| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

連隊の娘

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一幕その二


第一幕その二

「そんな連中に来てもらってたまるものか」
「そうだそうだ、来るな」
「絶対にな」
「また随分な言われようだな」
 しかしここで、であった。フランス軍の青い軍服と白いズボンのやけに目立つ格好の大男がやって来た。顔は岩の如くであり顔は見事な黒い髭があり髪は後ろでリボンでくくっている。しかも耳にはピアスをしている。
「我が栄光あるフランス軍も」
「げっ、蛙だ!」
「蛙共が来たぞ!」
 村人達はその大男を見て一斉に悲鳴を挙げた。蛙というのはフランス人への蔑称だ。青い軍服で蛙を食べるからこう呼ばれるようになった。これに対してフランスの宿敵イギリス人は赤い軍服を着てロブスターを食べるからザリガニと呼ばれているのである。
「逃げろ、何されるかわからんぞ!」
「娘を隠せ!逃がせ!」
「待ってくれ」
 しかし大男は厳しい声で逃げさろうとする村人達に対して告げた。
「私は怪しい者ではない」
「兵隊程怪しいというか危ない連中がいるか!」
「逃げろ!」
「だからだ。話を聞いてもらおう」
 しかし彼はさらに言うのであった。
「我々はだ」
「食い物はやらんぞ」
「娘に手を出すなよ」
「そうしたことはしない。誓って言う」
 こう村人達の言葉に対して告げるのだった。
「このシェルピス軍曹の名にかけて」
「へえ、あんた軍曹だったのか」
「そうだったのか」
 村人達はようやく僅かだが彼の話を聞きはじめた。
「その軍曹さんがどうしてこの村に?」
「食い物も娘もいらんというのなら」
「我々は平和をもたらしに来た」
 そのシェルピスはこう村人達に対して話す。
「山ではならず者達と戦っていたのだ」
「ああ、あの山の」
「山賊共か」
 実は近辺のある山に山賊達が昔から巣くっているのである。彼等とこの村人達は非常に仲が悪かったのである。
「あの連中を退治してくれたのかい」
「だからさっきまでの砲声は」
「そうだ。山賊達は全て降した」
 軍曹は言った。
「後は我々が更正させるから安心するのだ」
「わかったさ。それじゃあ」
「安心させてもらうよ」
「第二十一連隊はフランス軍の中でもとりわけ立派な軍隊だ」 
 シェルピスはここで胸を張って述べた。
「悪事は一切しない」
「そりゃどうも」
「そういう軍隊ならいいよ」
「さて。それではだ」
「あの、軍曹」
 ここで彼のところに一人の若い娘がやって来た。見ればブロンドに青い目のふっくらとした若い娘である。青い目の光は穏やかでかつ澄んでいる。青いフランス軍の軍服とふわりとしているが如何にも動きやすそうな白いスカートを着ている。その彼女が彼のところに来たのである。
「ここにいたのね」
「おお、マリー」
 シェルピスはその若い娘の姿を認めて顔を崩して笑顔になった。岩の如き顔が彼女を見ただけで瞬く間に優しい笑顔になってしまった。
「来てくれたのか」
「皆ももうすぐ来るわ」
「それは何よりだ」
「あれ、その娘さんは」
「誰なんだい?」
「またえらく別嬪さんだね」
 村人達は彼女の姿を認めて言ってきた。
「あんたの妹さんかい?」
「それとも娘さんかい?」
「強いて言うなら娘だな」
 シェルピスはその優しい笑顔のままで村人達の問いに答えた。
「この娘はね」
「強いてって」
「また変わったことを言う」
 村人達には今の彼の言葉の意味がわかりかねた。それで首を捻るのだった。シェルピスはその彼等に対してこう話すのであった。
「この娘は戦場で拾った娘なんだよ」
「戦場でかい」
「じゃあ孤児だったのかい」
「私は赤ちゃんの時にこの連隊に拾われたんですよ」
 そのマリーがにこりと微笑んで皆に話す。話す笑顔がまるで太陽の様に明るい。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