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東方守勢録

作者:ユーミー
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第十二話

「あー疲れた」

「そうですね……お疲れ様です」


俊司は永遠亭への帰路につきながらそんなことを言っていた。

あれから時間の許す限り練習をしていたわけだが、気がつくと日が暮れる時間帯になっていた。さすがに帰らないと夕飯の時間に間に合わないこともあって、俊司たちは軽く急ぎ足で歩いていた。


「しかし……全戦全敗って……」

「しかたないですよ。元々私の得意な距離ですし、俊司さんはどちらかと言うと中距離がメインですよね?」

「まあそうだけど……」

「すぐにうまくなることはないですよ。ゆっくり成長すればいいんですから」

「……そうだな」


口ではそう言っていたが、俊司はどこか不満そうにしていた。そんな彼を見て、妖夢は苦笑いを返すしかなかった。

それから数分間、二人は永遠亭に向けて歩き続けたわけだが、しゃべる話題が尽きてしまったのか、二人ともしゃべることはなかった。






永遠亭 俊司の部屋


夕飯後、妖夢は再び俊司のもとを訪れていた。


「で? 何か用か?」

「いえ……なんとなくです」

「? そうか」


俊司はそう言いながら机の上に紙を広げると、何かを書き始めた。


「なにしてるんですか?」

「昨日あったことを整理しとくんだ。これからのこともあるだろうし」


そう言って俊司は黙り込むと、ひたすら紙に文字と図を描き始めた。妖夢もよほど興味があったのか、その紙をマジマジと見ていた。

数分後、一心不乱に書き続けていた俊司だったが、ふと何を思ったのか急にペンを止めた。


「……退屈じゃないか?」

「えっ!?」

「いや……せっかく来てもらったけど、何もしゃべることないし……退屈じゃないかなって」

「い、いえ! 結構興味深いことですから」

「? ……わかった」


俊司はそう言うとまた紙に何かを書き始めた。


(……話しかけづらい……というか、何を話したらいいかわからない……)


妖夢がここに来た理由は俊司を励ますためだった。

昼のうちに俊司と何度か実戦練習をしていたわけだが、その際妖夢は刃を交えながら俊司の感情が伝わってきた気がしていた。その感情には、悲しみの念が強く感じ取れていたこともあり、俊司は由莉香の死をまだのりきれていないのではと考え、彼女はここに来ていた。

だが、いざとなると何も話すこともできず、途方に暮れていた。


「……あのさあ」


思いふけっていると、いきなり俊司が声をかけてきた。


「はい?」

「もしかして……励まそうとしてくれてる?」

「!?」


確信の一言に妖夢は驚きを隠せなかった。

あわてて平常心を取り戻そうとしたが、やはり俊司にはばれてしまったようだった。


「やっぱりな。なんかおかしなって思ってさ」

「……」

「それに、さっきの戦闘結果のことじゃないだろ?」

「! そっ……それは……」

「やっぱりそうか」

「……はい」


もはや読心術でも心得てるのかと思えるほどだった。俊司は軽く溜息をつくと、ペンを置き口を開いた。


「……気にしなくてもいいよ。気持ちだけもらっとく」

「……すいません」

「あやまることないよ」

「……なんで気付いたんですか?」

「なんで……か……でも……まあいいか」


俊司は一瞬言葉を濁したが、そのまま話を続けた。


「なんか似てるからさ……妖夢と由莉香」

「えっ……私がですか?」

「うん。全部じゃないけどところどころがね」

「そう……ですか」

「だから、さっきもそんな気がしたんだ。あいつも、よく俺の感情読み取ってきたもんなー」


俊司はそう言いながら笑っていた。

励ますどころか逆に気を使わせてしまった。妖夢はすぐにでも穴に入りたい気分になっていた。


「……ありがとな」


そんな彼女に、俊司は優しくそう言った。


「えっ」

「充分嬉しいよ。そう思ってくれてさ」

「……はい」


妖夢は顔を赤く染めながらもそう言った。


「さて、じゃあ明日は朝から練習しようか」

「朝ですか?」

「何か不満でも?」

「いえ。では、先ほどと同じ場所で行いましょう」

「ああ」


妖夢は明日の約束をしたのち、夜遅くなってきたこともあってかそのまま俊司の部屋を後にした。











誰もいなくなった後、俊司は部屋の中央で一人溜息をついていた。


「……ちょっと気を使わせすぎかな」


妖夢の気持ちは嬉しかったが、本音を言うと申し訳ないと謝りたかった。それゆえに、まだふり切れていない自分にも少し腹が立っていた。


「ちゃんと……けりをつけないとな」


俊司は弱気になりそうな自分に喝を入れ、明日に備えてそのまま眠りについた。





「……あれ?」


眠りに就いたはずだったが、なぜか意識が残っていた。かといって、周りは暗く夢の中にいるような感覚で、不気味な雰囲気が漂っていた。


「ここ……前にもどこかで……」


見覚えのある場所とその雰囲気に、俊司は戸惑いを隠せずにあたりをきょろきょろと見渡していた。


(……久しいな少年)

「!?」


急に聞き覚えのある声が俊司の耳に入ってきた。あたりを見渡しても誰もいない。実体がないのか、あるいは姿を消しているだけなのかはわからないが、何かが存在しているのは確かだった。


(どうやら覚えているようだな?)

