼む、他人を入れないでくれよ。
入れて良いのは、この屋敷の者達と新城と茜嬢だけだ。」
 ――と言っても機密関連は一緒に持っていくか父と祖父の管理下にある。まだこの世に盗聴器とかも存在しない以上別に誰が入ろうと困らないのだけれど、厭なものは厭だ。
「はい、お帰りをお待ちしています」

「ありがとう。おいおい、そんな顔をするなよ。まるで俺が自殺でもするみたいじゃないか」
 ――我ながら悪趣味な冗談だな。そう思いながら唇を歪め、肩をすくめる。
「それでは――またな」

 馬堂家上屋敷の玄関の間に至り、豊久は無意識に細巻入れを手にする。
 ――ようやっと禁煙が板についてきたのにな。
 寂しくもあり、どこか懐かしくもある感触であった。笹嶋中佐からもらったものである。

「――豊久」
 山崎と辺里を伴った馬堂家の当主が佇んでいた。
「御祖父様」
 戦地に赴く孫へ豊長は謹厳そのものといった視線を送る。
「――頼んだぞ」
 その声が、姿が、豊久を付き従わせるその全てを含んでいる。自分が産まれ、育った家を守り続けた人に敬礼をする。
「なんだ、未練がありますと顔に書いてあるぞ?」
フッ、と笑みを浮かべて老人が若人に問う。
「申し訳ありません」
赤面して背筋を伸ばした孫に豊長は重々しい口調で尋ねた。
「行くのが惜しいか?帰ってきたいか?」
「――はい」

「それでいい。帰ってこようと欲を出せ。他の家はどうか知らぬが、儂はそうしてきた。
お前もそれで良いのだ――故にこそ、この家を背負えるのだからな。帰ってこい、我が孫よ」

「―――はい、殿様」



五月 二十二日 午前第九刻前 敦原駐屯地
独立混成第十四聯隊 首席幕僚兼聯隊長代理 大辺秀高少佐


 ――さて、間も無く新任の連隊長が着任する。
今まで聯隊長の代理として編成途中の庶務を取り仕切っていた大辺はようやっと頭が座る事に安堵の溜息をついた。
 駒州軍司令官肝煎りの部隊だけあって、補給、動員は迅速なものであり、銃兵部隊と剣虎兵部隊はほぼ完全に充足している。連隊長もようやく27と家門を割り引いても若過ぎるのだが、それを押し通す実績がある。
 経験が足りないところは幕僚が支えればどうにかなるだろうと大辺は評価していた。

「・・・・・・代理殿。」
 聯隊本部剣虎兵幕僚を任じられた秋山大尉が話しかけてきた。
「何だね?」
「代理殿は、軍監本部にいらっしゃったと聞いているのですが?」
 如何にも野戦慣れした衆民将校の秋山大尉と帷幕院を若くして卒業している典型的な秀才参謀である大辺が並ぶといかにも寄せ集めといった光景となる。
「あぁ、此処三年ほどは戦務課に居た。聯隊長殿にお前も前線の空気を吸えと引きずり出されたのさ」
「それはまた。えぇーそれで連隊長殿とは?」
 秋山が苦笑して再び尋ねてきた。
「まぁ、長い付き合いではある。東州で父が死んでから馬堂家には良くしていただいているからな」
 衛兵詰所から人が動くのが見えた。
「それでは聯隊長殿の事も?」
「あぁ、確かに良く知っているよ。だからこそここに居るようなものだ。
――そう心配するような相手じゃない。」
「ですね。私も北領で聯隊長殿と御一緒しましたが、良く頭もまわる方でした」と聯隊副官として配属された米山大尉が云った。彼は第十一大隊で兵站を取り仕切っていた男である。
「ほう、その時は龍州で匪賊狩りの最中だった――とどうやら到着したようだな」
秋山大尉が営庭に目をやりながら発した言葉に二人の幕僚も頷いた。
「あぁ、ようやく聯隊長殿の着任だ。それでは」
「えぇ、また後ほど」



