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なりたくないけどチートな勇者

作者:南師
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34*お姫様の苦悩

~エリザサイド~



……私は今、とてつもなく困っている。

今、この場所にいるのは母様、リリスさんにミミリィとシルバ、そして私である。

私達は、皆で食後に女性だけのお茶会を話しをしながら楽しんでいるのだ。
この血のように紅いムリュヌ茶も、サクサクしっとりしたお茶うけのググの焼き菓子も、どちらも美味しく申し分のない最高級の代物である。

では、なぜ私が困っているのか。
別に高級な物を食べるのに気が引けるとか、集まった者達に対する緊張とかは全くない。

むしろ王女である私からしたらもはや当たり前なのだ。

なのだが……その集まった面子での会話が問題なのである。

「やはり誘惑する時は彼の好きなお酒を用意して、甘えながらお酌をするのが一番よ」

「そしてそれに少し薬を入れたりすると、なお効果的ですわよね」

「薬って……あの、リリス様。それはちょっと……」

「お母様、どんなお薬が一番いいのですか?」

「……シルバ、まさかやる気じゃないだろうな?」

これである。

シルバとリリスさんはまぁわかっていたが、まさか母様までそっちの部類だとは思っていなかった。

とゆうかもう内容が『愛しい彼氏を上手に落とす方法』から『愛しい彼氏を上手に暗殺する方法』へとすり替わってる気がしてならない。

今までシルバとナルミの関係を面白がって助長していた弊害が、こんな形でくるとは……
これからナルミに対して少し優しく接した方がいいかもしれない。

「……リリスさんも、それはさすがに駄目でしょう。下手をしたら死にますよ?」

「あら、大丈夫よ。私達は16歳から25年間、ガルクにそれをやってきたけどきちんと生きてるわよ?ねぇ」

「そうよエリザ。女は待つだけじゃ駄目なの、自ら行動しなくちゃね。薬くらい、手段の一つよ。それに若い時からやって慣れさせていけば、今やっても問題はないわ」

………え?

「ちょっと待って下さい母様!まさか今も父様へと薬を盛ってる訳では……」

「大丈夫、今はしてないわよ」
「そ、そうですか……よかった……」

とりあえず、過去にあった事は目をつむろ……

「最後に盛ったのは半月も昔よ。あの時はこの歳で久しぶりに気持ちが高ぶって、一年ぶりに使ってしまったわ」

……思わず身体が硬直した。
まぢですか母様。

「ひ、姫様……これは……」

「言うな、ミミリィ。わかってる……ハァ………」

「……先生いわく、ため息をつくと幸せが逃げるらしいですよ」

「それ、私も聞いたが、つかずにはいられないぞこの状況」

「……がんばりましょう」

そうミミリィが言って手を差し出してきたので、私はそれをしっかりと掴む。

仲間がいるのは、素晴らしいな。

とかなんとか。
馬鹿な事をやってると、あっちの話もだいぶ進んだようで

「で、シルバ。ナルミさんとはどこまでいったの?」

「え!?あ、あの…その……」

「私も王妃として聞くわ。どこまでいった、いややったの?」

母様、職権乱用です。
そしてはしたない。

「うぅ……あの……くちづけを……してもらいました……」

あぁ、確か3日前のナルミ争奪戦の時にしたという話は聞いた。

なんだ、それだけか。

私達はそこで納得してお茶を啜ったのだが、これにやたら食い尽く奴がいた。

「くちづけをしてもらった?私はシルバがしたって聞いてたんだけど」

まさかのミミリィである。

でも確かに、姉様からの話ではシルバがナルミに抱き着きながらしたと言っていたな。

「……つまり、この三日の間にナルミの方からしてきた、という事か」

ナルミもなんだかんだ言って、なかなかやるでは……

「いえ、あの……私からする前に、後ろからいきなり抱き着いてきて、みんながいる前で有無を言わさず強引に私の唇を……その、奪って……」

……ナルミ最低。

「シルバ、その話詳しく話しなさい」

そう言いながら、リリスさんはシルバの手をとり、真っ直ぐな目を向ける。

ああ、ナルミ終わったな。
乙女を弄んだ報いだ、痛い目みやがれ。


**********◎☆


「なるほど……そんな事があったの……」

「は、はい……その…先生のその……嫌じゃ、なかったです……」

「むしろ嬉しかったわけね」

「…………うん……」

心から思う。

ナルミ、最低とか思ってすまなかった!
そしてよくシルバを止めた!!