「まあ……一応」

(意識がもうろうとしていたというのに……よく覚えていたものだ)


男の声は感心しているようだった。


「あんた……誰だよ?」

(誰……か……まだ話すのは早いかな?)

「早い?」

(そうだ。いずれその時が来る)


男の声はそんなことを言っていたが、俊司には遠まわしに避けているようにしか聞こえなかった。問い詰めようにも無駄だと考えた俊司は、とりあえず話を進めた。


「で? なんで今回出てきたんですか?」

(……お前の決意についてだ)

「!」


決意と言われた瞬間、俊司は体をビクッとさせて反応していた。


(……図星か)

「まだ……何も言ってないんですが?」

(言わずともわかる)


そう言って男は一度溜息をもらした。


(……やめておけ。復讐など、無駄な考えにすぎん)

「!!」


男の声は呆れたようにそう言った。

俊司は図星だったのか、驚きの表情を隠せずにいた。復讐という文字。それはいまの俊司の感情に最も近い言葉だった。由莉香を殺したあの男を、自分の手で決着をつけることしか考えていなかった。

妖夢に近距離戦を挑んでいたのも、その男に対しての対策の一つだった。相手はほぼ全範囲での攻撃も可能であれば、近距離からの攻撃もできる。俊司はそれに対抗できる能力がほしかっただけであった。

だが、今聞こえてくる男の声は、そんな少年の考えを否定していた。無意識に冷や汗がでてくるほど、俊司の思考は回り続けていた。


「なんで……ですか?」

(戦いに復讐の念は無意味だと言いたいのだ)

「無意味……? ふざけんな……お前に何がわかるって言うんだ!」


俊司は声を荒げてそう言った。だが、男の声はそれに臆することなく話を続けた。


(言いたいことはわかる。かつて異性として好きだった親友を目の前で殺された。復讐しようと考えることは妥当かもしれない)

「だったら」

(だが、勘違いしてないか? 今少年は何のためにここにいる?)

「……」


俊司がここにいる理由は、幻想郷を守るためだ。決して復讐をするためにいるわけではない。俊司自身もそれはわかっていた。

だが、それでも由莉香を殺した男を許すことはできなかった。


「理由なら……わかってる」

(……それを考慮したうえでの考えか?)

「はい」

(そうか……なら、好きにすればいい)


あれだけ反対していた男の声も、もはや無駄だと感じ取ったのかそう言っていた。


「……はい」

(だが、その前にひとつ肝に命じておけ)



男は急に声のトーンを下げると、話を続けた。


(復讐の先には何も生まれん。復讐は復讐を生むとも言うが、今回はそれは気にしなくてもいいだろう)

「……」

(最後に……復讐で戦うことは自身によって強みになるが……弱みにもなる。平常心を忘れるな。でないと)

「死ぬ……ってことですよね?」


男の声が言う前に俊司が答えを言った。

男の声は驚いていたのか感心していたのか、あるいは呆れていたのかは知らないが、数秒間何もしゃべろうとはしなかった。


「……違いましたか?」

(……わかっているならそれでいい。無理はするな)

「ご忠告ありがとうございます」


俊司はそう言って、見えない相手に一礼を返した。


(あと、まさか自分も死のうとは思っていないな?)

「……どうでしょうかね?」


男の声の問いかけに俊司は笑いながら答えた。

男の声は一度ため息をついていた。たぶん呆れていたのだろう。俊司にはそう思えていた。


(わかっているとは思うが……お前が死んだところでなにもかわらんぞ?)

「わかってますよ。それくらいは」

(それに……気づいているのだろう? あの子のこと)

「……」


あの子のこととは妖夢のことだろうと、俊司は考えていた。

妖夢に特訓を頼み始めてから、彼女の様子が少しおかしいことには気づいていた。それが何を意味するのか、俊司はわかりたくなかったがわかっていた。

それに戸惑っている自分もいた。素直に言えばうれしいことなのだが、自分自身がどう思っているかがわからずにいた。それに、それ以上に困惑することもあった。

妖夢は由莉香と似ている部分が多い。それが俊司をさらに戸惑わせていた。

由莉香は死んだ。だが、妖夢を見ていると由莉香の面影を合わせてしまう自分がいる。俊司はそんな自分が許せずにいた。それが一番の原因となっていた。

自分が復讐のために動き死んでしまえば、彼女が悲しむこともわかっている。だから素直に動くことができなかった。


(悩んでいるな?)

「……」

(難しいことだ。時間をかけてゆっくり考えるがいい。ここから先は……少年の仕事だ)

「あれだけ言って、最終的には人任せですか」

(決断するのは私ではない)

「……そうですね」


俊司の顔から笑みがこぼれることはなかった。


(さて……そろそろだな)

「?」

(時間だということだ。では……また会おう……里中俊司)
















「……」


何かに切り離される感覚で、俊司は目を覚ましていた。


「……変な夢だな」


そう言いながら俊司は起き上がる。時刻は7時を回ったくらい。妖夢との約束の時間まで30分前くらいだろうか。俊司は早急に身支度をすると、あの場所に向けて走っていった。
 
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