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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode3 四神守2


 「はっはっは、化け物に会ったみたいな反応だね?」
 「っ、脅かさないで下さいよ、……玄路(げんじ)さん」

 快活に笑う中年の男……玄路さんを、呆れたように見据える。
 四神守玄路。四人いる爺さんの第一子……つまりは、この家の跡取り息子。

 なのだが。

 「……で、どうかされましたか?」
 「いや? 別に。僕は意味もなく廊下をぶらつくことこよなく愛する一人のおっさんだからね。ただなんとなくばったりと出会うことだってあるだろう。いちいち意味深に考えて過ぎていても、将来ハゲるよ? せっかくのイケメンがもったいない」
 「……」

 軽薄、あるいは飄々という言葉にそのまま音声を割り当てたようなセリフ。決して背が低くはないだろうに、ひどく曲がった猫背のせいで俺よりよほど背が低く見える。威厳や迫力とは無関係なぼさぼさ頭に無精ひげ、顔には大きな口から白い歯を覗かせて心底楽しそうに笑う。服装に至ってはおっさんスタイルもかくやというちゃんちゃんこ服だ。爺さんや蒼夜伯母さんとは全くキャラの異なる、「人の好さげなおっさん」の体現者。

 だが。
 彼とて、「四神守」。

 「そうそう、ちょっと小耳に挟んだんだけど、キミ親父にカンドーされたんだって? 親父のこったからボクと違って洒落や冗談で言ったわけじゃないだろうから、早々にこの家からは離れたほうがいいだろうねえ。んで、どこか行くあてがあるかな? 無いならここに行くといいよ。一応ボクの管轄してる物件だから」
 「……っ、そう言えば玄路さん、不動産やってましたね」

 明日の天気の話をするかのような口調で、なんでもないことのように語る、玄路さん。
 とある不動産業者の連絡先と家の簡易地図が描かれた紙をひらりと放られて一瞥、そのまま目を上げてジト目で伯父さんの顔を見つめる。

 先に俺は「軽薄」、「飄々」と彼を表した。
 だが、それよりももっと彼をよく表すだろう言葉を、俺はひとつ知っている。

 『つかみどころがない』。

 爺さんが相手を圧倒する威圧感をもつのなら、この人は得体のしれない恐怖を呼び起こさせる。
 この人の真意がどこにあるのかが、さっぱりつかめない。この手助けが、純粋な善意からの申し出なのか、何か裏があるのか。裏があるとして、「俺を利用したい」のか「俺を排除したい」のか。そもそもさいしょにここで俺に接触したのも、本人が言うようにたまたまであり、声をかけられなければそれでよかった程度のことに過ぎないのか。

 (全く読めねえな……)

 ニコニコと笑うその顔は笑顔以外の表情に乏しく、その心中は全く読み取れない。
 とにかく、油断はできない。何せこの人も、蒼夜伯母さんに勝るとも劣らない経歴の持ち主だ。

 高校卒業後に数年間放浪したというなんとも胡散臭い経歴ののち、帰ってきてからは長男として道場の跡取りとして修業を欠かさない傍らで片手間……というか、結構ガッツリと不動産業を起こして稼いでいるやり手の経営者でもある(というか、彼の下について働く社員の皆さまが優秀なのだろうが)。そしてそれだけでなく、とにかくこの人、いろんなことに手を出している人だ。俺もその全貌を知っている訳ではないが、それでもその仕事の顔の数は十はくだらない。

 それはまあ、今回は置いておくとして。

 (どうするか……)

 今の申し出、有難いかどうかは微妙だが、俺はきちんと家出先の家まで用意していただいたわけで。流石に俺一人の人脈と経済力では、職はあっても住む所までは準備出来ない。最悪俺一人だったらネカフェ難民でもいいのだが、母さんまで一緒に養っていくのであればそうも言っていられない。

 だがここに行ってしまえば、四神守の監視の目が届くことには想像に難くない。というか心情的に、追い出されておきながらそれはどうなんだ、と思ってしまう。家出はするけど泊まるホテルは準備しているよー、なんてどこのピエロだよ。

 ……いや、まあ、みみっちいプライドか。

 「……爺さん……宗源さんは、このことを?」
 「いいや? これはボクの独断だよ。いやあ、それにしてもあれほど追い詰められたオヤジを見るのはボクも久しぶり…二十年ぶりかなあ? だからこの申し出は、その見物料ってコトで。もちょっと言うなら、君の戦い方に、武の道を志す者としてふっか~い感銘を受けてね。『あの世界』での君の強さを、ボクも見てみたい」

