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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
  因果

「なるほどな………」

そう言いながら俺は口元に持っていきながら静止していたワインジョッキをゆっくりとテーブル上に置いた。

向かい合って反対側に座っているレンとカグラは、俺のその動作をじっと見つめていた。なぜか何もしていないのに悪いことをした気分になる。

テーブルの上で自身の等身ほどもあるチーズクッキーに挑んでいたユイまでもが、手を止めてこちらを見ている。

「アスナと同様にマイちゃんも、か。それでお前もここに来たのか」

「うん」

「それにしても情報が早いな。どこから手に入れたんだ?」

それが先ほどからの俺の疑問点だった。

俺とても、あの世界から帰還してからエギルに教えてもらうまで、二ヶ月という期間があったのだ。レンやカグラの装備、そしてあのクーという名らしい黒狼をテイムし、従えていることからしてかなりのプレイ時間があるということが充分に伺える。

ひょっとしたらあの世界から帰還した直後から、この紅衣の少年はずっとこの世界で戦っていたのかもしれない。あの真っ白な少女を助けるがために。

「んー、まぁ秘密ってことで」

「ふぅん、じゃあその、世界樹ってトコにも言ったんだろ。どうだったんだ?」

これこそ、俺がもっとも訊きたい事だった。

レンの性格上、こそこそ目的のためにレベル上げとかは絶対にしない。見た目からは大人しそうに見えるものの付き合いが長いため、俺は知っている。

こいつは案外、目的のためなら手段を選ばないような猪突猛進なところがあるのだ。

俺の質問に、レンはつっと顔を歪めた。

「……門を守護するNPCガーディアンの強さはそれほどじゃあないよ。キリトにーちゃんの技量なら、一撃で倒せるレベル」

「じゃあ何で………?」

お前はこんな所をうろついてたんだ、という疑問を俺は辛うじて飲み込む。

だが、その言葉は俺の顔にはっきりと出ていたらしい。レンがちらりと俺の顔を見、自嘲めいた笑みを浮かべる。

「開かなかったんだよ。僕は、あの目障りなMob達を全て倒したんだ。だけど、手を突いた奥へ続く門はピクリとも動かなかった………」

「……な…………」

俺は握ったままのジョッキともども、思わず絶句した。

「開かな………かった……?」

呆然と呟いた俺の言葉に、ゆっくりとカグラが頷いた。その瞳は、一切の光を反射していない。ただただ、暗かった。

そして、俺は先ほどのリーファというシルフの少女が言った言葉を脳裏にリフレインしていた。

「あ……、クエストか?それとも単一の種族だけじゃ、攻略できないってことか」

「うん。だけど、クエストのほうはたぶん不正解」

「なんでだ?」

「………………全部」

「は?」

顔を伏せ気味にしていたレンは、唐突に顔を上げた。

「だから、全部試したんだよ。このアルヴヘイムの情報屋名鑑に載ってる一万を超えるキー及びフラグ立てクエスト。それから、名鑑にも載ってないシークレットクエストもね」

「……………………………………………………………」

頭が痛くなってきて、俺は顔を伏せた。

昔から、どっか大事なところがぶっ壊れているとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

一万って何だ、一万って。

「じゃ、じゃあ、クエストロックの可能性はなくなったのか。残るは複数種族での集団攻略、か」

「そう。だけど、リーファねーちゃんも言ってたことだけど、それは事実上不可能なこと。このゲームがPK推奨って限り、ね」

「そうか………」

そこで、テーブルに沈黙が降りた。カグラは黙ってグラスを傾けているし、レンは決して自分からは話そうとしない。

ユイはいまだにチーズクッキーに挑み続けている。どうでもいいが、諦めるということもたまには学びなさい、我が娘よ。

「じゃあ、レン。お前はここに何しに来たんだ?お前の性格上、ずっとその世界樹ってとこに挑み続けてると思うんだけど」

そこまで言うと、カグラがぷっと吹き出した。その隣ではレンが一転してむすっとした顔で頬杖をかいている。

「読まれてますね」

「フンッ」

プイッとそっぽを向く、レンを笑いを噛み締めながらカグラは口を開いた。

「確かに複数種族での攻略は難しいと言わざるを得ません。だからレンは、単一の種族の戦力を可能な限り上げようと努力をしているのです」

「は?それってどういう───」

「キリトにーちゃん、こんな時間だけどもう大丈夫なの?」

「え?」

唐突に言われたレンの言葉で、俺は咄嗟に視界端に表示されているリアル時間クロックを見た。リアル時間はとうに日付が変わって、午前二時を差していた。

「い、いや、まだ大丈夫だが…………」

「帰ったほうがいいよ」

「え?」

顔を俯かせたレンから、そんな言葉が漏れ出た。その言葉はとても寒々としていて微かな殺気までもが感じられるようだ。

「ど、どうしたんだよ。レン」

「別に………。ただ、キリトにーちゃんに帰るべき場所があるんだったら帰ったほうがいい。現実の世界に…………」

「…………………………は?」

レンは顔を俯かせたまま、ピクリとも動かない。

その口から吐き出された言葉の意味を、俺はしばらく解からなかった。と言うか解かることを体が拒否しているかのようだった。

「おい、レン。それはどういうこと───」

「キリト」

俺の言葉を遮り、横合いからカグラが口を開いた。

「非礼をお許し下さい。しかし、今は何も聞かずに退いてください」