ナルミの行動がなければ兵士の命は確実になくなっていた。
ナルミに称賛の拍手をおくろう。

しかし……

「そんないきなりなんて……ナルミさんはシルバに会えた喜びで自制が効かなくなるくらいシルバを愛してるのね」

「それに皆が見ている中、強引にそういう事をするって事は、シルバちゃんは自分のモノだから手をだすなよって意思の現れじゃないかしら」

「そ、そう……ですか……エヘヘ」

どうしてこうも都合よく解釈できるんだろう?
あきらかにナルミはシルバを止めるための、最終手段としての行動なのに。

おもわず顔が歪んでくる。

「……それは…シルバを止めるためにしかたなくやった訳じゃあ……」

「やめとけミミリィ、誰も聞いちゃいない」

本当……恋をすると皆こうなるのか?
いや、ミミリィはマトモだ、彼女達が異常なんだ。

「全く……もはやこれは恋愛と言うより執着とか依存とか言った方が相応しいな」

「そうよ。恋愛とは互いに執着し、依存し合うモノよ」

「そして心も身体も私色に染めてあげるのが真の愛情なの」

「「ねー」」

……いい歳して、何が“ねー”ですか。

そしてシルバ、感動しない。
ミミリィも、あなた達の恋愛がよっぽど普通だから。
あなたじゃなく母様達が間違っているだけだからそんな落ち込まない。

……てゆーかこれは

「よく今まで行き過ぎて嫌われたりしなかったな……」

あ、思わず口から……

しかし、私のその一言を聞いた母様達は、一気に表情を硬くさせる。

なんだ、なにがおこった。

「そうよ……忘れてたわねリリス」

「ええ……今がとっても幸せすぎて、つい忘れてしまってたわねレイラ」

そう言って、互いに手をとりあいながら立ち上がる母様とリリスさん。

なんだ、なにがおこる。

「「シルバ(ちゃん)!!」」

「は、はい!なんですか師匠!!」

師匠って……

「あなたは幸せを手に入れる前に、様々な障害があるわ」

私はシルバが幸せを手に入れると同時に、ナルミの平穏が崩壊する気がするのは気のせいでしょうか。

「例えばナルミさんを狙うカムカムみたいな卑しい女達や、あなたを狙うブブムみたいな醜い男達」

とりあえず、ここら辺には絶対いない。
いたとしても、5秒かからず死ぬと思う。

「国に属する者の宿命として、時には戦地に赴き離れ離れになる事もあるやもしれないわ」

ナルミが来たら、即効で片が付きます。

「ナルミさんの力に嫉妬して、権力で潰そうとする輩も出るかもしれないわ」

なら、そういう母様が……いや、もうやめよ、疲れた。

「でもね、そんな事よりもこれから、あなたが直面するかもしれない最初で最大の障害があるの」

「それはね」

「ずばり」

「「深すぎる愛が時に相手を傷つけ、心を壊してしまう事があるのよ!!」」

……見事なまでに息があってるな。
互いに一言一言、盛大に身振り手振りを加えての演説とは……

これは“意味のない技能”という意味の“むだすきる”という言葉に当て嵌まるだろう。

そんな事を考えていると、シルバがかなり動揺しながら口をひらいた。

「ど、どういう事ですか!?心を壊すって……私が……先生の?」

「ええ、そうよ。いまのあなたは私達がガルク達の心を壊してしまった時と、ほとんど同じ行動をしているわ」

「あの時は私達も、いつもいつもべったりくっついて幸せだったわ……。でもね、その幸せは脆く、崩れやすいものなのよ」

そう言うと母様達は、今度は神妙な面持ちで再び席に座りはじめた。

……ここまで真面目なリリスさんの顔、はじめてみた。
いっつも何があってもホワホワしてるのに……

「……姫様、どうしましょう?」

「見ているしか、方法はないな。正直、もう全てを忘れて眠りたい」

「……もう完全に私達はあの世界の外にいますから、大丈夫じゃないですか?」

「……すると明日の朝、私が鮮血の剛腕の餌食となる可能性が出て来る」

つまり、私達にはこの話を聞き続けるしか逃げ道はないのだ。

「いい、シルバ。愛とはとっても重いのよ。そしてその愛を、いきなり毎日毎日四六時中周りの目を気にせずに与え続けるとどうなると思う?」
「え?……それは…皆にも私が…」

「違うわよシルバちゃん。でもその気持ちはよくわかるわ。私達も最初は、周りにも認められる程のまだ結婚していなかったのに夫婦と言われる程に一緒にいて、愛を与え続けたわ」

