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或る皇国将校の回想録

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第三十七話 庭園は最後の刹那まで(下)

 
前書き
今回の登場人物

馬堂豊久 陸軍中佐 駒州公爵・駒城家重臣団 馬堂家の嫡流

弓月茜 豊久の婚約者 故州伯爵家次女

新城直衛 戦災孤児であるが駒州公爵・駒城家育預として育てられる。
     敗戦後の政争により近衛少佐に就任する。

天霧冴香 新城直衛の個人副官である両性具有者 中尉相当官

笹嶋定信 水軍中佐 統帥本部戦務課参謀

佐脇俊兼 駒城家重臣団の名門 佐脇家の長男 新城とは犬猿の仲

駒城篤胤 駒州公爵・駒城家当主 半ば引退しているが<皇国>陸軍大将でもある。

駒城保胤 駒城家長男 <皇国>陸軍中将にして駒州鎮台司令官

坂東一之丞 北領で新城に助けられた若い天龍

芳峰紫 子爵夫人 茜の姉 故州伯爵・弓月家長女

芳峰雅永 芳州子爵
 

 
皇紀五百六十八年 五月十九日 第十三刻 駒城家上屋敷
弓月家次女 弓月茜


 ――良いところであえました、とは言えませんね。
と茜は静かに溜めていた息を吐いた。
 それに気がついたのか、くすり、と微笑って弓月家長女である芳峰紫が二人にゆっくりと歩み寄ってきた。
 幼少の頃からこの姉に関わるとろくな目に遭った記憶がない茜は珍しく無表情にそれを出迎える。
「――これは、これは、お久しぶりです、芳峰の奥方様。」
 豊久もこころなしか顔を引き攣らせながら答える。
「子爵は、本日はおいでなさっていますか?」
 紫が嫁いだ芳州子爵家である芳峰家は所謂、旧諸将家の一角であるが先代が20年前に有望な鉱山とその周辺を残して全ての領地を皇主へと返上した事で知られている。
 現在では製鉄を中心とした鉱・工業地帯の所有者となっており結構な儲けを出している。
「えぇ、今は駒城の殿様方のところですわ――私は蚊帳の外ですから先に愛する妹達の様子を拝見に参りましたの」
 扇子を口許にあてながら微笑を浮かべている姿はどこか胡散臭い。教養と理知を尊ぶ故州伯爵家に産まれ、男女問わず教養を叩きこまれているからか、彼女は夫と共に領土の工業化に少なからざる関わっていると言われている。

「矢張りここに居たのか」
 芳州子爵――芳峰雅永が合流してきた。

「こんにちは、馬堂中佐。いやはや、君も無事だったようでなによりだ」

「いえいえ、部下に恵まれただけです。閣下こそ、蓬羽の女主人やら水軍やらと随分と商売相手に恵まれていると聞いていますが?」
 豊久も安堵の笑みを浮かべて対応している。
「ははは、確かにこうなるとアスローンとの航路も危険になっていますからな。こうなると我々のような鉱山主には有りがたいものです。今では油州の方でも――」
 お互い下戸の証である黒茶を飲み交わしながら歓談にはいった。



「――それでは、其方の方でもお願いします。」
「えぇ、確かに承っておりますわ。妹の事もしっかりとお願いしますわ。」
 と紫は最後に豊久へと五寸釘を突き刺して夫妻はまた別の商談相手のところへと立ち去っていった。



