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形而下の神々

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過去と異世界
  ツバサと公式

 結局、その後グランシェに色々聞いたが何も話さなかった。

 ヤツは自分について何も言わないのだ。そのせいもあってか、最近は考古学よりもグランシェの歴史の方が気になってたりして。

 エリザの言った通りスティグマは去り、レミングスには無償で食料が分け与えられてた。最前線に居たサンソンが少し怪我をしたくらいで、レミングスにも大きな被害は出なかったらしい。


「まぁ一件落着だな」
「あぁ、ありがとな。お前さん達のおかげだよ」

 俺の呟きに隣でサンソンが頷いた。

「ところで、あいつらは何者なんだ?」


 食料も貰い、長居する訳にもいかないレミングス達は既に出発の準備をしていた。

 が、そこに見知らぬ女性が2人。始めは村の人間だと思っていたが、レミングスと共に出発の準備を始めたところを見ると、どうやら旅に同行するらしいのだが。


「アレは髪の長い方がツバサといい、短い方がエリザベータというんだとさ。なんでもお前さん達と同じくイベルダを目指してるらしいから同行する事になった」

「へぇ~」


 ツバサって、日本人っぽいな。名前だけで言うとエリザベータはロシアかな?やっぱり名前で大体の出身地は分かるものなのだろうか。

 よくわからんが、ツバサとやらは長い黒髪にブラウンの瞳。まぁ、日本人らしい……かもしれない。
 しかしエリザベータも短い黒髪にブラウンの瞳。ロシアンな感じはしなかった。

 というか既にグランシェがエリザベータに声を掛けている。しかも何やらこちらを指差して笑ってやがる……。
 と、その時ツバサとやらがこちらに近づいてきた。真っ黒な長い髪に黒い瞳はやはり日本人を思わせるが、顔だちは韓国やらその辺りな雰囲気が出ている。やっぱり名前と産まれは関係ないのだろうか。

「タイチさんって言うんですか?」

 彼女はこちらに来るなりそう聞いてきた。まずは先に名乗れよ。まぁ既に名前は知ってるけど。
「そうですけど……どちら様ですか?」

 俺はちょっとムッとして答えるが、ツバサは気にする風もなく話を続けた。

「あっ、ツバサと申します。グランシェさんから、タイチさんは学者さんだと聞いて少し興味があるんです。何の研究をされているんですか?」
 そう聞かれて初めて思ったが、この世に考古学は存在するのか? というか俺の考古学の知識はここでは全く使えなくない?

「……哲学者です」

 悩んだ末にそう答えた。正直、学者なんてものは名乗れば学者だ。実際は色々な規定があるのだが、そんな規定は一般市民にとっては関係のない事であり、要は周りにどれだけ「僕は学者だぞ!! 偉いんだぞ!!」と思わせるかが問題だろう。

 哲学なら多少は齧っているし、まぁ理論的な思考を心がけていればそれっぽく見えるだろう。何だかとっても甘い事を考えている気がするが、他に専門知識だって持っていないんならしかたないだろう。

 と、適当な感じ丸出しだったがツバサは幸い信じてくれた。
「哲学者なんて……何だか難しい事を考えているんですね」

 目を細めてそう言って来た。哲学者と言って訳された所を見ると、どうやらこの世にも哲学の概念はあるらしい。
 と、その時ツバサが不可解な事を口走り始めた。

「哲学者は人の心理や形而上の事なんかの概念的なモノから公式を産み出すんですよね? タイチさんは何かすごい公式を持ってらっしゃるんですか?」

 なっ、何なんだ概念から公式を作るってのは……。

「いや、実は僕の研究は公式とは無関係な感じでして……」
「まぁ! 新しいジャンルを開拓されているんですね! 凄いですね……」

 そう言ってツバサは目をキラキラさせているが、俺的には自分でドンドン墓穴を掘ってしまっている感じだ。どうやら学者ってのは基本的には公式作りが仕事なのかもしれないな。

