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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第三十二話 その始まり




帝国暦 489年 9月10日   オーディン  宇宙港  テオドール・アルント



オーディンの宇宙港の到着出口は大勢の人間で溢れていた。しかし喧騒は殆ど無いと言って良い、有るのは物々しさだけだ。
「凄いですね、これ」
俺の言葉にリスナー所長が無言で頷いた。表情が厳しい、かなり緊張しているのが分かった。

親っさんがオーディンに到着した。先々月、親っさんはフェザーンを占領したが後をロイエンタール、ミッターマイヤー提督に引き継ぐとこのオーディンにやってきた。リスナー所長は俺の他に三十名程で出迎えているんだが宇宙港の到着出口は軍人、それと明らかに警察関係者と分かる人間で溢れている。どうやら親っさんの警備のために動員されたらしい。おかげで一般の利用者は怯えた様な表情をしている。

「まあ親っさんは帝国の重要人物だからな。もしもの事が有ったら帝国はとんでもない騒ぎになる。政府の連中もそれを分かっているから警備をしているんだろう。内心では面白くないと思っているかもしれないがな」
「そうですね」
「それに一兆帝国マルク相当のお宝も有る」

所長の言う通りだ。親っさんは帝国、フェザーン、同盟の主要な企業を押さえイゼルローン、フェザーン両回廊を使って物を動かしている。経済の世界じゃ親っさんを超える人間など居ない。実際独立心の強いフェザーン商人達も親っさんの前では大人しくしている。敵対すれば金融、物流の面で圧力をかけられ潰されると思っているのだ。

次の遠征ではフェザーンが後方支援の基点としてどれだけ役に立つかが遠征の成否のカギを握ると言われている。帝国軍にとっては親っさんは間違っても失う事は出来ないし敵に回す事も出来ない存在だ。親っさんは次の遠征に参加するが、その事が帝国軍をどれだけ安心させている事か……。多分親っさんもその辺りを考慮して参加する事を決めたのだろう。

所長の厳しい表情は先程から少しも変わっていない。例のキュンメル男爵の一件以来、リスナー所長の仕事に対する姿勢は一段と厳しくなった。所長だけじゃない、俺達皆が以前にもまして精力的に仕事に取り組んでいる。あの一件はオーディン駐在の黒姫一家の人間にとっては大きな衝撃だった……。

フェザーンの陰謀を潰して意気の上がっていた俺達にとっては晴天の霹靂だった。自分達の知らないところで地球教がローエングラム公の暗殺を企み、それによって黒姫一家にもダメージを与えようとしていた。そして親っさんがそれを密かに調べていた……。

親っさんからは海賊屋敷を動かせば地球教、フェザーンに警戒されかねない、相手を油断させるためにやむを得なかったと言われたがそれでもショックだった。本来なら親っさんが動く前に自分達が気付いていなければならなかったのだ。まだまだ甘い、そう言われているようなものだ……。

リスナー所長が俺達に視線を向けた。緊張しているのが分かる、少しほぐした方が良いだろう。
「そう言えばウルマンが一兆帝国マルク相当の貴金属なんて見るんじゃなかったって言ってました」
「ほう、なぜかな。見たくても見られるもんじゃない、良い思い出になると思うんだが……」
不思議そうな表情だ。

「夢に出るそうです、悪夢だって言ってましたよ」
リスナー所長が微かに笑った。良かった、少しはリラックスできたかな。
「アルント、気を遣わせて済まんな」
「所長……」
所長が俺を見ている、ばれてたか……。

「アルント、俺は大丈夫だ。それより集中しろ、あの連中を当てにするんじゃない。親っさんの警護は俺達の仕事だ」
「はい」
所長の言う通りだ、詰らない事を考えるな。親っさんの身は俺達が護るんだ、あの連中の前で無様な姿は見せられない。

十五分ほど経った時だった。誰かが
「親っさんです!」
と声を上げた。間違いない、親っさんは隠れてて見えないがアンシュッツ副頭領、キア、ウルマン、ルーデルが見える、それにメルカッツ提督。女性が一人一緒に居るな、あれがテオドラか、イェーリングの話じゃかなり厄介だって聞いているけど……。リスナー所長の表情が一段と厳しくなった。困ったもんだ、親っさんの周囲には二十人程度しかいない。相変わらず親っさんは小人数で動く。