 本当に、どこまで本気なのかさっぱり分からない。まあ、確かにこのままでは困るのも事実だ。この際俺のプライドなんてどうでもいい。頭を下げて頼むと伯父は「んじゃあ、手続きはしておくよ〜」といってヒラヒラと手を振って去っていく。

 ……前に、ひょいっと振りかえって。

 「それにしても君の戦いは、君の親父さんにソックリだねえ? 君は、武器は使わないのかい?」
 「……『向こう』で、身一つで戦ってきたんで」
 「おや、そうかい? ま、いいや。んじゃね~」

 今度こそ身を翻して、廊下をギシギシと言わせながら去っていった。

 その歩き方がまた絵に描いたようなガニ股で、威厳というものを全く感じさせない。あれであの爺さんの跡取りが務まるのか? とも思うが、俺の知ったことではないか。勘当されたばっかりだしな。遠い目でそんなことを考えていると、

 「御主人様。もう出歩かれて平気なのでしょうか」
 「うぉっ、牡丹さん!?」

 再び背後から、気配なく声を駆けられて俺は奇声をあげてしまった。


 ◆


 「…………」
 「えっ、と……」
 「…………」

 沈黙というものは、えてして言葉以上に多くを語り、気持ちを伝える。

 「いえ、ずっと見てなくてもいいんですよ? 牡丹さん」
 「私の仕事は御主人様にお仕えすることです。本来ならこのような雑事、すべて私めに命令してくだされば御主人様の手を煩わせることなど一切ありません」
 「いえ、いちおう家出用の荷造りなんで、どこに何があるのか、とか、」
 「存じ上げています。この部屋にあるものは全て」

 いや、知ってるのかよ。なんでだよ。

 「……持っていくものに、必要不必要の判断とか、」
 「それも考察してあります。恐らく手荷物に不必要と思われるものは私のほうで保管し、命令次第即座に持ち運べるようにしておこうかと考えておりましたが」

 考察してんのかよ。何をもとにどう考察したんだよ。
 詳しく聞くと知らなくていいことまで知りそうなので、それは聞かないが。


 廊下で出会ってから部屋までついてきた牡丹さんは、そのまま俺の家出支度というか夜逃げ準備というかを俺の目の前で当然のように始めようとしたのだ。驚いて止めたら、「?」という顔をされた。いや、こっちがしてーよ、その顔。

 とにかく俺が自分ですると必死に説得し、今この状況……俺が準備するのを牡丹さんが無言で正座で背筋まっすぐで見つめ続けるというなんとも言えない場の空気を生み出す絵面が出来上がっているわけだった。実に、勘弁してほしい。他の仕事でもしてこられてはどうかと勧めても、これが仕事ですから、と言って動こうとしない。

 そして、どれくらい経ったか。

 「じゃ、じゃあ、なんか喋ってください。無言はちょっと」

 ついに折れた俺が、その言葉を口にした瞬間、牡丹さんの目つきが変わった。
 やべえ、なんか妙な迫力が……。

 「……牡丹さん、な、何かされましたか?」
 「……出過ぎた真似かもしれませんので」
 「いえ、言ってください。言い出したのは俺ですから」
 「では」

 妙に光ったように見えた、切れ長の目が、とじられて。

 「御主人様は、仮想世界と現実世界の差を軽視し過ぎです。反応速度と体の記憶であちらで出来たことをトレースするにしても、初速や威力は大きく異なります。あんな初動作では、当主様や玄路様はおろか、私にすら通用しないかと」
 「……牡丹さんも、何か武術を?」
 「棒術を少々。嗜むほどですが。そもそも……」

 嗜むほどで、俺のアレは通用しない、と。
 なんかショックだな、おい。

 彼女の中で何かが決壊したらしく、そのままリアルとVRワールドの違和感考察が始まり、ついでに俺への駄目出しが結構な量入り……いや、ここまでズバズバ言われると結構堪えるわけだが、一度「言ってください」と言ってしまった手前遮るわけにもいかず。

 くどくどと御説教をいただきながら。

 (……ああ、これが流行りの、メイド萌えって奴か。いや、違うか……)

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺はこの家を、出ていくこととなったのだった。

 
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