「でもね……あれは忘れもしない、15歳の時……いきなりガルクが……私のもとからいなくなったの」

「私も同じよ。最初は本当に消えたのではないの、ただ……目の前にいるのに、私を見てくれなくなったの……」

「あまりに重い愛が、負担になりすぎて、それを避けるように私達を避け、会話もしてくれなくて、触る事すら許されない……あの時は、本当に自殺を考える程の生き地獄だったわ」

「結局、離れるのが恐くて自殺もできずに、毎日会いにいってたわ。昔の幸せに戻るために」

「だけどそんな私達を置いてある日、彼は急にいなくなったの」

「私達を置いて、どこかに消えたと知ったときはもう自殺なんて考えられない程の絶望感と喪失感に苛まれていたわ」

「そして私達は残った彼の荷物を抱えながら、毎日泣いて神に祈ったわ。彼を返してって。そしたらある日突然彼は帰って来たの。日が落ちて、紫色をした西の空に星がちらほら見えるような時間に、夕日を背に悠々と」

「ええ、そしてそんな彼に私は泣いて足に縋り付きながら叫んだわ、“私を捨てないで!置いていかないで!!”って」

「そうしたら、彼は優しく私の頭を撫でて、抱きしめてくれたの」

「そして言ってくれたのよ、『君の愛は一度に持つには重過ぎる。だから、これからは節度をわきまえ、少し周りも気にしながら俺を愛してくれないか。そうすれば、俺も変わらぬ愛を君に捧げよう』って」

「それを聞いた私達は、もうわんわん喚きながらそれを承諾したわ。そんな私を彼は抱き抱えて、彼の部屋まで運んでくれたの」

「そして静かに私をおろして、優しく布団をかけて、『今までごめんね。俺のために、辛かっただろうに。疲れただろう?ずっと一緒にいるから、安心しておやすみ』って言いながら、そっと手を握ってくれたの」

「そして次の日に起きたら、まだしっかりと手を握っていてくれたの。本当にずっと一緒にいてくれて、その時もあまりに嬉しくて、また大声で泣いたのを覚えているわ」

「その泣き声で、彼を起こしてしまったのよね。そしてその時の笑顔を見て、私は再び幸せが戻って来たという事を実感したわ……」

そういうと、母様達はふぅ、と息を吐き、少しの間の後に息を揃えて

「「これが、私達の体験した5日間の地獄の全てよ。こうなりたくなければ、今からでも節度をわきまえ、きちんと考えて行動しなさい」」

「……そうすれば……お母様みたいに嫌われたりしないで幸せに過ごせますか?」

「「ええ、間違いなく」」

「……わかり、ました」

………

……………これって、さ。

「母様、リリスさん」

「なに?」

「エリザも悩みがあるの?」

「違います。ただ……お二方の体験した事は、全く同じだったりします?」

「「ええ、そうよ」」

………やっぱり。

私は自分の考えに確信を持つと、ミミリィが小声で

「姫様、もしかしていまの話って……」

それに私も小声でかえす。

「ああ、間違いない」

この話しは確実に

「母様とリリスさんは、父様とガルクさんに嵌められたのだ」

「ですよね……」

多分、父様とガルクさんは互いに協力しあい、同時に行動を起こして母様達それぞれに自分の事で手一杯にさせる事で冷静な判断力を無くさせ、完全に弱りきったところで要求を突き付け、それを飲ませたのだ。

見方によれば外道だが、今までの会話やナルミの状況から致し方ないといわざるをえない。

……ん?
まさか……

「母様、母様の場合の“節度をわきまえる”って、もしや……」

「誰が見ても尊敬される魔王様に寄り添い支える、強い王妃を演じる事よ。本当は縋り付く事しか出来ない弱い女なのにね」

そう母様は言うと、いたずらっぽくクスクスッと笑った。

……節度をわきまえなければ所構わず纏わり付き、節度をわきまえればその剛腕で殴り飛ばす。
どっちにしろ父様に逃げ場はなかったのか。

てゆーかこれなら強いの意味が違いますよ。
腕力ではなく、心が強いと言われるようにしましょうよ。

私が母様に対する認識をあらためていると、ミミリィが母様達に

「……薬は、節度をわきまえてるんですか?」

……わきまえて、ないな。

「大丈夫よ、ただの興奮薬だから。ガルクなんかそれを飲んだらすぐに私を、まるで獣のように激しく乱暴に、それでいて優しく私を求め、愛してくれるのよ。でも欠点としては、その時着ている服を脱がす前に無理矢理破いてしまう事があるくらいね。でもそれがまたいいのよ」

そう言いながら、頬を染めてうっとりするリリスさん。
それに即座に反応するのは

「あの、支配されてる感がゾクゾクして堪らないのよね……私の自由を奪って、言葉でなじってまるで物として扱われるような、それでいて私だけを必要としてくれて愛してくれているという事実が私をより一層喜ばせてくれるの」

