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同士との邂逅

作者:日月
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十ニ 傷と痕

横島がこの家に来て、10日目。
二人の関係は当初と比べ、激変した。


熱が下がったナルトは、道化生活に再び身を置く。しかしながら三代目火影と横島の前では仮面を外すようになった。また、毎晩アパートに帰ってくるようになったナルトに、横島は心底安堵する。
(少しは……信じてくれるようになったんかな~…)
料理本片手に、横島はフライパンを揺すった。

最近の彼の日課は、おいしい料理をつくる事だ。ナルトをおんぶした際、その軽さに驚愕したためである。
聞けばここ二ヶ月は水のみで過ごしていたらしい。なんでも中忍試験の裏でコソコソしている奴を焙りだすのに忙しかったと言っていたが、言い訳ともとれる発言だった。

幼い頃から毒を盛られ続けたため、ナルトは食べる行為に抵抗があるようだ。しかし昼間は下忍、夜間に暗部という二重生活をこなしているからこそ、横島はナルトの細すぎる身体を心配している。
独り暮らしならカップ麺で済ましていたところを、わざわざ料理本を買って料理しているところが彼の優しさだろう。

ナルトは横島の作った料理を不味くても黙々と食べる。文句など一切言われた事はないが、それでもおいしい物を食べさせたいと思うのは自然の道理だ。したがって本人は気づいていないが、毎日作っているうちに横島の料理の腕は着実に上がっている。



「あ、醤油がない……しゃーねえ、買いに行くか…」
一端手を止めて横島は出掛ける準備をし始めた。とっくに日は暮れていたが、醤油がないとできない料理なので仕方ない。ナルトが帰って来るのはいつも夜中…というより朝方―四時頃なので、買い物してから作っても何の問題もないだろう。
そう軽く考えた横島は夜の里に繰り出した。





鬱蒼とした森。昼間でも気味が悪いその森は、太陽が落ちると益々不気味さを増す。
その森傍の道からこつこつという靴音が響いた。その音は反響し、やがて吸い込まれるように夜の闇に溶け込んでいく。

闇に怯えながらも醤油を片手に横島はのそのそと歩いていた。すると突然、己が立てる靴音以外にカキンという音が耳に入り、思わず足を止める。好奇心からその音が聞こえた森のほうに彼は目を向けた。
しかしふと、すぐ傍の路地裏から人の気配を感じ視線をそちらに向ける。


「お前かぁ~?最近化け狐の家に出入りしてる奴は…」
路地裏からわらわらと現れたのは下卑た笑みを浮かべる男達。彼らは横島を取り囲むようにして近づいて来る。
昨日の夕方にも同じような事があったなぁと横島は内心溜息をついた。その時は「何の事ッスかぁ?じゃ、お疲れさ~ん」と脱兎の如く逃げ出したのだが、今回は周囲をがっちり固められているため逃げるのは叶わなそうだ。
[化け狐]という言葉に素知らぬふりをしながら、横島はさりげなく醤油を持っていない手をポケットにつっこんだ。

「アレか?近づいて気を許したところをグサリ!か?その時は俺らもまぜろよ」
「アイツいくら殴っても死なないし、ストレス発散には丁度いいよな」
「けど殺して英雄になるのもいいよなあ…なかなか死なないからチビチビ毒を盛る計画でも立ててんのかよ?」
次々と矢継ぎ早に男達は話し掛けてくる。その中心に横島は無言で立っていた。

昨日の男達も[化け狐]と悪態を吐き、ナルトの部屋を出入りする理由を詰ってきたのだ。最近こんな事が多い。ただでさえ二重生活しているのに負担を重くさせるのが嫌なので、ナルトには一切言っていない。
今まではのらりくらりと逃げていたが同じ事が何度も続くと流石の横島も苛立ちが積る。

何も言わない横島に痺れを切らしたのか、男の一人が胸倉を掴んできた。
「なんとか言えよ。それともまさかあの化け狐の味方なんか…っ」
一向に口を開かない横島に対し、イライラとし始める男達。胸倉を掴んでいる男が殴ろうと腕を振り上げた。




