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おいでませ魍魎盒飯店

作者:卯堂 成隆
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Episode 3 デリバリー始めました
  ロングディスタンスコール

 春の終わり、そして夏の初めという時期は、一年のうちでもっとも美しい季節である。
 赤、白、黄色、橙、紫……暖色を中心とした花々がその美しさを競い合い、その花々に触発されたかのように緑為す枝葉も鮮やかで明るい緑を身にまとう。
 遠くから見れば、まるで巨大な大地をキャンバスに春の神々が絵筆を握ったかのような、そんな美しい地上絵が地平の彼方まで続く草原を、一本の道が貫いていた。

 石畳の舗装もされていないこの道は、都市国家ビェンスノゥへと届く商業通路。
 今日も都市の間を渡り歩く商人と、彼等の荷物を牽くロバの足音が雲雀(ひばり)の声を伴奏に単調なリズムを繰り返す。

 それなりに人通りがあるのか、むき出しになった路面にはほとんど雑草が生えていない。
 ただ、空気が乾燥しているせいか、歩くたびにひどく土煙が舞い上がるの唯一の悩みだろうか。

 そんなのどかな風景に異変が合ったのは、およそ太陽が中天をやや過ぎた頃。

「なんだありゃ?」
 背後から聞こえてきた不穏な音に商人が振り向くと、はるか彼方から盛大に土埃を巻き上げて何かがものすごいスピードで迫ってくるのが見えた。

「こりゃいかん!」
 商人は慌ててロバを脇に避けると、この景色に似合わない慌しい珍客をやり過ごす。

 やがて――やってきたのは、この国の西にある領地を守る守備隊の紋章を纏った騎兵だった。
 悲壮感すら漂う顔をして駆けて行くその姿は、よほどの重大事件が発生したとしか思えないのだが……いったい何事だ?

 西の砦が勇者に襲われたという事は聞いているが、同時にすでに勇者が撤退したという情報も確かな筋から入手している。
 彼等がそんなに慌てなければならない理由が頭に浮かばず、商人は首をかしげながらその背中を見送るのだった。
 
*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*

「お弁当の配達ですか?」
 息を切らせた騎兵を前に、キシリアは困惑しながら首をかしげた。

「はい、あなたの"弁当"が必要なのです! しかも早急に!!」
 いますぐやれといわんばかりの剣幕に、キシリアが困った顔をする。

 のどかな街道を爆走した騎兵が駆け込んだのは、辺境の街道沿いに位置するキシリアの店――アトリエ・ガストロノミーだった。
 しかも、開口一番に告げられたのが、ここから馬で半日はかかる遠方の砦。
 しかも量がかなり多い。

「無理です。 いくらお弁当でも、この気温の中を西の砦まで配達すれば、到着するまでに傷んでしまいます。 ごめんなさい」
 そもそも材料をそろえて調理するだけで一日仕事だ。
 そんな事に関わったら、明日の仕込が出来なくなってしまう。
 こんな依頼は受けられない。
 判断を下すのに2秒とかからなかった。

「なら、現地で作ればいいでしょう。 いますぐ一緒に来てください! あなたの料理のファンが弁当の禁断症状を起こした上にトチ狂って暴動を起こしているんです!」
「な……なんですってぇ!」
 騎士の口から告げられた台詞に、キシリアは思わず頭を抱えた。
 キシリアの弁当のファンには兵士も多いのだが、そんな彼等の一部が西の砦の交代要員として旅立ったのはおよそ2週間前。
 キシリアの店の常連が『そろそろ禁断症状が出る頃だな』と呟いていたのはつい昨日のことである。
 ――俺の作った料理は麻薬か何かの一種かよ!
 そう心の中で不満げなツッコミをいれたのも記憶に新しい。
 それがまさかこんな形で実証されるとは、心外もいいところである。

 まぁ、問題の兵士をこの街に返せばよいという話もあるが、いくらなんでも『ご飯を恋しがっているから兵士を待ちに返します』では、他の兵士に示しがつくまい。
 それゆえにおきた暴動だとは思うが、いくらなんでもやりすぎた。
 そのぐらいなら、普通に休暇をとって帰って来いと言いたいが、おそらくそれも出来ない事情が何かあるのだろう。

「あのですねぇ……私がここを離れたら暴動が起きるんですよ? しかも、兵士どころか民間人まで!! 聞いてないのですか?」
 かつてキシリアが店を休んだ際の暴動騒ぎは、今でも街の語り草である。
 同時に、二度と起こしてはならないというのが街の人間の共通認識だった。 

「だが……このままでは暴動に加担したゴブリンたちを全て討伐しなければならなくなるんですよ!? あなたの店の常連客でしょう!?」
 たしかにこのまま見捨てるというのは寝覚めが悪い。
 ついでに、キシリアの店でメシを食った兵士は他所に連れて行くと暴動を起こすなんていう不穏な噂は御免被りたい。
 国家にとって有害な要素として殺処分なんてまっぴらだ。
 大して有能でもないくせに、判断だけは早いあの魔王のことである。
 ほっといたらいつ軍勢を差し向けられるか判ったものではない。