同日 午前第九刻 敦原駐屯地 営庭
独立混成第十四聯隊 連隊長 馬堂豊久 



馬堂豊久聯隊長は上機嫌に懐かしい顔の衛兵司令に話しかけている
「西田か、衛兵司令とは熱心な事だな。娑婆から戻った気分はどうだ?」

「色々と有難味が湧いてきますね――娑婆の」
北領で共に散々な目にあった西田中尉も苦笑を浮かべている。
「軍だからこそ味わえる贅沢だな。あぁ、戻ってよし」
 そして戻っていく西田の後ろ姿を見て豊久は小さく笑うと本部庁舎から出迎えに来た二人へ向き直った。
「連隊長殿」
「おう御苦労、首席幕僚に副官。すまんな、俺より先に聯隊の面倒を見させてしまって」

「はい、連隊長殿。取り敢えず形は整っています。営庭に現時点での総員は揃っています」
 一足先に此方で準備を整えていた首席幕僚が僅かに微笑を浮かべて報告する。

「そして聯隊長殿に目を通していただくものも大量に」
と死地を共にしたもの特有の笑みを浮かべて米山も云った。

「有りがたくて涙がでるよ――それで、第二大隊は未だ揃っていなかったな?」

「はい、ですが今月中には定数を満たす筈です。鉄虎大隊も新編中隊以外は既に定数を満たして居ます」
 聯隊鉄虎大隊は連隊長の要望を受けて第十一大隊の生き残りを基幹に捜索剣虎兵中隊を新設している。輜重隊を削ったが故の増設であった。
「それは大いに結構」
 そう言った連隊長は口元を歪ませ――
「――さて、連隊長になるとしますかね」と愉しそうに――呟いた



 ――せめて一人でも多く生還させるとしよう。
営庭に入ると猫を伴った兵や施条銃を握った兵達が整列しているの姿は豊久にそう決意させるだけのものが有った。
 そして同時に北領でそうした感覚が麻痺していない事に安堵を覚える。死なれることに慣れる、というのは楽ではあるかもしれないが、酷く厭なものである。
「――俺の聯隊か」
 三千の大台に迫る人数の兵達が整列しているのは壮観である。
「連隊長殿にぃ、捧げ銃!!」
 駒州の精兵達が、北領の勇士達が一斉に俺に敬礼する。
「――これから世話になる。首席幕僚、将校を半刻後に本部へ集合。
米山、連隊長室へ案内してくれ。」
聯隊長として振舞う豊久は、久方ぶりの重さを感じた。



 当面の仕事部屋である、聯隊長執務室に入ると新任聯隊長は鬱々とした気分を追い払おうと一ヶ月振りの細巻に火を着けた。

「意外だな、特務曹長。龍火辺りの助教にでも落ち着けただろうに。」

 当面の書類処理用の席に腰を落ち着けて、気分転換に下士官達の代弁者となった初老の砲兵に問いかける。

「どうも、あの手の場所は水が合いませんでしてね。
どうせならろくでもない場所に行くのならば一度は一緒に帰って来られた御方について行きたいのですよ」
「おいおい、あまりプレッシャーをかけないでくれよ。その言葉は有難く受け取っておくがね」
 軍帽を玩びながらの返事に被さるように扉をノックする音が響いた。
 ――集まったか。さて、連隊長のお披露目といきますか。



同日 午前第九刻半 独立混成第十四聯隊 本部官舎会議室
独立混成第十四聯隊 連隊長 馬堂豊久


「――却説、諸君。」
 見回した面々の顔と事前に目を通した人務書類を照らし会わせながら言葉を紡ぐ。

「この聯隊を預かる馬堂だ。
この部隊は諸兵科連合という少々特異な編成を行っている。
つまりは単隊で多勢に抗するための編成であり――つまり戦場ではそうした場に送り込まれる事になる」