途端ヒュッと風が、横島と男達の間に割り込んだ。

「――――何をやっている」




冷たい声がその場に響き渡る。その声を聞いた瞬間、横島以外の男達は足が地面に縫い付けられたように硬直した。

「あ………暗部…」

狐面で顔を隠した青年が気配も無く横島の隣に立っている。いつ来たのかどこから来たのか。
ぽたっと何か雫が落ちる音がした。音がする方に目を向けた男達は、一瞬で顔を青褪める。
狐面がゆるく手に握っているクナイから、生々しい赤が滴り落ちていた。


「……――――失せろ」
一言。

耳にした者が背筋を逆立てるほどの冷やかな声が狐面から発せられた。恐怖で怯えていた男達はその一言で、ヒッと喉を詰まらせる。足を縺れさせながら我先にと逃げ出す彼らの背中を、横島はぼんやり眺めていた。




「………助かった~」
直後、気の抜けた声と共にへなへなと座り込む。そんな横島の姿に、狐面は視線を合わせず言い放った。
「あの男達がな」
ピクリと眉根を寄せた横島に向かって淡々と狐面は言葉を紡ぐ。

「お前、ポケットに手を突っ込んでただろ」
「……それがどうかしたのか?」
素知らぬ顔で言う横島に、狐面はわざとらしく肩をすくめてみせた。へらっと横島は笑いながら、醤油を改めて持ち直す。立ち上がった際にポケット内で文珠が仄かな光を点滅させた。

「…―――場所を移そう」
返事も待たずに、ひょいっと狐面は横島を抱えて飛躍した。抗議しようとした横島だが、狐面に視線で制され口を瞑る。そのまま傍の森へ二人は飛び込んだ。






木から木へ軽やかに飛び移る。その身体能力に感心すると共に抱えられている自分が情けなくなってきて、横島はわざと軽い口調で話し掛けた。

「ほんと忍者ってのはすげーな。人間技じゃね~よ」
「…お前の身体能力ならすぐ出来るようになる」
「………いやいやいや…無理だっての」

予想に反した返答に苦笑いで返すと、狐面は小さく溜息をついた。
「夜に出歩くな。俺と少しでも接点があれば先ほどのように目をつけられる……」
「……あんなぁ、お前が悪いんじゃないだろ~?それに俺はこの里―…いや世界自体違うからさ、目つけられるのは仕方ないんじゃね?」

横島はカラカラと笑う。それを見た狐面はなぜか苛立った様子で、大木の枝の上に彼を下ろした。本来の姿を成長させた今の狐面の身長は、横島とさほど変わらない。へらへらと笑う横島に対し、狐面は無言で印を結ぶ。白い煙が晴れた後には、狐面を手にしたナルトが立っていた。

「……―――俺に道化を被るなと言っといて、自分は演技を止めないのか」

どこか怒っている風情のナルトに戸惑う。本来の姿に戻ったナルトに身長は勝っているのだが、射抜くような蒼の双眸に見上げられ、横島は思わずたじろいだ。
「…え、どういう意味だよ……」






(自覚なし、か……)
ナルトは二重生活において裏表を使い分けている。それこそドベの振り、下忍と暗部、昼と夜の仕事というように。それは素の自身と演技中の自分の差が激しいためだ。
しかし横島は違う。周囲からの強制から性格をつくった彼は、どこからどこまでが自分でどこからどこまでが横島忠夫という人間像なのかを区別できない。素の自身と道化を被った自分との境がよく掴めていないのだ。それでいて横島忠夫像に拘り過ぎる故に、己の人間像をはかり間違えている。
(俺より厄介だな、コレは………)



動揺している横島にチラリとナルトは視線を投げた。その時月の光に照らされキラキラ光る湖が、彼の視界の端に映る。
なんとなく思い立って、ナルトは再び横島を抱えて大木から飛び降りた。
「お、おいっ!?」
「……湖」
「え?あ、ほんとだ……なんだ?水浴びでもすんのか?」