 いっそ逃げ出して他所の国に行くか?
 いや、そんな事をしてもウチ店の常連ならば次元の向こうに逃げたとしても追ってきかねない。
 結局は無駄なことだろう。

 そもそもだ、こちとら戦闘力を持たぬか弱いシルキーなのだから、国家の敵などと認定されては生きてゆけないのである。


「お困りごとかニャー?」
 そこに口を突っ込んできたのは、この店に雇われている奴隷……もとい見習いであるケットシーの一人、マルだった。

「どうせ最初から聞き耳立てていたんでしょ? 何かアイディアがあるなら聞くだけ聞くけど……」
 このケットシー、元は怪盗としてこの店に蟹を盗みに来たコソ泥である。
 手癖も悪ければ躾も悪い。
 人の話の盗み聞きなどまさに日常茶飯事なのだが、その分情報収集には長けているらしく、思いつきで雇った割には意外と重宝しているのだか、いまいち信用は出来ないでいた。

「ニャー なんかものすごく評価が低いニャア」
 キシリアの冷たい視線を浴びてなお肩をすくめてぼやくあたり、なかなか太い根性をしている。
 いっそ商売人にでもなれば大成出来たのではないかと思ったが、褒めると際限なく付け上がることを知っているので口には出さない。
 こいつは褒めると変な方向に伸びる子なのだ。

「知っての通り、ボクらはもともと怪盗だにゃ」
 その言葉に騎兵が反応し、腰に差した剣に手を伸ばす。
 その反応も無理は無い……当然ながらこの魔界においても盗賊は犯罪者なのだから。

「おっと、今はキッチリ足を洗ってこうして地道に働いているニャァ」
 掌を前に突き出して悪意がない事を示すが、騎兵はその手を剣の柄から離さない。
 まぁ、相手は盗賊。
 その中でも、怪盗などというもっとも得体の知れない理力の使い手なのだから、警戒されるのも無理は無い。
 キシリアが同じ立場でもきっとそうする。

 とはいえ、このままでは話が進まない。
 仕方が無い……心の中でため息をつくと、キシリアは自分が会話の舵をとることにした。

「で、怪盗に何ができるの?」
 やや興味を引かれた様子でキシリアが声をかけると、マルの後ろから弟のポメがにゅっと顔を出しながらその問いに応える。
 先ほどまではかなり離れた場所にいたはずなのに、いつのまにやってきた?
 しかも、為された会話の内容まで把握しているのが恐ろしい。
 もしたしたら、この三匹は3体一セットの魔物なのではないだろうかと思うことがある。

「ずばり、"取り寄せ"だニャア」
「取り寄せ?」
 なんとなく効果の予想はつく名前だが、そんな便利なことが出来るのだろうか? と、キシリアは顎に手をやって黙考にはいった。
 まぁ、魔法や理力が存在する世界なのだから、物理法則があっけなくひっくり返ることはままあるのだが、現代日本の知識のあるキシリアとしてはどうにも釈然としない。

「そうだニャ。 本来は盗んだモノを別の兄弟のところまで一瞬で送り届ける力だニャ」
 お約束とばかりにポメの後ろから口を挟んできたのは、末弟のテリア。
 なるほど、スリが奪った財布をすぐに仲間に渡し、万が一捕まっても財布を持ってない事で無実を装うやり方が理力として反映されたのか。

 ――理力という力は、その方向性と関連付けされた事象である限り物理法則を凌駕することが可能である。
 まぁ、結局はこじつけの上手い奴ほど理力の使い方に長けているという事だ。

「えらく便利ね。 で、それで料理を砦まで運ぶっていうの?」
 予想していた通りの答えだが、空間を越えるというのは生半可なことではない。
 だがこのケットシーたち、尊大でお調子者ではあるものの、基本できない事は出来ないとハッキリ言う奴らである。
 信じ難い話だが、おそらく可能なのだろう。

「その通り! 射程距離は無限じゃニャーけど、西の砦までならなんとか範囲内だニャ。 ウチの兄弟の一人を西の砦まで送り届ければ、後はどんだけでも弁当を一瞬で送り届けることが可能ニャ。 これで万事解決だニャ」
「……おぉ!」
 マルの言葉に、騎兵が喜びの声を上げる。
 おもわず駆け寄って手を握りそうない勢いだったが、さすがに完全武装の騎兵は威圧感が強すぎたのか、リージェン兄弟が後ずさりする。
 さすがにそんな反応を見せられては近寄ることも出来ず、騎兵は離れた場所で軽く一礼するに留まった。
 もしかしたら、元が盗賊だけにケットシーたちは衛兵の類は苦手だったのかもしれない。

「ふぅん……その話が本当ならば輸送はなんとかなりそうね。 あとは実際に料理を作る段取りだけど……」
 その横で、キシリアは次の問題について思案をめぐらし、チラリとケットシーたちを見やる。
 
「助手が二人になると今日は仕込みだけで徹夜になりそうね」
 メニューの作成から材料の買出し、そして実際に料理を作るともなれば、時間はいくらあっても足りない。

「「……へ?」」
「さて、誰と誰がここに残るのかしら? ……今夜は寝かさないから」
 予想外の展開にキョトンとしてこちらを見るケットシーたちに向かい、キシリアはニヤリと意地の悪い笑顔を向けた。 
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