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東方調酒録

作者:コチョウ
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第七夜 射命丸文は取材する

 香霖堂の入り口をまっすぐ前に進むと大きくも小さくもない川が一つあった。水の底を流れる砂の粒が一つ一つはっきり見えるほどに澄んでいて、砂の流れを遮る水草は流れに任せて踊り、水中を泳ぐ魚は日の光を受けて鱗が光っていた。
 川辺では溶け残った雪をおしのげて雑草の新芽が綺麗な薄緑色で大地を覆い始めていた。その残雪で靴底を濡らしながら、頭に猫の耳がついている幼女が尻尾を真っ直ぐに立たせ、それをゆっくりと左右に振りながら川の魚を狙っていた。その魚は幼女の後ろで絶えず出ている騒音によって四方に石の中に逃げ込んだ。尻尾を垂らしガッカリした顔をした幼女が振りむいた先では、河童達がレンガ造りの西洋風の建物を建てていた。すでに屋根まで完成しており、重そうな木製の扉が付けられていた。一人の天狗の少女が扉の前で大きな緑色のリュックを背負った少女と話をしていた。二、三言交わしたのち天狗の少女は手を振り、羽根による飛行を完全に無視した、熊蜂如く理論で空に飛び立った。

 紅魔館のある湖の湖畔、妖怪の山の麓にも西洋風の館が一軒あった。ライトブラウンの外壁に木製の窓枠の窓が家の半分以上を占めている。館の一部は八角形をした独特の形であった。レトロの雰囲気が感じられ、まるで童話から抜け出したような建物だった。建物の主はレイラ・プリズムリバーという故人であった。
 その建物の前で着古したジーンズと着崩したワイシャツにブラウンのトレンチコートを羽織った無精ひげを生やした20代の男と手に箒を持った魔法使い風の少女が積み上げられた木箱の横に立っていた。そこに巫女風の格好をした少女が空から降り立った。
「霊夢遅いぜ」
魔法使い風の少女が言った。
「この人が魔理沙が紹介したいって言った人?」
霊夢が遅刻したことを気にした様子もなく言った。
「ああ、こいつが月見里悠だ。 月という字と見るの見、それから人の里の里の三文字でやまなしって読むらしい。 店を開きたいらしいから霊夢も手伝ってくれよ」
悠が少し頭を下げた。霊夢は目も合わせずに木箱を見ながら風で乱れた髪を手で直していた。どうやら悠に対する興味は木箱の中身や乱れた髪より下のようである。
「いやよ」
「酒がたくさん飲めるぜ」
「いいわよ」
そういいながら、霊夢は一つの木箱の蓋を開けていた。
「それで、こいつが博麗霊夢。 前に教えた博霊神社の巫女だ、あそこに店を作ったのも酔った妖怪に襲われた時に神社に逃げやすいからだぜ、最悪、命蓮寺でも助かるし…… おい、悠、脇見過ぎだぜ……」
霊夢の巫女服は何故か脇が開かれている。悠の視線は霊夢の脇にそそがれていた。魔理沙に言われて悠が視線を外した。
「今日は手伝ってくれるみたいで、ありがとう。 これからもいろいろお世話になると思いますが」
「ひげ……」
霊夢の顔が悠に近ついた。
「いいわね」
霊夢がニコッと笑った。
「えっと、 ありがとうございます」
「霊夢はひげ好きか?」
「違うわよ。 豚の角煮を食べてるとき、皮に産毛がついてると少し食欲をなくすじゃない? ひげが生えてれば妖怪の食欲がなくなるわ」
「さすがは巫女さん、 魔除けみたいなものですよね?」
「嘘だぜ、悠。 人は角煮じゃないぞ」
「あら、 同じものよ。 妖怪から見たら人間なんて豚の角煮よ。 ジューシーでとろとろよ、白いご飯もあれば最高ね」
「霊夢、 腹減ってるのか?」
「ええ!」
魔理沙は、機嫌が悪いわけだ。とぼやき、霊夢は木箱からウィスキーを一本取り出し、ビンのまま飲んだ。
「なにこれ? 変わった味の酒ね」
「マカラン……スコッチ・ウイスキーですよ、 スコットランドで製造された酒で、蒸留地によっても全然味が違うんだ。 日本酒とは全然味が違いますよね? 煙みたいな香りがしませんか?」
「ふ~ん、 まぁまぁおいしいってしか分からないわ」
「それ商品だぞ」
「重さを減らしてるのよ、 運ぶ時に楽でしょ」
「じゃあ、そろそろ運びますか? お店に着いたら何か食べ物つくるよ」
「あんた料理できるの?」
「店でも出そうと思っているので、自信はあるよ」
「それは楽しみだわ」
霊夢の機嫌は一気に良くなった。
「魔理沙! さっさと運ぶわよ! 紫が言うには外の世界の魔女は黒猫を連れて荷物を運ぶのが役目らしいわよ」
「黒猫がいないぜ~」

