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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode3 現実との戦い2


 「……」
 「……」
 「……」

 人間というのは、生まれた時から空気の重量を背負って生きているらしい……のだが、なんというかこれは、未だかつて体験したことの無い領域の空気の重さだ。こんなくだらないことを、思わず考えてしまうほどに。

 場所は、再びの道場……なのだが、今回は前回よりも更に人が多い。
 全員、無言だが。

 奥に美しく伸びた背筋で正座するのは、言わずもがな爺さん。その横に立つ、既に混じり始めた白髪が誤魔化せない程の年齢の女性は、俺の記憶が確かなら爺さん添きの使用人……つまりは、侍従長だったはず。伏せた目は開いているのかも分からないほど細いが、彼女も爺さんと同様に相当やり手の風格がある。

 対面して座するは、当然重要参考人こと俺。そしてその中間、俺達と直角になる様に正座で座るのが母さん。来なくていいと言ったというのについてきて、案の定最初に俺の要件を口にした際からその顔は真っ青になっていた。まあその横に牡丹さんが控えているから何かあったら対応してくれるだろう。

 五人が正座で向かい合う、異常な(というかいやーな)空気の場。

 「……もう一度、言うてみよ」

 重厚な空気を破っての一言に、もーろくしやがったか爺さん、と言いたい……いや、冗談だ。さすがの俺も、このプレッシャーのなかそんな事を口に出来るほどの図々しくは無い。神妙に、しかしはっきりと口にする。

 「……しばらく、帰りが遅くなるのをお許し頂きたいのです」

 ……いや、なんで男が十九にもなって門限緩めてーの許可をこんな神妙に取らなならんのだクソ……と内心では悪態をつきながらも口には出さない、顔にも出さないそれが大人だ。この爺さんは見た目通りの筋金入りの頑固ジジイらしく、「そんなん許さんわたわけが!」と顔に書いてある。その表情のまま、一言。

 「……それは、『四神守』の名に、恥じない行いか?」

 重低音の声が、道場を這うように響く。

 さして大きくも無いのによく通る声で、それでいて正座で対峙する俺の腹の底を揺るがすように反響する独特な声。嫌な感覚だ。感じるプレッシャーを抑え込み、なんとか口を開く。

 「俺は、自分が四神守だと思ったことはありません。……ただ、名だろうがなんだろうが、この行いを恥じるつもりはありません」
 「……左様か」

 それを言ったきり、向こうは口を閉じた。
 そのまま、鋭い眼光で俺を見据えてきやがる。

 俺も、待つ。
 いや、ただ待つ訳ではない……睨みつける。向こうも睨みつけやがるなら、こっちも返すまでだ。

 どれくらいの時間がたったか。
 その睨みあいの末に、爺さんが言ったのは。

 「……ならば、その力のあることを、儂に示してみよ。…立ち合え」


 ◆


 「!?」
 「お父様!?」

 俺と、横でじっと様子を覗い続けていた母さんが、同時に息を呑んだ。特に母さんの反応は、屋敷での時間の流れが何分の一かになってしまったような生活の中では久しく見なかった破格の反応速度で立ち上がり、爺さんを縋る様な眼で見る。

 零れ落ちんばかりに大きく見開かれた母さんの目を、ゆっくりと立ち上がった爺さんが睥睨する。文字通りの「睥睨」だ。睥目し、睨みつける。その視線の鋭さに、威圧感に、母さんの体がみるみる縮んでいき、しかし何の意地か見つめるのはやめようとしない。

 数瞬、睨み合い。

 「……」
 「……っ、……」

 そして俺の方を見た母さんの目は、涙が落ちそうなほどに滲んでいた。

 どうやら視線の空中戦は母さんが負けたらしい。それにしてもこの剣幕、ちょっと俺が無茶をするのを止めているだけには見えない必死さだ。そこまでする心情は、残念ながら俺には分からない。親っていうのはそういうもんなのか。或いは何か別の要因が絡んでいるのか。

 「……支度せい」

 母さんの視線が外れた後、爺さんが身を翻してゆっくりと道場の奥に向かう。

 影のように付き従って歩いていく侍従長に、何かを耳打ちする。恭しく頷いた彼女が、壁際の無数にある扉のうちの一つ、大仰な鍵のかかった扉を開く。二人の肩ごしにちらりと見えたその先は、現実にあったとは少々信じがたい、ファンタジーの世界のような武器の山。おいおいおい。この屋敷なんでもありかよ。

 と。

 「御主人様」
 「うおっ!? ぼ、牡丹さん!?」
 「御主人様は、何をお使いになりますか?」

 後ろから突然聞こえた声に、思わずちょっと仰け反った。

 慌てて振りかえると、そこには茶髪の長い髪を後ろに伸ばした俺の添き人……牡丹さんが立っていた。俺の索敵スキルを無効化するとは、なかなかに高度な隠蔽スキル…って違うか。

 脳内だけで冗談を自己完結し、問い返す。

 「……使うって、何をですか?」
 「立ち合いの武具をです。この四神守家、一通り以上の武具は揃っております」

 それは銃刀法的にどうなんだ。

 「……俺は、いいや。……喧嘩なんてしたことねーが……やるなら、拳だけだろうかと」
 「かしこまりました。御武運を」

 こちらも恭しく一礼して、するすると壁際に下がっていく牡丹さん。その動作に、足音は一切ない。……なんだあの『忍び足』スキル。メイ……失礼、使用人の嗜みとでも言うつもりか。それで身に付くなら俺の二年間の努力の積み重ねは何だったんだ。

 ……心を乱されてしまった。落ち着け。
 そんな余裕はないと言ったばかりだろう。

 何せ相手は。

 見据えた先に、覇気とともに佇む、長柄の大刀を構えた武人。
 この、まだまだ現役を退く気配のない、道場を守り抜く歴戦の兵なのだから。

 「……貴様は、徒手空拳、か。……よかろう」
 「……薙刀、ですか。……つっ!?」

 ダンっ、という鋭く響いた音が、俺の体を竦ませた。

 とっくに還暦を迎えた老体とは思えない、堂々とした立ち姿が滑らかに動き、構えを取ったのだ。先程の音は、足が床を踏みならした音。構えの先端たる薙刀の切っ先が、真っ直ぐに俺を向く。刃引きがされているとはいえ、その遠心力の乗った一撃を貰えば俺もただでは済むまい。

 油断は無い。
 そして、手加減するつもりも無い。

 真剣勝負だ。

 俺も、構える。

 爺さんのような相手を威圧する構えとは違う、ゆらりとした力みのない動作。
 何を感じたのか、爺さんの目がすっと細まる。

 と同時に、俺達二人の双方から見える位置に、侍従長が音も無く進み出す。

 「では、僭越ながら……」

 恭しく一礼し、するりとその白い手が掲げられ。

 爺さんの、鋭い黒目が更に険しくなり。
 俺の体感時間が、減速を始め。

 「はじめ!!!」

 鋭い声が道場に轟いた。

 
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