 なら、今のこのチャンスを逃す手は無いだろう。ココで公式の作り方的なのを教えてもらっておけば、後々に効いて来るに違いない。

「あの、ツバサさん」
「はい? 何でしょう?」

 ツバサは相変わらずのキラキラした目で聞いてきた。何だか非常に申し訳ない気分になるからやめて欲しいのだが。

「僕の研究もそろそろ公式を作る段階だと思うのですが、如何せん僕は公式の作り方を知らんのです。良かったら基本的な事とかを教えてくれませんか?」

 するとツバサは少し考えてから言った。

「良いですよ、任せて下さい!」









 その後レミングスと歩いている最中もツバサはこの世の公式という存在についてドンドン教えてくれた。

 公式の基本概念は、人間が式を作り神に進呈し、それを神が行使するというものらしい。
 要するに人間が設計図を作り、神がそれを見てその設計図通りのモノを人間にもたらす。といった感じだろう。

 そして公式の作り方にも色々とあった。非常に複雑だったが、何とか理解して大まかには3つの作り方に分類されるのだと判明した。

 1つは、最初から最後までこの世の物理現象を応用してとんでもない力を作り出すタイプ。
 1つは、4次元以上の概念・計算を用いてその結果を3次元に還元してくるタイプ。
 最後は、この世に存在する補正機能を利用するタイプだ。

 この世の補正機能とは、世界全体が矛盾を消そうとする力の事らしい。分かりやすく言うと、流れる風には「風が流れる」という公式が当てはまっている。しかしその公式には必ず矛盾が存在する。
 よって、このままだと風は流れる事が出来ないのだ。背理法というものなのだが。

 風は「流れるor流れない」という問題の中で「風が流れるのは矛盾している。よって風は流れるのはおかしい!」となれば、あとは「風は流れない」としか言えなくなってしまうのだ。

 しかし、現実には風は流れている。何故ならそれはこの世が矛盾を揉み消しているからだ。そうして揉み消す力の事を「この世の補正機能」と、呼ぶらしい。
 ちなみに、こうやって揉み消された矛盾は単に消えるのではなく、魔物やらレミングスやらとなって形を変えて存在し続けるとのこと。なんともややこしい話だが、俺は何とか理解出来た。


 と、2日かけて俺はツバサから色々な知識を貰った。何ともありがたい話である。
 では、次はもちろん公式の制作をするわけだが、作り方のコツや実際の公式の中身を見せてほしいと頼んでも公式は矛盾を指摘されれば使えなくなるといった性質上、他人に見せたりは決してしないらしい。

 ただ、公式を作り出すプロセスを紙にしたためる事は多いらしく、その紙は普通は肌身離さず持っておくものなのだそうだ。確かに自分の作ったモノをパクられては困るが、その知識を後世に伝えるのも大事と言って感じだろう。ザクッと言ってしまえば特許みたいなものだろうか。

 そんな訳で後は完全に自力でやるしかないみたいなのだが、実はもう既にあらかたの事は考えてあるんだ。もし成功すれば、条件付きではあるが瞬間移動が可能になるかもしれない。
 瞬間移動が可能なら、もちろん戦闘ではかなり有利に働くだろう。

 それから数日、ドンドン仲良くなるグランシェとエリザベータを尻目に俺は一人悶々と公式についての思考を巡らせた。
 というかもう二人は親友みたいな感じになっている。短剣を使う武闘派のグランシェに対してエリザベータは長剣に長けているらしく、二人で切磋琢磨し合っていた。大概はやはりグランシェが勝つのだが、グランシェ曰く「気の抜けない相手」らしい。
 何だかとっても楽しそうだったが、俺も混ざりたい欲望を抑えて俺は公式作りに専念したのだ。


 その結果、俺は見事なまでの完璧な瞬間移動理論を手に入れた。お礼とばかりに俺はツバサに自作した公式を見せると彼女はかなり驚いていたが、公式を見るなり言った。

「何だか私の知らない数学が出ていて、理解は出来ませんが凄いです! こんな数学は初めて見ましたよ!! 新しい学問を開拓するとこんなことも出来るんですね!!」

「数学も多少は出来るからな……」

 考古学とは言っても時代の計算の他、様々な時代のヒントを元に、時には高度な計算を駆使して過去の人々の生活を探る時だってある。全ての学問は繋がっているのだ。ツバサから聞いた話だと公式は数学を使っても出来るらしいから使ってみたが、案外作りやすいかもしれない。

