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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第三十話 誘引




帝国暦487年  7月 12日  イゼルローン要塞 イゼルローン方面軍司令部  ヘルマン・フォン・リューネブルク



イゼルローン方面軍司令部は緊張感に満ちていた。二時間程前から要塞周辺の通信が酷く攪乱されている。どうやら自由惑星同盟からお客さんが来ているようだ。
「どう思うかな、副司令官」
「やはり反乱軍が近くに来ているようですな」
「うむ」

「しかし要塞からは見えません。どうやらこちらが出撃するのを待っているようです」
「挑発か、取り囲んで叩こうというのかな」
「そんなところでしょう」

グライフス、メルカッツ両大将の会話に皆が頷いた。イゼルローン方面軍司令部、新たに設立された最前線の司令部の要員皆がだ。
司令官:グライフス大将
副司令官:メルカッツ大将
参謀長:シュターデン中将
作戦参謀:ビュンシェ大佐、シュトラウス大佐
情報参謀:オーベルシュタイン大佐、ニードリヒ大佐
後方支援参謀:レフォルト大佐、イエーナー大佐
そして装甲擲弾兵第二十一師団長である俺、ヘルマン・フォン・リューネブルク中将。

「オーディンからは遅くとも十日程で反乱軍が現れる可能性が有ると言ってきたが……」
「連絡が有ってから三日か……」
ビュンシェ大佐、シュトラウス大佐の言葉に皆が顔を見合わせた。先日、オーディンの宇宙艦隊司令部は反乱軍がイゼルローン要塞へ襲来する可能性が有ると伝えてきた。そしてその指摘は現実になりつつある。

「予定より一週間早い、……やはりフェザーンは同盟寄りの政策をとっているようです」
抑揚の無い声でオーベルシュタイン大佐が指摘すると皆が渋い顔をした。パウル・フォン・オーベルシュタイン、顔色の悪い愛想のない男だがこの男だけは緊張を見せない、平素通りの雰囲気を保っている。ブラウンシュバイク公が司令部要員に選んだそうだが公も妙な男を選んだものだ。

「この司令部が出来たのもそれが理由としてある。何としてもイゼルローン要塞を守らなければならん」
グライフス司令官の言葉に皆が頷いた。司令部の要員全員がこの司令部が作られた理由を理解している。その必要性もだ。

「反乱軍は最低でも三個艦隊、第五、第十、第十二……。味方の増援部隊は四個艦隊がこちらに向かっていますがイゼルローンに着くまで約四十日はかかると見なければならないでしょう」
シュターデン参謀長の指摘にオーベルシュタイン大佐を除く皆が表情を硬くした。四十日間単独で耐えなければならない、しかも反乱軍は精鋭部隊を送り込んできている。その事が皆に緊張を強いている。

「駐留艦隊の様子はどうかな?」
「流石に出撃を主張する人間は居ませんな。容易な敵ではないと認識しております。方面軍司令部の指示待ちといったところです」
「昔なら面子で出撃をしかねないところだ、方面軍司令部の成果有り、そんなところだな」
グライフス司令官とメルカッツ副司令官の遣り取りに皆が顔を見合わせて苦笑を浮かべた。もっとも一人だけは相変わらずの無表情だ。

「とりあえずオーディン、それからミューゼル提督に連絡を入れよう。上手く届けば良いんだが……。それと駐留艦隊は何時でも出撃できるように準備を整えてくれ、頼む」
グライフス司令官の言葉に皆が頷いた。これでとりあえずは終わりかなと思った時だった、シュターデン参謀長が疑義を呈した。

「ミューゼル提督が増援軍の総司令官とのことですが大丈夫ですかな、まだ若いし大部隊を指揮した経験も少ないと思うのですが……」
司令部の要員が皆顔を見合わせている。無理もない、ラインハルト・フォン・ミューゼルはまだ二十歳にもならない大将なのだ。司令部の要員に不安を持つなというのは難しいだろう。