地に足が着いてほっとしながら、首を傾げる横島。そんな彼の前でナルトは上半身だけ服を脱ぐ。黒を基調とする暗部服はぐっしょり赤黒く濡れていた。
「………………」
それに眉を顰めたナルトは服を水の中に突っ込む。そして無言で湖の畔まで歩いて行ったと思うと、おもむろに足を水面上に乗せた。
「ちょ、おい……って、忍者ってなんでもアリだな」
湖の水面をスタスタ歩くナルトを見て一度驚愕した横島だが、やがて諦めたように頭を振る。
(…そういや俺、ここ一週間風呂入ってなかったな…)


ナルトのアパートには横島のアパートと同じく風呂がない。風呂屋に行く事も頭になかったが、今更になって横島は自分の身体をすんと嗅いだ。一度気になるとどうしようもなく臭く感じて、慌ててナルトに倣って服を脱ぐ。ザバンと音をたてて潜り込んだ湖が大小の波紋を描いた。

顔を上げれば、湖の中心にナルトが立っているのが視界に映る。金髪を風に靡かせながら静かに佇んでいるその様は、ぞっとするほど美しい。
加えて天から降り注ぐ月の光が一層、この場を楚々とした絵画へと成らしめていた。








静謐な水面に掛かる月の光輪。
そのちょうど中心に爪立つと、金の環は大きく広がっては水に溶けていく。
水面に映る金と、風に揺れる金は似通っていて。
それはまるで反転世界の月。
幻想的な、それでいて水中と空中の境が見当たらないような錯覚に陥る。
いつ湖底に沈み込んでしまうか、そんな危うげな雰囲気を印象づけられる。


それに柄にもなく焦った横島はわざとバチャバチャ水音を立て、その静謐な風景を壊した。
すい~…と近づき、未だ水面の上で佇立する白い足首をおもむろに下へ引っ張る。途端バランスを失ったナルトが水飛沫をあげて、どぼんと澄んだ蒼の中に潜り込んだ。

じろりとナルトは水中で横島を睨みつける。沈みゆく身体はすぐ浮上し、彼は大きく空気を吸い込んだ。
しっとりと水の含んだ髪を乱雑に散らす。闇の中で飛散する水は金の余韻を残して、湖へ滴下した。
仕返しとばかりに雫を横島に向かって撒き散らし。どこか勝ち誇ったようにナルトは彼を見上げている。
ぽたぽたと滴り落ちる水が、両者の肌を滑っていった。



はたとナルトの身体を見る。普段あれだけ虐げられ、つい寸前まで血飛沫を浴びていたその肌は、生まれた頃と同じく真珠の如き白を誇っている。傷一つないきめ細かなその白さが眩しくて、哀しい。
横島は自身の身体もふと見下ろした。数多の傷や痕が身体の隅々まで残っている。ちょっとした擦り傷も死の手前まで追い詰めた痕も、月の下でその存在を主張していた。

「…羨ましいな」

ぽつりと、水の蒼に滲み入るほど小さな呟きが横島の口から洩れた。
ぱっと顔を上げたナルトの、湖と同じ蒼に見つめられ、横島は罰が悪そうに言う。

「…わり。でも、なんていうか反省とか後悔の証拠がきれいさっぱり消散されるってなんかいいな…って。その、なんとなしに思っただけだから!」
言い訳じみた言葉を慌てて紡ぐ。


どうしても横島は、傷を見るたび、痕をなぞるたび、苦い懐旧に耽てしまう。

この傷の原因は…あの時こうすれば…あの痕がついた時、この時点でこう動いていたら…気づいていれば…。そんな過去の失態を何度も何度も思い悩み、最後には今更どうしようもないと自嘲する。
そしてまた、傷を見、痕をなぞる。

そんなことを繰り返しても、意味の無い行為だと頭ではわかっている。しかしながら、沸き起こる思慕を止めたくなかった。思い出に浸るその瞬間に、彼は過去へと想いを馳せ、そして彼女の姿を思い浮かべる。瞬きすれば掻き消えてしまう。そんな短い蛍の光を追い求める。
横島にとって全身の傷痕は、過去の柵に囚われるための咎、そのものだった。