同日 午前第十三刻半 駒城家上屋敷
〈皇国〉近衛少佐 新城直衛


 良いこと――なのだろうか。大傘と毛氈に飾られた庭の片隅で考えていた。
結局は僕がどう対応するか――なのだろうか。

 今、新城の横には美しい娘――に見える僕の個人副官(両性具有者)が控えている。彼女(かれ)が単なる女性ではないと知らせるのは濃紺の第一種軍装を纏っている事くらいであった。
 彼女(かれ)の名前は天霧冴香、直属の上官である実仁親王に仕えている個人副官の兄弟(しまい)であり、連絡役も兼ねて送られてきたのだが――新城には如何に扱うべきなのか分らないのだ。
 瀬川――新城家のただ一人の家令――を客人の対応に送っている為、手持ち無沙汰になってしまうとどうも同じようなことを延々と考えてしまう。
「こんなところに居たのか」
 水軍名誉中佐殿と水軍中佐殿が連れ立ってやって来た 後ろでは豊久の許嫁である女性が笹嶋中佐の家族の相手をしている。
 ――確か名前は弓月茜――どこか幼げな顔つきではあるが、それに反した深い光を湛えた目をしている。
 ――成程、疚しい輩の天敵だな。
 苦笑が浮かびそうになったが目があうと自然に引っ込んだ。そうさせるだけの女性だった。
「新城少佐、お久しぶりですね」
「ええ、お久しぶりです、馬堂中佐から良いお話ばかり聞かされていました。えぇ、浮いた話のない身としては羨ましいものです」
 新城の後ろにいる天霧中尉に怪訝そうに視線を送り、豊久は顔を顰めながら云った。
「・・・それにしても何も持たないで隅に居るとは思わなかったぞ」
「あぁ、瀬川に客人の対応を任せていたからな。――笹嶋中佐、ようこそおいでくださいました」

「なに、こんなによいものを出していると知っていたら。軍務のあれこれがなくとも来ていたさ。
久方振りに家の者達を喜ばせる事が出来たからな」と剽げた表情を崩さずに笹嶋は嬉しそうに言った。

「そう言っていただければ料理人達も喜ぶでしょう」

「あぁ、是非伝えておいてくれ。――ああ、君にはまだ紹介してなかったな、此方が妻の松恵だ、そこに居る小さいのが息子の武雄と娘の香代だ」
 細君は控え目ではあるが、柔和な印象を与える女性だった。
子供達も素知らぬ顔で武雄少年に勲章を握らせてやっている奴と違って歳相応に素直な子供だ。
 ――良い家族なのだろうな。
 新城は心の奥底に沸いた無意味な苛立ちを無視して挨拶を交わしていると瀬川と以前見かけた馬堂家の若い使用人が盆を運びながら
「皆様、あちらが空いております」と毛氈の一角を示した。
 そこへ向かう途中、笹嶋達の背を眺めながら豊久が話しかけてきた。
「あの中尉は?」
「正確には中尉相当官、兵部省の所属だ」
「――ふぅん。近衛は随分と違うのだな。お前の趣味かもしれんと思ったが」
 それで確信をもったのか豊久は鼻を鳴らした。
「俺にそんな趣味はない――殿下が直々の御下知でな、本当なら断りたかったが」
「断りきれずに対処に困ってる、と。さてさて、御愁傷様と云うべきかな?お前さん、どうするつもりだい?」
「正直なところ、扱いかねている」
 その言葉に蜜の味がしたのか笑いを噛み殺しながら軽口を飛ばした。
「天網恢恢疎にして漏らさず、だな。ざま見ろ」
「・・・・・・」
 一方が楽しそうにしているともう片方が憮然とする法則がこの二十年の付き合いで確立された気がする。
「俺はあの制度は好きじゃないが、お前がどう扱おうと、とやかく云うつもりはないさ。
まぁ、軍命の外まで殿下の家臣になるつもりがないのならば深入りしないように気をつけろよ」
「そうだな、だが無碍に扱うのも趣味ではない」
「そりゃあ大抵の男ならあの手の性格と見た目の輩を追い出せないだろうからな。まさしく理想の愛人だ――深入りするとろくなことにならない」
 最初はからかうような口調だったが、自身の言葉が何かを想起させたのか哀しそうに最後の一言をぼそり、と呟いた。
「・・・・・・」
 新城もさすがに言い返すことはできずに黙り込んだ。つまるところ彼女((かれ)らはそうあるべし、と教育されているのだ。豊久の言葉はある面ではそれを全否定しているようなものである。
「っと――まぁ万事は程度の問題さ。“人は高邁さと下劣さを持って初めて人たりうる、と大殿様も言っていただろ?まぁその匙加減で皆が悩むのだけれどな」
と露悪的なまでに俗っぽい言い方で新城に笑いかけると豊久は再び先を歩む婚約者と笹嶋一家の下へと歩いて行った。