「心配はいらんでしょう。以前ブラウンシュバイク公がミューゼル提督を天才だと評しているのを聞いたことがあります。小官も一度実戦を共にしたことが有りますが極めて有能な人物だと思いました」
「……」

シュターデン中将は不満そうだ。理由は分かっている、おそらくは嫉妬だろう。自分よりも若い人間が自分より上位にいる、そのことが面白くないのだ。ミューゼル提督への嫉妬、そして公への嫉妬。前回のイゼルローン要塞攻防戦でも二人に対してかなり感情的に当たっている。

公がブラウンシュバイク公爵家の養子になったため公に対しては反感を向けることが出来ない、その分ミューゼル提督に対して敵意を示すのだろう。不思議なのはブラウンシュバイク公がそんな彼を閑職に回すでもなくイゼルローン方面軍司令部に参謀長として押し込んだことだ。オーベルシュタインといい、シュターデンといい公も妙な事をする。

「参謀長はブラウンシュバイク公とミューゼル提督が個人的に親しいのでそれでと思っておられるのでしょうが公が情実や縁故で人事を行ったことが有るとは小官は寡聞にして聞いたことがありません。心配はいらんでしょう」
俺の言葉にグライフス司令官が頷いた。

「リューネブルク中将の言うとおりだ。第一、そんなつまらぬ人物ならこの司令部を作ろうなどとは考えるまい。ミューゼル提督を信用しよう」
グライフス司令官の言葉にシュターデン中将が“失礼しました”と答えた。やれやれだな。どんな組織でも人間がいる以上軋轢は生じるか……。早く反乱軍に来てもらいたいものだ、詰まらない感情など反乱軍が吹き飛ばしてくれるだろう……。



宇宙暦796年  7月 14日  自由惑星同盟軍総旗艦 アエネアース  ヤン・ウェンリー



同盟軍総旗艦アエネアースの艦橋は沈鬱な空気に満ちていた。
「帝国軍は出てこないな。やはり方面軍司令部の所為か」
クブルスリー司令長官の発言に司令部要員がそれぞれの表情で頷いた。或る者はやはりという表情、そして或る者は忌々しそうな表情をしている。

これまでイゼルローン要塞駐留艦隊は非常に好戦的だった。要塞と協力するより功を競い合うため積極的に出撃してくるのが常だった。我々が通信妨害を始めたのは二日前、向こうにもイゼルローン回廊内のどこかに我々が居るという事は分かっているはずだ。にもかかわらず今回は出撃してこない。

そして今日になってから、駐留艦隊を引き摺りだす為に或る通信を発したがイゼルローン要塞からは艦隊の出撃は無い。クブルスリー司令長官の言う通りイゼルローン方面軍司令部の所為だろう。それが無ければ駐留艦隊は出撃してきたはずだ。

「如何します、駐留艦隊の出撃は無いものと判断して作戦を開始しますか?」
グリーンヒル参謀長が問いかけるとクブルスリー司令長官が少し迷うような表情を言見せた。
「……いや、もう少し待ってみよう。敵が迷っている可能性も有る。時間をおいて何度か通信を行ってくれ」
司令長官の答えに何人かが頷いた。

「どの程度待ちますか?」
「そうだな、六時間待とう。作戦の開始は六時間後とする、ローゼンリッター、巡航艦の準備を進めてくれ」
「承知しました」
六時間か……、まあ妥当だろう。それ以上待つと相手に不審を抱かれる。艦隊が出撃してくれた方が成功率は高いが止むを得ない。

……やはり時期を逸したのかもしれない、艦橋の沈鬱な空気に触れているとどうしてもその想いが胸に溢れてくる。イゼルローン方面軍司令部が無ければ駐留艦隊が出撃してくる可能性は高かった。作戦の実施はもっと容易だったはずだ。半年、いや三カ月早ければ……。周囲に知られぬようにそっと溜息を吐いた……。