大体このオーディンには十隻程度の小艦隊で来た。他は皆辺境に戻してしまったのだ、無防備にも程が有る。本来なら最低でも百隻は護衛に欲しいところだ。どうも親っさんは自分の事に関して無頓着に過ぎる、或いは大袈裟にされるのが嫌いなのか……。

親っさん達が出口に近付く、そしてその周りを政府の警護の人間が固めている。俺達も親っさんを迎えるために出口に近付いた。政府に護衛される海賊か……。また噂になるな、新たな伝説の誕生だ。

「親っさん、御苦労様です」
「御苦労さまです!」
リスナー所長の声に続いて俺や他に迎えに来た人間が挨拶した。親っさんが微かに笑みを浮かべて頷く。多分苦笑だろうな、親っさんはこういうの苦手だから。

「待たせましたか、リスナー」
「いえ、それほどでは。それよりも不用心です、もう少し警護の人数を増やしてください」
リスナー所長がアンシュッツ副頭領に視線を向けた。どうやら所長は親っさんではなく副頭領に言っているようだ。副頭領もそれが分かったのだろう、苦い表情を浮かべた。

「親っさん、リスナーの言う通りです。不本意かもしれませんが周りを安心させるのも頭領の仕事です」
「その通りです、地球教、フェザーンが親っさんを狙っているという情報もあるんです。政府もそれを知っているからこんなにも警戒しています、もう少し注意してください」
アンシュッツ副頭領とリスナー所長の言葉に親っさんが困ったような表情を見せた。副頭領と所長の顔を交互に見る、二人とも厳しい表情だ。親っさんが一つ溜息を吐いた。

「エーリッヒ!」
突然親っさんを呼ぶ声が聞こえた、親っさんをファーストネームで呼ぶ奴は俺の知る限り三人しかいない。ナイトハルト・ミュラー大将、アントン・フェルナー国家安全保障庁長官、ギュンター・キスリング国家安全保障庁副長官だが一体誰だ?

「ギュンター、ギュンター・キスリング!」
親っさんが近づいて来る男に嬉しそうに声をかけた。ギュンター・キスリング国家安全保障庁副長官か……、一度話したことがあるが悪い印象は無かった。副長官も表情に笑みを浮かべている。親っさんの表情が明るい、内心助かったと思っているのかもしれない。

「不用心だな、エーリッヒ。そんな小人数で来る奴があるか」
「やれやれ、今それで二人に怒られていたところだ。卿までそれを言うのか」
親っさんが肩を竦めると副長官が声を荒げた。
「当たり前だ! その二人のいう事は正しい。地球教、フェザーンが卿を殺そうとしているという情報が有るんだ。連中の恐ろしさは卿が一番よく分かっているだろう」

副長官が厳しい表情をしている。どうやらさっきまでの笑みは怒りを押し殺していた笑みらしい。親っさんがアンシュッツ副頭領とリスナー所長に視線を向けると二人が副長官の言葉を肯定するかのように頷く。親っさんは溜息を吐いてからキスリング副長官に視線を向けた。
「分かった、次からは気を付ける。それで、何の用だ? 護衛だけのためにここに出張ってきたわけじゃないだろう。貴金属は既に引き渡したよ」

「迎えに来たんだ、ローエングラム公が卿に会いたいと言っている」
親っさんが目を見開いた。
「おやおや、三枚目の感謝状でもくれるのかな。まあ今回は良い仕事をしたからそのくらいは有ってもおかしくは無いか……」
副長官が顔を顰め、皆は苦笑を洩らした。そんな事は天地が引っ繰り返ってもまずあり得ない。

「フェザーンの状況を確認したいそうだ」
「ロイエンタール、ミッターマイヤー提督から最新の状況報告は届いているだろう。私の情報などカビが生えているよ、意味が有るとは思えないね。……感謝状をくれるなら行っても良いけど」
親っさんがニコニコ笑みを浮かべると副長官が溜息を吐いた。

「ローエングラム公は卿から直接聞きたいと言っているんだ。感謝状は自分で交渉するんだな」
「気前が良くないのがローエングラム公の欠点だ。なんなら国家安全保障庁からの感謝状でも良いよ、私達は随分と卿らに協力したと思うんだけど」
副長官がじっと親っさんを見詰めた。親っさんは相変わらず罪の無い笑顔でニコニコしている。

「諦めろ。さあ、行くぞ」
「……上がケチだと下までケチになるな、親友なのに紙切れ一枚出さない……」
親っさんがぼやくと副長官がまた溜息を吐いた。親っさんの親友って結構大変だよな、おまけにローエングラム公の部下なんだから……。