「そうだ、君の子猫を後で見せてやってくれないか?家の子供達も楽しみにしているようでね」
 礼節から外れない程度に壁の華となっている中尉以外が皆、寛いでいるなかで笹嶋中佐が思い出した様に言った。
 当の子供達は母親の緊張がうつったのか両脇にちょこんと座り、弓月の令嬢があれこれと世話を焼いている。
「えぇ、お約束通り磨きをかけています。今呼びましょうか?」
「呼ぶのなら少し待っていてくれ。
軍人や駒州の方も多いし、騒ぎも広がらないと思うが、面倒事になりかねないからな」
 豊久が諦めた様に溜息をつき、席を離れていった。
「大丈夫なのか?」
「騒ぎは彼が治めますから。それに、彼も言っていましたが多くの剣牙虎が住まう虎城山脈に接する駒州では猫を飼う者も少なくありません。それに、軍人も数多く居る事ので、そう時間はかからないとおもいます」
 そう当然のように言ってのける育預に笹嶋中佐が苦笑する。
「彼も存外に苦労しているわけだな」

「器用者を気取っているように見えますけどアレは余計なところまで気を回して余計な苦労を背負いこむ馬鹿なのですよ。だからこそ僕とも長い付き合いなのでしょうが」
とどこか楽しそうに言う新城に笹嶋は、珍しいものを見たというかのように片眉を上げて笑った。
「それで二十年来の仲か、互いに山ほど文句を言い合ってきたのだろうな」

「えぇ如何にもされど勤勉で報われない哀れな陪臣は点滴穿石と忠告を続けたのですが。
御育預殿は馬耳東風とこの調子でしてね」
 菓子を山盛りにした皿を持って豊久が戻ってきた。
「残念ながら貴様の云ったことで頷いたのは“他人の言う事を鵜呑みにするな”くらいでな」