「……………………………………………」

頭を下げるカグラと、相変わらず俺の目を直視しないレンを、俺は交互に見てゆるゆるとため息を吐き出した。何と言うか、折れた。もういいやって思った。

「…………解かったよ。だけどいつかは話してくれよな」

「はい、必ず」

空になったボトルを置き、自分と同じくらいの大きさのクッキーに挑み続けているユイの服を摘み上げて肩に乗せると、俺は一時この世界から離れるため席を立った。

VRMMOにおける《ログアウト》という行為は、プレイヤーの利便性とゲーム的公正さがせめぎ合ういささかの問題を孕んでいる。

つまり、急な用事を思い出したり、突然生理的欲求を覚えたりといった事情によってゲームから即座に落ちたくなる場合は多いのだが、それを無制限に認めると、今度は戦闘中にピンチに陥ったり、盗みを働いて追われたりといった状況で、ログアウトを利用したお手軽な脱出方法がまかり通ってしまうことになる。

そのため、大概のMMOではログアウトに一定の制限を設けている。

このALOもその例に漏れず、《どこでも即ログアウト》が可能なのは種族のテリトリー内だけで、それ以外の場合はプレイヤーが現実に帰還した後も魂無きキャラクターは数分間その場に残り、攻撃や盗みの対象とされる仕様になっているようだった。

テリトリー外で即時ログアウトを望むなら、キャンプ用具などの専用アイテムを使用するか、あるいは宿屋で部屋を借りるしかないということで、俺はログアウトしたリーファの言葉に従って《すずらん亭》の二階でゲームを落ちることにした。

カウンターでチェックインを済ませ、こちらを見つめるレン達に手を軽く振りながら階段を上がる。

指定された番号のドアを開けると、中にはベッドとテーブルが一つずつあるだけの簡素な部屋だった。

ぐるりと見渡すと猛烈な既視感が襲ってくる。アインクラッドでも、部屋を買えるようになるまでは、よくこの手の宿屋にお世話になったものだ。

後はもうウインドウを開き、ログアウトボタンを押せば現実に復帰できるはずだったが、俺は《寝落ち》を試してみるべく武装解除するとベッドに腰を下ろした。

フルダイブシステムを利用したVRゲームにおけるログアウトには、更にもう一つささやかな問題が発生する。

ログアウト時に、ゲーム内の仮想の五感と、ゲーム外の仮想の生身の五感が受け取っている情報にギャップがありすぎると、現実に復帰した時に不快な酩酊感を覚えるのだ。

立った状態から横たわった状態への飛行程度では僅かな目眩を感じるくらいで済むが、SAOに入る以前に一度、飛行系ゲームで錐揉み急降下状態からログアウトしたときは復帰してからも落下感に付きまとわれて酷い目に合ったものだ。

その症状を防ぐための理想的ログアウトとされているのが通称《寝落ち》で、仮想空間内で睡眠状態に入り、寝ているうちにログアウトして、現実で睡眠から目覚めるというものだ。

俺がベッドにごろんと横たわると、とうとうクッキーを食べ終えたユイが空中をパタパタと移動し、くるんと一回転したかと思うと本来の姿に戻って床に着地した。

長い黒髪と白いワンピースの裾がふわりとたなびき、仄かな芳香が宙を漂う。

ユイが両手を後ろに回すと、僅かに俯きながら言った。

「………明日まで、お別れですね。パパ」

「……そうか、ごめんな。せっかく会えたのにな………。またすぐ戻ってくるよ、ユイに会いに」

「…………あの………」

眼を伏せたユイの頬が僅かに赤く染まった。

「パパがログアウトするまで、一緒に寝てもいいですか?」

「え」

その台詞に、俺も思わず照れ笑いを浮かべた。ユイにとっては俺はあくまで《パパ》であり、AIとしての彼女が接触によるデータ拡充を求めているに過ぎないのだろうが、その姿と言動は俺を動揺させるに充分なほど愛らしい少女のものであって───

「あ、ああ。いいよ」

だが無論俺は気恥ずかしさを脇に押しやって、ユイに頷きかけると体を壁際に移動させてスペースを作った。

にこりと輝くような微笑を浮かべたユイがそこに飛び込んでくる。

俺の胸に頬をすり寄せるユイの髪をゆっくり撫でながら、俺は呟いた。

「早くアスナを助け出して、またどこかに家を買おうな。───このゲームにもプレイヤーホームってあるのかな?」

一瞬首を傾げたユイが、すぐに大きく頷く。

「相当高いみたいですけど、用意されているようです。───夢みたいですね、また、パパと、ママと、三人で暮らせるなんて………」

あの日々のことを思い出すと、胸の奥がぎゅっと締め付けるような郷愁を感じる。

たった数ヶ月前のことなのに、もうどんなに手を伸ばしても届かない。遠い思い出の中へと去っていってしまったかのような───

俺は両腕でしっかりとユイの体を抱き締め、瞼を閉じながら呟いた。

「夢じゃない………すぐに現実にしてみせるさ…………」

久々の仮想ゲーム体験で脳が疲労したのか、すぐに強い眠気が襲ってくる。

「おやすみなさい、パパ」

暖かい暗闇の中に沈んでいく俺の意識を、ユイの鈴の音のような声がふわりと撫でていった。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「フラグ立てが多い回だったね~」
なべさん「まったくだ」
レン「回収できんのぉー?」
なべさん「……………………(汗)」
レン「……………………(驚)」
なべさん「は、はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
──To be continued── 
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