帝国暦 489年 9月11日   オーディン  ゼーアドラー(海鷲)  アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト



「ようやくこうして酒を酌み交わす事が出来ました」
「確かに……、一度は亡命を試みた事を思えば不思議ではあるな」
メルカッツ提督の言葉に俺は無言で頷いた。不思議ではある、亡命が成功していれば戦場で殺し合う事になっただろう。いや、あの時俺自身処刑される事も有り得たのだ。今こうして酒を酌み交わしているのは不思議としか言いようがない。

「皆がメルカッツ提督と話したがっていますよ。でも今日は私に譲ってくれました」
「……気を遣わせたようだな」
賊軍としてローエングラム公と戦った。不本意な戦いだった、最後まで自分の思う様な戦いは出来なかった……。その事が何処か胸の奥で澱んでいる。

おそらくは閣下も同様だろう。その事がローエングラム公に素直に従えなかった理由のはずだ。俺のように割り切ることが出来なかった……。黒姫の頭領はそれを察していたな、その上でローエングラム公に閣下を預かると申し出た。冷徹なだけではない、情もあるようだ……。

「昨日は御家族と一緒だったのでしょう、御元気でしたか」
「元気だった。だが心配したのだろうな、妻は少し痩せた様だった……」
「そうですか」
「……亡命しないで良かったと思っている、戻ってきて良かったと……」
「……」
誰に聞かせるでもない、呟く様な声だった。話題を変えた方が良いだろう。

「辺境は如何でしたか?」
俺の質問にメルカッツ提督が微かに笑みを浮かべた。どうやら話題を変えた方が良いと思ったのは俺だけでは無い様だ。閣下がグラスを口元に運び一口ウィスキーを飲んだ。閣下も俺もウィスキーをロックで飲んでいる。

「活気が有るな、オーディンの様に発展してはいないが活気が有る」
「オーディンも改革が始まってからは活気が有ると思いますが」
「辺境はそれ以前から活気が有った」
「なるほど」
辺境は辺境にあらず……、メックリンガー提督が言っていたがどうやら本当らしい。疑うわけではないが実際に辺境に居たメルカッツ提督の言葉に改めてそれを実感した。

「メルカッツ提督は黒姫の頭領をどう見ました?」
「気になるかな、ファーレンハイト提督」
ちょっとからかう様な口調だ、思わず苦笑が漏れた。
「気にならない人間など居ないでしょう」
「皆が私に会いたがっているのもそれが理由か」
「それだけではありませんが……」
メルカッツ提督が軽く笑い声を上げた。ふむ、機嫌は悪くないようだ。

「卿らはどう見ているのだ」
「皆の話では最初は極めて冷徹で強か、そう見ていたようです。しかし最近では何とも言えない怖さ、不気味さを感じると……。何処か我々とは違う、そう見ています」
閣下が頷いた。

「普段は何処にでもいる穏やかな若者だ。書類仕事をしているところは黒姫と異名を付けられる海賊には見えん」
「……」
「しかし卿らが感じた様に時折ヒヤリとするものを感じる時が有る。まるで鋭利な刃物を突き付けられた様な感触、と言えば良いのか……」
閣下はもう笑みを浮かべてはいない。

「部下達は黒姫の頭領を怖いとは思わないのですか」
「もちろん怖いと思っている。しかし海賊の頭領はそのくらいでないと務まらない、そう思ってもいるようだな」
「……」
俺が無言でいると閣下が軽く笑い声を上げた。

「海賊の世界と言うのは実力の世界だ。彼らは強く賢明な頭領を望んでいる。弱い頭領、愚かな頭領ではあっという間に組織は衰退するからだ。そして強く賢明な頭領を得た組織はその勢力を増大させていく」
「なるほど、黒姫の頭領ですな」
閣下が頷いた。

「その通り、黒姫の頭領は僅か数年で弱小組織を帝国屈指の組織にまで成長させた。どの組織も黒姫一家と正面から敵対しようとはしない。それを許さないだけの財力、戦闘力を保持している。黒姫の頭領こそ頭領の中の頭領だろう。部下達は皆心服しているよ」
海賊だけでは無い、我々だって彼を敵に回す事が危険だと言う事は理解している。地球教やフェザーンがどうなったか、それを見れば考えるまでもなく分かる事だ。