 魔理沙は木箱を重ね紐できつく結び、紐の先を箒に結んだ。霊夢は陰陽玉を展開し四つ合せたモノに木箱を乗せた。霊夢と魔理沙で10個以上の木箱を運ぼうとしていた。悠は一つ残された木箱を持ち上げた。
「それじゃあ、 先に行ってるわ」
「道中、気をつけて」
「そっちもな」
霊夢と魔理沙が地面から足を離し、空に飛び立った。悠が二人を見送ってから歩き始めた後、木陰から天狗の少女が魔理沙達の方向に向かって飛んで行った。魔法の森を避けて迂回していた悠は魔法の森の上空で魔理沙と天狗の少女が話しているのを見かけた。天狗の少女の肩には一羽の黒いカラスが止まっていた。なんという怠惰なカラスだろうと悠は思っていた。カラスは悠の方に首を廻し流し眼で少し悠を眺めたのち、プイっと首を戻した。
「羽根を閉じてる時に右羽が上にくるカラスは大人しいく、上品な子……」
悠は疲れて意味不明なことを呟いていた。だいぶ歩いたからだ。悠が疲れ果てて建築中の自分の家兼バーに着いたとき、霊夢は木箱に腰掛けて紫と川辺で遊ぶ猫耳の幼女を眺めながら話をしていた。魔理沙はまだ着いていないらしい。
「あら、 遅いわね」
霊夢がジト目で言った。
「こんにちは~」
紫が笑顔で手を振った。
「こんにちは、 僕は飛べないんだから仕方ないじゃないですか」
悠が息を切らしながら言った。
「そう、 お腹すいたわ!」
「分ってますよ、 でも少し休ませてください」
「おなか空いてるのよ! 私が!」
悠はため息をついて、外に作られた仮の調理場に向かった。向かう途中で霊夢に目を向けた。霊夢もこちらを向いていたので見つめあう形となった。しばらくして悠はまた、ため息をついて歩き出した。霊夢は訳が分からないという顔をしたが、悠は内心で霊夢とは結婚したくないな……と思っていた。
 
 悠が全員分の料理を終わらせた頃に魔理沙が天狗の少女と戻ってきた。天狗の少女は黒髪のショートで赤い瞳、赤い山伏風の帽子をかぶっている健康そうな少女であった。肩には黒いカラスを乗せ、フリル付きの黒スカートに白の半袖シャツを着ていた。
「ごめんな、悠。 文に捕まって、 ああ、こいつは射命丸文っていうんだ。 新聞屋で、今は悠とこの店を取材してるみたいだぞ」
「こんにちは、 射命丸文です。 烏天狗で情報屋みたいな仕事をしています。 新しいお店を開くみたいで是非取材させていただこうと思いましたが、美味しそうな御飯が並んでるみたいで、食事の後少し相談してもよろしいですか?」
礼儀正しい挨拶ではあったが、ご飯は食べるみたいであった。厚かましい性格のようだ。
「粗末な食事ですがどうぞ」
「お酒は? 何か作ってくれるのかしら?」
紫であった。悠は少し考えたのち一つの木箱を運んできた。
「やっぱり労働の後はこれですよ! ビールです!」
栓抜きがないので悠は箸サイズの鉄の棒を蓋にあて、てこの原理で苦労してふたを開けていた。霊夢が見かねて素手で軽く蓋を開けてくれていた。それを見て悠はやっぱり霊夢さんとは結婚したくないな……と内心強く思った。ビールを開け終わった悠は全員にコップを渡しビールを注いだ。
「今日は手伝って頂いてありがとうございます。 最初の一口は一気に飲めるだけ飲んでください、 乾杯!」
乾杯っと言ってほとんど全員が一口で飲みつくした。幻想郷のモノ達は基本的に酒に強い。喉が渇いた時のビールの一気飲みは至高である。反応から見てビールは気に入ってくれたみたいだった。
「味に飽きたら言ってください。 ビールを使ったカクテルを作りますので」
悠がみんなに呼び掛けた。
「のどごしはいいけど、 物足りないわね」
そう言いながら霊夢はウィスキーをあおった。
「ボイラーメーカー……」
悠がそれを見てつぶやいた。ボイラーメーカーはビールとウィスキーを交互に飲む飲み方である。手っ取り早く酔いたい者にお勧めな飲み方だ。

 ――「取材はしなくていいですか?」
悠が文に声をかけた。
「ええ、 今回の記事は色んな方に取材して完成してるから、後は写真を撮らせて貰えれば、大丈夫ですよ」
「そうですか…… 新聞の記事はいつだって本人の知らぬ間に完成しているものなんだな」
悠が嫌そうな顔で言った。
「新聞は嫌いみたいね」
「載るのはね、 嫌な思い出がありますから。 でも読むのは好きですよ」
「そう!? なら私の新聞を定期購読しない?」
「特典はあるんですか?」
「何か欲しいものでもあるの?」
「その色っぽいカラスを撫でさせてくれるなら……」
「それは本人に聞かないと駄目ね」
肩のカラスはカァーと鳴きそっぽを向いた。
「男に撫でられるのは嫌だと言ってるわ」
「ペットじゃないんですか?」
「同僚よ、 私も昔はカラスだったのよ。 この子も成長すれば人型になるわ」
「そうですか、 残念です」
悠は本当にガッカリしたようであった。
「代わりに椛なら、好きなだけ撫でてもいいわよ」
えっ!!と文の隣で椛が悠の作ったチベット風ラムの串焼きを食べながら振り向いた。
「この子ならペットみたいなものだから」
そんな~と椛が文に泣きついた。悠はそんな様子を憐れんで椛の頭を子供をあやす様に撫でた。悠は小動物に弱い。
「契約は成立ね」
文が商人の微笑みをした。
 こうして悠は文々。新聞を定期購読することとなる。悠の記事についてはあることないこと書かれていたが、嫌な気持になることはなかった。
 
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