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シモン=ボッカネグラ

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第二幕その六


第二幕その六

「今からそなたはここにいるガブリエレ=アドルノの妻だ」
 シモンは娘に対して言った。
「えっ、それは・・・・・・」
 その言葉にアメーリアもガブリエレも驚いた。
「復讐を遂げたいのだろう。ならば私は自分の最も大切なものをそなたに与えよう。私がそなたのかけがえのない者を処刑場に送った代わりにな」
「御父様・・・・・・」
 アメーリアは父の名を呼んだ。
「本来ジェノヴァはこうすべきだったのだ。貴族だ、平民だと争わずに同じ街に住む者としてな」
 彼は顔を俯けて言った。
「私もそれはわかっていた筈だったのだ。あの時に」
 ふと二十五年前のことが脳裏に浮かぶ。アメーリアの母マリアとの愛が。
「だが私はそれを長い間忘れていた。愚かにもな。そんな男がどうしてこの街を平和に導けようか」
 彼は嘆息して言葉を出した。
「憎悪・・・・・・。それが全ての災厄だった。私もそれに心を捉われていたのだ」
 あのフィエスコとのいがみ合いを思い出す。無益な、それでいてかけがいのないものを失った憎悪だった。
(あの男も最後にはそれに気付いただろうか) 
 ふと彼のことを思う。あれ程憎み対立したというのに。
(だがそれももうどうでもいいことだ)
 彼は内心そう呟いた。
(これで今までの愚かないがみ合いの幕が降りるというのなら)
 シモンは二人を見て思った。貴族の息子と平民の娘、その二人が今時分の前で愛し合っている。
(フィエスコ、そなたはこの光景を見て何と言うだろうな)
 その時だった。不意に広場の方から不意に騒ぎがした。
「諸君、武器をとれ!」
 パオロの声であった。
「貴族の奴等が総督のお命を狙っている、それを阻むのだ!」
 ピエトロの声もする。どうやらまた煽動しているらしい。
「あの者達は何を考えているのだ!?」
 シモンは立ち上がり首を傾げた。
「この街を逃げる前に一騒ぎ起こそうとしているみたいですね」
 ガブリエレは顔を顰めて言った。
「逃げる!?何故だ!?」
「貴方を暗殺して身を隠す為ですよ」
 彼はシモンに顔を向けて言った。
「私をか!?あの二人が」
 シモンはその言葉に眉を顰めた。
「一体どういう事だ・・・・・・、いや」
 シモンはふと気が付いた。
「成程、そういうことか」
 アメーリアの誘拐の件の黒幕が誰であるか今わかったのだ。
「そしてそれが露呈するのを怖れてか。相変わらず悪知恵の働く奴だ」
 彼は怒りを露わにして言った。
「おそらく自分達は騒ぎに紛れて逃げるつもりなのでしょう。どうなさいますか?」
「決まっている、捕らえて首を刎ねてやる」
 シモンは声のする方を睨んで言った。
「ガブリエレ=アドルノ」
 彼はガブリエレに顔を向けて言った。
「ハッ」
 ガブリエレはその言葉に畏まった。
「そなたは平民の議員及び要人達と共にあの二人に煽動されている民衆を説得せよ。彼等には罪は無い」
「わかりました。そしてあの二人はどうしますか?」
 彼は問うた。
「心配は無い。どうせこの街からは逃げられはせぬ」
 シモンは毅然として言った。
「馬鹿者共が。すぐに逃げればよいものを」
 彼は怒りを込めた声で呟いた。
「所詮は煽動だけが脳の連中か。何時までもそれが通用すると思ってか」
 彼は退室するガブリエレを見送りながら言った。
「煽動は政治とは違う。それがわからぬ愚か者は最後には斧の下で死ぬ」
 やがて騒ぎは収まった。そしてシモンを称える声が聞こえてきた。
「終わったか」
 シモンはそれを聞きながら呟いた。
「アメーリア、いやマリアよ」
 彼は娘へ顔を向けた。
「はい」
「そなたの目は曇ってはいないようだな」
 シモンは娘に対して言った。やがてパオロとピエトロが捕らえられたとの報告が入って来た。
 
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