「酷いな――家と駒城の方に先触れを頼んでおいた。ちゃんと軍の訓練を受けた北領の英雄だと伝えてくれるからこれで安心だ」
そう言って菓子を子供達に渡しながら自身も頬張る。
 それを見計らったかの様に段々と喧騒が弱まり始めた。不思議そうにきょろきょろとし始めた子供達に新城が話しかける。
「少し待っていてね。すぐに猫が来るから、大きいけれど怖くないからね」
 少し緊張しているが安心したようだ、よかった。
「剣牙虎は事実、陸軍の式典では兵馬と共に並べるほど賢い獣です。
馬よりも度胸と自制心がありますから相方(パートナー)の少佐が居れば絶対に安全です。
ま、大きくて賢い猟犬とでも思っていて下さい。」
 大人達には豊久が前例を出して簡単な説明をしていると人の波が割れ、瀬川が千早を先導して現れた。ゆったりと落ち着いた調子で新城に近寄っていつもの通りに左手を一舐めして腰を沈めた。新城に親しいものなら日常風景ではあるが、僅かに息を呑んで猫を初めてみた面々が息を呑んで後退りする。
「本当に、大丈夫だよ。――どうです?良い子でしょう、皆さん。彼女達こそが、北領で、我々の事を幾度も救った勇者なのです」
それは子供たちも同様らしくらしく、慣れた様子で落ち着いている父親の後ろに隠れ、らおっかなびっくり眺めているだけである。
「――駒城閣下達の御到来だ」
 そう呟いて寛いでいた陪臣が背筋を正した。新城も笹嶋中佐も背を正す。
駒城篤胤に保胤それに蓮乃、そして初姫――駒城麗子がやって来た。
「笹嶋君、今日は来てくれて嬉しい」
 篤胤が常の悠然とした面持ちで挨拶をした。
「申し訳ないが私達は少々立て込んでいてね。今日のところはこれで失礼させてもらう」
 保胤がそう謝りながら蓮乃と麗子を僕に預け、忙しそうに立ち去っていった。
 だが残された新城も流石に義姉にただ陶然とできる状況ではなかった。新城の個人副官である天霧冴香に馬堂豊久、と蓮乃を不機嫌にさせる二者が揃っている。
 ――参ったな。
 空気が悪くなりはじめ流石の弓月の令嬢も僅かに汗を浮かべている。新城はこうした時に便利な旧友へ視線を送る。だがさすがの汎用クッション型管理職である豊久も自身が敵視されているとなるとそろそろと子供達の方へ転身(とうそう)しようとしていた。
最悪、客人を豊久達に任せるか、と思い定めたところで救いの笑い声が響いた
 ――おやおや。
 麗子が千早に襲いかかったのだ。自分より小さな幼子に対する見栄からか笹嶋家の子供達もそろそろと手を出し子供特有の適応力を早くも発揮している。
「――若いっていいな」
 転進先の船が行ってしまった陸軍中佐が苦笑して言った。
「皆、貴様より度胸があるな。」
 口を歪めながら昔のことを隣の旧友に持ち出すと
「煩ぇやい。出会い頭に顔面舐められたら六つのいたいけな子供なら腰を抜かして当たり前だ」
と唸りながら千早の母相手に腰を抜かして豊長に泣きついたかつても子供は不貞腐れた様に甘納豆を口に放り込んだ。
「一応、怪我がないように監督しとけよ――と言おうと思ったが。お前の副官は案外融通が利くな。それに度胸も下手な兵よりもある」
 さり気なく何時でも動ける位置に天霧中尉が移動している事を豊久は将校の視線で示している。
「ま、お前さんの大隊に口出しはしないよ。人の推薦くらいはするけどな」
「目付か?」
「ちゃんと使える目付だよ」
と開き直りも甚だしい台詞を残して天霧中尉の方へ歩いていった。


同日 午後第一刻 駒城家上屋敷庭園
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


「意外だな、天霧個人副官。個人副官がつく程になれば基本的に鉄火場に立たない程度には立場がついているものだと思っていたが度胸も心得も私の様なぼんぼん将校よりもずっとあるようだ」
 敬礼を交わしながらかつての情報将校は観察する。
 ――白いほっそりとした手には真剣を扱った者特有の傷がついている。ただのお遊びではない、実戦に対する備えとして修めたものなのだろう――怖いな。

「はい、中佐殿。私達の任務は護衛も兼ねていますので、荒事に対する教育も受けています」
 ――見かけは細いのだが、両性具有者はそうした体質なのだろうか?
「剣虎兵大隊は伊藤大佐殿の下で劇的な戦果を上げた。故に戦場では誰もが鋭剣を振るう事になる。そう扱われる。天霧個人副官、御育預殿を宜しくお願いする。私も御育児預殿とは互いに戎衣に腕を通す前からの付き合いでね」
「――殿下は御育預殿を御気に掛けていらっしゃるようだ、随分と先行投資をしていらっしゃる」

「私が拝領した任務はどんな状況であろうと新城少佐の望まれる存在として傍らにある事です、ただそれだけです」

 ――おぉ、釣れた、釣れた。丁重ではあるが温かみのない声だ、怒ってはいるようだな、俺の言葉に反発しているのなら良いことだ。若さと種族的な教育から任務を神聖視しているのか?
 内心ほくそ笑みながら豊久は言葉を続ける。
「そうか、それは御育預殿にとって良いことだ。これからは戦の準備も戦もその後始末も容易いものではなくなる。よくお助けしていただきたい」
 ――さて、何時までも此処に居るわけにもいかないな、父上に叱られる。

