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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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43話「大会参加申請」

 荷物を置いてまた玄関口まで戻ってきたものの、アシュレイが帰ってくる気配は無かった。クオリと相談した結果、

「……ま、私たちで申請しちゃいましょうか」

 という結論に至った。

 2人で通りを歩くと、宿を探していた時にも思ったことだが、随分人通りが多かった。シシームよりも更に広い通りなのに、気を付けないと5歩歩かないうちに誰かの肩にぶつかってしまうほど、混雑している。
 受付場所を知っているのは自分だけなので、クオリとはぐれないように時折後ろを見ながら向かっていた。

「クオリは大会見るのも初めてだっけ?」

「はい。今まで人通りが多いところは避けていたので……」

「ああ、そっか」

 やっと着いた参加受付は、町のはずれの西門の裏側に屋台を出して行っていた。例年通りなら、2日前の夕暮れともなればもうとっくに皆申請を済ませており、受付の周りは実に閑散としたものであったが、今日はどうも勝手が違うようだった。

「随分、混み合ってるわね……」

「そんなに変ですか? 町中も人通りが激しかったですし…」

「私も2,3回しか観に来たことはないけど、この時間になったら受付は空いているはずなのよ。参加受付は大会の2日前の日が沈むまでだから、皆もうとっくに申請は済ませてるわけ」

「なるほど。じゃ日没までもうすぐですから、早く行きましょう!」

 今度はクオリが立ち止まったユーゼリアの手を引いて、ずんずん人混みの中へ歩いていった。

「こんなに混んでるなんて…それに、皆一般人だわ。選手じゃない。気になるわね……クオリ! 私ちょっと聞き込み調査してくる!」

「え!?」

「大丈夫! やり方は係の人が教えてくれるから! あ、あとこれがアッシュの大会参加費ね!」

 それだけ言ってクオリに1000リールを手渡すと、波打つ銀髪は人集りに消えていった。

 残されたクオリは、先ほどまでユーゼリアがいたからこそ紛れていた“人混みの恐怖”が蘇り、肩をややすぼめながら逃げるように受付まで辿り着くと、蚊の鳴くような声で、

「あのぅ…」

 と声をかけた。

「はい! こちらは大会参加希望者受付カウンターです。大会参加希望者の方ですか? 個人部門とチーム部門の2つがありますが、いかがでしょう? 個人部門はお一人様、チーム部門は2人以上でのご参加となります。費用はどちらの部門もお一人様1000リールとなっております」

 快活な笑顔とともに立て続けに言われ、たじたじなクオリだが、なんとか要件を伝えられた。ギルド職員が優秀なのと、後ろの人ごみの目的が参加申請に関係なかったことが幸いしたようだ。

「はいはい! では参加希望者のお名前と失礼ですがご年齢、ランク、職業をこちらにお書きください。代筆でも構いません」

 受け取ったペンで個人部門参加者の欄にアシュレイの名を書いた。係員はランクの欄を見ておや、と眉を上げたが、何事もなかったように再び営業スマイルを浮かべた。このあたりに、彼女が若いながらも激戦を極める武闘大会参加受付の係員を任された理由(わけ)が見える。

「個人部門アシュレイ=ナヴュラ様、22歳男性、Fランク剣士、魔法は使用しない、で間違いございませんか?」

「はい」

「かしこまりました。では個人参加1名で、参加費用が1000リールとなります。……はい、ありがとうございます。それではこちらをお付けください」

 クオリに白いバッジが渡された。花をモチーフにしているようだ。小さな花が塊になって咲いている様が描かれている。

「こちらのバッジは個人部門参加者の証となりますので、紛失のないよう、よろしくお願いいたします。そしてこちらが参加申請の写しです。これが参加申込書にもなります。お受け取りください」