見回すと百名近い士官達の一部が苦笑している。

「身に覚えのある者も居るだろうが、戦場では将校も兵も貴賎なく死ぬ――それに耐えうる部隊を造る、だれが何名死んでも機能する。
どの部隊を失ってもそれに対応して遅滞なく対応できる、そうした軍隊の基本を可能な限り体現した部隊とする。これが聯隊長の方針だ」
 緊張した面持ちの者も居れば泰然とした者も居る。
――こんなところかな。
「――もちろん、諸君らがそれを耐え、御国を守るに足る者であると私は信じている。
それでは――順に官姓名を報告してもらおうか。」



連隊長室に戻り、ようやく気の置けない面々だけになった。
「さて、つかみはそれなりかな?」
 自身が演ずるべき指揮官の声を意識しながら聯隊長は慎重な口調で首席幕僚達と言葉を交わす。

「つかみって芸人じゃないでしょうに」
 大辺が苦い顔をしているのを尻目に冬野が笑っている。

「ま、連隊長殿も中々どうして良い役者ですよ。少なくとも自分は喜んでまた御一緒させていただきますよ」
 ――やれやれ、有り難いこった。、手抜き上手な熟練の下士官が付いてくれるのは有り難いからな。

「あぁ、そうだ大辺、将校連中の俺に対する不満はあるか?
あぁ、いや、不満を持たれるのは良いがそれで士気が下がっては困る」
意識してさりげない口調で尋ねるが、豊久が内心では一番気にしていたことであった。
 ――特に古参の大隊長達に独自裁量の乱用をされたらこの聯隊の意味がない。
北領で死んだ生真面目な中隊長の姿が脳裏に浮かんでいる。
「其方はそう酷く有りません。この連隊でまともに戦争をしたのは貴方の大隊に居た者だけですから〈帝国〉軍を相手にまともに戦えた将校に従わない愚か者はいませんよ」
 大辺の自嘲混じりの言葉にあの兵理研究会で聞いた先達達の言葉を思い出す。

「その方が良かった――だが戦争が始まった以上はそうも云っていられない。
剣虎兵幕僚と砲兵幕僚と手分けして三人で訓練計画を作っといてくれ。
訓練幕僚が着任したらお前の業務は訓練幕僚に移管させるから暫くの間は頼む」

「はい、聯隊長殿。それで訓練計画の大方針としてはどのようなものにするつもりでしょうか?」

「聯隊長としては小隊、中隊単位での自立性の確保と各兵科ごとの相互運用――特に銃兵大隊に剣虎兵と協同した夜間戦闘の訓練。
そしてなによりも、二ヶ月で前線に出せるようにする事だ。一ヶ月で聯隊全力訓練にこぎつけさせろ。なんならもっと短くても良い」

「難題ですな」
 冬野も嫌そうな顔をしているが。
「その為に大隊、中隊単位で常備ばかりを引っこ抜いたのだろうが。
それにな、幕僚は指揮官ががなり立てる無理を通す道筋をたてるのが仕事だろ?」
 大辺が悲しげに溜息をつくのを見て聯隊長は露悪的に声を立てて笑った。
 ――おいおい、敗走して無駄に導術を利用した屑情報を選り分けるよりはマシだぞ?報告を出来るだけ士気に影響が出ないように伝えなくてはいけなかったし。凄まじく神経と戦意を擦り減らすからな。

「――ま、戦争に備えるのも戦争の内だ。宜しく頼むよ、皆の衆」
指揮官らしく、ふてぶてしい笑みを深めた。

 
 

 
後書き
わりとどうでもいい話ですが、豊久君は主人公というより狂言回しに近い立ち位置な気がしてきました。
 なんと言うかそう名付けると自分の中でストンと嵌る感触がします。
ならば主人公は新城閣下のままになるのだろうか。
 
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