「あぁ、それじゃぁ、ちょっと他の方々のところも行って参りますので――」
 皆が集まっている場所に戻り、そう言って静まりかえった周囲を視線で示した。
茜は個人副官をちらり、と視線を送るとそっと豊久の隣に戻った。
笹嶋や新城と二三言葉を交わして卓から離れると、茜は豊久に眉を顰めながら話しかける。
「――随分とあの副官さんを苛めたようですね」

「政への備え――と言っても言い訳にもならんのでしょうが、そう言わせていただきますよ」
と豊久が決まり悪そうに頬を掻くと茜はため息をついて云った。
「――あまり抱え込んでると後で辛くなりますよ?戦地から戻った後ですら」
「あぁ――そうですね。そうかもしれない、でも自分がどうにかできないと怖くてたまらないのですよ。それも夜も眠れない程に」
「寝床につかない駄々っ子みたいですね」と子供をあやすような口調で言った茜に
「ですね」と豊久も屈託なく笑った。
「だから苦手なんですよ、戦争は」


同日午後第二刻 駒城家上屋敷庭園
皇国陸軍中佐 馬堂豊久

 ――さてさて、喜ばれたのは良かったけれど、今の|美女(にゃんこ)の飛び入り参加で面倒事が動き出すだろうな。
と内心呟き周囲を見渡す。
――あぁ矢張り千早が目立ったみたいだな。
 少佐の階級を新たに得た佐脇家の嫡男が主家の育預の下へと歩いてくのが視界に入った。

「こんにちは、俊兼さん。先日は失礼を――」
とにこやかに話しかけながらも豊久の内心では愚痴が湧き出ている。
 ――この人も一々直衛に噛み付くのはもう止めればよいのにな。大体、まっとうな貴族将校が非ユークリッド幾何学的精神構造を持った人間と張り合っても仕方なかろうに。
「いえ、あの時は確かに駒州の者らしからぬ振る舞いでしたから」
 佐脇は軽く苦笑して答えた。
 ――あぁ、何だかんだで善人なんだよなぁ、この人。 欠点はあっても責任や苦労を兵にだけ押しつける馬鹿ではないし、ちょっと空気が読めない事もあるけれど基本的に優秀なお人好しなままだ。こんなんで守原と駒城の間で綱渡りするつもりだったのか?

「そういって下さるのならば幸いです」

――まぁいいや、いざとなったらこっちの動きを誤魔化す為の赤鰊にすればいいし。馬堂家はあくまでも現状は駒城側だからな。対西原工作はただの保険だ。
「あぁ、そうです。今、御育預殿の下に、若殿様・大殿様とも御知り合いの水軍統帥部の参謀殿がいらしてますから是非とも御挨拶をなさって下さい。この国難の時期に水軍の御方と親交を結ぶ事は大切な事でしょう?」
 と豊久が言うと彼の言いたい事が分かったのか佐脇も片眉を上げて
「あぁ、それは尤もですね。――ありがとう」と答えた

「いえいえ、それではまた後で」
羽倉嬢にも会釈をして少し離れた場所に一息つこうと向かう。

「御苦労なさっていますね」彼らから離れると茜が少し同情した様子で話しかけてきた。

「まぁ、子供の頃からあの通りでしたから。彼――新城と付き合いが長いと慣れますよ」
俺の言葉にくすりと笑い、窘めるように「新城少佐もなかなか難しい御方みたいですね。先程は聞きそびれたのですが――天霧中尉に何故あれほど?」
 
「えぇ、まぁ、その何と言いますか――」と言い淀み、咳払いすると豊久は口を開いた
「個人副官の意味を考えるとあまりいい気持ちがしない、とだけ」
――そもそも、個人副官制度自体、制度の是非だけを問われたら俺は非に一票を入れさせてもらう。必要か不要かと言われたら必要なのだろうが・・・俺の個人的意見ではその後ろに悪の一文字を書き加えるべきだ。何よりも単純にその制度の目的が気に入らない。
要するに軍が将官の為に女衒の真似事をしているのだから。
そもそもが|彼女(かれ)らがそうした事に適した種族(人種?)なのだろうしだからと言って|彼(かのじょ)達の存在を否定する訳ではないのだがそれを利用しようとする考えは俺の好みからは大きく外れている。
 ――要するに皇族・実仁親王殿下は肉で直衛を縛るつもりなのだ。政に肉を絡めるのは嫌いだ。どうも俺は理由にこだわりすぎる性分らしいが――理解は出来ても厭なものは厭なのだ。