帝国暦487年  7月 14日  イゼルローン要塞 イゼルローン方面軍司令部  ヘルマン・フォン・リューネブルク



奇妙な連絡が入ってきた。妨害が激しく途切れ途切れの通信だがオーディンから重要な連絡事項を携えてブレーメン級軽巡航艦一隻がイゼルローン要塞に派遣された、しかし回廊内において敵の攻撃を受け現在逃走中、イゼルローン要塞からの救援を望む……。

通信は罠だろうという結論は直ぐに出た。十日ほど前に増援軍を出すとオーディンから連絡が有ったのだ。オーディンは反乱軍が押し寄せてくる可能性大と判断していた。軽巡航艦を一隻派遣したのならその事について説明が有ったはずだ。この通信は駐留艦隊を引き摺り出し要塞と分断した上で叩こうとする反乱軍の策とみて間違いない。

運が良かったと言って良いだろう。フェザーンからの連絡が有った事で反乱軍の罠を見破る事が出来た。もしフェザーンからの連絡が無ければこちらも戸惑っていたはずだ。出撃案が出た可能性も十二分にある。味方を見殺しにすることぐらい士気を下げる事は無いのだ。

皆が出撃を誘う罠だと口々に言う中、俺はもう一つの可能性について考えていた。ブレーメン型軽巡航艦が実際に現れるかもしれないということだ。その時、司令部は混乱するだろう、自分達は判断を誤ったのではないか、もう少しで味方を見殺しにするところだったのではないか……。

司令部は逃げてきた軽巡航艦を迎え入れろと言う人間と罠だと言う人間で別れるだろうな。だが助けを求めてくれば迎え入れないわけにもいくまい。そしてブラウンシュバイク公の懸念が当たっているとすれば軽巡航艦の中に居るのはローゼンリッターのはずだ……。

当然だが連中の人数は少ない、という事は彼らの狙いは司令部中枢を押さえて帝国軍を麻痺させる事、その隙を突いて要塞を攻略する、そんなところだろう。おそらく小道具も用意しているだろうな。そろそろ俺も連中のもてなしの準備をしておくか。一度は肩を並べて戦った奴らだ、それなりに敬意を示してやろう……。



宇宙暦796年  7月 14日  イゼルローン要塞  ワルター・フォン・シェーンコップ



「艦長のフォン・ラーケン少佐だ! どういうつもりだ! 駐留艦隊は何故救援に来ない! 我々を見殺しにするつもりか!」
怒鳴り声を上げると出迎えに出た若い士官がもごもごと口籠った。こちらはメーキャップで負傷したように見せかけてある。相手は罪悪感でまともに視線を合わせられないようだ。良い調子だ、更に視線を強めると相手が怯えた様な表情を見せた。

「イゼルローン方面軍司令官にお会いしたい! 我々は帝都オーディンから重要な報せを持ってきたのだ。今回の不手際の件も有る、司令官閣下に是非とも会わねばならん!」
「わ、分かりました、こちらへ」
慌てて案内を始めた。おそらくは方面軍司令官に引き合わせて自分は解放されたいと考えているのだろう。迎えに出た事を後悔しているに違いない。

廊下を小走りに進む、俺の後をリンツ、ブルームハルト、クラフト、クローネカー達が続いた。此処までは順調に進んでいると言って良い。あちこちを損傷した巡航艦でイゼルローン要塞に逃げ込んだ。背後から迫る同盟軍の攻撃を受けながらだ。

砲撃が当たる事は無いと分かっていたがそれでもヒヤリとする時が何度か有った。イゼルローン方面軍司令部を押さえ外の同盟軍に連絡する。要塞主砲、トール・ハンマーを使えなくすれば一気に同盟軍が押し寄せるだろう。要塞攻略は不可能ではない。

正面にドアが見えてきた。結構大きいドアだ、当然だが中のフロアーも広いだろう。どうやらそこが司令部か……。案内をしてくれた士官が
「こちらへ、正面の部屋のさらに奥の部屋が司令部です」
と言いながらドアを開け中に入る、続いて部屋に入った。二十メートル四方ほどの部屋だ。正面にもう一つドアが有った、左右の壁にもドアが一つずつある。

案内役の士官が正面のドアに近付いて行く。リンツ、ブルームハルトに視線を向けると微かに頷いてきた。ここからが勝負、そう思った時だった。ドアの開く音と足音がした。驚いて音の方向に視線を向けると両脇のドアから帝国兵が溢れだしている! 不審を持たれたか?