 渡された紙は先ほどクオリが代筆した申請用紙の写しで、真ん中に大きく赤いインクでギルドの紋章が捺印されていた。

「そちらの参加申込書とバッジが揃わないと大会には参加できませんので、大切に保管なさってください。申込書の再発行は出来かねますので、悪しからず」

 神妙な面持ちで頷き、紙とバッジを鞄にしまうクオリにくすりと笑うと、係員は笑顔で彼女を見送った。

「以上で参加手続きの全ての過程を終了とさせていただきます。頑張ってください!」

 笑顔に勇気づけられて再び人混みの中に向かう。なんとか抜け出ると、ちょっと離れたところでユーゼリアが待っていた。

「お疲れ! できた?」

「なんとか……」

 ユーゼリアは快活に笑った。道端のベンチに2人腰掛けて疲れを癒す。

「で、結局あの人集りはなんだったんです?」

「そう、それよ! あのね、クオリもギルド加入の時に多分話を聞いただろうけど、武闘大会で優勝すれば賞金が出るでしょ。その他に何か不測の事態の対応の為にS系ランカーが賓客の護衛としてつくのよ」

「そういえばそんなことどこかで聞いたような……」

 遠い昔を思い出すような仕草とともにクオリが呟くと、ずずいっとユーゼリアがクオリににじり寄った。咄嗟に首だけ逃げるが、ガッと引っ掴まれた腕の力がいつになく強く、逃げ場はなくなった。

「それが、なんと今年はSSランカーがいらっしゃるらしいの! それも…それもよ! あの! 【竜騎士】カメリア=シルヴィオスなのよ!」

 クオリの記憶が正しければ、大陸にSSランカーは3人しかいなかったはずだ。Sランカーは9人と増えるが、それでも冒険者全体の数からみると、異常な少なさである。
 そして、その【竜騎士】カメリアといえば……

「確か…最年少のSSランカーでしたよね。4年前でしたっけ。19歳でSSランク取得って、大陸中で大騒ぎでしたね」

「そう! しかも、私にとってあの人は特別な存在なの。なんてったって、同じ召喚魔道士なんだから! 大陸中の召喚魔道士は彼女を目標とするのよ。カメリア様をまさかこの目で見れるだなんて……はぁ」

「“召喚魔道士は弱い”という定説を覆した人でしたね。わたしも会ったことはありませんけど、噂くらいなら耳にしていますよ」

 その時だ。彼女たちの背後から恨めしげな声がかかった。

「ユリィ~…クオリぃ~…」

「「ひゃああっ!」」

 悲鳴をあげながら後ろを振り返れば、ひどく憔悴した様子のアシュレイ。目線を泳がせながらユーゼリアがクオリの手から参加バッジをひったくり、彼に押し付ける。訝しげにそれを眺めるアシュレイに、早口で言った。

「……あの、えと、色々ごめんっ! はいこれ! 大会参加の証。そのコートにつけておいてね」

「いや待て。まずは俺に言わせろ。…大会参加って、何の話? 俺ら賭けしにここに来たんじゃないの?」

「だってほら、勝ったら優勝賞金でるし! それに、ぶっちゃけ誰もアッシュの実力を知らないから、賭けでもがっぽり儲かるというか……」

 徐々に尻すぼみになっていく声にアシュレイもため息をつくと、「やれやれ仕方ない」という風に頭をぽりぽり掻いた。

「まったく…一言言ってくれればよかったのに」

「サプライズにしたかったんですよ」

 先ほどより更に深いため息をつくと、最早どうでもよさげに「…ああ、そう。もういいよ。勝手にするがいいよ」とかなんとかブツブツ言い始めた。なんだか随分様子がいつもと違うが、それだけあのおばさんがアシュレイの鋼鉄の精神を削りまくったのだろうか。

 背中を丸めてベンチに腰掛けたアシュレイは、手元のバッジを見るともなしに眺めると、ぽつりと口を開いた。

「…これ、何の花だろう?」

「エーデルワイス。花言葉は “勇気”。ちなみにチーム部門は青いバッジで、花はブルースター。“信じあう心”という花言葉なの。ぴったりでしょ?」


ふうん…


 微笑み、沈む夕日にバッジを照らす。白い花は橙色に染まった。


(勇気…か……)
 
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