「――私と同じですか?」
 そう云って、茜は豊久に静かな瞳を向けた。まるで内心の呟きを聞いていたかのように
「それは――」
答えを探し、言い淀む。まさにその問題が自分に降りかかっている。
――あぁ、畜生め、青臭いなぁ。
「ん?」
 その時――細長い影が庭園になげられた。



同日 午後第三刻 駒城家上屋敷庭園
〈皇国〉近衛少佐 新城直衛


『駒州公閣下が宴を開いていると聞いて約定を果たす調度良い機会と参ったのだが
お邪魔だったかな?』
 頭上から声が頭の内に響いた。まるでファミチキを頼むかのように
 一斗樽を抱えた天龍――坂東一之丞が訪れたのだ。

「いえ、坂東殿。よくぞおいでくださいました」
 わざわざ内地への出迎えに来てくれた義理堅い天龍を新城が歓迎しないわけはない。
 皆を紹介していると先程別れたばかりの駒城父子に豊久達が戻ってきた

『貴方が馬堂殿ですか、御噂は予々聞いております。』
「あー、恐縮です。私は兵達に恵まれただけですが、そう言っていただけると嬉しいです」
 導術独特の脳内に響く声に戸惑っているらしく珍しく豊久はそそくさと主家の人々に出番を譲った。

「いやはや、導術の『声』はどうも妙な感じで落ち着かない。――やぁ、さっきぶり」
と頬を掻きながら新城に話しかけた。
「お早いお帰りだな」
「まぁそりゃあこうも目立っていたら戻るさ。それにしてもお前、本当に妙な引きだな。
坂東と云えば現利益代表と天龍の前統領を輩出した家だぞ」
「相変わらず詳しいな」
「名前だけだよ、天龍と正面から話すのは産まれて初めてだ」
と雑談を交わしていると駒州公の声が二人の耳に飛び込んでくる。
「観戦武官ですと?」
 ――観戦武官?どうして態々その様な事を。
「・・・・・・」
 陪臣は自身が居るのは蚊帳の外、と無感情な視線で観察している。
「直衛」
 篤胤が義理の息子へと此方に問いかけてる。
「僕にとっても意外なことではあります」
 ――戦場で傷ついた天龍が好んで鉄火に身を晒す、か。僕には理解できないな。
と新城が内心呟くのと同時に
『ご迷惑かな?』
と坂東が導波を新城へと向けた。
「いえ、坂東殿の御申し出、全くの名誉といたします」
『ありがとう――それでは後は駒城閣下のお許しをいただければ良いわけですね』
「いえ、直衛は既に近衛の者です。先ずは直衛の直属上官たる実仁殿下にお聞きになるがよろしかろう」と篤胤が応える。
『それならば問題ありません。龍族利益代表が殿下から先程お許しを頂いております。あれは私の兄なのです』と坂東が云うと笑みを浮かべた篤胤が
「ならこの翁に何が言えましょう?我が末子が天龍殿の友誼を得られた事を喜ぶのみです」
と答えた事を皮切りに場の空気が緩んだ。
 故事になぞらえたのか天龍殿は一斗樽を四つも抱えて持ち込んでおり、それを皆に気前良くふるまった。下戸である面々が庭の隅で苦笑しながら眺めている内に酒飲みたちは度を過ごし、そして酒を嗜まない者達も誰もがその空気に酔っていた。――誰も彼も、最後の刹那まで平穏を貪る様に騒いでいた
 
 

 
後書き
次回からようやく新編部隊編です。今後も宜しくお願いします。
 
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