まぁ……母様である。

母様って……変態だったんだ……

「そ、そうですか……」

ミミリィよ、口の端が痙攣してるぞ。
言葉が通じないのは最初からわかっていた事ではないか。

「ああ、ダメだわ……今日はもう我慢できない……私はもう帰るわ。はやくガルクに会わないと……これ以上は身体が持たない」

そう言ってそそくさと帰るリリスさん。

……ガルクさん、強く生きて下さい。

「私も、戻るわね……悪いけど片付けをお願い。私ももう、これ以上は……」

すると母様も窓から飛び出し、自慢の白い翼を羽ばたかせて上へと……

『おわっ!なんだいきなっこらっ!!やめっ!』

『あなた!……ハァハァ……今日は寝かさないわよ!!さぁ!私をいたぶって!!』

『何がだ!!だからやめっ!ちょギャァァァァァ!!』

とりあえず、ミミリィが無言で窓を閉め、音を遮断してくれた。

………なんだろう、父様がいたぶられてる気がするのは気のせいだろうか。
そしてガルクさんも似たような状況になるんだろうなぁ……

父様が歳の割に老けて見える理由って、母様かもしれないな。

……今度、父様が喜びそうな物を贈ってあげよう。

「姫様、私も……その…先生にあいに……一緒に寝たくて…」

「……そんなあからさまに言うな」

失礼します、とシルバは走って部屋を出て行った。

残ったのは私とミミリィだけである。

しばらくの沈黙の後、私達はまるで打ち合わせをしたかのように

「「つ、疲れた……」」

息をピッタリと、同じ言葉を同じようにうなだれながら呟いたのである。

「……ミミリィ、どう思う?」

「……とりあえず、先生が今まで感じてきた苦労の一端はわかった気がします」

「だな……これからはもっと優しく接してやるか」

何たって、誰も話を聞いてくれずに周りが勝手に話を進めるのだ。
自分の話ではないのにこんなに疲れるのだ、これが自分の事となるとその疲労は計り知れない。

しかも私は最初から諦めていた節があるが、いつもなんだかんだと意見をいいつつ無視されるナルミにしたら、いつ過労で死ぬかわかったものではない。
しかも相手が好意をもって接してくるから文句も言いずらい。

……私も話をあんまり聞かずに今までいたが、これからはきちんと聞いてあげよ。

「……とりあえず、姫様は一度怒られてるんですから気をつけて下さいね。姫様だけでも」

「……ああ、気をつける。だが……私が言うのもなんだが、誰かがシルバを止めてやらねばナルミはいつか死ぬぞ」

「……私達が魔王様達のやったあれを教えてみてはいかがでしょう」

「ナルミなら、乗るかもしれないな……とりあえず、疲れた。もう寝たい」

「後片付けは私がしますので、姫様はお休みになられても……」

「……いや、私も手伝う。戦友(親友)に全てを任せて私だけ休むのは、なにか、なぁ」

「……じゃあ、お願いします」

「ああ、任せろ……ミミリィ」

「はい、なんですか?」

「私達、身分とか関係なしにずっと友達でいような」

「……うん」

私とミミリィの固い友情という絆が芽生えた瞬間であった。






「とりあえず、私達の第一目標は……」

「先生とシルバの関係をマトモに修正する、ですね」

「昔のシルバは、初々しくてよかったなぁ……あの時まで戻してやりたい」

「ですよね……なんであんなになっちゃったんでしょうか?」

「……たしか、シルバと劇を観に行った次の日くらいにシルバが、“私と先生の仲はもう皆さんに知れ渡っているのですね”って言って……その直後くらいからやたらとナルミに纏わり付くようになって……」

「……たしかそれ、リムが劇団の方に内容を教えてたんですよね」

「……ああ、奴自身が言っていた、間違いない」

「………」

「………」

「明日、どうします?」

「おまえの彼氏、しばらく治癒室に閉じこもる事になるかもしれないが、いいか?」

「戦友(親友)の頼みです、むしろ私も手伝いますよ?」

「じゃあ、お願いしようかな」

「任せて下さい。愚か者に制裁を与えましょう」

「ああ、殺さない程度にごっどふぃんがーをくらわせてやる……ク…クハハハハ」

「なら、私はれーざーびーむを………フフフフフ」

「ハハハハハハハハ」

「フフフフフフフフ」

……その部屋から私達の不気味な笑い声が消えたのは、それから一時間も後の事である。

……半分八つ当たりだが、問題あるか?
 
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