 俺が今回使って彼女に見せたのは大きく『行列』という分野と『極限』という分野の数学だ。

 この世の学力水準がどの程度なのかは知らないが、公式を自作したとか言ってたしツバサは馬鹿ではないだろう。

 行列や極限の事を知らないという事は、恐らくこれらの考え方そのものがこの世には存在しないのだろう。どうやらコチラ側と彼女らの世界では、根本的な数学が違うらしい。

 コチラの数学は当然、3次元までを前提に作られていたものだ。今では20次元の計算なんてものもやってるらしいが、俺は知らん。

 それに比べて、彼女らの世界。俺が今居る世界では4次元以上が存在する事が前提の数学だ。
 なので、必然的に高度な数学を使う。

 そのかわりコチラの数学は3次元までの計算に特化しているから、どちらにも長所はあるだろう。


 と、そうこうしているうちに気付けばイベルダまであと10km足らずの小高い丘の上まで来ていたようでサンソンが遠くの丘の上からこちらに手を振って俺たちを呼んでいた。


 サンソンに促されて丘に登ると、そこには眼下いっぱいに広がる赤茶けた石畳の街が広がっていた。
 彼は眼下の景色を見下ろしながら自慢げに声を上げる。


「これがイベルダだ。別名『赤の街』とも呼ばれている……どうだ? ここの風景は最高だろ?」


 彼の言う通り、まさに眼前の景色は壮観だった。赤の色は良く知る煉瓦のそれに似ていたが、アレは煉瓦ではない。まるでお椀をひっくり返したかの様に全ての建造物がドーム状をしていて、細々と盆地いっぱいに広がっているのだ。
 美しい夕陽の助けもあってか、輝いて見える赤い街。文明の産物らしい光は見えず、暖かな炎が街の街道を照らしていた。

 少し赤く染まりかけた一面の緑たちはそれだけでも息を呑む程なのに、丘と丘の裂け目いっぱいに広がっている暖かな赤に染まった町並みは、まさに『赤の街』と呼ぶに相応しいだろう。

「こんな景色もあるんだな」

 俺はそう呟いて目下の町並みに見入った。文字通り、この世の物とは思えない景色だった。その日はその美しい景色の丘で一泊し、ツバサからは最後の講義を受ける事になっている。

「最後に、公式の使い方です。公式を作っただけでは使えません。神の居る場所、すなわち神殿で神に向かって祈りながら頭の中でその公式について神に解説をするんです。それが認められたら、その公式は貴方のもの。神殿を出た瞬間から使えるようになってますよ」

 そう、彼女は簡潔に述べた。

「ほぉ、よく分かった。ありがとう」

 とりあえず公式を作って神殿で祈れば良いんだな。そこで早速その晩、俺はレミングスの移動神殿に入っていた。

「ここで祈るのか……」

 皆が寝静まった頃、静かな神殿に一人で入るのは初めてだから新鮮でもある。



 ……さぁ、早速祈りを開始しよう。俺が作った公式が正しければ――。


「…………」


 無言で静寂と闇の神殿に身を任せてただ頭の中で公式を解説した。見えない神とやらに向かって。






 ――30分は経っただろうか。無事に解説できたとは思う……が。


「なにも……起きないな」

 神とやらからは何の音沙汰もない。

 失敗なのか? 何かあるまで待たなきゃならないのか? その辺の事を聞くのを忘れていた。
 が、そのまま10分程は待ってみたのに全く何も起きなかったので翌朝ツバサに聞けばいいだろうと思い、とりあえず神殿を出ることにした。 
 

 
後書き
 読了お疲れ様です! 今回のお話は理屈がドンドン出て来て書くのも難しかったですが、理解するのも大変だったかと思います。
 背理法やら行列やら極限やらは中々説明が難しいので詳しくは割愛しました。話がややこしくなると困りますので。

 ただ「補正機能」については今後も出て来る予定なのでそこそこ詳しく書かせて頂きました。今後とも出来る限り分かりやすいモノを書こうとは思っていますが、こんな感じで理屈っぽいスタイルが続きますので、理屈とかが好きな方は是非とも読んで行って欲しいです。
 そういうのが苦手な方も、ストーリー自体にはそこそこ自信がありますので出来れば読み続けて欲しいです!


 ──2013年05月09日、記。 
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