案内役の士官に目を向けるとその男は一瞬の隙にドアを開け中に入っていった。如何する? 迷うな、進め! ここに留まるのは危険だ。
「リンツ、ブルームハルト、続け」
「はい」
先に入った士官の後を追って中に入った……。



帝国暦487年  7月 14日  イゼルローン要塞 イゼルローン方面軍司令部  ヘルマン・フォン・リューネブルク



シェーンコップ達が部屋に飛び込んできた。おそらく両脇のドアから帝国兵が現れたので慌てて俺が待ち受けるこちらの部屋に入ってきたのだろう。これで彼らは前後を塞がれた形になった。この部屋には四十名、そして向こうの部屋にも四十名の帝国兵が居る。

「こ、これは」
「久しぶりだな、シェーンコップ」
「貴様、リューネブルク! 何故ここに……」
愕然とした表情を浮かべるシェーンコップが可笑しかった、笑いが止まらない。

「貴様がここに来るだろうと予測した人が居てな、俺が迎えに来たのだ。嬉しいだろう? いや懐かしい、かな?」
「……」
シェーンコップが唇を噛み締めている。

「見ての通りこっちはブラスターとクロスボウを用意している、ゼッフル粒子は使えん。大人しく降伏しろ」
「……」
「無駄死にしろと教えた覚えは無いぞ、シェーンコップ。指揮官としての務めを果たせ」
おかしいな、どういうわけか懇願する様な口調になっている。その事に気付いて思わず苦笑が漏れた。シェーンコップも気付いたのだろう、奴も苦笑を浮かべている。

「分かった、降伏する。だが一つだけ頼みが有る」
「言ってみろ」
「残された連中の事だ。貴様なら分かるだろう、……いや、俺達を捨てた貴様には分からんか……」

嫌味かと思ったがそうではなかった。シェーンコップはこの男には珍しく沈鬱な表情をしている。残された部下達が肩身が狭い思いをするのではないかと心配している……、俺が亡命した時、余程に嫌な思いをしたのだろう。亡命した事を後悔はしていない、だからこそ胸が痛んだ。

「反乱軍には俺の方から連絡を入れよう。お前達が裏切ったのではなく俺に正体を見破られたのだとな、それで良いか」
「それで良い、裏切り者よりは正体を見破られた間抜けの方がましだ」
シェーンコップが自嘲を浮かべた。酷い例えだ、捕虜になって落ち込んでいるのだろう、少し力付けてやるか。

「それと貴様達の処遇だが安心して良いぞ。ブラウンシュバイク公から勇者に相応しい処遇をしろと言われている」
「ブラウンシュバイク公が……」
ちょっと驚いたようだな、シェーンコップ。リンツ、ブルームハルト達と顔を見合わせている。もう少し驚かしてやるか。

「公はお前達に好意を持っているようだな」
「……」
「嘘ではないぞ、本当の事だ」
「あの坊やがか?」
口の悪い奴だ、帝国きっての実力者であるブラウンシュバイク公を坊やとは……。少し懲らしめてやるか、俺はにこやかに笑みを浮かべた。

「能力は有るし信頼できる方なのだがちょっと変わった所が有ってな、何と言うかゲテモノ好き、いや悪趣味なのだ。良かったな、シェーンコップ、公に好意を持たれて」
シェーンコップが憮然としている、そして奴の部下達、俺の部下達が笑いを堪えていた。ザマアミロ、もっともこれも嘘ではないぞ、シェーンコップ。シュターデン、オーベルシュタインを抜擢するなどどう見ても趣味が悪いだろう。おかげで俺まで変な目で見られるのではないかと心配だ。後で注意をしておこう、公には上に立つものとして少し気を付けて貰わんといかん……。


 
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