全てを消散したいとは思わない。けれど過去の失態や反省に後悔といったものは忘れたい。
矛盾の炎は横島を燻り、つい何の痕もないナルトの肌の白さを妬むように見つめた。



「…そんなことはない、と思う…」
淡々と、しかし生まれて初めて言われた[羨望]の言葉に戸惑いながら、ナルトが口を開く。

「…傷はお前が生きて足掻いて努力した証。痕は立ち向かい這い上がって掴み取った命の証拠だ…………自身の生を最優先とするのは当然。諦めず投げ捨てず、それだけ永らえたその数多の傷痕は、誇るべき点だと思うが?……」
「…………」
「この傷の分だけ死から免れたんだ…もう二度と、同じ過ちは繰り返さないだろ?…」
「……ッッ」


ひゅっと横島の喉が鳴った。
繰り返すのは想いと懐旧の思い出。
しかし確かに、傷を受けた時と同じような場面に陥っても、即座に横島は打開策を考え付き、傷一つ受けずに失態を再現しない。彼は無意識に、失態や失敗を覆して、逆に成功を成していたのだった。



「……え……?…………あ…」
横島の片眼から、涙が一粒零れ落ちた。透明な、雫。
無意識に、それでいて止め処なく流れる筋が、彼の頬を濡らしていく。


それに最も驚愕したのは横島自身で。
困惑しながら頬に手をやり、その指に温かみを感じた途端…。
息が詰まった。




必死で酸素を取り込もうと開閉する口は何の意味もなく。
からからと渇いた咽から、無理に声を絞り出す。擦れた音が、いやに大きく響き渡った。
静謐な湖と同様黙していたナルトが、はたと周囲を見渡す。
その視線の先を追って、彼はまたもや息が詰まった。
ハッハッと獣のような荒い息を立てる横島のすぐ傍で、小さなナニカが光を灯す。
点滅を繰り返すソレに引き寄せられたのか、湖の上を滑るように飛び回るナニカは後から後から増えていく。


湖上で華麗に舞い、闇夜を美しく彩る――――蛍の大群。
…―――――――限界だった。






「う…うわあああああああああッッッ………!!!」
形に出来ない、悲しみ哀しみ……………。言葉に言い表せない、痛み悼み…………。



泣いた事は何度もある。けれどそれはいつだって、低く低く押し殺した、ほんの微かな鳴咽。
素直に泣けたのは、嘆きの声を張り上げた、あの時だけ。
…世間で知られる横島忠夫ではなく、横島自身を愛してくれた女性を、失ったあの瞬間。
泣くことへの我慢は耐え慣れていたはずなのに、魂の底から体を貫いた衝撃にだけは耐え切れなかった。
己の半身を亡くしたような錯覚。自身の手から蛍の化身が消えていった、あの刹那。



だから、あの時以来、はじめて。
横島は泣いた。







身体に張り付く水が温かい涙をも交わらせ、膝下に広がる湖へ滴り落ちる。
世界から湖だけを切り取ったかのような静けさの中で。
彼は慟哭する。
闇を突き抜けるほど痛々しい声を張り上げ、ただ我武者羅に喚いた。


傍目には、青年が子どものように泣きじゃくり、子どもが大人のように―…外見が逆転したように見えるだろう。
尤もこの場に来た時点で、密かにナルトが結界を張っているため、その心配は無用だ。湖の周辺は姿や声、気配すら遮断されている。とは言うものの、強さは遙かに上でも年下の、子どもの前にも拘らず、横島は涙をぼろぼろ流した。
横島とナルト以外誰もいない。月だけが二人を見下ろしていた。



ナルトは何も言わない。ただ瞬き一つせず、横島の傍で立っている。
見守るように受け止めるように認めるように。
それが横島にはありがたかった。



蛍が一匹、水に波紋を残して、二人の間を横切っていく。


久方ぶりに溢れた涙は塩辛く、けれどどこか甘露のように甘く。
翳む視界の中で、彼はそう感じた…―――。
 
 

 
後書き
イラスト一覧に、この「傷と痕」の話の一場面を漫画にしたものがあります。「傷と痕 1」と「傷と痕 2」です。雑な駄絵ですが、よろしければご覧ください。(若干文面と違う箇所もありますが概ね同じ内容です)
 
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