「十七歳で頭領になったと聞きましたが反対する人間は居なかったのですか?」
「居なかったと聞いている」
「……」
「聞きたいかね、彼が頭領になったいきさつを」
閣下が悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「御存じなのですか?」
「元々黒姫一家は根拠地を持たない弱小組織だった。辺境に根拠地を持とうと提案したのが黒姫の頭領だった。当時は未だ頭領では無かったがね」
「……」
「先代の頭領はそれを受け入れ組織は辺境を根拠地とした、そして少しずつ安定するようになった。だがそれに反発する人間も居た。何と言っても辺境は貧しかった、将来への展望を見いだせない人間も居たのだろうな」
閣下がグラスを口に運ぶ、俺も一口ウィスキーを飲んだ。

「確か組織の№2がクーデターを起こそうとした、そう聞いていますが」
「その通りだ。それを防いだのが黒姫の頭領だった」
「……」
「№2がクーデターを起こそうとしている、頭を痛めた先代頭領に暴発させて一気に片を付けようと提案したそうだ」
閣下がまた一口ウィスキーを飲んだ。

「№2は強い男ではあったが粗暴な男だった。黒姫の頭領は彼の部下達に彼が頭領になれば消耗品扱いされる、長生きは出来ないと説得したようだ。結局、殆どが寝返った」
「それで終わりですか」
俺の言葉に閣下が首を横に振った。違うのか……。

「寝返らせた連中に№2を唆せた。“貴方こそが頭領になるべきだ、自分達はそれを望んでいる”、そう言わせた」
「それは……」
「時期尚早と言って反対した人間も居た、№2の本当の味方だな。だがそれらの人間は臆病者として排除された、そういう風にしむけた……。№2がクーデターを起こした時、彼の周りに味方は居なかった。味方だと思った部下達は皆、彼に銃を突きつけた……」

しんと冷えた様な沈黙が落ちた。周囲には人も居る、ざわめきも聞こえるがここだけは別世界のようだ。
「……彼は未だ十七歳でしょう?」
声が掠れた、閣下は無言だ、答えようとしない。十七でそこまでやるのか……。非情、冷酷、敵も味方も震えあがっただろう。

「取り押さえられた№2に黒姫の頭領が自分が全てを仕組んだと言ったらしい。そして一発だけ撃てるブラスターを渡した……、人として死ぬか野良犬のように始末されるか、好きな方を選べと……」
「……自殺したのですね」
閣下が頷いた。また思った、冷酷、非情……。

「何故そんな事をしたのか、先代の頭領に問われて黒姫の頭領はこう答えたそうだ。“試したかった”、とね」
「試したかった、ですか……、一体何を……、それにしても危うい事をする」
何を試したのだろう、運か、それとも海賊としての覚悟か……。眩暈がしそうだった、振り払うかのように頭を振った。

「平然としていたそうだな、№2が自殺を選択した時も顔色一つ変えずに見ていたらしい。……黒姫一家にヴィルヘルム・カーンという老人が居る。彼が言っていたよ、“あの時、次の頭領は決まったと思った。自分だけじゃない、皆がそう思ったはずだ”、とな」
「……」

「クーデター事件の一ヶ月後、頭領が急死した。遺言は黒姫の頭領を後継者にと言うものだった。誰も反対しなかったそうだ。海賊になって一年足らず、十七歳の頭領が誕生した、前代未聞だな。しかし今では黒姫一家は帝国でも屈指の海賊組織になっている」
「……」
試したのは頭領としての器量かもしれない。黒姫の頭領はそうは思わなかったかもしれないが皆はそう思っただろう。

「カーンが言っていたよ、“死にたくない、死ねない”と。黒姫の頭領が何処まで行くのか、何処に行くのか、見届けたいそうだ」
「……閣下は如何お考えです」
俺の問いかけに閣下は少し考え込んだ。

「そうだな、私も見てみたいと思っている。今ならカーンの気持ちが良く分かる、……私も海賊になったかな」
「それは困りましたな」
閣下が苦笑を浮かべている、多分俺も同じだろう。

「次の戦いでは参謀長として補佐する事になりますが……」
「勝ち戦なら前に出ないそうだ、負けそうになったら出ると言っていたな」
「では出番は有りませんな」
戦力比は圧倒的だ、まず負ける事は有りえない。だが閣下は首を横に振った。

「そう思うか……。しかし黒姫の頭領が無駄になる事をした事は無い。今度の戦いは予想外に苦戦するかもしれん。油断は禁物だ……」
「……」
何となく破滅した№2の事を思った。彼も破滅するまでは自分の勝利を疑っていなかっただろう、楽観は消えさり嫌な予感だけが残った……。


 
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