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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode2 思い出の行方

 興味深げに食い下がるピンク女……モモカ、と名乗った彼女をなんとか説き伏せ(っていうか「さっきの連中が仲間連れてくるかもしれない」「そもそも初心者の自分ではそこらのモンスターでも危険」とか結構正論しか言ってなかったはずなのだが、)て、一旦プーカの首都に戻ろう、となってはや三十分。

 その過程で、彼女はありがたい(本心だよ?)ことに道すがらこの世界での移動の基本と言える「飛行」についてレクチャーをしてくれた。もう街……といってもでかい領主館が、だが……見え始めたころまでに分かったことは、とりあえずは一つ。俺が、「飛行」というやつが壊滅的に苦手だということだった。


 ◆


 モモカは、俺が飛行(っつーかALO自体が)初心者だと知って、飛行のイロハを随分丁寧に教えてくれて……ものの五分で俺は、まともに飛行することを諦めた。彼女の名誉のために言っておくが、別に彼女の教え方がわるかっった、というわけでは決してない。全面的に俺が悪かった。

 なんというか、無理だった。
 生理的に無理だった。

 だってあれ、地に足付いていないんだぞ!? 無理無理、だって弓とか飛んできたらどうすんだよ!? 緊急回避の仕方が全くの絶無じゃないか!? そもそも片手が塞がるなんて戦闘において致命的だし、自分の体の動きを指先だけで操るのも相当に違和感がある。自転車だって両手両足使うだろう。スティックだけなんて仮想世界でも俺には無理だ。

 この独特の飛行手段がALOの大人気の理由の一つであり、一部の上級者……いわゆる「随意飛行」なるスティックなしの飛行をこの上ない快感とする「スピードホリック」なる人種もいるようだが、俺はどうやら彼らとは一生分かり合うことはできないだろう。

 まあそんなこんなで速攻で飛行の習得を諦めた俺に、モモカが「でも飛行出来ないと時間かかっちゃうよ?」と言った。この世界においての「飛行」は使用者の心持ち一つでその速度を操作できる、非常に簡便かつ実用的、逆に言えば必要不可欠な移動手段。走ることに比べてはるかに容易く高い速度を得られる「飛行」は、集団で移動するには無ければ置いてけぼりは免れない生命線なのだと。

 そんな彼女に、俺はにやりと笑った。

 確かに初心者であればそのスピードは無くてはならないモノだろう。しかし別にそれは、二本の足で走る速さが十分に出れば、何ら問題はないのだから。


 ◆


 「ねえーっ! キミなんでそんな走れるのーっ!」

 数メートル上を飛行しているモモカが、両手を口に当てて地を走る俺に声をかける。

 プーカ領近くは草原地帯となっているため低空飛行が可能で、両手でラッパを作ってまで叫ばずともこちらに良く声は聞こえているのだが、なんというかそれは気分なのだろう。マンガの一コマのように絵になる様をちらりと見やって笑いながら、ポリゴンが霞むほどの速度で足を動かす。

 彼女の顔には、驚き……かつての俺にとっては見慣れた表情が張り付いている。
 まあ、それはそうだろう。

 俺は今、彼女が空を飛ぶのと同じスピードで地を駆け抜けているのだから。

 (そういや、他人のその表情、久々に見たな……)

 ふと思い出すのは、いつか駆け抜けた四十三層のフィールドだ。

 俺とキリトの二人のデッドヒートを、皆が今のピンク女とまったく同じ表情で俺達を見つめ、助け、応援してくれていた。耳に痛いような街のざわめき、それが一瞬止まってからあがる……いや、俺たちがあげさせる歓声。そんな俺達に満面の笑みを向ける、人込みの中でも一際輝いて見える、あの笑顔。

 あの日は、本当に楽しかった。

 「おっと」

 ちょっと気を逸らしたために縺れそうになった足を立て直す。

 そうそう、そう言えばモモカは、なんと随意飛行ができるようだった。彼女の瓶底メガネの弱そうな見た目によらず、なかなかの熟練者というわけだ。ちなみに彼女によると、シルフやケットシーのスピード、サラマンダーのパワーのような補正の無いプーカは基礎戦闘力では他種族に劣るらしい。必然主に戦闘用の技術である随意飛行までもをマスターするプーカは少ないのだそうだ。

 「だからってキミみたいに走れる人見たことないけどねー! なんでそんな走れるのー!」
 「走れるから、走れるんだよ!」

 草原地帯を失踪しながら、その体をちらりと見やる。

 瓶底メガネのピンク女(思えばこの呼称は結構失礼なのだろうか?)、モモカ。昆虫系のシンプルなデザインの羽だが、音楽妖精にふさわしい美しい高音を響かせているその姿は、いかにも妖精といった風貌だ。現実だと引くだけだろう派手なピンク色の髪と、そんな派手さとは裏腹に地味を絵にかいたような瓶底メガネのギャップも相まって、独特の魅力がある。

 のだが。

 「……街が、どうかしたのかよ?」
 「っ、ううん、なんでもないよー! 早く行こー!」

 なぜかその表情は冴えない。
 首都が近づくにつれて、無視できないレベルで顔に陰が差していく。

 (……間違いなく、なんかあるんだろうな……)

 俺の勘は告げている。

 そもそも彼女の行動にだって、不可解な点がないわけじゃない。戦闘には向かない音楽妖精が、何故あんなところにいたのか? そもそも熟練者の代名詞と言える随意飛行が出来るほどのキャリアを持ちながら、彼女は四人に囲まれている時一切の武器を持っていなかった。ちょっと俺も冷静では無かったために記憶が曖昧だが、思い返せば確か彼女が持っていたのは腰に差した横笛だけだったはずだ。

 そしてどうして首都が近付くにつれて、ここまで彼女の表情が曇っていくのか。確か俺の見た情報サイトでは、領土での自種族の特権を失った「レネゲイド」なる妖精(ちなみにこのレネゲイドは「あの世界」で言うところのレッドとは違ってその出自にもいろいろあるらしい)もいたはずだが、もし彼女がそれなら首都に行く前に止めたはずだ。

 なんというか、腑に落ちない。しかし。

 (……まあ、いいか。これ以上問題を背負いこむのは無理だしな……)

 走りながら考える。
 今は、自分のことで一杯一杯だ。他人の事情にまで首を突っ込む余裕はない。

 話すなら街に行こう、と俺が言ったのは、いくつか確認しておきたいことがあったからだ。
 彼女のことではない。俺がこの世界ですごしていく為に、必要なことだ。

 一つは、俺がこの世界に来た理由……仕事の為に。

 そしてもう一つは。

 (アレの対処を、なんとかしねえとな……)

 俺が、この世界で見つけた、心の奥底の望みの為に。

 
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